それはどうやら別の世界の“彼”で、他の夢のように気付けば忘れてしまっているなんてことはないということ。わたしの見た夢の内容も、その先も“知っている”ということ。
「馬鹿馬鹿しいって思うだろうけど、多分前世とかそういう奴じゃねェかなって思うんだよな」
「……そうなんだ」
まともに信じられる話ではないけれど、彼があまりにも深刻そうに話すものだからとりあえず頷いた。
「それでさ、あのふたりの続きはどうなったの？」
夢の中の──彼の言葉を信じるならば前世のわたしと彼はあの後どうなったのだろうかと好奇心から尋ねてみる。彼は曖昧に笑って、答えてくれなかった。
/前世を覚えてる💋と覚えていない🌸の話

ため息を吐きながら鍵を閉めていると、右側に違和感。ん？　と思ってそちらを向けば、隣の部屋のドアの前で膝を抱えた大男がいた。
「ひゃっ！？」
思わず出た悲鳴を呑み込む。わたしの声に気付いた男は膝から顔を上げた。
「あ」
「あ」
彼と目が合った瞬間、声が重なった。だってその顔は、数年前までわたしの先生だった彼だったのだ。
「お久しぶりです……どうしたんですか……？」
「鍵をなくしちまって」
へら、と笑う彼は昔と変わらずドジを働いているらしい。なんだかそれが懐かしくて「またですか」と笑ってしまった。
/お隣の💋さん

動揺を悟られないように、そっとベッドから身を起こす。ベッドの下に投げ捨てられた服に手を伸ばそうとすると、伸びてきた腕に腰を抱かれた。
「まだそんな時間じゃない」
たくましい腕に引き寄せられて、わたしはまたマットレスに沈んだ。
前髪の隙間から見える澄んだ瞳に囚われて、わたしは再び彼に身を任せた。
/別れる理由がない話🌐

それからお兄ちゃんはわたしを殺してしまうかもしれないとあまり近寄らなかったみたいなんだけど、わたしは動けるようになるとすぐにお兄ちゃんを追いかけていったんだとか。
らしい、とか、だとか、とかそんな語尾が続くのは、わたしは全く覚えてないからだ。まぁ、赤ちゃんの時のことなんて誰も覚えてないでしょ。
何となく記憶にあるのは五歳くらいからかな？　いつもお兄ちゃんと手を繋いで歩いてた気がする。その度お兄ちゃんは「おれがずっと守ってやるからな」って言ってた。
/お隣の💋が先生になった話

「お前、兄貴と住んでんだよな……？」
「そうだよ」
「暫く誰かの家に泊まれ。秘書の女とも仲良かっただろ。そこがだめならおれの家でもいい」
「……何で？」
“大好きな”兄と引き剥がされようとしている彼女は不服そうだ。
「きちんと教えてやる。もう少し静かなところでな。いい子だからおれの言う事聞いてくれ」
彼女を真剣に諭すには、昼の街なかは騒がしすぎる。彼女は彼の真剣な眼差しに何かを感じたのか「わかった」と素直に答えた。
/好きな女の娘を拐った🐆と🥽の話

隠す様子もなくそう言い切った彼女に、彼の視界はぐにゃりと歪んだ。いや、しかし、揶揄われているだけなのかもしれない。だってふたりは兄妹だ。
「冗談だろ……？」
問う彼の声は、少し震えていた。
「本当だよ。だって、好きな人とはそういうこと、するんでしょ？」
あっけらかんと言ってのけた彼女に、彼は動揺が隠せない。
「もしかして、シたいの？　いいよ、お兄ちゃんほどではないけど、好きだもん」
無邪気な笑顔がここまで恐ろしいことがあるだろうか。世間知らずなガキだと思っていたが、まさかここまでだったとはと彼は血が引いていくのを感じた。
でも、この世間知らずは、どうやら彼女の兄によって作られたものらしい。

初めて恋人ができたのは、大学2年生の春。周りから囃されて、気付けばまぁ嫌いじゃないくらいの人と付き合っていた。
ひと通り恋人らしいことはした。でも、好きにはなれなかった。
結局その人の浮気でわたしの初めてのお付き合いは終わった。悲しくもなんともなかった。これは、強がりでもなんでもない。事実だ。
そして、大学三年生になる前の長い長い春休み。わたしは実家に帰省していた。
/🐯

「麻酔追加しますね」
粛々と、先生の声が聞こえる。
どうやら患者さんの挙げた左手がわたしの顔面にクリーンヒットしたらしかった。
先生が「大丈夫？」と目線をくれる。「大丈夫です」の代わりに数度頷くと、そのまま治療が再開された。

会いたかった。
心配してきてくれたの？
最期、いっしょにいてあげられなくて。
彼はそれらの言葉から、女が自分を死別した恋人か誰かと勘違いしているのではないかと推測した。
「悪ィが、人違いだ」
抱き着いたままの女に、今度はもう少し優しく声を掛ける。しかし女は離れる気配はない。
「おい……大丈夫か？」
少し心配になった彼がそっと女を引き剥がすと、女はぐっすりと眠っていたのだった。
/お隣の🚬さんの話

何故仕事で疲れて帰った挙げ句酔っ払いの世話までしなくてはならないのかと彼が顔を歪め、それを否定しようとした瞬間、女の涙腺が決壊した。
「しろー！　あいたかったぁ！！」
そう言って女は彼に抱きついてきたのだ。
「おい！　人違いだ！！」
急に正気を取り戻され訴えでもされたらたまったものではない。引き剥がそうとする彼なんて気にもせず、女は力いっぱい彼に抱きついている。
「ごめんね。しんぱいしてきてくぇたの？」
「はァ！？」
「さいご、いっしょにいてあげらぇなくて、ごめんね……」
嗚咽混じりにそう言いながら、女は彼にしがみついている。