海亀湾館長
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海亀湾館長
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小説、特に純文学を愛好。小説の実作を試行。
小説を読んで面白かったら、その小説を書いた作者に関心がいかないということはない。どういう人が書いたのかとても興味が湧く。インタビュー記事を読みたくなるのも、小説家が著すエッセイを読んでみたくなるのも、作者その人の普段の顔を知りたい気持ちがあるからだ。
しかし、面白い小説をすべてAIが書いた場合には、興味や関心はまったく発生しない。作品の魅力も何となくしぼんでいく気がする。
生身の作者が書いた小説とAIに書かせた小説。
読者が感じるこの違いは大きい。
November 11, 2025 at 3:52 AM
もしもTALESに自分の作品を転載するなら……と考えたとき、吸血種族のザネリとクレアの話かもなあと夢想した。エンタメ要素がないわけではない。
ただ、三十枚程度のものが二話しかないので、シリーズとまだ呼べない気がする。もう数話書き足して連作にするのが理想的とは思うが。
November 6, 2025 at 3:50 PM
小説で一行空けるときがある。大抵はシーンが変わるときや、話題が変わるとき、時間が経過したとき、描写から長い説明に切り替わるとき、あるいは視点人物が変わるとき、など、一行空けは前の文章から大きな変化がある際の、区切りの意味で使われるものだと思う。ところが、シーンも変わらず時間の経過もなく、二人の会話が続いているところに敢えて一行空けを設けてある作品を見つけて新鮮な驚きを感じた。つまり、この空行を心の中に起きた一瞬の空白として捉えるのが可能になっていて、ああ、こういう効果を読み手にもたらすのか、ととても感心した。
October 25, 2025 at 4:11 AM
リドルストーリーという言葉をはじめて聞いた。謎を謎のまま残して終わる話、結末を読者の想像にゆだねて終わる話、などをそう呼ぶらしい。なるほど、嫌いじゃない。
October 19, 2025 at 12:58 PM
今年、日本(アジア圏)から文学賞が出るかは懐疑的だが、出たらすごい。
個人的にはオンダーチェ、ピンチョン、ウエルベック、あと、ドン・デリーロあたりがとったら大興奮。
受賞すると書店に在庫や新刊が並べられて、それを手に取ることができるのが密かな楽しみになるので。
October 9, 2025 at 8:15 AM
現在のノートPCを買ってから七年だが、Windows10から11にアップデートできないというので買い替えを検討している。まだ使えるのになあという思いはあるが、まあ、たしかにキーボードのいくつかのキーは押しても反応しなくなっているので、ちょうどよかったのかも知れない。
文章はスマホで書くことが多いが、とはいえPCはやはり必要で、記事をnoteに投稿するときも、直前に誤字のチェックやヘッダー画像の選定その他細かな作業は断然PCの方がやりやすいし、PCでしかしたことがない。
買わなければならないようだ。
September 25, 2025 at 10:10 AM
書き出す前に、あらかじめ小説に出てくる登場人物の性格や特徴を細かく設定できる人は、本編にその人物を登場させたとき、いささかの狂いもなくぴたりとハマり、文章の流れに違和感なく馴染むように書けるということなのかも知れない。
一方で、わたしのような、あらかじめプロットを組まず、その人物の登場が必要になってから性格や特徴などの設定を書きながら肉付けしていくタイプには、あらかじめ設定していた人物がぴたりとハマることがあるのか、疑わしい気がする。
どれが正しいとかはないかも知れないが、書き方によって違いが色々と出てくるのは非常に面白い。
September 23, 2025 at 9:32 AM
読み始めていきなり読者の心をつかむアクシデントやインシデントが用意されている小説もいいとは思うが、ゆっくりと物語が立ち上がる小説があってもいい。何も起きないと読者はすぐに離れてしまうだろうか。わたし自身、何も起こらなくても良い文章だと読み進めていける。こういう小説は徐々に面白くなっていくやつだ、とこれまでの経験が教えてくれる。その小説の評判が良ければ、最初で読むのをやめてしまった読者が戻ることもあると思う。わたしは文章を磨きたい。
September 20, 2025 at 10:43 AM
ベートーヴェンの交響曲第五番第四楽章の最後みたいに、最高潮に盛り上げていよいよ終了しそうなのになかなか終わらず、まだ続くのか、まだ続くのか、あ、終わる、えっ、まだか、まだなのか、おおー、みたいな、そんな感じでようやく終わるような小説のエンディングを思い付いてみたいものだ。
September 10, 2025 at 9:55 PM
永井龍男の短編「一個」を読んだ。「青梅雨」は読んだことがあったが「一個」は今回初めて。冒頭は電車内の場面で、主人公は隣の車両で若い父親に抱かれた嬰児に注目する。この車内の描写がすごく良い。主人公はその嬰児に天使の姿を見出すのだが、その後、この作品は斬新な手法によって読者に特別な印象を続けてもたらすことになる。現代でもこの「はずし」の技法(?)を使う作家、使われている作品を見かける気がする。物語は終盤に進むにつれて孤が浮かび上がり、確かなことがなくなる感じがある。嬰児だけが確かだという気さえする。読後はタイトルの意味を考えてしまった。「個」は助数詞でいいのか。「人」が消えている、と思った。
September 6, 2025 at 9:36 PM
出来上がった小説の文字数を確認する方法って、人によってそれぞれ独自のやり方があるかも知れない。
それを考えたらなんだか面白い。
わたしは、作品の総文字数は一太郎で。
原稿用紙換算は、QXエディタの原稿用紙の枚数計算というマクロ機能で。
どれも、わざわざテキストを貼り付けて確認しているので、面倒なのは自覚している。
もっとスマートなやり方があると思うが、いつの間にか定着してしまった。
August 27, 2025 at 9:55 PM
佐伯一麦の短編『雛の棲家』を読んだ。ずいぶん前に一度読んだ気がしていて、三島賞を受賞した『ア・ルース・ボーイ』は未読だが、ストーリーはその一部分と重なる……はず。
新聞配達をしている高校生の少年が、私生児を産んだばかりの同級生の少女を、安アパートを借りて住まわせ、誰の子なのか分からないのを承知で赤ん坊の父親になろうとする話。
不幸な境遇、青春のあがき、私小説の暗さ、が揃っていてたまらない雰囲気がある。著者二十八歳のときの作品だが、深刻な語彙を使った文体によって即座に没入できるところがいい。タイトルも良い。
August 18, 2025 at 11:51 AM
急に大胆な変更を思いついてしまった。
うまくいくかはわからない。ただ、正解はこっちだと勘が教えてくれている。
July 16, 2025 at 7:26 PM
十五枚から二十枚くらいの短編なら、最初から最後まで緊張感のある文章で書き通した作品は歓迎されると思うが、ある程度の長さを持つ作品となれば、緊張が長く続くと読んでいる方が疲れてしまうので、内容も文章も、あえて弛緩する箇所を設けて、緩急を持たせた方が飽きずに読んでくれそうな気がしている。ただ、その弛緩の加減がよくわからない。なし崩し的に文章が緩み始めて戻れなくなるようなこともあるかも知れない。いずれにせよ、最後まで書ききることが重要だと思った。
July 5, 2025 at 8:58 AM
正式に何と呼ばれているのかはわからないが、鉤括弧が入れ子のように何重にも重ねて表記されている発話表現を最近見かける。複数人が同じセリフを同時に発したときに使われるようだが、用いる鉤括弧の数も、その発話をする人数に合わせてあるのだろうか。
斬新だとは思うが、わたしはまだこの表記法でのセリフをうまくイメージできない。複数の声が重なって聞こえてこない。鉤括弧が多重になっているその見た目が、合わせ鏡の鏡像っぽいからかも知れない。
June 25, 2025 at 9:57 PM
小説に方言が活かせれば、それが新たな作風となって作品の幅も広がるだろうとは思うが、いかんせん、自分の地元の方言は全国的な認知度はあまり高くないので、会話文に取り込んだときガチ過ぎると読んでも理解してもらえない可能性がある。アクセントとニュアンスを文字に移し替えるのもセンスがいる。
June 9, 2025 at 2:50 PM
原稿用紙に手書きで小説を書いた経験がある。そういう始まり方だったので、四百字詰原稿用紙に換算した枚数の方が、総文字数よりも感覚として分量を把握しやすい。つまり、体感として身に付いている。そんな自分を、ああ、昔の人だなとこっそり思う。
May 30, 2025 at 8:41 AM
「わたし」の一人称で書いてある小説は、「わたし」の性別を示す材料を用意しておかないと、読者はとりあえず作者の性別と同一と理解して読むと思う。たとえば男性作者が「わたし」という女性を主人公にしたとき、序盤で性別を示唆する表現を怠ると、読者はしばらく男性と誤解しながら読むことになる。
April 16, 2025 at 1:55 AM
執筆の一番の敵は、気負いすぎることではなかろうか。
April 14, 2025 at 3:28 AM
地元のブックオフでローリー・ムーアの『アメリカの鳥たち』を見つけた。この短編集、名前は知っていたが手にしたのは初めてで、以前から興味があった。とりあえず、「ここにはああいう人しかいない」という作品は読まなければならない。
March 27, 2025 at 10:56 AM
乗代雄介『最高の任務』(講談社文庫)の表題作を読んだ。いわゆる〈阿佐美サーガ〉もので、もちろん語り手は阿佐美景子。大学の卒業式直後に家族四人で旅行に出掛けるが、景子にだけその目的が伏せらているという家族の企みと、小説内に小学生の頃から継続して書いている景子の日記の文章が適宜挿入されるという特殊な構成を採用した作者の企みが、最後に感動的な合流を果たして圧倒される。物語とは違うところで引き付けるものがこの作者の小説にはある。個人的に目を離せない作家のひとりだ。
March 19, 2025 at 10:20 AM
レイモンド・カーヴァー「ダンスしないか?」(『ぼくが電話をかけている場所』所収 中公文庫)を何度目かの再読。

登場人物は、庭に家財を並べてガレージセールをしている男と、たまたま車で立ち寄った若者と娘のカップル、この三人のみ。全編にわたって三人称の作品だが、一行空けのたびに視点は、〈男〉→〈若者と娘〉→〈男〉→〈若者と娘、男〉→〈若者と娘〉→〈男〉→〈娘〉という風に変えてあるのにはじめて気付いた。非常に短い作品だが、どちらの視点もさらっているので、本来なら理解しやすいはずなのだが、大事な箇所は見事に除外してあり、語っていない。この語らない部分が最後に効いてくる。超絶技巧の作品だと思う。
March 17, 2025 at 7:13 AM
金井美恵子の短編『兎』を読んだ。1972年に発表された作品だが、その後、この作品が後進のクリエイターに与えた影響は大きいような気がするのだがどうだろうか。
兎の皮をまとい、兎の容姿で暮らす女との邂逅。
彼女が語り出した話は衝撃的で、わたしは読みながら平静ではいられなかったが、この作品を評して、美しい、魅了される、大好き、と好意的は反応を示す読者は男性よりも女性の方が多い印象がある。女性の方がこの作品の世界観をキャッチする感度が鋭いのか、あるいは肝がすわっているということなのか。落ち着いたらもう一度読んでみようと思った。
February 22, 2025 at 10:31 AM
三島由紀夫の短編「クロスワード・パズル」(『真夏の死』所収 新潮文庫)を読んだ。ホテルで働く美男子のボウイは、自身の容貌とは不釣り合いの、見映えのしない女給仕を妻にした。その理由を仲間に訊ねられ、彼は以前、客として訪れた気品のある美しい御婦人に惹かれた体験を語り始める……。
魅力的な導入に加え、この短編には鍵と数字にまつわる謎解きが組み込まれていて面白い。ところで、なぜタイトルが「クロスワード・パズル」なのだろうか。三島はこの作品内で、主人公が見映えのしない女性を妻にした理由を最後まで言葉で明確にしていない。まるで、その答えを見つけて言葉を埋めよ、と三島に言われたような読後感だった。
February 20, 2025 at 11:29 AM
#最初に意識して読んだ有名作家の小説
昔、こういうタグがTwitterにあったので自分も考えたことがある。ついでにエッセイも書いた。
有名作家で最初に読み切った作品、ということだと思って何作かあげたが、作家のどの作品を入り口にしたか、というのは意外と重要なことかも知れないと思うようになった。下手なモノをつかんで自分には合わないと感じ、そのまま疎遠になるケースがあるとしたら勿体ない。
時代を経ても残る作家と作品はやはり強い。

note.com/umigamewan/n...
文学の名作を追いかけたりつかまえたり逃げられたり【エッセイ】|海亀湾館長
この間、Twitterのタグで興味深いものを見つけたので、自分も思い付くまま140字以内に収まる分だけ列挙して、ツイートした。 #最初に意識して読んだ有名作家の小説 二葉亭四迷/浮雲 夏目漱石/彼岸過迄 芥川龍之介/地獄変 梶井基次郎/檸檬 横光利一/機械 谷崎潤一郎/春琴抄 川端康成/雪国 中島敦/山月記 坂口安吾/桜の森の満開の下 太宰治/人間失格 三島由紀夫/禁色 福永武彦/廢市 ...
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February 1, 2025 at 8:53 AM