普通は着ぐるみとして振る舞う時間が特別なはずなのに、その関係では「特別」が入れ替わってしまう感覚になるのかな。
束の間憧れることがある。
普通は着ぐるみとして振る舞う時間が特別なはずなのに、その関係では「特別」が入れ替わってしまう感覚になるのかな。
束の間憧れることがある。
よく知っている人の映像を見たときに感じる極々わずかな不安。
やがてカメラワークが変わって、よく知っている顔が取り戻されるのだが、さっきまで別の顔であったとしてもおかしくはないという空想がよぎったりする。
顔が左右する不安定さ。
顔を取り上げられる恐怖。
顔を示唆する
首から下の"共通"
…それが着ぐるみさんなら、その間だけ中の人になってたりして。それまでの「顔」こそ真の共通で…
よく知っている人の映像を見たときに感じる極々わずかな不安。
やがてカメラワークが変わって、よく知っている顔が取り戻されるのだが、さっきまで別の顔であったとしてもおかしくはないという空想がよぎったりする。
顔が左右する不安定さ。
顔を取り上げられる恐怖。
顔を示唆する
首から下の"共通"
…それが着ぐるみさんなら、その間だけ中の人になってたりして。それまでの「顔」こそ真の共通で…
漫画アニメゲーム好きの延長という事情の方も多いとは思う。
漫画アニメゲーム好きの延長という事情の方も多いとは思う。
装飾過剰に感じるケースも少なくないがね。
装飾過剰に感じるケースも少なくないがね。
一般的には好奇心や同情を誘うのだろうか。
一般的には好奇心や同情を誘うのだろうか。
ほんとに 似てるんだな
鏡の前 キャラ探る
完全な瞳 動かない
慣れぬ目つき 隠れてる
これが自分 あれが自分
今なら 全く他人
不器用に 裾つまむ
ほてる 火照る 9割の実感
そこに問うは
固定の微笑
あの子じゃなくても
よかったの?
ほんとに 似てるんだな
鏡の前 キャラ探る
完全な瞳 動かない
慣れぬ目つき 隠れてる
これが自分 あれが自分
今なら 全く他人
不器用に 裾つまむ
ほてる 火照る 9割の実感
そこに問うは
固定の微笑
あの子じゃなくても
よかったの?
「結局、真っ直ぐな気持ちで練習というわけにもいかない」
「"着ぐるみさん"になれば、恥ずかしさが吹っ切れるかもと言ってましたね」
「きぐるめば解決ではなかった」
「でしょうね」
「好きで嬉しいからこそ、自分の中でそれ自体恥だという面があるんだ。演技難しいわ」
「でも着ぐるみさんが自然に恥ずかしそうにする状況そのものは、Kawaiiの観点ではむしろ得点高いですよね」
「微妙なラインかな。趣味としての着ぐるみの中の人は、男性という先入観と傾向がある。だから、ぎこちない動きは「男」に繋がりやすい気がする」
「目に見えないからこそ、大事なことはわかるってことですか?」
「こら、遊ぶな」
「結局、真っ直ぐな気持ちで練習というわけにもいかない」
「"着ぐるみさん"になれば、恥ずかしさが吹っ切れるかもと言ってましたね」
「きぐるめば解決ではなかった」
「でしょうね」
「好きで嬉しいからこそ、自分の中でそれ自体恥だという面があるんだ。演技難しいわ」
「でも着ぐるみさんが自然に恥ずかしそうにする状況そのものは、Kawaiiの観点ではむしろ得点高いですよね」
「微妙なラインかな。趣味としての着ぐるみの中の人は、男性という先入観と傾向がある。だから、ぎこちない動きは「男」に繋がりやすい気がする」
「目に見えないからこそ、大事なことはわかるってことですか?」
「こら、遊ぶな」
人形
フィギュア。
間の存在着ぐるみさん。
人形
フィギュア。
間の存在着ぐるみさん。
着ぐるみという形によって性質が適応し、コミュニケーション能力が向上するともいえる。
着ぐるみという形によって性質が適応し、コミュニケーション能力が向上するともいえる。
現場で急遽休むことになった着ぐるみメイドが、雇い主のぎこちない作業になんとか身振り手振りで改善点を伝えようとするも噛み合わない、という設定のごっこ遊びの話。
みたいな感じなの書きたいけど、あまり長続きしないしこの手のものって正直文字で表現する意味が薄いと思ってしまう…
現場で急遽休むことになった着ぐるみメイドが、雇い主のぎこちない作業になんとか身振り手振りで改善点を伝えようとするも噛み合わない、という設定のごっこ遊びの話。
みたいな感じなの書きたいけど、あまり長続きしないしこの手のものって正直文字で表現する意味が薄いと思ってしまう…
とはいえ、中の人が中の人でないときにどんな事ができてどんな事ができないかは基本的に別問題だ。
自分の中の一般人像を知らぬ間に投影する傾向はあるかもしれない。
とはいえ、中の人が中の人でないときにどんな事ができてどんな事ができないかは基本的に別問題だ。
自分の中の一般人像を知らぬ間に投影する傾向はあるかもしれない。
その前提がある以上逆にイメージを壊さない範囲で…と考えると、コスプレ自体が目的化しており、多方面に傲慢であることに気づく。
要は向いておらず臆病者ということでわかりきっていて、ちょっと苦笑いしてしまう。
(似たような気持ちの方に読んでもらえてると、特に嬉しい)
その前提がある以上逆にイメージを壊さない範囲で…と考えると、コスプレ自体が目的化しており、多方面に傲慢であることに気づく。
要は向いておらず臆病者ということでわかりきっていて、ちょっと苦笑いしてしまう。
(似たような気持ちの方に読んでもらえてると、特に嬉しい)
演技力を試されるのは、中の人だけではないということか。
その遠慮は非日常の発火点にとってプレッシャーとなるか、かえって勇気の源になるか。
演技力を試されるのは、中の人だけではないということか。
その遠慮は非日常の発火点にとってプレッシャーとなるか、かえって勇気の源になるか。
目には見えない裏方の様相(行動)がそのまま、しかし外側の視覚的効果を中心に別のあらわれ方として表層化するから、そうした多面性がうかがわれるのだろう。
中の人は、着ぐるみのキャラクターを人前では崩壊させないことが多い。
だから大抵は表には出ない裏方の役割ではあるのだが、性質上、本人が認知されなくとも本人が居合わせ、ある種本人による痕跡が複雑な形で示される。
演者を誰か知らない人々は、抽象具体が混ざり合った「人間」による結果と同時進行的に向き合うことに。
逆に知っているのならば、また違った捉え方が可能になる。
目には見えない裏方の様相(行動)がそのまま、しかし外側の視覚的効果を中心に別のあらわれ方として表層化するから、そうした多面性がうかがわれるのだろう。
中の人は、着ぐるみのキャラクターを人前では崩壊させないことが多い。
だから大抵は表には出ない裏方の役割ではあるのだが、性質上、本人が認知されなくとも本人が居合わせ、ある種本人による痕跡が複雑な形で示される。
演者を誰か知らない人々は、抽象具体が混ざり合った「人間」による結果と同時進行的に向き合うことに。
逆に知っているのならば、また違った捉え方が可能になる。
要望通りに、変化のあまりない手がやや血管が目立つ手を包んだ。温もりと感情が交差する。
かたや相手の表情が変わらないのを残念に思い、かたや表情がわからないのを救いとしながらも高鳴っていた。
行き過ぎかもしれない。だが「この」キャラが慕う人物の素性は明らかになっていないという一面もある。勝手な設定を当てはめる誘惑には抗いがたいもの。外と中の感情が一致するという前向きな解釈だってできる…
2次元と3次元の混同と融合。しかし長続きはしなかった。両者の幸せな錯覚は、淡い気まずさによって押し戻されたのだった。
そして今度は、友情のもとに楽しんだということである。
要望通りに、変化のあまりない手がやや血管が目立つ手を包んだ。温もりと感情が交差する。
かたや相手の表情が変わらないのを残念に思い、かたや表情がわからないのを救いとしながらも高鳴っていた。
行き過ぎかもしれない。だが「この」キャラが慕う人物の素性は明らかになっていないという一面もある。勝手な設定を当てはめる誘惑には抗いがたいもの。外と中の感情が一致するという前向きな解釈だってできる…
2次元と3次元の混同と融合。しかし長続きはしなかった。両者の幸せな錯覚は、淡い気まずさによって押し戻されたのだった。
そして今度は、友情のもとに楽しんだということである。
両者の間に親密でほんわかとした空気が生まれ、同時に、今更感のある気恥ずかしさが漂い始めた。しかし進退に別段の影響はなく、線を引く行為はそっと続く。
やがてどの類似色が願ったか、角度におもむきが出てきた。そうして線を引く反復に少しずつ変化が加えられていき、両者の集中力と想像力もまた次元を行き来していく。あくまで楽しく優しい観点を維持しながら、時間は過ぎていった。
最後に着ぐるみはお返しとばかり、類似色3を持つ相手の首筋にちょこっと触れた…この触れ合いはそれで終いということである。
両者の間に親密でほんわかとした空気が生まれ、同時に、今更感のある気恥ずかしさが漂い始めた。しかし進退に別段の影響はなく、線を引く行為はそっと続く。
やがてどの類似色が願ったか、角度におもむきが出てきた。そうして線を引く反復に少しずつ変化が加えられていき、両者の集中力と想像力もまた次元を行き来していく。あくまで楽しく優しい観点を維持しながら、時間は過ぎていった。
最後に着ぐるみはお返しとばかり、類似色3を持つ相手の首筋にちょこっと触れた…この触れ合いはそれで終いということである。
雑談が打ち切られ、先輩がだるそうに立ち上がった。
「ん、隣借りる」
後輩の視界から、しゃれっ気のない後ろ姿がすぐに消えた。
2
画面の中では、記号的なほどに整った長髪のキャラが、知人の名前を間違えたまま気づいていなかった。視聴する後輩の隣には、画面の中のキャラと同じ見た目の1体がいた。
間違いを優しく指摘する画面からの声の直後、場面が切り替わろうという時、後輩は隣から衣擦れを察知した。一回り違う顔が、包まれた手によってむしろ流麗に覆われていく。
何故か視界に影響を与えない指の間から、開いたままの大きな瞳が溢れ出ようとしていた。
画面が止まる。
先輩格の人は、手をおろし首を傾げた…
雑談が打ち切られ、先輩がだるそうに立ち上がった。
「ん、隣借りる」
後輩の視界から、しゃれっ気のない後ろ姿がすぐに消えた。
2
画面の中では、記号的なほどに整った長髪のキャラが、知人の名前を間違えたまま気づいていなかった。視聴する後輩の隣には、画面の中のキャラと同じ見た目の1体がいた。
間違いを優しく指摘する画面からの声の直後、場面が切り替わろうという時、後輩は隣から衣擦れを察知した。一回り違う顔が、包まれた手によってむしろ流麗に覆われていく。
何故か視界に影響を与えない指の間から、開いたままの大きな瞳が溢れ出ようとしていた。
画面が止まる。
先輩格の人は、手をおろし首を傾げた…
この詰め込み教育は、当然中の人の存在が前提となっている。おそらくその方向の楽しみ方も含まれる。
しかしほぼ同時に、さらには時間が経つにつれ、中の人は薄れ、そのキャラそのものの存在が期待され認識されていく面もある。
どの観点からにせよ、キャラとして存在しながら現実がよぎったり、本当のキャラのように感じたり、その場の事実がただ眼前にあったりすることだろう。
その境目が曖昧で魅力的だ。
価値観もあるが、詰め込み教育の概念には、何か本質が見え隠れしているような気もする。
この詰め込み教育は、当然中の人の存在が前提となっている。おそらくその方向の楽しみ方も含まれる。
しかしほぼ同時に、さらには時間が経つにつれ、中の人は薄れ、そのキャラそのものの存在が期待され認識されていく面もある。
どの観点からにせよ、キャラとして存在しながら現実がよぎったり、本当のキャラのように感じたり、その場の事実がただ眼前にあったりすることだろう。
その境目が曖昧で魅力的だ。
価値観もあるが、詰め込み教育の概念には、何か本質が見え隠れしているような気もする。
個人的には着ぐるみ1:人間3ぐらいが一番特別感が出るのではないかと思っている。ほどほどの人数の注目を浴びて、ちょっと対応に追われる感じが尊い。
だけどやはり、人間と着ぐるみにせよ着ぐるみ同士にせよ、親密な関係のようだったり、和気あいあいとしていたり、アイドルやモデルのような立場だったりするのも尊い。
個人的には着ぐるみ1:人間3ぐらいが一番特別感が出るのではないかと思っている。ほどほどの人数の注目を浴びて、ちょっと対応に追われる感じが尊い。
だけどやはり、人間と着ぐるみにせよ着ぐるみ同士にせよ、親密な関係のようだったり、和気あいあいとしていたり、アイドルやモデルのような立場だったりするのも尊い。
自分も経験も持ち物も人間関係さえも、同じもののはずなのにデータ移行によって引き継がれたような…すぐ元通りになってしっかりするんだけど。
まあ、元通りの今の方が錯覚ということはないだろうが…直線的時間をほぼ確信しているという意味では、現実に対する認識が狭いといえなくもないのかもしれない。ゆとりがある時間には、普段とは違う観点で周囲を見渡してみるのもいいリフレッシュになるだろう。
自分も経験も持ち物も人間関係さえも、同じもののはずなのにデータ移行によって引き継がれたような…すぐ元通りになってしっかりするんだけど。
まあ、元通りの今の方が錯覚ということはないだろうが…直線的時間をほぼ確信しているという意味では、現実に対する認識が狭いといえなくもないのかもしれない。ゆとりがある時間には、普段とは違う観点で周囲を見渡してみるのもいいリフレッシュになるだろう。
でも逆にキャラが自分よりも熱いなら、いつもより燃え上がってみる。
日常に支障が出てはあれだけど、キャラの地盤を探しながら生活してみるのも楽しそうである。
でも逆にキャラが自分よりも熱いなら、いつもより燃え上がってみる。
日常に支障が出てはあれだけど、キャラの地盤を探しながら生活してみるのも楽しそうである。