道徳と誠実さを信念とする彼の事だ。きっとこの選択は受け入れられないと思ってはいたけれど、実際に拒絶されるとかなり堪える。
⚡はそんな顔を伏せた🎨の頬を柔く撫でると、言葉を続けた。
「しかし、なんの肩書きも持たない、只人としての私は、君がこの場にいる事を喜んでしまっている。
君が全てを投げ捨ててでも、私を選んでくれた事がどうしようもなく嬉しい。」
道徳と誠実さを信念とする彼の事だ。きっとこの選択は受け入れられないと思ってはいたけれど、実際に拒絶されるとかなり堪える。
⚡はそんな顔を伏せた🎨の頬を柔く撫でると、言葉を続けた。
「しかし、なんの肩書きも持たない、只人としての私は、君がこの場にいる事を喜んでしまっている。
君が全てを投げ捨ててでも、私を選んでくれた事がどうしようもなく嬉しい。」
彼が一時の感情で戻って来たのなら、諭しようもあった。この選択を後悔しているのなら、どうにか彼を生き延びさる事も出来た。
けれど、彼は全てを理解した上でここにいる。その想いを果たして自分が無下にしてしまって良いのだろうか。
⚡は目線を落とし2、3度瞳を左右に揺らしたが、受け入れたように目を閉じると🎨へと向き直り目を開けた。
「看守長としては君の行動を止めなければならない。君は罪なき者であり、ここの監獄で潰えてよい人物では無いだろう。それに、自分の命を捨ててまでも貫く信念など、ありはしない」
彼が一時の感情で戻って来たのなら、諭しようもあった。この選択を後悔しているのなら、どうにか彼を生き延びさる事も出来た。
けれど、彼は全てを理解した上でここにいる。その想いを果たして自分が無下にしてしまって良いのだろうか。
⚡は目線を落とし2、3度瞳を左右に揺らしたが、受け入れたように目を閉じると🎨へと向き直り目を開けた。
「看守長としては君の行動を止めなければならない。君は罪なき者であり、ここの監獄で潰えてよい人物では無いだろう。それに、自分の命を捨ててまでも貫く信念など、ありはしない」
「貴方が、僕の事を拾い上げてくれた時のように。」
「僕の命はあの時貴方に生かされたも同然。それなのに、貴方を、⚡を見捨てて1人逃げ出す事は出来ない。」
「…いや、違う。こんな義理堅い感情なんかじゃない。僕は、僕の我儘でここへ戻ったんだ。貴方に2度も救ってもらった命を無駄にして、自分の感情だけを優先して。」
いつの間にか🎨の口調が砕け、敬語が外れている。自分の心の中を吐き出すように飾り立てていない感情が、彼の口から溢れ出す。
「貴方が、僕の事を拾い上げてくれた時のように。」
「僕の命はあの時貴方に生かされたも同然。それなのに、貴方を、⚡を見捨てて1人逃げ出す事は出来ない。」
「…いや、違う。こんな義理堅い感情なんかじゃない。僕は、僕の我儘でここへ戻ったんだ。貴方に2度も救ってもらった命を無駄にして、自分の感情だけを優先して。」
いつの間にか🎨の口調が砕け、敬語が外れている。自分の心の中を吐き出すように飾り立てていない感情が、彼の口から溢れ出す。
ここまでどうやって来たか、なぜ死ぬと分かりながら来たのか。
渦巻く疑問を問おうとするが、最終的に⚡の口から出たのは「どうして、君は」の一言だった。
しかしその一言は⚡の全ての疑問を内包し、🎨もそれを理解したらしい。
金の目が⚡を射抜いた。それは真っ直ぐに、見透かすように。
「貴方のそばに居たいと思ったから。恩義も信条も、全てをかなぐり捨ててでも貴方の横で終わりたいと思ったから。」
🎨の瞳は透き通っており、決して潰えぬ覚悟が水底の真珠のように輝いていた。
ここまでどうやって来たか、なぜ死ぬと分かりながら来たのか。
渦巻く疑問を問おうとするが、最終的に⚡の口から出たのは「どうして、君は」の一言だった。
しかしその一言は⚡の全ての疑問を内包し、🎨もそれを理解したらしい。
金の目が⚡を射抜いた。それは真っ直ぐに、見透かすように。
「貴方のそばに居たいと思ったから。恩義も信条も、全てをかなぐり捨ててでも貴方の横で終わりたいと思ったから。」
🎨の瞳は透き通っており、決して潰えぬ覚悟が水底の真珠のように輝いていた。
しかし、窓の外では渦巻く炎が監獄全体を飲み込まんとしており、監獄の最上階に位置するこの部屋にまでその手を伸ばしかけている。
しかし不思議とそれ以上は上がって来ず、なにか不思議な呪いでもかけられているようだった。
🎨はそんな部屋の中央へいき、⚡の方を振り返った。
⚡としても階下は既に炎に呑まれているだろうとして、炎が迫り来る時間を少しでも遅らせようと後ろ手に扉を閉め🎨へ向き直った。
口を開いて疑問を問おうとするが、どう言っていいのか分からない。
しかし、窓の外では渦巻く炎が監獄全体を飲み込まんとしており、監獄の最上階に位置するこの部屋にまでその手を伸ばしかけている。
しかし不思議とそれ以上は上がって来ず、なにか不思議な呪いでもかけられているようだった。
🎨はそんな部屋の中央へいき、⚡の方を振り返った。
⚡としても階下は既に炎に呑まれているだろうとして、炎が迫り来る時間を少しでも遅らせようと後ろ手に扉を閉め🎨へ向き直った。
口を開いて疑問を問おうとするが、どう言っていいのか分からない。
流石の⚡もこの行動の意図が読めず、「何をやっている!」と少し乱雑になった口調で問いただす。
しかしその気迫に気圧されることなく、🎨は淡々と
「僕は自分の意思でここに来ました。勿論、助からない事も留意した上でです。」
となんでもない事の様に伝えた。
この答えに困惑したのは⚡の方で、「は、」と息を飲み一瞬動きを止めた。
てっきり忘れた物を取りに帰ったのか、もしくは誰かの差し金でここへ送り込まれたかと思っていたのだが、その予想が綺麗に外れたからだ。
その一瞬の隙を突いて、🎨は開いた扉の隙間からするりと室内へ入り込んだ。
流石の⚡もこの行動の意図が読めず、「何をやっている!」と少し乱雑になった口調で問いただす。
しかしその気迫に気圧されることなく、🎨は淡々と
「僕は自分の意思でここに来ました。勿論、助からない事も留意した上でです。」
となんでもない事の様に伝えた。
この答えに困惑したのは⚡の方で、「は、」と息を飲み一瞬動きを止めた。
てっきり忘れた物を取りに帰ったのか、もしくは誰かの差し金でここへ送り込まれたかと思っていたのだが、その予想が綺麗に外れたからだ。
その一瞬の隙を突いて、🎨は開いた扉の隙間からするりと室内へ入り込んだ。
一瞬、⚡は目の前の🎨は自身がみせた都合の良い幻覚なのかと疑ったが、所々焼け焦げた跡のある服が彼が本当に存在している事を証明している。
「なぜ、此処に戻ってきたのだ。いや、最早そんなことはどうだっていい、まずは君をここから逃がさなければ。君の姿からして、炎の回りはかなり早いらしい。急がなければ手遅れになる。」
疑念は湧き続けるが、一旦それを思考の外に追い出した⚡は🎨の手を引き、まだ通れる出口があるかどうかを探しに行こうとした。
一瞬、⚡は目の前の🎨は自身がみせた都合の良い幻覚なのかと疑ったが、所々焼け焦げた跡のある服が彼が本当に存在している事を証明している。
「なぜ、此処に戻ってきたのだ。いや、最早そんなことはどうだっていい、まずは君をここから逃がさなければ。君の姿からして、炎の回りはかなり早いらしい。急がなければ手遅れになる。」
疑念は湧き続けるが、一旦それを思考の外に追い出した⚡は🎨の手を引き、まだ通れる出口があるかどうかを探しに行こうとした。
あぁ、あの実験をやっておけば良かったかもしれない。
あの本は読んだがもっと読み込めればなにか新しい発見があったやも。
顎に手を当て、考え続ける⚡だが不意に部屋にノックの音が響いた。
これには⚡も驚き、一瞬の内に警戒態勢に入った。が、そもそも自分はここで死ぬ定めだという事を思い出し、警戒を解いた。
どうせもう暫くすれば火の手が回るのだ。今命を落とそうが落とさまいが同じだろう。
そう思い、せめてここまで顔を見に来る酔狂な人間の顔を見てやろう、と叩かれた扉を開けた
あぁ、あの実験をやっておけば良かったかもしれない。
あの本は読んだがもっと読み込めればなにか新しい発見があったやも。
顎に手を当て、考え続ける⚡だが不意に部屋にノックの音が響いた。
これには⚡も驚き、一瞬の内に警戒態勢に入った。が、そもそも自分はここで死ぬ定めだという事を思い出し、警戒を解いた。
どうせもう暫くすれば火の手が回るのだ。今命を落とそうが落とさまいが同じだろう。
そう思い、せめてここまで顔を見に来る酔狂な人間の顔を見てやろう、と叩かれた扉を開けた
一縷の望みを掛けて、彼らが心の道徳心に従う事を願ったが、それも徒労だった。
選抜は愚者のカーニバルとなり、監獄には火がつけられた。
⚡も道徳を失わせようとする密偵だとして監獄に押し込まれた。
⚡はこれを予想していたのか、特に大きな抵抗もせず火中に飛び込む蛾のように大人しく監獄へと入っていった。
入口は炎で閉じられ、ほかの出入口も使えないようにされている始末。
これも予想済みだ、と言わんばかりに短く息を吐き執務室へと歩みを進めた。
燃料が撒いてあったのか、火の周りは早い。しかし石造りの監獄という事もあってか、内部に火が届くにはまだ時間がありそうだ。
一縷の望みを掛けて、彼らが心の道徳心に従う事を願ったが、それも徒労だった。
選抜は愚者のカーニバルとなり、監獄には火がつけられた。
⚡も道徳を失わせようとする密偵だとして監獄に押し込まれた。
⚡はこれを予想していたのか、特に大きな抵抗もせず火中に飛び込む蛾のように大人しく監獄へと入っていった。
入口は炎で閉じられ、ほかの出入口も使えないようにされている始末。
これも予想済みだ、と言わんばかりに短く息を吐き執務室へと歩みを進めた。
燃料が撒いてあったのか、火の周りは早い。しかし石造りの監獄という事もあってか、内部に火が届くにはまだ時間がありそうだ。
蓋をしていたはずの想いが零れていく。聞いているのは絵の中の黒猫だけという状況が、⚡の感情の重い蓋を緩めた。
ぽつりぽつりと放つ言葉は何処にも受け止められず、宙で霧散していく。それが⚡にとっては都合が良かった。
しかし最後の言葉を言い終わった直後、黒猫の目がキラリと光った気がした
不思議に思い絵を詳しく見てみるが、何処にもおかしな箇所は無い
光の反射による見間違えか…?と思う⚡の耳に外の喧騒が聞こえた。
どうやら昼食の時間が終わったらしい。
丁度良い時間だ、と⚡は本番に向け、細かい調整を行うため部屋を後にした。
蓋をしていたはずの想いが零れていく。聞いているのは絵の中の黒猫だけという状況が、⚡の感情の重い蓋を緩めた。
ぽつりぽつりと放つ言葉は何処にも受け止められず、宙で霧散していく。それが⚡にとっては都合が良かった。
しかし最後の言葉を言い終わった直後、黒猫の目がキラリと光った気がした
不思議に思い絵を詳しく見てみるが、何処にもおかしな箇所は無い
光の反射による見間違えか…?と思う⚡の耳に外の喧騒が聞こえた。
どうやら昼食の時間が終わったらしい。
丁度良い時間だ、と⚡は本番に向け、細かい調整を行うため部屋を後にした。
どうしたものか、と思いふと壁を見ると、黒猫がこちらを見ていた。
もちろん本物の黒猫では無い。🎨が猫好きだという⚡へ描いてプレゼントした、黒猫の絵である。
けれどその緑の目がこちらを見つめているような気がして、⚡は絵の前へと誘われるように向かった。
相変わらず絵の黒猫は絵であり、瞬きをしたり尾が動いたりなんて事はしなかった。
しかしこの目の前では、何を言ったとしても許される気がして⚡は心に秘めた想いを吐き出した。
どうしたものか、と思いふと壁を見ると、黒猫がこちらを見ていた。
もちろん本物の黒猫では無い。🎨が猫好きだという⚡へ描いてプレゼントした、黒猫の絵である。
けれどその緑の目がこちらを見つめているような気がして、⚡は絵の前へと誘われるように向かった。
相変わらず絵の黒猫は絵であり、瞬きをしたり尾が動いたりなんて事はしなかった。
しかしこの目の前では、何を言ったとしても許される気がして⚡は心に秘めた想いを吐き出した。
前から準備を行っていたとは言え、当日はやはり慌ただしくなるものである。
しかしそんな解放日の準備もある程度終わり、一息つける時間となった昼時。
囚達と看守は皆で食堂で昼食を摂るらしいが⚡はそれに加わらず、執務室で1人昼食を摂っていた。
メニューはサンドイッチ、🎨に持たせたものと同じもの。
サンドイッチを食べる🎨に思いを馳せ、ここに彼が居たらと願う心を必死に押さえつける。
ここに居て危険に晒したらどうする。第一、自分と彼はそんな関係には至っていないだろう。
無心を心掛け、大口でサンドイッチを食べ終わる。
前から準備を行っていたとは言え、当日はやはり慌ただしくなるものである。
しかしそんな解放日の準備もある程度終わり、一息つける時間となった昼時。
囚達と看守は皆で食堂で昼食を摂るらしいが⚡はそれに加わらず、執務室で1人昼食を摂っていた。
メニューはサンドイッチ、🎨に持たせたものと同じもの。
サンドイッチを食べる🎨に思いを馳せ、ここに彼が居たらと願う心を必死に押さえつける。
ここに居て危険に晒したらどうする。第一、自分と彼はそんな関係には至っていないだろう。
無心を心掛け、大口でサンドイッチを食べ終わる。
「あの、ここから監獄へは何時間位かかるのでしょうか」
「ふむここからだと…馬車で3時間、歩いて6時間くらいかね。今いる場所は街と監獄の中間地点位だから、そうさね、それくらいかね。」
「なるほど…あの、厚かましいお願いだとは存じているのですが、どうか1つ頼まれ事を引き受けて下さいませんか。」
「頼まれ事…?一体なんだい?」
「ある手紙を届けて欲しいのです」
そう言うと🎨はポケットから手紙を取り出し、老人へと渡した。
「あの、ここから監獄へは何時間位かかるのでしょうか」
「ふむここからだと…馬車で3時間、歩いて6時間くらいかね。今いる場所は街と監獄の中間地点位だから、そうさね、それくらいかね。」
「なるほど…あの、厚かましいお願いだとは存じているのですが、どうか1つ頼まれ事を引き受けて下さいませんか。」
「頼まれ事…?一体なんだい?」
「ある手紙を届けて欲しいのです」
そう言うと🎨はポケットから手紙を取り出し、老人へと渡した。
馬車の荷台から降り、御者台の方へ行くと老人は椅子を半分空け右端の方に座っている。
どうやら左を🎨の為に空けてくれたらしい。それに礼を言いながら、御者台へ座りお昼ご飯の包みを開けた。
⚡が持たせてくれたお昼はサンドイッチであり、移動中でも食べやすいようにと気遣いが感じられる。
それを嬉しく思いながらもサンドイッチを食べ始めた。隣の老人も弁当を持って来ているらしく、時折挟まる会話と共に昼食の時間は和やかに流れていった。
馬車の荷台から降り、御者台の方へ行くと老人は椅子を半分空け右端の方に座っている。
どうやら左を🎨の為に空けてくれたらしい。それに礼を言いながら、御者台へ座りお昼ご飯の包みを開けた。
⚡が持たせてくれたお昼はサンドイッチであり、移動中でも食べやすいようにと気遣いが感じられる。
それを嬉しく思いながらもサンドイッチを食べ始めた。隣の老人も弁当を持って来ているらしく、時折挟まる会話と共に昼食の時間は和やかに流れていった。
胸の中へ嬉しさと寂しさが同時に襲ってくるのが分かる。
彼はここまで僕の事を想っていてくれた。愛してもらっていた!
じゃあ、自分は彼になにか返せただろうか。この沢山貰った愛に見合う何かが出来だろうか。ううん、まだ何も出来ていない。
あぁもうなぜ、自分はこの人のそばに居ないのだろう!
いや、恩義も誠意も関係ない。ただただ、この人の傍に居たい!
例え命が無くなるとしても、共に在りたいんだ。
目を閉じて深呼吸をすると、澄んだ空気が肺を満たす。思考が澄み切って、やるべき事が見えてくる。
長く息を吐いた🎨は、紙とペンを取り出し一筆目を紙に置いた。
胸の中へ嬉しさと寂しさが同時に襲ってくるのが分かる。
彼はここまで僕の事を想っていてくれた。愛してもらっていた!
じゃあ、自分は彼になにか返せただろうか。この沢山貰った愛に見合う何かが出来だろうか。ううん、まだ何も出来ていない。
あぁもうなぜ、自分はこの人のそばに居ないのだろう!
いや、恩義も誠意も関係ない。ただただ、この人の傍に居たい!
例え命が無くなるとしても、共に在りたいんだ。
目を閉じて深呼吸をすると、澄んだ空気が肺を満たす。思考が澄み切って、やるべき事が見えてくる。
長く息を吐いた🎨は、紙とペンを取り出し一筆目を紙に置いた。
インクで書いた文章を上から隠したのだろう、白いインクが塗られている。
丁寧に直されたそれは、地の紙と調和しておかしな所など一切無い。
しかし🎨は絵に精通するものだからだろうか、その箇所に感じる違和感をすくい上げたのだ。
幸い下に書かれた文字を確認する方法を知っていた為、🎨は隠された言葉を見る事ができた。
そこに書かれていたのはただ一言、愛している
それだけだった。
きっと、彼は最後までこれを残すか残すまいか迷っていたのだろう。
自分の感情と理性の板挟みになりながらも迷い、最後の最後では僕の幸せを思って隠したのだ
インクで書いた文章を上から隠したのだろう、白いインクが塗られている。
丁寧に直されたそれは、地の紙と調和しておかしな所など一切無い。
しかし🎨は絵に精通するものだからだろうか、その箇所に感じる違和感をすくい上げたのだ。
幸い下に書かれた文字を確認する方法を知っていた為、🎨は隠された言葉を見る事ができた。
そこに書かれていたのはただ一言、愛している
それだけだった。
きっと、彼は最後までこれを残すか残すまいか迷っていたのだろう。
自分の感情と理性の板挟みになりながらも迷い、最後の最後では僕の幸せを思って隠したのだ
だけどそれだけ。
それ以外の想いは一切書かれていなかった。
文末も、もう会う事はないと思うがどうか元気で。と1行にも満たない言葉で締められており、少し冷たい印象すら与えている。
それに対し、🎨は少し疑問を覚えた。
彼は礼節をしっかりする人だった。それなのに、別れの手紙が簡素な事などあるのだろうか?
彼は忙しい身でここまでやってくれたのだ。それ以上を望んではいけないと納得しようとする🎨だったが、どうにも腑に落ちない。
だけどそれだけ。
それ以外の想いは一切書かれていなかった。
文末も、もう会う事はないと思うがどうか元気で。と1行にも満たない言葉で締められており、少し冷たい印象すら与えている。
それに対し、🎨は少し疑問を覚えた。
彼は礼節をしっかりする人だった。それなのに、別れの手紙が簡素な事などあるのだろうか?
彼は忙しい身でここまでやってくれたのだ。それ以上を望んではいけないと納得しようとする🎨だったが、どうにも腑に落ちない。
馬車の振動で自分のポケットから出てしまったのだろう。
ちょうど手持ち無沙汰だし、⚡はどんな物を入れたのか気になった🎨は封筒を開け中身を取り出した。
封筒の中には⚡の恩師へ宛てた手紙と書類、そして🎨宛の手紙が一通入っていた。
自分宛の手紙が入っていて嬉しい様な、こそばゆい様な気分になった🎨はペーパーナイフで慎重に封を切り、中身を読み出した。
手紙の中身は至って普通の事が書いてあった。監獄での生活で不便な思いをさせてしまっただろう、申し訳なかったという意の謝罪や
馬車の振動で自分のポケットから出てしまったのだろう。
ちょうど手持ち無沙汰だし、⚡はどんな物を入れたのか気になった🎨は封筒を開け中身を取り出した。
封筒の中には⚡の恩師へ宛てた手紙と書類、そして🎨宛の手紙が一通入っていた。
自分宛の手紙が入っていて嬉しい様な、こそばゆい様な気分になった🎨はペーパーナイフで慎重に封を切り、中身を読み出した。
手紙の中身は至って普通の事が書いてあった。監獄での生活で不便な思いをさせてしまっただろう、申し訳なかったという意の謝罪や
どれくらい経っただろうか、ふと微睡む🎨に声がかかる。
御者台からするその声は、そろそろ昼食でも摂らないかという誘いだった。どうやらあの老人が、眠っている自分を気にかけて声を掛けてくれたらしい。
窓の外を確認すると、陽が天高く上りもう少しで中天に達するかという位置だった。
それに対し🎨は了解の意を示し、馬車が止まるまで待つ事にした。
その間、手持ち無沙汰なのでどうしたものかと悩む🎨
絵を描くのも良いが、今は書く題材が思い浮かばない。
どうしたものかと思っていると、手にかさりとした感覚が触れた。
どれくらい経っただろうか、ふと微睡む🎨に声がかかる。
御者台からするその声は、そろそろ昼食でも摂らないかという誘いだった。どうやらあの老人が、眠っている自分を気にかけて声を掛けてくれたらしい。
窓の外を確認すると、陽が天高く上りもう少しで中天に達するかという位置だった。
それに対し🎨は了解の意を示し、馬車が止まるまで待つ事にした。
その間、手持ち無沙汰なのでどうしたものかと悩む🎨
絵を描くのも良いが、今は書く題材が思い浮かばない。
どうしたものかと思っていると、手にかさりとした感覚が触れた。
リンゴーン、と今度は大きな鐘の音がなる
監獄の鐘塔が囚達に起床を促しているのだ
この音から監獄は本格的に活動を始める事になる
その音にどちらからともなく腕を外し、⚡は1歩下がり、🎨は馬車へと乗り込んだ。
「それでは、幸せに」
「はい、⚡さんもどうかお身体に気をつけて。本当にありがとうございました。」
互いに別れの言葉を言い終わると、馬車はゆっくりと進み始めた。
蹄と車輪の音が遠ざかり、ついには馬車は雪の上にポツンと見える黒点程に小さくなった。
それを見送り終わると、⚡は踵を返して監獄内へと歩みを進めた。
己の、最後の仕事を成すために
リンゴーン、と今度は大きな鐘の音がなる
監獄の鐘塔が囚達に起床を促しているのだ
この音から監獄は本格的に活動を始める事になる
その音にどちらからともなく腕を外し、⚡は1歩下がり、🎨は馬車へと乗り込んだ。
「それでは、幸せに」
「はい、⚡さんもどうかお身体に気をつけて。本当にありがとうございました。」
互いに別れの言葉を言い終わると、馬車はゆっくりと進み始めた。
蹄と車輪の音が遠ざかり、ついには馬車は雪の上にポツンと見える黒点程に小さくなった。
それを見送り終わると、⚡は踵を返して監獄内へと歩みを進めた。
己の、最後の仕事を成すために
⚡に抱きしめられているのだと🎨が気付くまでそう時間はかからなかった。
好きな人にいきなり抱き締められるのだから混乱しない訳がなく、🎨も例に漏れず「え、あの、」と言葉にもならない言葉しか出せない。
対照的に⚡は落ち着き払った様子で「いきなりすまない。でもどうか、この哀れな男に最後の思い出をくれないだろうか。」
と懇願する。
頼んでいるのに有無を言わせず抱き締める姿に🎨もただならぬものを感じ、手を伸ばし⚡を抱き締め返した。
⚡に抱きしめられているのだと🎨が気付くまでそう時間はかからなかった。
好きな人にいきなり抱き締められるのだから混乱しない訳がなく、🎨も例に漏れず「え、あの、」と言葉にもならない言葉しか出せない。
対照的に⚡は落ち着き払った様子で「いきなりすまない。でもどうか、この哀れな男に最後の思い出をくれないだろうか。」
と懇願する。
頼んでいるのに有無を言わせず抱き締める姿に🎨もただならぬものを感じ、手を伸ばし⚡を抱き締め返した。
両者の吐き出せない想いが募る中、チリーンと軽やかな鐘の音が響いた。
積荷を下ろし終わった合図であるその音は、この穏やかな時間の終わりを告げるものでもあった。
⚡と🎨の目の前に馬車が止まる。御者台からは気の良さそうな老人が1人、帽子をあげて挨拶をしている。
これ以上ここに居たら決意が鈍ってしまうかもしれない、と足早に馬車へ乗り込もうとする🎨へ声がかかる。
「🎨」
その声に半ば反射的に振り向いた🎨の視界が、青で埋め尽くされた。
両者の吐き出せない想いが募る中、チリーンと軽やかな鐘の音が響いた。
積荷を下ろし終わった合図であるその音は、この穏やかな時間の終わりを告げるものでもあった。
⚡と🎨の目の前に馬車が止まる。御者台からは気の良さそうな老人が1人、帽子をあげて挨拶をしている。
これ以上ここに居たら決意が鈍ってしまうかもしれない、と足早に馬車へ乗り込もうとする🎨へ声がかかる。
「🎨」
その声に半ば反射的に振り向いた🎨の視界が、青で埋め尽くされた。
⚡がここまでして自分をここから遠ざけようとするのは、この監獄を取り巻く不穏な空気から逃す為だと分かってはいる。自分を危険から守ろうとしてくれるのだと分かってはいるんだ。
だけど、それでも心の痛みは消えない。失意の底に沈んでいた自分を拾い、自分へ居場所を与えてくれた、自分に、愛を思い出させてくれた人から離れる事に心が軋む。
愛おしいと叫ぶ恋心が、離れたくないと泣き喚く。
せめて最後の思い出に、抱きついて頬にキスでもしてやろうか。
そんな自暴自棄な考えも一瞬浮かぶが、🎨はそんな自分の考えを直ぐに否定した
⚡がここまでして自分をここから遠ざけようとするのは、この監獄を取り巻く不穏な空気から逃す為だと分かってはいる。自分を危険から守ろうとしてくれるのだと分かってはいるんだ。
だけど、それでも心の痛みは消えない。失意の底に沈んでいた自分を拾い、自分へ居場所を与えてくれた、自分に、愛を思い出させてくれた人から離れる事に心が軋む。
愛おしいと叫ぶ恋心が、離れたくないと泣き喚く。
せめて最後の思い出に、抱きついて頬にキスでもしてやろうか。
そんな自暴自棄な考えも一瞬浮かぶが、🎨はそんな自分の考えを直ぐに否定した
⚡はそれを見て一瞬手を伸ばしかけるが、直ぐにそれを止め拳を固く握った。
手放すと決めたのは自分だろう。今更、彼に手を伸ばしたとて彼を困らせるだけだ。
それに、ここに引き留めてしまえばきっと彼も無事では済まないだろう。
自分のエゴで彼を危険に晒す訳にはいかない。
⚡はそれを見て一瞬手を伸ばしかけるが、直ぐにそれを止め拳を固く握った。
手放すと決めたのは自分だろう。今更、彼に手を伸ばしたとて彼を困らせるだけだ。
それに、ここに引き留めてしまえばきっと彼も無事では済まないだろう。
自分のエゴで彼を危険に晒す訳にはいかない。