あきら
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あきら
@mi0kuri.bsky.social
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なにもかもが未定 いまのところだいたい作り話 誤字あり
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いつもの白い麺をすすった。いつもの味、いつもの顔、いつもの食感、違うものは何もなく、同居人は今日も呆れて笑っていた。
腹が満ちはじめるのを感じて、余裕を得た頭がやっぱりあんぱんでも供えてやろうかと妙にやさしくなるのがおかしくて、おれも呆れて笑った。
腹に入ればなんでもよかった。
冷凍うどんを茹でた鍋をこたつの天板の上の鍋敷きに乗せてそのまま菜箸で麺をつつく。
隣では半透明の同居人があきれた顔をしている。
「おまえまたそれかよ」
同居人は頬杖をついて、おれが麺をもちあげて冷ますのを見ている。
そこで見ているがいい。幽霊のおまえに必要ない食がいかにめんどうかを。
おまえが食の選択をうらやんでもおれはこれを食べるし、ほんとはおまえにくれてやってもいいけど家賃も払わずに居座ってるんだからくれてやる義理がないし、おれの胃がかなしむからおれが食べるったら食べるのだ。
海苔だけというのもありかもしれない。パリパリの海苔でほかほかごはんを包んで食べることは太陽の光で洗濯物がふわふわになるのとおなじくらいありきたりではあるがあたたかく尊い幸福のひとつだ。
これを得られるとは明日はなんて素晴らしい日だろう。
今日のところはひとまず寝て、夢に冷凍ごはんがでてくることを祈ろう。明日のほかほかごはんを引き立ててくれるように。
ほかほかごはんを食べてやる。今決めた。明日夜決行。
ほかほかでツヤツヤのやつだ。米をといで、水に浸して、炊飯器は早炊きではなく時間をかけて普通炊きに設定する。
豚汁の予定を変更してあえて味噌汁で行く。だしは専門店のパック。具はさつまいもと小松菜とおあげと豆腐だ。
ほかのおかずはなんでもいい。なくてもいい。あくまでごはんが主役なのだ。
あえて挙げるとするなら鮭や鯖、肉なら鶏の照り焼き、豚の生姜焼きあたりがいいだろう。
「これが、これが、はずせんくらい酒入れちゃるからな」
威嚇しようとはなった俺の唸り声に酔っぱらいはボロボロと涙をこぼしている。
なんでだ。泣きたいのはこっちだ。バカアホ間抜けボケカスクソ。罵りながらおれは一升瓶とグラスを床に叩きつけた。
「おれが、おれが、救急車呼ぶときは、お前が急アルでゲロつまらせたときじゃボケ」
首根っこ掴んで引きずりおろす。
『ぐえ』とか『ぎえ』とか、そんな声がしたからまだ生きてる証拠だろう。おれは泣きたかった。
目を離した隙にベランダの柵を乗り越えようとした男はどこかぶつけたようで『いたた』とか言って泣いていた。落ちたらそれ以上痛いんだぞ。バカアホ間抜け酔っぱらい。二階でも人は死ぬし事件現場になると俺が困る。引きずって窓の中に入れて普段はかけない二重ロックをかける。その上から養生テープを上から何枚も重ねて貼ってやる。ビリビリ楽しい音立てて養生テープをちぎる俺を酔っぱらいは目を丸くしてただ見ていた。
ほなら人生ここで終わりでええか。
来週はケーキたべる予定やったし、再来月のテーマパークのチケットとったけど、ここでしまいでも。
楽しみなまま棺桶で眠って、朝が来たらなんもなくなったらええのに。
不思議と悔しなかった。人生は順風満帆ではなかったけど、先にある数々の楽しみを惜しめるほどの強い気持ちが今はあれへんかった。ひとりでおるからやろか。秋すっ飛ばして冬が来てさぶいせいやろうか。
本当はこの人に刺されていいやと思ったから連れ帰った。人を刺しそうな目をしてたわけじゃないけど、この人が刺す人間でもいいやと思って、そんな気分で一緒に帰ってきてしまった。
どちらかといえば彼は正反対の人間のようで酒のせいか元々の性格なのか陽気な善人だったけど、これはこれでよかったのかもしれない。
真正面から人間の笑顔を見たのは久しぶりだ。甘ったるい酒も久しぶりで気分がいい。
顔を赤くして笑い続けている人の、のびかけのヒゲをぼんやり見つめた。
明日朝起きたら俺たちどうなっちゃうんだろう。ともだちにでもなってくれるかな。この人。
目の前にいる人の掲げた指の先がお月様につきそうで、いいなあと思った。
酒は飲んだ。店でこの人と出会って数杯、家に連れ帰っての追加分は度数の低い期間限定の梨味のチューハイで充分だった。
『十五夜だのなんだのはもう過ぎたけど、月みて飲むならいつだって月見酒だよ。きれいなもんだよ。めでたいもんだよ。生きてるうちなら全部ね』と、名前も知らないその人はベランダで月を指さして笑うのだった。
言葉の意味は理解できなかったけれど、その姿がいいなあと思った。
この感情が愛じゃなかったら人間は一番大事なとっておきを言葉にせずしまい込んでその言葉は失われてしまったんたんだろうな。かわいそうに。
あいしていると言いたくなる。恋への導入でもなく欲情でもなくただそこにある事実として。それ以外にうまく当てはまる言葉がなく、でも自分のものになってほしいわけではないからいつも飲み込んでなかったことにしている。笑顔で会話を続けて、来週もまたそうして、いつかそれが終わっても、あなたが幸せになることを望んでいる。
本当はあいしている。どうか知らないところで幸せになって。
飲み込んだ言葉は今日も胃で溶けた。通るときにつっかえた喉が少し痛い。
どこにやるべきかわからない手を灰皿の上にかざして、長くなりすぎた灰が、灰皿に落ちていく。
本当はどうしたかったのか、わからなかった。泣いておくべきだったのかもしれないし、怒るべきだったのかもしれない。ただ顔だけが笑っていた。
そうしてやりすごして、何年もたつ。
あのときどうしていたら、こうならずにすんだだろうか。答えを返してくれる人はいない。
どうせなら、一緒に煙草を吸えばよかったのかな。
赤い壁に向かって煙を吐いた。たった一人分の煙が部屋を満たしている。
心がときどきあの葬儀場の狭い喫煙室にいて、はじめて煙草を吸った記憶をなぞっている。
曖昧な記憶の中の喫煙室は今日は赤色の壁で、椅子のない空間に円筒状の灰皿が2台立っている。
紙の煙草を口にくわえ、スマホでちゃんと調べた手順で、息を吸いながら火を点ける。
不味くて笑った。煙が白かった。これのどこがいいのか理解できなかった。また笑った。
灰皿に灰を落とすタイミングがわからなかった。あの人は気を遣って目の前で煙草を吸わなかったから。
冷凍庫にいる魚になりたい
忘れられて捨てられたい
思い出して調理してもらえても、まずいからと捨てられてしたまいたい
はやく薬を飲みたいから、夕飯をはやく作った。
こんな生活はもうやめたい。
薄い味噌汁と加熱の足りない冷凍チキン。
美味しさがいつもわからないまま、ただ薬の前菜になる。
もったいねえかなしいねかわいそうだよ食材が。
かきこんでも噛みしめても味をわかってやれないまま泣いていた。
こんな生活はやくやめたい。やめかたがわかるならとっくの昔にやめている。
最後の一口を押し込んで水を流し込んだ。もう何もつかまなくてもいいのに箸はいつまでも震えている。
でもそんなこと言えやしない。そんな権利がないことくらいわかっていた。
法的にも。まだ濃く脳に居座る自分にとっての『良識』としても。
でもこれでも『一緒に生きている』うちには入るはずだ。その事実だけで今はいい。
空はいつの間にか淡い穏やかなブルーへと表情を変えていた。
少し素直に書き換えたメールをメモ帳に打ち込んで目を閉じる。空港に着いた途端あの人から届くメールでこの気遣いが無駄になってほしい。そんなことを思いながら。
知らない人間の頭越しに見た飛行機の窓の外は、淡いオレンジの幸福のような空が広がっていた。
『あと四十六分でつくよ。そんなに遠くないけどさ、やっぱり手続きが面倒だから、半年に一回くらいがいいな』
そんなひねくれたことをさっき空港で別れたばかりのあの人にメールでつたえたくなる。
手荷物検査でひっかかり、買ったばかりのライターをうっかり捨てて、それでも心は不思議と満ちていた。あの人の顔、あの人の声、あの人の指、目で鼓膜で肌で触れるものすべてが画面越しよりもやわらかく、本当は毎日…三日に一度くらいは触れていたかった。
今でも額はヒリヒリと痛く、余計に甲斐甲斐しく世話を焼かれている。
猫になった気分だ。猫でいてやらなきゃならない。しばらくは。それでもいつか人間になりたかった。
あいつがまっとうに生きていけなくなったときに、俺がまっとうに生きていけるように。
俺もきっと変わった。俺にとってきっと良い方に。あいつのためになりたいと思うくらいには。
確実に俺たちは変わっていってるのに、あいつはそれを求めてくれなかった。
俺が何かを返したいといったとき、あいつの顔は青ざめていて、俺はおそろしかった。あいつは正しい善人じゃなかった。物語に出てくるような天使じゃなかった。どこかで見たことのある、そうすることでしか生きられない人間なんだと、簡単に折れてしまう人間なんだと、思い知らされて。
頭の奥に仕舞った記録が引きずり出されそうになって、俺は床に頭をぶつけて会話を終わらせた。
脆い藁に縋っている。あの暑くて重たい夜に俺の手をひくお前があまりにもやわらかくて、おそろしくて仕方がなかった。
そいつが誰だか知らなかった。ここがどこだか知らなかった。どうやって今まで生きてきたのか記録は頭にあるはずなのにそれを取りだそうとすることができなかった。今でもそうで、あの地獄のような夜の公園から、天国のような部屋に移り住んでも頭はどこかぼんやりとしたまま、あいつがご飯を作る音を聴いている。
クーラーで寒いくらいの部屋を鍋の湯気がほのかに暖かくして俺は目をうっすらと開ける。はじめて入ったときからずいぶんときれいになった部屋、だんだん増えていく料理のレパートリー、あいつの表情も変わった。
俺もどうかしていて、そいつもどうかしていて、でも上手いこと生活が回り始めた。ほとんどぼんやりしている男に好きなだけ俺は生活をあたえた。衣食住も娯楽も、そのたび俺は心が満たされていくのを感じた。
男は最近困ったような顔をして何かを返そうとしてくれるが、そのたびに俺は薄暗い靄のような苦しみに襲われて笑顔で首を横にふることしかできなかった。
きっと俺は人にあたえることしかできない。でもほんとうにあたえることしかできていないだろうか。俺もうばっているのではないか、お前が勝手に生きていく権利を。
他者にあたえることが自分の救いになっていた。野良猫に餌をやってたオバチャンもこんな気持ちだっただろうか。
クーラーで寒いくらいの部屋、寝転んだ男にタオルケットをかけてやる。
今日のごはんは前に好きだと言っていた冷麺にするつもりだ。
そのことを考えるだけで脳が軽やかになるのを感じる。
熱帯夜、公園のブランコでうなだれる男に声をかけたのが半月前。部屋に連れ込んで『なんでもいって、好きなだけここにいて』と言った。
『なんのつもりだ』と聞かれたとき俺は『わからない』と返した。本当にわからなかったから。
人間は他者と関わる以上お互いに侵食し合うので形は歪になるし、他者からみたら自分以外の形ってみんな変なので人間は基本的にみんな変だよ。
この世はやく滅んでくれないかな。みっともなく這いずり回るおれとこいつと世界中のやつらのために。でも善良で生を望む人間は生きててほしいよな。じゃあやっぱり凍えて滅んでほしいのは指で数えるくらいか。それならきっとさみしくないしな。
頭上からグズグズに溶けたごめんなさいの声がきこえた。許しをあたえてやりたいともとくに思わないからおれは腹の皮に爪を立てた。