包摂・自由・社会正義に根ざす祈りの共同体。すべての人に開かれたリベラル・アングリカンの信仰を分かち合います。
A prayerful Anglican community rooted in inclusion, liberty, and social justice. We share an open and liberal faith for all.
【要約】
本号の「教会時論」は三つの現実を見つめた。派閥と裏金に縛られた総裁選は、政治の信頼を失わせ、市民の声を踏みにじっている。緊急避妊薬の市販化は女性の自己決定権を支える一歩だが、制度と教育の整備が不可欠である。イスラエルのカタール空爆は停戦の努力を破壊し、国際法を無視する暴挙であり、国際社会は毅然とした対応を迫られている。共通する問いは「いのちをどう守るか」である。沈黙に抗し、声なき声に応える責任を担うことが、私たちの信仰と社会に課された務めである。
【要約】
本号の「教会時論」は三つの現実を見つめた。派閥と裏金に縛られた総裁選は、政治の信頼を失わせ、市民の声を踏みにじっている。緊急避妊薬の市販化は女性の自己決定権を支える一歩だが、制度と教育の整備が不可欠である。イスラエルのカタール空爆は停戦の努力を破壊し、国際法を無視する暴挙であり、国際社会は毅然とした対応を迫られている。共通する問いは「いのちをどう守るか」である。沈黙に抗し、声なき声に応える責任を担うことが、私たちの信仰と社会に課された務めである。
聖霊降臨後第十三主日の福音は「選び取る自由と責任」を語る。申命記は「命を選べ」と迫り、フィレモン書は奴隷オネシモを「兄弟」として受け入れるよう訴え、ルカは「十字架を担え」と呼びかける。自由とは他者を排除する権利ではなく、命を守り、兄弟姉妹を迎える責任と結びついている。分断と排除が強まる現代において、命を選ぶ勇気と責任を担うことこそ、教会の証しであり神の国の希望の道である。
聖霊降臨後第十三主日の福音は「選び取る自由と責任」を語る。申命記は「命を選べ」と迫り、フィレモン書は奴隷オネシモを「兄弟」として受け入れるよう訴え、ルカは「十字架を担え」と呼びかける。自由とは他者を排除する権利ではなく、命を守り、兄弟姉妹を迎える責任と結びついている。分断と排除が強まる現代において、命を選ぶ勇気と責任を担うことこそ、教会の証しであり神の国の希望の道である。
聖霊降臨後第十二主日、与えられた聖書箇所は「謙遜と招待の逆説」を告げます。
シラ書は傲慢を戒め、ヘブライ書は愛ともてなしを勧め、ルカ福音書でイエスは「高ぶる者は低くされ、低くされる者は高められる」と語られました。
現代社会の排除や格差の中で、教会は小さな群れとして恐れずに低き席に座り、もてなしと希望を証しする使命を託されています。
聖霊降臨後第十二主日、与えられた聖書箇所は「謙遜と招待の逆説」を告げます。
シラ書は傲慢を戒め、ヘブライ書は愛ともてなしを勧め、ルカ福音書でイエスは「高ぶる者は低くされ、低くされる者は高められる」と語られました。
現代社会の排除や格差の中で、教会は小さな群れとして恐れずに低き席に座り、もてなしと希望を証しする使命を託されています。
記録的酷暑で農業は危機に瀕し、米不足と価格高騰が国民生活を揺るがしている。農家の労苦を正当に支える所得補償と技術支援は急務である。加えて、関東大震災での朝鮮人虐殺は百年を経てもなお記憶が軽んじられ、否定論が差別を助長している。追悼を公に行うことは未来の暴力を防ぐ責務である。さらに、長生炭鉱で犠牲となった朝鮮人労働者の遺骨は今も海底に眠り続けている。国が責任をもって返還を果たすことは人道的義務であり、日韓の和解の礎となる。酷暑の田畑、虐殺の記憶、眠れる遺骨――いずれも「いのちの尊厳」を守れるかどうかを問うている。忘却に抗し、和解と共生を築く責任が私たちに託されている。
記録的酷暑で農業は危機に瀕し、米不足と価格高騰が国民生活を揺るがしている。農家の労苦を正当に支える所得補償と技術支援は急務である。加えて、関東大震災での朝鮮人虐殺は百年を経てもなお記憶が軽んじられ、否定論が差別を助長している。追悼を公に行うことは未来の暴力を防ぐ責務である。さらに、長生炭鉱で犠牲となった朝鮮人労働者の遺骨は今も海底に眠り続けている。国が責任をもって返還を果たすことは人道的義務であり、日韓の和解の礎となる。酷暑の田畑、虐殺の記憶、眠れる遺骨――いずれも「いのちの尊厳」を守れるかどうかを問うている。忘却に抗し、和解と共生を築く責任が私たちに託されている。
敗戦八〇年、記憶は失われつつある。だが聖書は「神の言葉は火のようだ」と語る。火は忘却を砕き、真理を照らす。雲のような証人に囲まれ、「忍耐をもって走れ」と勧められる今、教会は小さな群れとして祈りと証しを担い、平和を守る火を投げ続ける。
敗戦八〇年、記憶は失われつつある。だが聖書は「神の言葉は火のようだ」と語る。火は忘却を砕き、真理を照らす。雲のような証人に囲まれ、「忍耐をもって走れ」と勧められる今、教会は小さな群れとして祈りと証しを担い、平和を守る火を投げ続ける。
二〇二五年八月、戦後八〇年を迎え、日本は右傾化や歴史修正主義の中で平和憲法の理念が揺らいでいる。創世記、ヘブライ書、ルカ福音書の日課は、見えない約束を信じ、巡礼者として歩み続け、「小さな群れ」として恐れず備えることを呼びかける。信仰による義は、内面だけでなく平和の実践を伴う。礼拝と祈祷はその力を養い、歴史の真実を守り、未来の希望を次世代に継ぐ備えとなる。
二〇二五年八月、戦後八〇年を迎え、日本は右傾化や歴史修正主義の中で平和憲法の理念が揺らいでいる。創世記、ヘブライ書、ルカ福音書の日課は、見えない約束を信じ、巡礼者として歩み続け、「小さな群れ」として恐れず備えることを呼びかける。信仰による義は、内面だけでなく平和の実践を伴う。礼拝と祈祷はその力を養い、歴史の真実を守り、未来の希望を次世代に継ぐ備えとなる。
終戦八十年のこの日に、私たちは導かれるようにこの聖歌を歌います。
聖歌「This Is My Song(これぞ我が歌―平和の祈り―)」は、
自らの国を愛しながらも、他の国々もまた神に愛される尊き存在であると告白し、
世界のすべての民に等しく平和が訪れるよう祈る、信仰と希望の歌です。
終戦八十年のこの日に、私たちは導かれるようにこの聖歌を歌います。
聖歌「This Is My Song(これぞ我が歌―平和の祈り―)」は、
自らの国を愛しながらも、他の国々もまた神に愛される尊き存在であると告白し、
世界のすべての民に等しく平和が訪れるよう祈る、信仰と希望の歌です。
――平和をつくる者として、歴史と未来のあいだに立つ
自由と友愛の独立聖公会は、戦後八十年にあたり、広島・長崎の被爆証言を「聖なる物語」として守り、未来へ伝える決意を表明します。「自由」は恐れからの解放、「友愛」は国境を越えた絆を意味し、恐怖に基づく核抑止を退け、信頼と対話による平和を目指します。戦争の記憶には加害も含まれ、十字架のもとでの赦しからしか真の和解は始まりません。核兵器は罪の構造であり、非核三原則を堅持し、禁止条約の理念に賛同します。忘却や美化に抗い、不正と暴力に対峙する行動を伴う平和を選びます。
――平和をつくる者として、歴史と未来のあいだに立つ
自由と友愛の独立聖公会は、戦後八十年にあたり、広島・長崎の被爆証言を「聖なる物語」として守り、未来へ伝える決意を表明します。「自由」は恐れからの解放、「友愛」は国境を越えた絆を意味し、恐怖に基づく核抑止を退け、信頼と対話による平和を目指します。戦争の記憶には加害も含まれ、十字架のもとでの赦しからしか真の和解は始まりません。核兵器は罪の構造であり、非核三原則を堅持し、禁止条約の理念に賛同します。忘却や美化に抗い、不正と暴力に対峙する行動を伴う平和を選びます。
富は命を保証しない。コヘレトは「空の空」と告げ、イエスは愚かな金持ちを戒め、パウロは憐れみと愛を着よと勧める。戦争や差別、環境危機の時代、倉を拡げるのではなく、神の愛と平和を倉いっぱいに満たそう。 #聖霊降臨後第8主日 #説教要旨
www.libertyandfellowship.org/2025/08/02/4...
富は命を保証しない。コヘレトは「空の空」と告げ、イエスは愚かな金持ちを戒め、パウロは憐れみと愛を着よと勧める。戦争や差別、環境危機の時代、倉を拡げるのではなく、神の愛と平和を倉いっぱいに満たそう。 #聖霊降臨後第8主日 #説教要旨
www.libertyandfellowship.org/2025/08/02/4...
—自由と友愛の独立聖公会 二周年記念の誓約
本通達は、自由と友愛の独立聖公会が創立二周年を迎えるにあたり、その信仰と使命を新たに確認し、教会名称を「自由と友愛の独立アングリカン教会」から「自由と友愛の独立聖公会」へと改めることを、正式に内外に告げるものである。聖公会の礼拝と霊性の伝統に立ち、独立した信仰共同体としての召命を誠実に歩む決意を、ここに明らかにする。
www.libertyandfellowship.org/2025/08/01/3...
—自由と友愛の独立聖公会 二周年記念の誓約
本通達は、自由と友愛の独立聖公会が創立二周年を迎えるにあたり、その信仰と使命を新たに確認し、教会名称を「自由と友愛の独立アングリカン教会」から「自由と友愛の独立聖公会」へと改めることを、正式に内外に告げるものである。聖公会の礼拝と霊性の伝統に立ち、独立した信仰共同体としての召命を誠実に歩む決意を、ここに明らかにする。
www.libertyandfellowship.org/2025/08/01/3...
アブラハムの執り成し、主の祈り、キリストに根ざす赦しの霊性――非赦しの時代に、なお祈る者がいる限り、神の応答は途絶えない。赦しと祈りをやめない教会こそ、神の義の現れ。与えられるのは奇跡ではなく、聖霊そのものである。
www.libertyandfellowship.org/2025/07/25/3...
アブラハムの執り成し、主の祈り、キリストに根ざす赦しの霊性――非赦しの時代に、なお祈る者がいる限り、神の応答は途絶えない。赦しと祈りをやめない教会こそ、神の義の現れ。与えられるのは奇跡ではなく、聖霊そのものである。
www.libertyandfellowship.org/2025/07/25/3...
【聖書箇所】
旧約日課 :創世記 一八章一〜一四節
使徒書 :コロサイの信徒への手紙 一章二一〜二九節
福音書 :ルカによる福音書 一〇章三八〜四二節
【要旨】
主の語りに耳を澄ませることは、混乱の時代を信仰に生きる出発点です。今日、選挙と主日が重なるなか、誤情報や騒ぎのただ中で、静けさのうちに神の真理を選び取る信仰の姿勢が問われています。マリアのように、誠実に耳を傾け、希望を携えて歩みましょう。
www.libertyandfellowship.org/2025/07/18/3...
【聖書箇所】
旧約日課 :創世記 一八章一〜一四節
使徒書 :コロサイの信徒への手紙 一章二一〜二九節
福音書 :ルカによる福音書 一〇章三八〜四二節
【要旨】
主の語りに耳を澄ませることは、混乱の時代を信仰に生きる出発点です。今日、選挙と主日が重なるなか、誤情報や騒ぎのただ中で、静けさのうちに神の真理を選び取る信仰の姿勢が問われています。マリアのように、誠実に耳を傾け、希望を携えて歩みましょう。
www.libertyandfellowship.org/2025/07/18/3...
時代の過渡にあって、私たちは導かれるようにこの聖歌を歌います。
聖歌316番「力の主を ほめたたえよ」は、
創造と摂理、癒しと守り、日々の恵みに満ちた神の御業に対して、
全存在をもって感謝と賛美をささげる祈りです。
それは、主の摂理に信頼し、霊魂も身体も、主の御手にゆだねる信仰の表現です。
祈りをもって、共にこの聖歌を歌いましょう。
www.libertyandfellowship.org/2025/07/18/3...
時代の過渡にあって、私たちは導かれるようにこの聖歌を歌います。
聖歌316番「力の主を ほめたたえよ」は、
創造と摂理、癒しと守り、日々の恵みに満ちた神の御業に対して、
全存在をもって感謝と賛美をささげる祈りです。
それは、主の摂理に信頼し、霊魂も身体も、主の御手にゆだねる信仰の表現です。
祈りをもって、共にこの聖歌を歌いましょう。
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🌐 www.libertyandfellowship.org
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繰り返される地震の中で試練を生きる小さき共同体に、神の守りと人の手の支援が届きますように。交通や通信が断たれる島々にあっても、主の憐れみが絶えることはありません。「神はわれらの避けどころ」(詩編46編)。
繰り返される地震の中で試練を生きる小さき共同体に、神の守りと人の手の支援が届きますように。交通や通信が断たれる島々にあっても、主の憐れみが絶えることはありません。「神はわれらの避けどころ」(詩編46編)。
www.libertyandfellowship.com/2025/07/blog...
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公式ブログ(https://www.libertyandfellowship.com/)への移転に伴い、note_comに掲載していた2025年6月以前の記事は、エクスポートができない仕様のため削除となりました。
そのため、SNS各所にてリンク先が存在しないなどの状態が生じております。
ご不便をおかけいたしますが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
www.libertyandfellowship.com/2025/06/2025...
公式ブログ(https://www.libertyandfellowship.com/)への移転に伴い、note_comに掲載していた2025年6月以前の記事は、エクスポートができない仕様のため削除となりました。
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記念ではなく「記憶の日」として迎えた2025年6月23日、石破茂氏の言葉と姿勢は、国家の責任と霊的応答の両面を照らした。信仰とは、痛みと祈りに応答することである。
慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけする(詩編85:10–11)
#沖縄戦80年
#記憶の責任
#誠実な政治家
#信仰と応答
#祈りと共に生きる
#石破茂
「うみゆかば」が響いた摩文仁の丘。そこにあったのは祈りではなく、記憶の軍事化だった。教会が黙れば神も黙る。偽りの平和を拒み、信仰者はいま歴史の前に立たねばならない。
見張り人の血をあなたの手から求める(エゼキエル33:6)
#歴史修正主義
#摩文仁の丘
#沖縄戦80年
#霊的再軍備に抗え
#信仰の名を偽るな
#誤りを継がせぬために
#沖縄戦80年
#記憶の神学
#預言する教会
#命の歴史観に立て
#沈黙の共犯者にはならない
#沖縄戦80年
#記憶の神学
#預言する教会
#命の歴史観に立て
#沈黙の共犯者にはならない
#説教
#ゼカリヤの涙と赦し
#裂かれた者と共に生きる
#キリストを着る共同体
#誰を突き刺してきたのか
#十字架を背負う召命
#説教
#ゼカリヤの涙と赦し
#裂かれた者と共に生きる
#キリストを着る共同体
#誰を突き刺してきたのか
#十字架を背負う召命