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みるふぉ

みるふぉ

@mille4.bsky.social

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20↑ 空放が好き
ついったID→ @_mille4

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みるふぉ

@mille4.bsky.social

『十六夜』（3/3）
お題「うさぎは寂しいと死んじゃうんだって」お借りしました！

かなりセンチメンタルな空放でございます
#1h_aescara

「十六夜」

――そういえば、知ってる？　うさぎは寂しいと死んじゃうんだって。
旅人がそんな言説を囁いたのは、月が綺麗な夜だった。
月にはうさぎが住むという、稲妻の古い伝承を思い出した大きな満月の夜。いつか教わった思い出話をぽつりとこぼした僕に、彼は月を見上げて口の端を緩める。

月光に照らされた彼のそばにはちょうど、長い耳をした小さな仙霊がふよふよ浮かんでいた。
彼がそっと手を伸ばすと、鬱金色はにょーんと伸びて、くるりと回る。まるでその言説を肯定するかのように高く鳴いた。
「だからね、貰ってくれないかな」
この子、と言って傍らを指差す。彼の髪色と月光を混ぜたような金色を。
「2つ同時には連れ歩けないから、放浪者が一緒にいてあげて」
宝探しの報酬に貰えるという仙霊は、今回で2匹に増えたらしい。1匹目のときは、旅のガイドに選んでもらったのだと、金色の仙霊を掲げて嬉しそうにしていた記憶がある。
「いいのかい、僕に預けちゃって。あれだけ可愛い可愛いとうるさくしていたのに」
「いいよ。君はきっと、大切にしてくれるでしょ。それに、……俺は、こっちの子にするから」
自己防衛のような確認にあっさり頷いて、空は懐からもう1匹の仙霊を取り出す。愛おしそうに伏せられた睫毛の先、その手の中にあるのは、ちいさな小瓶に入った、紫苑の仙霊だった。
その色に気がついたとき、あ、と思う間もなく風が吹いて、それとよく似た紫紺に視界が覆われる。一度目を閉じて顔にかかった髪を払えば、ちょうど彼が瓶の蓋を開けるところだった。
ぽんっ、
軽い破裂音と共に、きらきら光る紫が空中に躍り出る。
うさぎのような長い耳を伸ばして、楽しそうに月夜に踊った。
「見て！　……お似合い？」
みぅ〜〜ん、と、紫の仙霊が不思議な音色を奏でる。空はご機嫌にターンして、満面の笑みを浮かべる。二股に分かれた白いマントが風をはらんで、まるで月に住むうさぎの長い耳みたいだった。
「……今度は誰に選んでもらったの」
「これ？　今回は自分で選んだよ。この色がいちばん、綺麗だと思ったから」
「…………そう、」
普段と変わらない相槌を打つので、精一杯だった。
まるでお互いの色を交換したみたいな、1人と1匹のペアになったから。
いつのまにか、金色の仙霊は放浪者の周りでゆらゆらと漂っていた。視線を向けると、くるりと回ってすり寄ってくる。
「……、寂しさなんかで死なれても、困るからね」
その肯定が伝わったのか、仙霊はしびびと耳を震わせて高く鳴いた。
よかった、と旅人が笑う。金色の三つ編みが宙に揺れ、月光に溶ける。

『……これで、もう寂しくないね』

――ぱちりと瞬く。
視界に微小な水滴が散って、景色がクリアになる。

白みかけた暁に、有明の月が浮かんでいた。
枯れて石になった珊瑚のように、光るのを忘れた白い月がこちらを見ている。
……あれは、一体いつのことだったか。
記憶を辿って前髪を掻き上げる。わずかに濡れた睫毛を瞬かせて、「懐かしいな」と呟いた。
金色の月光は消え失せて、空にぽっかり穴を開けたような月に、うさぎの姿は見当たらない。

十五夜の満月が過ぎ去ったあと、少し欠けた月は明け方の空に残るようになる。人はそれを有明の月と呼び、月が昇るのを待ちながら、いつも誰かを待っている……。

「“これで寂しくない”なんて、嘘だ」
わずかな息を吐いた放浪者のとなりには、鬱金色の仙霊が浮かんでいる。ふよふよ漂う仙霊は、彼を見つめて小さく鳴いた。
「……なあに、同情してるの？」
首を傾げて問いかけると、金色の仙霊は鳴くのをやめた。慰めのように揺らめいて、放浪者の伸ばした指先に触れる。
「……寂しさで、死ねたらよかったのにね」
夜明けの眩しさに目を細め、うさぎになれない人形は笑う。紫紺の髪は朝日に照らされ、ただ永遠に美しかった。

August 2, 2025 at 1:26 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

7/13 星に願いを-day2-
空放オンリーのお品書きです✨
新刊2冊+既刊も数冊持っていく予定です！
よろしくお願いします🙌

July 9, 2025 at 4:05 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

すみません、注意書きのページ（4ページ目）が飛んでいました💦

July 1, 2025 at 12:42 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

July 1, 2025 at 12:41 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

July 1, 2025 at 12:41 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

7/13 星に願いを-day2-
「空の散歩道」で頒布予定の新刊サンプルです✨（4/13）

・公開済み短編13本
・書き下ろし3作
・未公開作品1編
計7万字程度（うち初公開約3万5000字）となっております。

今まで書いたSSに少し加筆修正を加え、1つの長編として楽しめる作品に仕立てました。空くんがテイワットを去った後の放浪者くんのお話です。

タイトル『流星のきみ、惑星のぼく』
会場頒布予定価格 600円/220ページ

#aescara

July 1, 2025 at 12:41 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

超嬉しい反面、AIに文章力で負けた気がしてちょっと悔しかった

June 24, 2025 at 1:11 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

続き（8/8）

喉の奥で笑った放浪者に、“旅人”は金色の目を瞬かせる。少し頬を引っ張ると彼の輪郭はもちっと伸びて、なんだか愉快だった。
彼はどこか呆気にとられたような表情を作って、口元は半分開いている。手を離して、緩んだ表情筋をぷにぷにつついて遊ぶのは、なかなか楽しいものだ。普段の彼ならすぐに、「俺で遊ぶのやめてよ、もう」と頭を振ってしまうので。
“旅人”はしばらく無抵抗で……そして不意に、薄く開いた唇の隙間から言葉が零れる。

『「……驚いた。あなた、恋をしてるの？」』
「は？」
取り繕うのをやめた知恵の神の声。その言葉の内容に耳を疑って、放浪者は手を引っ込める。
いったいなんの話だと、明らかな困惑を浮かべて眉を寄せた。
『「うふふ」』
“旅人”はそんな放浪者の反応を見て、手のひらを口に当てて微笑んだ。少し背を曲げお腹を抱えるようにころころ笑って、『「いいことね、」』と呟く。
『「確かに、心情による筋肉への信号出力の変化は想定していなかったわ。……たとえば、私が今からあなたの身体を借りたとして、あの表情ができるとはとても思えないもの」』
「気持ち悪い想像しないでくれないか」
『「ごめんなさい、つい」』
放浪者は自分の顔の筋肉が盛大に引き攣るのを感じた。
ぞっとする例え話に嫌悪の目を向けると、“旅人”はにっこり笑って、何事もなかったかのように話を続ける。
『「きっと、普段あなたといるときの旅人も同じように、感情によって表情筋の動きに差異が生じているのね。すぐに見破られてしまったのも頷けるわ」』
新たな学びね、と興味深そうに向けられる視線は全く心当たりのないものだ。放浪者はまだ、言われたセリフの意味を噛み砕くのに手一杯だというのに。
「……あのね、一人で盛り上がっているところ悪いけどそれは、ッ」
『「大丈夫、私、応援するわ。きっと成就するわよ」』
それはとんでもない誤解でくだらない妄想なのだと、放浪者が弁明をする前に、テーブルに置いた手が子どものような高い体温で包まれる。その熱さに思わず息を詰めて言葉が止まった瞬間、“彼”は放浪者の手を取り、両の手のひらで固く握りしめる。身を乗り出し、ぐっと顔を寄せた。
鼻先がぶつかりそうなほどの至近距離で金の睫毛が震える。誰にも許したことのない距離感なのに、戸惑うばかりで苦痛でないのは、きっと相手が旅人のカタチをしているからだ。目にかかる長さのふわふわした前髪はカーテンのように視界を外界と隔てて、放浪者は吸い込まれそうな金色の世界でただ瞬いた。妙に身体がこわばって、息が止まる。微動だにしない放浪者を高揚に煌めく金の瞳が覗き込み、心底おもしろそうに笑う。夢の香りの吐息がかかり、『「あら。……あなた、“旅人”相手だとこんなに可愛い反応をするの？」』と囁いた。そして優雅な指先がそっと放浪者の頬を……

「……ッ、いい加減にしろよ……っ」
「いたた、いたいいたい突然の暴力！？」
いきなり襟首を掴み上げられて、旅人は大きい声を上げた。なぜだかすごい勢いで引っ張られているものだから、首がしまって苦しい。
ギブギブギブ……と首元をぺしぺしやっていると、盛大な舌打ちが聞こえて力が緩んだ。
何度か咳き込み顔を上げると、そこには見慣れた青い笠の彼。
「“――”？　こんなとこで何して……っんぶ」
言い切る前に鋭い視線で睨まれて、頬を片手で掴まれた。左右の頬にかぎ爪のようなかたちの指がぎりぎりと食い込んで、結構いたい。
なんなんだ、と放浪者を見ると、彼は一目でわかる修羅の顔をしていた。ア、これダメなやつだ、と空は背中に冷や汗をかく。だって顔に“殺す”って書いてある。
「おい」
「ひゃい」
「きみ、……二度と、あいつに、身体を、貸すなよ」
「ひゃい」
「……、」
一語一語を強調しながら発されたドスの効いた低音に、目一杯従順なイエスを繰り返す。
放浪者は少し黙ったあと、空の頬を数度ぐにぐにやって、おもちゃに興味を失った猫のように手を離した。
掴まれてちょっと赤くなった頬をさする旅人を温度のない目で眺め、やがて、はっ、と小馬鹿にしたように笑う。
「腑抜けた顔だね」
「ちょっと？」
カチンとくる言葉を残して踵を返した放浪者を、空は慌てて追いかける。
「もー、ナヒーダ何したの……」
不機嫌そうな早足に思わず呟けば、意外なことにその足取りは止まり、ため息とともに答えが返ってきた。
「風評被害を受けた」
「風評被害！？　どういうこと……」
「そんなのこっちが聞きたいよ」
ふたりで首を傾げても、当のナヒーダはとっくに姿を消しているから。
放浪者は鋭い舌打ちをして、空は大きな溜め息をつき、
「「……ひどい目にあった」」とぴったり声を揃えたのである。

May 23, 2025 at 1:51 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

『トラブルメーカー』（4/8）
ゆるゆる過去お題回開催ありがとうございます。
過去お題「神様の言う通り」お借りしました！

ナヒーダちゃんは攻めが似合うなと思いながら書きました。
（空放です空放です空放です空放です空放です）
#1h_aescara

「ふつうに街を歩いてみたいの」
ちょこんと腰掛けたブランコの上、足を揺らして少女が言った。眉根を寄せ、頬を膨らませて、それはもう不服そうに。
「みんなに好かれるのは嬉しいのよ。けれど、私が姿を見せるとみんな急にかしこまってしまうんだもの。私は民の自然な姿を見てみたいのに」
不貞腐れたその表情にちょっと考える素振りをした旅人は、確かに彼女の気持ちもわかるな、と思い。
「んー、じゃあ俺の身体、一日貸そうか……って眩しッ」
その少女――ナヒーダの、見たことないきらっきらの笑顔に目をやられたのであった。

＊

その日、放浪者はプスパカフェに珈琲を飲みに行くところだった。
手には本。市場の喧騒と、武器を鍛える鎚の音。すれ違う学生は論文や研究の議論に花を咲かせている。空は晴れて、風は穏やか。珈琲と香辛料、それから花と森の香りが漂い……スメールシティは今日も平和だ。
曲がり道に差し掛かったところで、放浪者は見慣れた人影に気がついた。グランドバザールへ続く地下道の手前にある出店。その店先で日用品を眺める背中に、金色の三つ編みが揺れている。

いつになく真剣な表情で品物を吟味した彼は、ハッラの実とザイトゥン桃をそれぞれ2個ずつ買うことにしたようだった。店主と一言二言話して、紙袋に詰めてもらうのをどこか嬉しそうに眺めている。そして商品を受け取って満足そうに笑みを浮かべたその瞳が、ふと放浪者を見た。
「あ、」
一声あげて、ちょうどいいところに、と駆け寄ってくる。
「ねえ、街歩きにつきあってよ」
そして放浪者の腕を掴んで、屈託のない笑みを浮かべるのだった。
「は？　なんで僕が……」
「いいからいいから」
言いかけた文句も聞かないで、腕を引かれてグランドバザールへと連れ去られる。そして何故だかそのまま一日、放浪者はこの自分勝手な王様に付き合わされる羽目になるのだった。

＊

「歩き疲れたーー」
夕暮れ時になってやっと、彼は街歩きとやらに満足してプスパカフェの椅子に腰を下ろした。
テーブルに突っ伏して疲れを訴える……それもそのはず、今日の彼ははしゃぎすぎだった。グランドバザールでは音楽に合わせて突然踊り始めるし、シティを歩けばあちらこちらに目移りしてふらふら歩くし。知恵の殿堂では困っている学生に話しかけては相談に乗り、議論を始めるし。
いろいろ振り回されてやっとありつけた珈琲を一口飲んで、放浪者は満足する。
そうして正面でココアに息を吹きかけている彼に、こう問いかけるのだった。
「それで、今日は楽しかったかい？　“ブエル”」
カップの中の甘い液体に視線を落としていた“旅人”は、ゆっくりと上目遣いに放浪者を見て、ひとつ大きな瞬きをした。
「……ああ、バレてたんだ」
笑みを浮かべた彼は、そう言ってマグカップを置くと、机に肘をつき頬を支える。
「いつから気づいてたの？」
「最初から」
「最初って……あの買い物のときから？　おかしいな、物を購入するときの人間の作法には則ったはずなのに」
人差し指の関節を唇に当てて視線を斜めに伏せる。それは知的で優美な、知恵の神がよくする仕草だった。
「……あのね、ハッラの実とザイトゥン桃なんて、彼はわざわざ買わないよ。持ち物のなかに、嫌というほど入っているからね」
万一モラを払って買うにしても、2つだけだなんて。もし買い物をするのなら、彼は一気に店の品物をぜんぶ買い占めるんだよ。また来るのが面倒だとか、そういう理由でね。
「……わぁ」
そんなことは、書籍には書かれていない知識なのだろう。人の夢にだって出てこない、彼のなんてことのない日常。
知らなかったな……と“旅人”は苦笑する。
「“俺”に関することで、君から教わることは多そうだ」
胸元に手を当てる彼の表情は、いつもより少し大人びていた。夕陽が差して少し影のかかったかんばせに、金の瞳が映える。
「教えてよ、“俺”の日常を。今日一日、人が営む普段の生活が知りたくてこの身体を借りたんだから」
前のめりの姿勢で興味深そうに目を輝かせ、放浪者を見つめる。珍しく殊勝に振る舞う知恵の神に、放浪者は少し気をよくして目を細めるのだった。
「いいよ、感じた違和感はたくさんあるから。今日一日、一度も僕の名前を呼ばなかったこととか、ちょっとした反応とか……でも、一番はね――」
そこで言葉を切って、放浪者は手を伸ばした。
金髪に縁取られた柔らかな頬を少しつまむ。キョトンとした表情に思わず頬を緩めて、小首を傾げて放浪者は言った。
「あいつが笑うときは、もっと腑抜けた顔をしてるんだよ」

May 23, 2025 at 1:51 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

これは2回目の挑戦でとれたうちの初期刀💕　スーパーかわゆい

January 25, 2025 at 11:55 AM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

続き（6/6）

January 5, 2025 at 5:29 AM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

『ちょっと豪華な宝箱』（4/6）
誕生日の空放を書きました。
定期的に変なものを押し付けられている放くんの話。
個人的な妄想を多分に含みます。
#aescara

はい、と軽い調子で渡された包み紙には、ブルーのリボンがかかっていた。
「これは？」
開けてみるよう視線で促され、放浪者は細いリボンの先を摘んでそっと引っ張る。可愛らしい結び目はあっという間に一本の紐になって、放浪者の膝の上に落ちた。
贈り物を受け取る瞬間、手にとってリボンを解く瞬間、放浪者はどういう顔をしていいのかわからなくなる。
贈り主の期待に満ちた視線と、普段より少しだけ鋭くなる指先の感覚で頭がいっぱいになって、さながら倍の速さで回転する星空を見上げた明論派の学生のように、目をバッテンにして倒れてしまいそうになるのだ。結局、そうならないようにぎゅっと目元に力を込めているしかない。眉間に皺が寄っていることを自覚しつつ、放浪者は袋の中身を取り出す。白い手のひらの上で、小さな円形の金属がきらりと光を反射した。
それは、高く水飛沫をあげる波と、空中で大きく身をしならせるサメの姿が描かれた金属製のバッジだった。どこか愛嬌のあるサメの尻尾のあたりをよく見れば、尾鰭のラインに沿って小さく放浪者の名前が彫られている。鮮やかでエネルギッシュな熱風とマリンブルーの波が目に浮かぶような、風変わりな異国のお土産。
「ナタの流泉の衆にある、アトラワの網っていう店で買ったんだ。釣具屋なんだけど、店主さんが手芸が得意な人でね。こういうのも作ってるんだって。好きな名前や印もオーダーメイドでつけてもらえるんだよ」
旅人は時折、こんな風によくわからないものを放浪者に贈ってくる。大抵は、旅の思い出話とともに。
バッジにするか置き物にするか迷ったのだという彼は、これの使い道について考えたことがあるのだろうか。
「僕に、これをつけて生活しろって？」
「……？」
横目で彼を見れば、流泉の衆がいかに賑やかかを語っていた彼はふと口をつぐんだ。そうして何も考えていない子犬のような顔で首を傾げる。
放浪者がバッジを自分の胸元に当てて見せれば、数秒後、旅人はぱちりと瞬いた。
「……あそっか、名札みたいになっちゃうね？」
たった今思いついたかのように手を打って、おかしそうに笑う。
「それはやだな。君の名前はせっかく、知る人ぞ知る秘密なのに」
さらりと放浪者の呼吸を揺らしておいて、こちらが反応する前に「俺があげたかっただけだから、つけなくてもいいよ」と勝手に話題を戻すのである。
それでね、とお喋りを続ける彼のなかでは、プレゼントを渡した時点で物語が完結しているみたいだった。贈られたものを放浪者がどう扱ったって、彼はきっと気にしない。
だから放浪者はため息をついて綺麗なバッジを木漏れ日にかざし、いつもの箱にしまっておこう、と思うのだった。

放浪者の数少ない持ち物は、ほとんど全て旅人からの贈り物で構成されている。そのなかに、オルゴールつきの小箱があった。フォンテーヌで買ったのだという小箱には飴細工のように綺麗で繊細な模様が彫られていて、蓋を開けると三拍子の軽やかなメロディが流れ出す。
放浪者はその中に、彼からもらったきれいな石だとか、珍しい花の栞だとか、走り書きのメッセージ、ガラスのペンや手触りのいいハンカチ、小さな櫛や香水の瓶をしまっていた。
旅人から時折押しつけられるそういう変な宝物たちは日毎に数を増やし、もう少しで箱から溢れ出しそうになっている。けれど、この小さな贈り物なら問題なく入るはずだ。

「ねえ、プレゼントは何がほしい？」
「は？」
一人満足していると、不意に旅人が尋ねた。聞き間違いかと彼を見つめたけれど、彼は至って正気の顔で金の瞳を輝かせている。贈り物なら、たった今貰ったばかりなのに。
怪訝な顔をした放浪者に、旅人は少しイタズラっぽく笑った。まるでそういう反応をするのがわかっていたみたいに。そうして種明かしのように、小首を傾げる。
「……ほら、もうすぐ君の誕生日だから」
思いもかけない言葉に、反射的に首を横に振った。
「いらないよ」
「えー」
不満げな声を出されて、放浪者は戸惑ってしまう。明らかに与えられすぎなのに。この英雄はいつだって、貸し借りのバランスがおかしいのだ。こんな調子ではいつまで経っても返しきれない。
「だいたい、どうして君はこんなに贈り物をするんだ」
「そりゃ、君に見せたいものがたくさんあるから」
一緒に旅をしてくれれば手っ取り早いのに、君がいつも断るから。
重ねるように言われた理由に、放浪者は言葉に詰まる。
「……僕は旅に出られるほど自由な立場じゃない。いつも言っているはずだ。囚人であり、教令院の学生だと」
「なら早く卒業してよ」
俺の隣で世界を見て。
その言葉にまた、呼吸のリズムが乱れる。思ってもみなかったことばかり言う口だ。息の仕方を忘れたみたいに固まる放浪者の横で、よ、と掛け声をひとつ。軽やかに立ち上がった英雄のマントが風に揺れる。
「何にしようかな」
期待しててね、と言い残して去っていく彼をすっかり見送ってしまってから、
「あ、」
放浪者はプレゼントなどいらないと念押しし忘れたことに気がついたのだった。

＊

そして迎えた誕生日当日。彼が一体何を用意したのかと思えば。
「プレゼントを開けるときの君の顔」
気の抜けた笑みの贈り主と、手の中で顔を顰める紙人形とを、放浪者は何度も見比べた。
パパン、パン、とおもちゃのクラッカーが鳴るパステルカラーの世界で、放浪者は花の首飾りをかけられて、積み上がったプレゼントの箱に囲まれていた。紙でできたリスやネズミたちがぴょんぴょん跳ねて、小鳥のさえずりのように「おめでとう」が飛び交っている。
なんだか温かく、むずがゆくて、眉間に力を入れて唇の内側に軽く歯を立てていないと耐えられない光景だ。
「ほら、同じ顔してる」と揶揄われたって、どうこうできるものではない。手作りの人形に皺がよらないようにそっと、風で飛んでしまわないようにしっかりと、指先の力を調節するのに精一杯だ。
「……プレゼントなんていらないといったはずだ」
やっとのことで絞り出したのは、そんな言葉から始まる全然可愛げのないセリフだったけれど。
目をきらきらさせたドゥリンが、短い翼で精一杯、ピンクの箱を掲げている。それを受け取ればそれだけで、スポーツ大会で優勝が決まったチームのような喜びようだった。
わーい、と叫んで跳ね回る動物たちと、自分より数段嬉しそうな友人の姿に、放浪者は思わず「変なの」と呟くのだった。
パステルカラーの宴は空の色がオレンジ色に変わるまで続き、インクのドリンクと折り紙の果物は飛ぶように売れていく。はしゃぐシムランカの住民を眺めながら、放浪者と空は持ち込みのコーヒーとフォンタを飲んでいた。
「来年のプレゼントは何がいい？」
随分と気の早い質問を囁かれて、放浪者は首を傾けた。
「そんなのいらな……、」
いつもの調子でいらないよ、と答えかけて、途中で口を閉じる。珍しいことに、ひとつだけ欲しいものがあった。
「えっ、うそ、何かある？」
意外そうに目を大きくして身を乗り出した彼にもしも「宝箱」と伝えたなら、彼は世界の果てまで行って、豪華な宝箱を取ってくるのだろうなと思いながら、放浪者はオルゴールつきの小箱を想像していた。
あの箱を開けるときがいちばん好きだった。もしも放浪者に鼓動があるなら、きっと箱を開けるたび、流れ出す三拍子のリズムに共鳴している。
次の一年もこの世界にいることを当たり前に信じている君へ。そうであればいいと、身勝手な願いをささやかに絡ませて。放浪者は懐から小さな箱を取り出す。
それ、と目を大きくした旅人は、この箱の中身にどんな反応をするだろう。自然と唇に笑みが浮かび、放浪者は無意識のうちに、誕生日プレゼントのリボンを解く幸せな子どものような顔をしていた。
「僕の思い出と君の旅の記録を閉じ込めておける、新しい宝箱がほしい。きっと来年には中身がいっぱいになって、溢れ出しているだろうからね」

January 5, 2025 at 5:29 AM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

『雪の日……』（4/4）
お題「気まぐれ」お借りしました。珍しく1.5hで書けて嬉しかったです。
スメールに雪が降った日の話。
#1h_aescara

『雪の日……』

「あ、雪」
道端のパティサラでも見たようなトーンで、旅人は腕を天に伸ばした。手のひらを上に、受け皿のようにして、ちらちら舞う白を掬う。
柔らかな視線は雪の降る軌道に合わせて細かく揺れ動いて、なにが楽しいのか、口元には笑みが浮かんでいる。
……スメールシティにも雪が降るのか。
放浪者は新鮮な気持ちで華やいだ夜空に視線を移した。確かにわずかばかりの季節の巡りはあるし、時期によって芽吹く植物は変わる。けれど、この温暖なスメールに雪が降るなんて初めてのことだ。
そう思ったのは放浪者だけではないらしく、ランバド酒場に居合わせた他の客たちも、目を丸くして上を見ている。そして奇跡に見惚れる暫しの沈黙ののち、気温の低い冬の夜に歓声が響いた。
寒さなど忘れたみたいに、店内から人が飛び出してくる。テラス席があっという間に騒がしくなり、人々の熱気でランプの炎すら明るさを増したようだった。
雪だ！　誰かがあげた声に、近くの家に灯りがともる。
その隣の家も、向かいの店も目を覚まし、空を見上げてワッと喜ぶ。そしてその連鎖だ。
シティ全体がそういう装置にでもなったみたいに、下から上へ、螺旋状に光を帯びていく。最終的にスラサタンナ聖処にまで明かりがついたのは、きっと人々の頭の中が急に賑やかになったからだ。
眠っていた子どもも、論文に追われていた学生も、寒さに縮こまっていた老人も、みんな外に出て雪を見ている。
風に揺れ、踊るように宙を舞う白。祝福のフラワーシャワーよりもっと繊細で、儚くて、静かな白。スイーツにかかったシュガーよりもっと華やかで、贅沢で、幸せな白。
「あ、」
不意に上がった声に横を見れば、旅人が自分の手のひらをジッと見ているところだった。
「どうかしたの」
「……雪って、君に似てるよね」
唐突なセリフに放浪者は目を瞬かせる。急に何を言い出すのだろう、と思った。
「少なくとも、僕は自分と雪との共通点を見いだせないけれど」
そう言うと、彼は少し困った顔をする。うーん、と眉間に皺を寄せ、おもむろに指を一本折った。
「……ちょっと冷たいところとか」
「は？」
少し低めの声が出た。それに被せるように、二本目の指が折られる。
「色が白いところとか」
三本目。
「いろんな表情があるところ。ドラゴンスパインの吹雪は怖いくらいなのに、こうして見ると綺麗だし、積もった雪では子どもが喜んで遊ぶ」
四本目。
「気まぐれで、先が読めないところ。捕まえようとしても、逃げていっちゃうし。やっと手のひらに乗ってくれたと思ったら、すぐに溶けて消えちゃった」
ほら、と手が開く。
先ほど声をあげて手を見つめていた原因はこれだったらしい。
子どもみたいな理由に放浪者は半ば呆れて、仕方がないな、と胸中で呟く。そうして自分も空に手を伸ばした。
「俺、雪の結晶って見たことないんだよね。ドラゴンスパインじゃ強風が吹いててゆっくり観察できないし、寒すぎてそれどころじゃないからさ。今日みたいに風が穏やかで雪が一粒ずつ降ってる日は絶好だと思ったんだけどな」
ぼやく声を聞き流しながら、手を下ろす。
その温度のない手のひらには、一体何をそんなに苦労していたのかと思うほどあっけなく、雪の結晶が形を保っていた。
「……君の手があたたかすぎるんじゃないの」
「えっ」
放浪者の視線を辿った彼が、その手のひらを覗き込んで息を呑む。うそ……、と囁くような声を出して、そのまま動かなくなった。綺麗、と口を動かして、ただ目を輝かせている。双眸に宿る火花で差し出した手のひらが焦げつきそうなほど。
向かい合う旅人の視線が俯いたまま止まっている。気が抜けた表情の彼は、口を半分開けたままだった。そして、その金色の髪には雪が何粒もくっついていて、それらはみんな、彼には見えない角度で綺麗な結晶になっているのだ。
沈黙のなかで、放浪者は微かに笑う。きっと、雪に好かれているのを知らないのは、彼だけ。
パッと拳を握って雪を隠すと、彼はようやく顔を上げた。不満げに口を開いた彼の頬に、スタンプのように手のひらを押しつける。
「えっなに、冷たっ！？」
目をバッテンにした彼の反応に、放浪者はたちまち上機嫌になる。もう一回見せてと頼まれたら、きっと言ってやるのだ。雪は僕と同じで気まぐれらしいから、気が向いたらね、と。

――雨と大差ないはずなのに、人に好かれるのはこっちのほうなんだ…まったく、運命ってのは気まぐれだね。
放浪者ボイス「雪の日…」より

December 28, 2024 at 2:33 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

続き（9/9）

吐き捨てるようにぶつけた棘のある悪態にだって、彼は言い返さない。
「心配したよ。まっすぐ水に入っていくから」
何にもなかったみたいに話題を逸らして、「こんなにびしょ濡れになっちゃって……」と眉を下げて笑った。水で頬に張りついた放浪者の黒髪を、人差し指でそっと流す。
そうして続けられた言葉は、おとぎ話の冒頭のようにあたたかい響きだった。
「……俺はさ」
自惚れかもしれないけど、誰よりも君のことを知ってるつもり。見た目が変わったって、君が君のままだってわかるよ。
祈りのような台詞とともに、太陽の光は角度を変え、真正面から世界を照らす。
目を逸らさない彼が、きっと深淵のように真っ暗なままの瞳を覗き込む。
「君の本当の色を知ってるよ、“――”」
動けないまま、頬に触れた手の温度に動揺する。まるで、何もかも赦されたような気がして。
夕暮れが沈みきる間際だった。一段と眩しく輝いた黄金に、放浪者は思わず目を瞑る。
――そして、はっと息を呑む気配に目を開けたとき、放浪者の衣に染みついた闇は消え、白と蒼の見慣れた装いに戻っているのだった。

静かな夜の気配が近づき、天には星が光り始めていた。グレーに霞んだ草木のなかに、涼やかな青と白が美しく馴染んでいる。
強く目を瞑って、放浪者は潤んだ視界を無理やり散らす。そうして自分の纏う衣装をざっと確かめ、小さくひとつ息を吐く。
「……やっとか」
「やっと？」
「この色。バグみたいなものなんだってさ。クラクサナリデビが今日中には戻るだろうと言っていたんだ。……やっと戻った」
唇の端を持ち上げ、肩をすくめて見せる。そうして初めて、旅人の指先から力が抜けた。
「そっか、」
どこか切なく笑ったのは一瞬のこと、旅人は春風のように「あーあ！」と叫んで伸びをする。
「もしかして、君の本当の名前を呼んだからかも、って思っちゃった！」
「……、」
そんなわけないか、と笑う彼を見つめて、放浪者は静かに瞬く。
この世にそんな奇跡など起こりはしないと知りながら、そうであったらどんなに良いだろうと思った。
それはあまりにバカらしい妄想で、そんなものに振り回される自分を思えばひどく憂鬱だ。なのに、あまりにも美しい光に魅了され、騙されて、救われたつもりになっている。
「……娯楽小説の読みすぎだろう」
ごまかしの台詞は誰に向けたものか。
青い衣を翻して岸に向かった放浪者の左胸で、神の目の光が一度、静かに揺れた。

December 8, 2024 at 12:31 AM

みるふぉ

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続き（8/9）

煩わしい視線を避けて放浪者が辿り着いた場所は、教令院の北側にある水辺だった。サウマラタ蓮の青い花が点々と浮かび、霧氷花が緩やかに冷気を放つ。スメールの蒸し暑さがわずかに和らぐ一画で、放浪者は深く息をした。
その辺にたむろする魔物を適当に片づけ、悠々と根を張る樹の幹に背中を預けて座り込む。そうして川のせせらぎに耳を澄ませて、ゆっくりと目を閉じた。次に目を開けたら、この変な色も元に戻っているかもしれない、と思いながら。

瞑想するように視界を閉ざしていれば、時が過ぎるのはあっという間だった。
ちらちらと甘やかな光が瞼の表面を掠めて、そっと目を開ける。今日中には戻るだろうという見立てだったはずなのに、辺りが夕陽に染まる時間帯になってもまだ、色は戻らないままだった。
煌めく太陽の熱が遠のき、静かに暮れる美しい瞬間。微かに揺れる水面は宝石のかけらを敷き詰めたみたいに華やかで、泉を囲む草木はみな、とびきり高級なゴールドだった。きらびやかな光景の中で、黒い影の自分だけが取り残されているようで。
蓮の花弁に浮かんだ雫がみずみずしい葉の上を滑って、水の流れに波紋をつくる。揺れる同心円の紋様を見つめ、その中心に吸い込まれるようにして、放浪者は一歩踏み出した。
ぱしゃんと水が跳ね、くるぶしまで濡れる。そんなことお構いなしに水をかき分けて進んでいけば、いつのまにか全身水元素まみれだった。
俯いた視界に、漆黒の髪の先から透明な雫がぽたり、落ちる。清らかな水にも一切滲まず、落ちない黒をじっと見つめて。そのうち、喪服のような長い袖が水を吸って、重くのしかかる。
「……っ、は……」
細く息をして、水中で膝を折った。冷たい水にじわじわと覆われていく身体が心地よくて、このまま頭の先まで呑まれてしまいたくなる。輝く水面が胸を押し、肩を覆い、顎先を濡らす。無性に笑いたくなって、うまく息ができずに諦めた。

黒は、自分の性根の色だと思った。
同時に、過去の色だと思った。
罪の色だとも思った。
洗い流せないところも、美しさに取り残されるところも、神の目を曇らせるところも。

目を閉じて、とぷんと潜る。
ころころとした水の音に耳を澄ませて……、瞬間、腕を強く掴まれた。ぐっと引かれて、身体が水面を超えた瞬間、大きな水飛沫が上がる。

「なにしてるの！？」
切羽詰まった声に反射で振り向くと、珍しい顔をした旅人がこちらを見ていた。明るい石珀色の瞳が鋭く揺れている。
「……そら」
久しぶりに声を出した気がした。ひどく喉が乾いていることに初めて気がついて、すぐに黙る。
旅人の手は放浪者の二の腕を掴んでいた。力のこもった手のひらの下で、黒い衣がよれて皺になっている。
「……大丈夫？」
掴まれた腕を見て動きを止めた放浪者に、旅人は眉を下げた。最大級の心配を顔に乗せて、一言訊ねる。
黒い衣と白い指先とのコントラストが目を焼いて、それが不快で仕方がなかった。
いくつか言葉を探し、やっとのことで「離してくれ」と呟く。けれど、「いやだ」とたった三文字で一蹴された。
「君に会いに来たんだよ」
空の瞳は限りなくまっすぐだった。その顔に浮かぶ微笑みがあまりにも澄んでいるものだから、放浪者は素直に戸惑って、……そしてそれは一瞬で、八つ当たりのような苛立ちに変わる。
（……よりによって、こんな日に？）
他の国で楽しくやって、滅多に戻ってこないくせに。
舌打ちをして、能天気な旅人を睨んだ。右手を掲げ、風元素を集める。
「離してよ」
風の刃が球のように纏まり、ヒュンヒュンと音を立てる。放浪者が少しでも手首を動かせば、瞬時に殺気のこもった攻撃が放たれる。旅人はきっと、それをよくわかっていた。……それなのに。
こちらを見つめる瞳が柔く細められる。まるで恋人のキスでも待つみたいに、吐息を漏らして笑った。全く危機感のない態度に、眉間に深く皺が寄る。
「……どうして逃げない」
「フェイントでしょう？　いつもされてるから、慣れてるよ」
「本気だったらどうするんだ」
「フェイントだよ」
言いきり口調の静かな台詞と真っ直ぐな視線の柔らかな圧に、放浪者は押し黙る。集まっていた風元素が急速に勢いを失って、やがてたんぽぽの綿毛のように緩やかに散った。渋く顔を歪めて、放浪者は突き飛ばすように旅人の胸を押す。
「…………っ、君は、警戒心がなさすぎる」
「そう？」
小首を傾げて、彼はふと睫毛を伏せた。まるで、放浪者の黒を慈しんでいるように見えた。
「どうして疑わないんだ。バカみたいに全部信じてさ」
……遠巻きに僕を観察していた学生たちの方が、よっぽど利口だよ。

December 8, 2024 at 12:31 AM

みるふぉ

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『自色』（4/9）
遅刻投稿失礼します🙇‍♀️
お題「バグ」お借りしました。
お題を見て1番に思い浮かんだのが例の黒バグだったので、黒くなっちゃった放くんの話です。
普通に2週間かけて書きました（ワンライとは）

それぞれ1枚目に文字起こししたALTをつけています。

#1h_aescara

『ある種のバグと言っていいと思うわ』
遠巻きの視線を感じながら、放浪者はクラクサナリデビの言葉を思い返していた。
『そう複雑なものではないわね。世界樹に刻まれた記憶の一時的な混乱かもしれない』
ふくふくとした手のひらを放浪者の顔に翳し、小柄な知恵の女神は語る。まるで何かの声に耳を傾けるように、花の瞳はジッと閉じられていた。
やがて放浪者の身を包んでいた草元素がふわりと解け、手を下ろしたナヒーダがひとつ頷く。
『……、そうね。心配する必要はないみたい。今日中には元に戻るわよ』
言われて、放浪者は自分の身体をまじまじと見下ろした。墨を被ったような黒い衣と、色を失った神の目を。
『そう。……手間をかけたね』
それだけ言って立ち上がる。もともと自分の見かけにこだわる性分ではないから、機能面に異常がないのであれば問題なかった。
『あら、どこに行くの？』
『別に。君が心配ないと言うのであれば、いつも通りの囚人生活を送るだけさ』
放浪者は肩をすくめ、重い色を翻して教令院へとやってきたのだった。

知恵の殿堂は静かだった。
そもそもの用途が読書や調べ物をする場所だから、普段と変わりないといえばそうなのだけれど、今日は一段と空気が冷えている。
時折、誰かがハッと息を呑む音や、ぱたりと立ち止まる音が聞こえる程度だ。それから、踵を返してそそくさと離れていく足音。そうしてこちらを胡乱げに見つめる視線がひとつ、静かに増える。その繰り返し。
……そういえば、普段は論文の相談にくる学生が何人かいるのに、今日は誰にも話しかけられていないな、と、放浪者は冷静に思った。
手を伸ばし、深い青色の背表紙に指をかける。ふと視線をずらした先、見慣れぬ黒に視線が止まり、そのままぼんやりと眺めている。それはまるで、自分の性根がそのまま表に滲み出たような色だな、と……。
数秒、動きを止めていたことに気がつき、放浪者は軽く頭を振った。失ったほんの数秒を取り返すように必要な書籍を手早く集め、洋燈の置かれた大きな机に運ぶのだった。

この異変――いや、バグと呼ぶべきか――が起こったのは、今日の朝のこと。眠りの必要などない身体なのに、大樹の上で気まぐれに目を閉じたのがいけなかったのかもしれない。
放浪者がしばらくして瞼を持ち上げると、病んで枯れた森を思わせる、不気味な黒が目に映った。
『……なに、これ』
すぐには状況を飲み込めず、困惑の声を出す。
しばらく自分の身体を検分して……、色が黒く変わっているだけだとわかった。纏う衣も、背中に長く垂れる布も、脛当ても……そして、神の目までも。
淡く涼やかなグリーンに光っていたはずの左胸の飾り。黒ずんだそれを見た瞬間、すっと身体の芯が冷えた気がして、樹から飛び降りる。
早足でスラサタンナ聖処に向かう道すがら、美しいステンドグラスに写り込む自分を見た。深夜の雨林で見る影のように、燃焼反応が起きた後の草花のように、地下深くから湧き出る泥濘のように、明るい日差しのなかでくっきりと隔てられた黒を。
暗く沈んだ瞳には光が映らず、まるで生気がない。十人いれば十人が悪人と断じるような……、それどころか、人間ではないと判断されそうな見た目だった。
……まあ、クラクサナリデビ曰く、『心配する必要はないみたい』だから別にいいけれど。

しかし放浪者の認識はさておき、一目見て異端だと分かるこんな様相なのだから、まともな人間は関わりたいと思わないのだろう。
静かな空間は好ましいはずなのに、水を打ったような知恵の殿堂はなんだか居心地が悪かった。古い本のページを捲る音が、やけに大きく響く。
別に、感情が大きく動く訳ではない。あったのは諦念と納得の狭間のような感想だった。
学生が親しげに声をかけ、言葉を交わすのも、限りなく人に近い作りをしているお陰なのだ。だから、仕方がない。人間に与える印象のなかで、見た目の占める割合はかなり多いようだし。
こんな風に態度が変わったからといって悲嘆に暮れて、『裏切られた』なんて子どもじみた駄々をこねるような真似は、もうしないけれど。
……それでも、どこかあっけない落胆を覚えて、放浪者は微かなため息を零す。
ひそひそと小さな噂話の声が聞こえてきたところで、顔を顰めて立ち上がった。視線がうるさくて、耐えられたものじゃない。

そうして外に出れば、まだ高い位置にある太陽がひどく暑苦しかった。

December 8, 2024 at 12:31 AM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

続き（7/7）

た。

ナタを遠くまで見渡せるこの場所で二人がどんな話をしたのかはわからないけれど、彼らの間に流れる空気は昨日と比べてなんだか柔らかくなっている。
「わ、こんなところまでどうしたの！」
「キュ！」
「なんだい、こいつ」
「友だち。ナタで最初に出会った竜だよ。ナタには七種の竜がいるって話したでしょ？　その中の、テペトル竜っていう種類の子なんだ」
「へえ……」
「俺のこと探してくれたの？」
「キュー！」
じゃれるようにピョコピョコ跳ねる仔竜を抱き上げて、旅人は「尻尾のスカーフに名前が書いてあるんだよ、ほら」と放浪者に見せている。
「名前までつけちゃってさ」
呆れた顔でため息を吐き、放浪者は仔竜の鼻先に手を差し出した。
フンフン匂いを嗅ぎ、……キュウ？　と首を傾げる竜に目を細めて、くっと喉奥で笑う。
「……君もこのお人好しに誑かされたクチ？」
「ガゥッ」
「そう、難儀だね」
「ちょっと、悪者みたいに言うのやめてよ……」
唇を尖らせた旅人は「ねー」と言いながら竜の頭を撫でて、そうして「あれ、」と小さく呟いた。
「さっき、“も”って言った？」
「……言ってない」
「うそ、言ったでしょ」

ささやかな押し問答に逸らされた笠っちの視線がちびドゥリンを捉え、昨日はすまなかったね、と手が伸びる。
「仲直りした？」
「まあね」
その答えに満足して、ちびドゥリンは彼の懐に潜り込む。いつもの定位置におさまって、普段は鳴らさない喉をクルルと鳴らすのだった。
満足げに目を閉じたちびドゥリンの耳に、囁くような会話が届く。
「……こいつといいその小さいのといい、君って竜が相当好きなんだね」
「竜が、っていうよりなんでも好きだよ。うんと悪いやつじゃなければね。……犬も猫も、人も好きだし。最近はアルパカも好き」
「アルパカ？」
「うん。モコモコしてるよ」
そこで一度会話が途切れて、「あ」ともう一度、旅人の声がする。
「生き物じゃなくても……、人形も、好きだよ」
懐に入っていたちびドゥリンは、その瞬間、たしかに小さな振動を感じた。一度きり、胸の奥で弾けるような微かな揺らぎに小さな耳を傾ける。
「……、」
数秒の沈黙があって、放浪者は「あは、」と小さく笑った。そうしてちょっぴり意地悪な声で、少し前の旅人の言葉を繰り返すのである。
「……ねえ、さっき、“も”って言った？」
「わ」
前に一歩、踏み出した放浪者がどんな表情をしていたのか、ちびドゥリンには知る由もない。
けれど、言い直しを余儀なくされた旅人の言葉

て、ひどく上機嫌になったことだけは想像できた。
「もう、」と言って旅人が笑う。そのあと、うんと高く、青い空へ飛び上がる気配がしたから。

タイトル『君がいちばん、特別』

November 23, 2024 at 1:28 PM

みるふぉ

@mille4.bsky.social

『君がいちばん、特別』（4/7）
過去お題での投稿失礼します！
お題「喧嘩」お借りしました。
喧嘩して仲直りする空放〜2匹の竜を添えて〜です。
#1h_aescara
#aescara

「ウルァ！」
「ふわあッ！　な、なに？　だれ？」
突然の大きな音に、ちびドゥリンは飛び上がった。……いや、飛び上がるという表現は不適切かもしれない。彼はもともと人気のない道をのんびりと羽ばたいていたので。けれど、あんまり驚いてパイモン1人ぶんくらい余計に浮き上がったのである。
振り向き見下ろした道の真ん中――そこにはまんまるな目をした小さい竜が1匹、ちびドゥリンをじっと見つめていた。
「クルル……キュウ？」
喉を鳴らし、仲間かどうか訝しむように首を傾げる。ふんすふんすと匂いを嗅いで、パチリと瞬き、「キュイ！」と一声、地面に潜った。どうやらちびドゥリンを害のない生物と判断したらしい。
地面を赤くモコモコさせながら追い越していった竜は、さほど進んでいないところでボムン、と地面から飛び出し、辺りを見回す。
ドスドス、と右へ、ダスダス、と左へ行って、「キュウウ、」と不安げに鳴いた。
尻尾にオシャレな赤いスカーフをつけている竜は、きっとだれか人間の友だちがいるのだろう。
（……もしかして、はぐれたのかな）
ちびドゥリンはそう思って、クルクル鳴く仔竜に声をかけたのだった。
「……君、迷子なの？」
「キューン」
「あのね、ボクも探している人がいるんだ。もしよかったら一緒に行こうよ」
「キュ！　キュウ！」
茶色の竜が嬉しそうにお腹を揺すって、道案内

をするように地面に潜る。
待ってよ、と言いながら、ちびドゥリンはその小さなマグマを追いかけるのだった。

さて、ちびドゥリンが龍一匹、こうしてナタまで来ることになったのには訳がある。
――それは、昨夜の塵歌壺でのできごと。
「そんなに怒るなんて思わなかったんだ」と困った顔の空が言った。
「君は本当に他人の神経を逆撫でするのが上手いよね」と不機嫌そうに笠っちが言った。
「新しい国に行くのは勝手だけれど、なんだって戦争になんか参加するんだ、あまつさえ死者の国に行ったことを嬉々として語るなんて……」
意味がわからない、神経を疑うよ。君もそう思うだろう？　と眉根を寄せて問われ、ちびドゥリンは「うーん……」と肯定にも否定にも取れる音を出して首を傾げる。
「とにかく、いま君と話したって時間の無駄だから。……そう伝えておいて」
「ねえちびドゥリン、どうしたら許してくれるか放浪者に聞いてみてくれる？」
「君がその無謀な性格を治さない限り、万に一つも可能性はないって言って」
「実際にナタに行けばわかるよ、一緒に来ない？」
「断る、問題なのは理由じゃなくて行動だ。分からないならもういいよ」
「そっか……、じゃあ今日は諦めるよ。放浪者におやすみって伝えて？」
「明日は起こしてやらないから、と言っておいてくれ」
「……、ふたりとも……」

信じられるだろうか。これは同じ邸宅の一階と二階で行われた会話である。
ちびドゥリンはしばらくの間、小さい翼で階段をぱたぱたぱたぱた下り、たぱたぱたぱたぱ上り、を繰り返していたのだが、八往復くらいしたところでもう辛抱ならなくなった。なんだってこの二人は面と向かって話さないのだろうか。
今ばかりは大きい身体に戻って物理的に壁を取っ払ってやりたいと思うくらい、ちびドゥリンは怒っていた。
「さっさと仲直りしなさいッ！」
兄弟喧嘩に手を焼く母親みたいに言って（しかも双方に言わなれけばならないので2回繰り返している）、もう知らない！　とばかり、ベッドに潜り込んでぐっすり眠ったのだった。
そして朝、ちびドゥリンが目覚めると、
『ナタへ行ってくる』
短い置き手紙が残されていた。
友だちの小さな心変わりにちびドゥリンは全くもう、と空中で一回転し、彼を追いかけてナタまでぱたぱたやって来たのである。

「……だからね、きっと高いところにいると思うんだ。ボクの友だちは人の暮らしを眺めるのが好きだから」
この国のことも、よく分かるだろうしね。
「キュイ！」
ここまで話して、ちびドゥリンは自分と色違いの、空を飛ばないポテポテした竜を見た。
「君はどんな人を探してるの？」
「キュ！」
グルル、キュウ！　キュイ！　クルル……

一生懸命に説明してくれた仔竜によると、どうやら探し人はとても勇敢で素敵な人のようだった。
「キュウ？」
「うん。ボクの友達もね、とっても強くて、優しくて、かっこいいんだよ。ボクの憧れなんだ」
笠っちっていうんだけど……、と言いかけたとき、仔竜が「キュ！　キュー！」と大きく鳴いた。
一生懸命飛び跳ねている方向を見れば、小高い岩壁の端に見慣れた2つの人影が並んでいる。
広大な土地を吹き抜ける鮮やかな熱風に二人の衣装が靡いて、少し温度の低い鈴の音が鳴る。原色の熱気に溢れる気候には馴染まない、涼やかな音色。それはこの国でくっきりと浮き立つ美しさを帯びていた。
その光景に魅入っていると、竜の呼び声が風に乗って届き、金色の三つ編みが振り向いた。「あ！」という顔をした彼に向かって仔竜は手を振るようにひとつ飛び跳ねて、あっという間に地に潜る。
「……もしかして、君が探してた友だちって、旅人なの？」
ひとりごとのようなその問いは届かず、高速で地面を移動する小さなマグマはどんどん遠くなっていく。
その行き先を視線で追いかけ、旅人の隣に立つ人影がこちらをジッと見つめているのに気がついた。ちびドゥリンが空中でくるりと一回転すると、青い笠がフイと角度をずらす。素直じゃない友だちがよくする仕草だ。
旅人と笠っちと仔竜との不思議な縁になんだか楽しくなって、ちびドゥリンはフワリと羽ばたき速度を上げて、地面の熱い赤を追いかけるのだっ

November 23, 2024 at 1:26 PM

みるふぉ

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『アルデバラン』（4/4）
花神誕祭のエピソードムービーに脳を焼かれて書きました。
アルデバランはアラビア語で「後に続くもの」という意味の恒星です。スバルより少し遅れて日周運動することからスバルの後星（あとぼし）とも呼ばれているそうです。
#aescara

November 17, 2024 at 5:47 AM

みるふぉ

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『きらきら猫じゃらし』（4/4）
久しぶりに空放を書きました。
肌寒い朝のスキンシップの話。
空→→→（←）放って感じです。

November 15, 2024 at 4:08 PM