そういう有り得ない筈のベクトルの先に六道が収まってる可能性も全然あるにはある
ともかく、信仰という言葉に付随する熱量こそ無いけど、フはフで自己決定の基盤を体内に備えているというイメージがありますという話
そういう有り得ない筈のベクトルの先に六道が収まってる可能性も全然あるにはある
ともかく、信仰という言葉に付随する熱量こそ無いけど、フはフで自己決定の基盤を体内に備えているというイメージがありますという話
れゔぃは「ボスを信じる自分」に対して強烈に自己を入れ込んでいると思えば内側 この人のボスへ向ける感情は自己投影な気もするんだよな何も情報ないから知らんけど
ルッスはもうなんか、自分への信仰がなきゃあんな振る舞いにならない ※個人の感想
ネクロフィリア部分を無理やり落とし込むなら、対話できないものへの愛着って対話できるものへの愛着と比べると圧倒的に自己との対話要素が増えるし、じゃあ内側に向かってるかなみたいな
誰よりもお喋りだけど究極返事が返ってこなくても一番平気そうな人でもある 自分と話ができれば問題無いから
れゔぃは「ボスを信じる自分」に対して強烈に自己を入れ込んでいると思えば内側 この人のボスへ向ける感情は自己投影な気もするんだよな何も情報ないから知らんけど
ルッスはもうなんか、自分への信仰がなきゃあんな振る舞いにならない ※個人の感想
ネクロフィリア部分を無理やり落とし込むなら、対話できないものへの愛着って対話できるものへの愛着と比べると圧倒的に自己との対話要素が増えるし、じゃあ内側に向かってるかなみたいな
誰よりもお喋りだけど究極返事が返ってこなくても一番平気そうな人でもある 自分と話ができれば問題無いから
べもべで社会的な人格を本格的に構築するぐらいの年齢で内臓ぐちゃぐちゃになっちゃったから自分の中身が何であるか自覚しないまま人生を終えるイメージがある ぐちゃる前に与えられた王子というフレームは残しながら、その内容物が跡形もない為理解が進まず認識が甘くなる 上手く認識できないものを信じる人じゃないので、自身の身体の外側で個を確立した存在に答えを求める感じ
べもべで社会的な人格を本格的に構築するぐらいの年齢で内臓ぐちゃぐちゃになっちゃったから自分の中身が何であるか自覚しないまま人生を終えるイメージがある ぐちゃる前に与えられた王子というフレームは残しながら、その内容物が跡形もない為理解が進まず認識が甘くなる 上手く認識できないものを信じる人じゃないので、自身の身体の外側で個を確立した存在に答えを求める感じ