やっこ(オタクのすがた)
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やっこ(オタクのすがた)
@hrchy.bsky.social
ゲーム(Nintendo系・ドラクエ)/アイドル(櫻坂ちゃん・IS:SHUちゃん)/ソシャゲはあんまりしません。
家族円満のためにもおひとりさまDayは必要です
September 12, 2024 at 3:16 AM
やっとラストマイルみにいける!
September 12, 2024 at 3:15 AM
ヒロアカの映画見に行く前にラストマイルがはじまってしまう
August 20, 2024 at 3:05 AM
掛橋ちゃんの卒業、寂しいけど素敵な笑顔で最後表に出てきてくれてよかったよ
August 12, 2024 at 9:48 AM
父は祖母が連れて行ったのかな、と言うけど、祖母の姉側の親戚は、着いて行ったのかな、と言う。きっとどちらも正解な気がする。置いて行けるわけないし、置いていかれたく無かったんだね
April 3, 2024 at 11:33 AM
祖母が亡くなった3週間後、祖母の姉が亡くなった。奇しくも祖母と同じく、夜間寝ている間に旅立ったらしい
April 3, 2024 at 11:31 AM
33年生きて、ライフスタイルも変わって、世界で一番大好きだったおばあちゃんに加えてもうひとつ、息子という大好きなものが増えた。おばあちゃんからもらった愛情を、同じように息子に与えていきたい。恩返しじゃなくて恩送り。私が大切にしたい言葉。
March 13, 2024 at 1:10 PM
亡くなってからずっと胸の内で燻っていたものを全部出した。本当に最低な自分、人には見せれない黒い部分。しっかりお別れする事が出来た事への後悔は無い心と、心無いことを思ってしまっていた懺悔。もう撤回できる日は来ない。私は一生、この懺悔を心に留めて生きていく。
March 13, 2024 at 1:07 PM
今思うと、虫の知らせってやつだったのかも
ここ数日、親知らずのところが違和感。。。
March 13, 2024 at 1:00 PM
もし、1ヶ月、ずれていたら、仕事と育児をしながら祖母を見送ることになっていたら、きっともっとボロボロだった。そうなっていたことを思うと、しっかりと祖母とお別れの時間を取れた今、私は幸いなのかもしれない。結果論だけど。祖母はそんな私の心を見通していたのかも。伝わっていたのかも。そんなこと伝せたくなかったけど。
March 13, 2024 at 1:00 PM
正直、いつかこういう連絡が急に来ることは、地元を離れた時点で覚悟していた。なんなら、育休中の間ならすぐに動けるから、何かあるなら今の方が…なんて最低なことも考えていた。育休最後の1ヶ月を迎えるタイミングでの訃報。周りに迷惑をかけたくない祖母らしいと言えば祖母らしい。そんなことを思ってしまっていて、本当になってしまったことに対して、自分を責めたい。思っていたのは自分なのに。
March 13, 2024 at 12:56 PM
90を過ぎてから、身体が少しずつ悪くなっていた。でも、もう高齢だから検査することも難しいって言われていた。いつからか祖母は、うまく終わりたいと言っていた。自宅で、ベッドの上で、寝ている深夜に息を引き取った祖母。祖母としては、理想の旅立ちだったのかもしれない。残された方は看取れなかったって後悔が残ると思うけど、祖母の強い意志だったのかな。
March 13, 2024 at 12:51 PM
亡くなる前日も、デイサービスに行ってお風呂にも入れてもらって、帰宅してからは晩御飯をしっかり食べていたのに。母が、こうなるって分かっていたら、祖母が好きな鰻を晩御飯で食べさせたのに…よりにもよっておでんだよ…と言っていた。最後に食べたのが、好きなものより家の味のもので私は良かったと思うよ。
March 13, 2024 at 12:47 PM
結婚して、ひ孫を見せる事が出来た。育休中だったから、この1年は頻繁に実家に帰ってひ孫を見せる事が出来た。ビデオ通話もたくさんした。後悔することは何もないけど、本当に急逝だったから、分かっていれば後1回、前日にビデオ通話したのにな。思い出を語ったり、感謝の意を直接伝えたかった。それが出来なかった事だけが心残り。
March 13, 2024 at 12:44 PM
喪主である父の挨拶で、祖父が亡くなった時に私もすぐに行くからねって祖母が伝えていたことを知った。祖父の死を祖母が乗り越えて30年生きてくれたのは、祖母の友人たちの支えと、私たち孫の成長があったからだと思う。
March 13, 2024 at 12:39 PM
11時20分出棺、正午火葬。斎場はフル稼働で、同じ時刻で別のお見送りもあったほど。棺の上に、白い胡蝶蘭の花が一輪。お別れだけど、祖父のところへ行くんだと思って、いってらっしゃいの気持ちで見送った。祖父のことが大好きだった祖母。30年の時を経て、やっと会いに行けるね。
March 13, 2024 at 12:37 PM
棺にはたくさんのお花と、祖母がデイサービスで作った工作、孫4人の手紙と感謝状、ひ孫の手紙(まだ書けないので、手形足形)を入れた。服装は、祖母が私の結婚式で着るはずだった洋服。遺影の写真も同じ服。コロナの流行がなければ参加できたはずの私の結婚式。ドレス姿の写真を見せることは出来たけど、できればその目で本物を見て欲しかった。
March 13, 2024 at 12:32 PM
告別式当日、焼香の前に弔辞。祖母の孫4人がそれぞれ読み上げる。弟のお手紙が、祖母の元気な頃の様子が浮かび上がって来て涙。最後に私がお手紙読んだ後、感謝状を送った。いつも明るく、みんなを笑顔にしてくれた祖母。たくさんの愛を与えてくれてありがとう。
March 13, 2024 at 12:29 PM
父の計らいで、書道師範の免許を持っていた祖母の昔の作品や、モノクロの昔の写真(戦時中女学生時代の写真まで!)、親族との写真を葬儀場で展示することに。来てくださった親族やご町内の方々が見てくれて、とてもいい場になった。父ナイスアイデア。祖母の声が聞こえてくるようだと泣いてくれた親族もいた。もうこう言う場でしか会わない親族と、写真を通して祖母との関係を聞くことができた。
March 13, 2024 at 12:25 PM
3月3日に納棺があった為、次に対面した時にはもうお棺の中だった。お化粧で綺麗にしてもらったので、トレードマークだった左頬のシミもあまり目立たなくなってた。息子はお棺の窓をバンバン叩く。ひいばあちゃんが居ることが分かるんだね。その後顔窓の扉も閉めようとする。何回かやって自分の指を挟んでギャン泣き。それも思い出。
March 13, 2024 at 12:19 PM
斎場が埋まってるとの事で、葬儀まで1週間空く。息子のことも考え、滞在はわずか5時間ほどで夜には自宅へ戻る。保育園の説明会やら検診やらもあるためバタバタ。そんな気はしていたけど、検診で発達がゆっくりかもと言われ、訃報に続き胸に重くのしかかる。通夜の前日に再び実家へ。
March 13, 2024 at 12:16 PM
訃報を受けすぐに夫と息子を連れ実家へ。新幹線を使うので到着は昼。祖母の娘である伯母と、伯父も来ていた。早朝から出勤していた弟も家に戻っていた。実家に行くけれど、孫は出来ることも無い…。息子はお鈴をめっちゃ叩く。(お鈴を鳴らす息子に対して)婆さんを起こしてやってくれよという父の言葉が、亡くなったんだと言う現実を口にしているようで辛かった。
March 13, 2024 at 12:12 PM
2024年2月29日、朝7時過ぎに母からの電話で急逝を知る。6時過ぎに父が起こしに行くも、2回呼びかけても反応無し。その時点で冷たくなりかけていた。かかりつけの主治医に来てもらい、死亡確認。原因はわからない。窒息では無いと思う。享年93歳なので、老衰かもしれない。
March 13, 2024 at 12:06 PM
大好きな祖母が亡くなった。葬儀も終えてバタバタの日が終わって一息。悲しいけど、忘れたく無いので記録を残す
March 13, 2024 at 11:44 AM
ここ数日、親知らずのところが違和感。。。
February 28, 2024 at 4:11 PM