「目覚めるのでしょうか」
不安げな一期の言葉を鼓舞するように、三日月は「目覚めるさ」と返した。
「なにか、確信がおありで?」
「はっはっは、いやなに、じじいの勘というやつだ」
三日月は美しい瞳を細めて、空を仰ぎ見た。雲一つない、一期のように晴れ渡った美しい青空を。
「鬼丸は一期に会いたがっているし、一期、おぬしも、鬼丸に会いたがっている。惹かれ合う魂は、幾年月を経ても、やがてまた巡り会うものよ」
「目覚めるのでしょうか」
不安げな一期の言葉を鼓舞するように、三日月は「目覚めるさ」と返した。
「なにか、確信がおありで?」
「はっはっは、いやなに、じじいの勘というやつだ」
三日月は美しい瞳を細めて、空を仰ぎ見た。雲一つない、一期のように晴れ渡った美しい青空を。
「鬼丸は一期に会いたがっているし、一期、おぬしも、鬼丸に会いたがっている。惹かれ合う魂は、幾年月を経ても、やがてまた巡り会うものよ」
「理性を失って得た力を、本当の力だと思ってはいけない」
包帯で右手を吊った三日月はそう言った。同じく、全身を包帯で覆われて満身創痍な一期。二振りは軒先で座って、先日の鬼丸の暴走で半壊した本丸が、建て直される工事の様子を見ていた。
「見誤りました。経験した事がないほど、頭に血が昇って、自分が自分でないような気がしました
「うむ。俺も、流石にもう駄目かと思うたが、なに、鬼丸のおかげだな」
「どうして、鬼丸殿に対して、あれ程血が昇ってしまったのでしょう」
「さて、それは、これから知っていけばよかろう」
「理性を失って得た力を、本当の力だと思ってはいけない」
包帯で右手を吊った三日月はそう言った。同じく、全身を包帯で覆われて満身創痍な一期。二振りは軒先で座って、先日の鬼丸の暴走で半壊した本丸が、建て直される工事の様子を見ていた。
「見誤りました。経験した事がないほど、頭に血が昇って、自分が自分でないような気がしました
「うむ。俺も、流石にもう駄目かと思うたが、なに、鬼丸のおかげだな」
「どうして、鬼丸殿に対して、あれ程血が昇ってしまったのでしょう」
「さて、それは、これから知っていけばよかろう」
震える刀の切先を、自分の左眼の眼帯に添えながら、鬼丸は静かに問うた。それはあの道場の幻の中の続きのようだった。鬼丸の意図を察した一期は、うなづいた。
「ええ、はっきりと」
「そうか」
それだけ言うと、鬼丸は静かに右目を伏せた。同時に一期は一呼吸を置いて、渾身の力を込めて鬼丸の左眼ごと彼の頭を貫いた。
震える刀の切先を、自分の左眼の眼帯に添えながら、鬼丸は静かに問うた。それはあの道場の幻の中の続きのようだった。鬼丸の意図を察した一期は、うなづいた。
「ええ、はっきりと」
「そうか」
それだけ言うと、鬼丸は静かに右目を伏せた。同時に一期は一呼吸を置いて、渾身の力を込めて鬼丸の左眼ごと彼の頭を貫いた。
「お前が憎くて言うのではない。疎ましくて、言うのではない。お前は誰よりも努力し、貪欲だ。だからこそ、自分を見失ってはいけない」
蝉の声はいつのまにか遠のいて、鬼丸の声だけが届く。蔑みも、憐れみもない。ただ、静かな低い、いつもの彼が、そこには居た。一期だけに向き合って、言葉を発する彼の姿が。
「例え、おれに刃を向けることになっても」
瞼の裏に、焼きつくほどに鮮明に。
「お前が憎くて言うのではない。疎ましくて、言うのではない。お前は誰よりも努力し、貪欲だ。だからこそ、自分を見失ってはいけない」
蝉の声はいつのまにか遠のいて、鬼丸の声だけが届く。蔑みも、憐れみもない。ただ、静かな低い、いつもの彼が、そこには居た。一期だけに向き合って、言葉を発する彼の姿が。
「例え、おれに刃を向けることになっても」
瞼の裏に、焼きつくほどに鮮明に。
夏の日。蝉の声。晴れ渡った夏空。非番の刀が無邪気に水遊びをしている声がする。
目の前には静かに座した鬼丸。対峙する一期もまた、静かだった。蝉の声が煩く鳴り響く中、鬼丸の落ち着いた声が一期に問うた。
「たとえばお前の望むすべてを手に入れたとして、満たされた自分を想像できるのか」
彼の一つ目は一期だけを見つめていた。
「お前を責め立てるのは、もうひとりの影のような自分の姿なんじゃないか」
夏の日。蝉の声。晴れ渡った夏空。非番の刀が無邪気に水遊びをしている声がする。
目の前には静かに座した鬼丸。対峙する一期もまた、静かだった。蝉の声が煩く鳴り響く中、鬼丸の落ち着いた声が一期に問うた。
「たとえばお前の望むすべてを手に入れたとして、満たされた自分を想像できるのか」
彼の一つ目は一期だけを見つめていた。
「お前を責め立てるのは、もうひとりの影のような自分の姿なんじゃないか」
(最高に気分が良い)
一期は微笑んだ。妖艶な笑みで、鬼丸にくちづけをするかのようにうっとりと顔を、悩ましい吐息を寄せて、鋼のような殺意で迷いなく柄を逆手に持ち直して鬼丸の頭蓋を真下から貫いた。薄皮一枚、すれすれで後ろへのけ反った鬼丸が一期から距離を取っても、一期の足は止まらない。限界まで引き絞られた強弓から放たれる、蒼い炎を纏った火矢のように進み続ける。軽やかな音律を刻んで視線が鬼丸をどこまでも捕らえて逃さない。逃すことは、決して許さない。鬼丸は最早遡行軍と見分けのつかない様相と成り果てていた。
(最高に気分が良い)
一期は微笑んだ。妖艶な笑みで、鬼丸にくちづけをするかのようにうっとりと顔を、悩ましい吐息を寄せて、鋼のような殺意で迷いなく柄を逆手に持ち直して鬼丸の頭蓋を真下から貫いた。薄皮一枚、すれすれで後ろへのけ反った鬼丸が一期から距離を取っても、一期の足は止まらない。限界まで引き絞られた強弓から放たれる、蒼い炎を纏った火矢のように進み続ける。軽やかな音律を刻んで視線が鬼丸をどこまでも捕らえて逃さない。逃すことは、決して許さない。鬼丸は最早遡行軍と見分けのつかない様相と成り果てていた。
何を言う。何故、分からない。愛しき弟たちよ。何故、お前たちは私の理解者足り得ない?理解とは、ほど遠いわたしを畏怖する、その表情は、なんだ?
ふいに、弾けるような笑い声が響いた。割れた地面から噴き出すマグマのようにぐらぐらと煮えたぎる感情を吐き出す、これは、嗚呼、自分の嗤い声だ。
飛び出した鬼丸の刀が一期の肩を真っ直ぐに突き刺した。それでもあやまたず、一期の切先もまた、鬼丸の喉を横一線に引き裂いた。
何を言う。何故、分からない。愛しき弟たちよ。何故、お前たちは私の理解者足り得ない?理解とは、ほど遠いわたしを畏怖する、その表情は、なんだ?
ふいに、弾けるような笑い声が響いた。割れた地面から噴き出すマグマのようにぐらぐらと煮えたぎる感情を吐き出す、これは、嗚呼、自分の嗤い声だ。
飛び出した鬼丸の刀が一期の肩を真っ直ぐに突き刺した。それでもあやまたず、一期の切先もまた、鬼丸の喉を横一線に引き裂いた。