基本的に垣くん、メタ的に物事を捉えていて現実的な考え方をするのに、いざ目の前で悪事が働かれるのを見ると黙っていられず、自分に救える手があるなら、と迷わず手を差し伸べちゃうような、そんな優しさがあると思っていて、でもべつに彼は、善人でありたいとも、自分をいい人だとも思ってなくて、「こんなの見ちゃったら放っておけないだろ」っていうテンション感で人を助けちゃうような
そんな垣くんが、九くんと存在できたならどうなっていただろうか
基本的に垣くん、メタ的に物事を捉えていて現実的な考え方をするのに、いざ目の前で悪事が働かれるのを見ると黙っていられず、自分に救える手があるなら、と迷わず手を差し伸べちゃうような、そんな優しさがあると思っていて、でもべつに彼は、善人でありたいとも、自分をいい人だとも思ってなくて、「こんなの見ちゃったら放っておけないだろ」っていうテンション感で人を助けちゃうような
そんな垣くんが、九くんと存在できたならどうなっていただろうか
番外編の冰妹vs冰哥の後の話、冰哥が過去に行って師尊に一方的に話すだけ
書き納め!さはんにどっぷりの一年でした!楽しい一年だった!
番外編の冰妹vs冰哥の後の話、冰哥が過去に行って師尊に一方的に話すだけ
書き納め!さはんにどっぷりの一年でした!楽しい一年だった!
あと何巻あるか存じ上げないのですが、ほんとに?BがLするんですか?
あと何巻あるか存じ上げないのですが、ほんとに?BがLするんですか?
晏無師、善人なんていない!と沈嶠を散々試してるけど、それって本当は善人がいてほしいのでは?じゃないと何度も沈嶠を試す必要ある?認めたくないんじゃない?善人がいること。
この世に善人はいないと絶望した過去があったのかな。
それか自分が沈嶠と同じ状況になった過去がある?過去、傷ついたときに沈嶠のような言動や行動ができなかったこと、無意識に悔やんでるとか?
そもそもこの二人、善と悪の解釈違うのでは?
沈嶠は、その行動に悪意があろうとも相手にとってプラスになるなら善。
晏無師は、その行動に悪意があるなら善い行いも悪。
(原作未読、邦訳版2巻読了人間の妄言)
晏無師、善人なんていない!と沈嶠を散々試してるけど、それって本当は善人がいてほしいのでは?じゃないと何度も沈嶠を試す必要ある?認めたくないんじゃない?善人がいること。
この世に善人はいないと絶望した過去があったのかな。
それか自分が沈嶠と同じ状況になった過去がある?過去、傷ついたときに沈嶠のような言動や行動ができなかったこと、無意識に悔やんでるとか?
そもそもこの二人、善と悪の解釈違うのでは?
沈嶠は、その行動に悪意があろうとも相手にとってプラスになるなら善。
晏無師は、その行動に悪意があるなら善い行いも悪。
(原作未読、邦訳版2巻読了人間の妄言)
殿下の毎日かわいいかっこいい綺麗美しいと花花に言ってたら、花花の自己肯定感が爆上がりして、
「今日の私は如何ですか、髪型を少し凝ってみました」とか殿下に聞いてほしい(褒めてほしい甘えんぼ花花)
あと「あなたの可愛い三郎が、」とか花花に言ってほしい
殿下、花花のこと、よちよち〜私のかわい子ちゃん〜ってするイメージが私の頭にある。何故だ。
殿下の毎日かわいいかっこいい綺麗美しいと花花に言ってたら、花花の自己肯定感が爆上がりして、
「今日の私は如何ですか、髪型を少し凝ってみました」とか殿下に聞いてほしい(褒めてほしい甘えんぼ花花)
あと「あなたの可愛い三郎が、」とか花花に言ってほしい
殿下、花花のこと、よちよち〜私のかわい子ちゃん〜ってするイメージが私の頭にある。何故だ。