宮城県登米市東和町にある書院造の古民家。1852年に狼河原(おいぬがわら)村(現・登米市東和町米川)の豪族・畠山家が13代藩主・慶邦の巡視の際に宿泊所として建築されたもの。その後、佐藤家が購入して米谷に移築した。1981年に東和町に寄贈され、現在は登米市の施設となっている。
宮城県登米市東和町にある書院造の古民家。1852年に狼河原(おいぬがわら)村(現・登米市東和町米川)の豪族・畠山家が13代藩主・慶邦の巡視の際に宿泊所として建築されたもの。その後、佐藤家が購入して米谷に移築した。1981年に東和町に寄贈され、現在は登米市の施設となっている。
仙台市青葉区広瀬町にある不動堂。広瀬川に架かる橋である「澱橋」北岸の「新坂」付近にある。境内にある板碑は1936年に澱町で発見されて移設されたもの。1273年に制作された仙台周辺で最も古い時期の板碑とされ、『澱不動尊文永十年板碑』として仙台市の有形文化財に指定されている。
仙台市青葉区広瀬町にある不動堂。広瀬川に架かる橋である「澱橋」北岸の「新坂」付近にある。境内にある板碑は1936年に澱町で発見されて移設されたもの。1273年に制作された仙台周辺で最も古い時期の板碑とされ、『澱不動尊文永十年板碑』として仙台市の有形文化財に指定されている。
「サンモール一番町商店街」にある横丁。サンモール一番町(旧・東一番丁)から東に向かう道で、昭和情緒の溢れる飲食店等が並んでいる。1924年に『東南横丁/東百軒店街』として作られ、大正期に当地にあった活動写真館「文化キネマ」が由来となって現在の名称になった。
「サンモール一番町商店街」にある横丁。サンモール一番町(旧・東一番丁)から東に向かう道で、昭和情緒の溢れる飲食店等が並んでいる。1924年に『東南横丁/東百軒店街』として作られ、大正期に当地にあった活動写真館「文化キネマ」が由来となって現在の名称になった。
宮城県栗原市栗駒岩ケ崎にある菓子店。江戸時代後期に創業。団子やまんじゅうなどの和菓子を主に取り扱っている。中でも『駒ゆべし』と『鶴ヶ飴』が人気商品で、特に鶴ヶ飴は明治期から旧・岩ヶ崎町の名物として知られており、屋号に『鶴ヶ飴本舗』を冠していることもあった。
宮城県栗原市栗駒岩ケ崎にある菓子店。江戸時代後期に創業。団子やまんじゅうなどの和菓子を主に取り扱っている。中でも『駒ゆべし』と『鶴ヶ飴』が人気商品で、特に鶴ヶ飴は明治期から旧・岩ヶ崎町の名物として知られており、屋号に『鶴ヶ飴本舗』を冠していることもあった。
かつて仙台市青葉区木町通にあったホテル。1977年に開業。上層階は一般に分譲された。1999年に経営会社が破産して以降、設備が管理されないまま反社会勢力や実態不明の企業による所有、不法占拠が行われていた。2018年に管理組合が発足され、権利関係を整理し、2021年に解体された。
かつて仙台市青葉区木町通にあったホテル。1977年に開業。上層階は一般に分譲された。1999年に経営会社が破産して以降、設備が管理されないまま反社会勢力や実態不明の企業による所有、不法占拠が行われていた。2018年に管理組合が発足され、権利関係を整理し、2021年に解体された。
宮城県気仙沼市本吉町高瀬ヶ森にある展示施設。旧本吉町の施設として2005年に開設された。「大谷鉱山」の操業時に使用されていた削岩機やトロッコ、金鉱石など約450点が展示されている。入場は無料。建物の出入口付近から鉱山跡地を遠望できる。
宮城県気仙沼市本吉町高瀬ヶ森にある展示施設。旧本吉町の施設として2005年に開設された。「大谷鉱山」の操業時に使用されていた削岩機やトロッコ、金鉱石など約450点が展示されている。入場は無料。建物の出入口付近から鉱山跡地を遠望できる。
東日本大震災における緊急輸送道路の啓開作戦。緊急車両や人命救助部隊を早期投入するために立案された。まず東北自動車道および国道4号の縦軸ルートを確保し、次に沿岸部までの横軸ルートを確保、この後に国道45号を確保するものだった。現在他地域でも同様の計画が策定されている。
東日本大震災における緊急輸送道路の啓開作戦。緊急車両や人命救助部隊を早期投入するために立案された。まず東北自動車道および国道4号の縦軸ルートを確保し、次に沿岸部までの横軸ルートを確保、この後に国道45号を確保するものだった。現在他地域でも同様の計画が策定されている。
宮城県多賀城市南宮にある曹洞宗の寺院。南宮地区を領地とした仙台藩家臣の成田家の菩提寺で、1645年に開山したとされる。山門は2代藩主・忠宗の霊廟「感仙殿」の廟門を、明治期に移築したものとされる。また近江国・三井寺から勧請された観音像が宮城三十三観音第九札所になっている。
宮城県多賀城市南宮にある曹洞宗の寺院。南宮地区を領地とした仙台藩家臣の成田家の菩提寺で、1645年に開山したとされる。山門は2代藩主・忠宗の霊廟「感仙殿」の廟門を、明治期に移築したものとされる。また近江国・三井寺から勧請された観音像が宮城三十三観音第九札所になっている。
宮城県女川町に属する離島。「牡鹿諸島」の有人島の1つで、女川町中心部の北東部に位置する。読み方は『いずしま』。町内の漁獲量の約4分の1を占める沿岸漁業の拠点である。島西部には縄文時代の『出島配石遺構群』がある。2024年に本土と島を結ぶ『出島大橋』が完成した。
宮城県女川町に属する離島。「牡鹿諸島」の有人島の1つで、女川町中心部の北東部に位置する。読み方は『いずしま』。町内の漁獲量の約4分の1を占める沿岸漁業の拠点である。島西部には縄文時代の『出島配石遺構群』がある。2024年に本土と島を結ぶ『出島大橋』が完成した。
宮城県登米市で開催されるファンラン大会。英語では『Tohoku Food Marathon』と表記。東日本大震災を機に、フランス・ボルドーの『メドックマラソン』を参考に2014年から毎年春に開催されている。「長沼フートピア公園」をメイン会場に「長沼」を1周するコースになっている。
宮城県登米市で開催されるファンラン大会。英語では『Tohoku Food Marathon』と表記。東日本大震災を機に、フランス・ボルドーの『メドックマラソン』を参考に2014年から毎年春に開催されている。「長沼フートピア公園」をメイン会場に「長沼」を1周するコースになっている。
「仙台・青葉まつり」で巡行する仙台山鉾の1つ。1989年制作。宮城県を代表する生鮮卸売業者である「仙台水産」が総勢150名の隊列で運行する。貞山運河の物資輸送や漁業、鹽竈神社の海渡りに使われた『御神船』を表現し、グル―プ社員が扮する七福神が御神船に乗船している。
「仙台・青葉まつり」で巡行する仙台山鉾の1つ。1989年制作。宮城県を代表する生鮮卸売業者である「仙台水産」が総勢150名の隊列で運行する。貞山運河の物資輸送や漁業、鹽竈神社の海渡りに使われた『御神船』を表現し、グル―プ社員が扮する七福神が御神船に乗船している。
仙台市の大通り。古城・沖野付近で国道4号線・仙台バイパスから北に分岐し、南小泉、宮千代などを経由して坂下交差点で宮城県道8号線・利府街道に接続、国道45号線と交差する。道路愛称は1996年につけられたもので、店舗名で使用されるなど一般に浸透している。
仙台市の大通り。古城・沖野付近で国道4号線・仙台バイパスから北に分岐し、南小泉、宮千代などを経由して坂下交差点で宮城県道8号線・利府街道に接続、国道45号線と交差する。道路愛称は1996年につけられたもので、店舗名で使用されるなど一般に浸透している。
・カンディンスキー:カンディンスキーは初期の大作『商人たちの到着』を含む36点
・版画集:ヴァイマルのバウハウス版画工房で制作された等
・三浦コレクション:装丁家・装丁研究家の三浦永年・ティニ夫妻が収集した美術品コレクション82点
・カンディンスキー:カンディンスキーは初期の大作『商人たちの到着』を含む36点
・版画集:ヴァイマルのバウハウス版画工房で制作された等
・三浦コレクション:装丁家・装丁研究家の三浦永年・ティニ夫妻が収集した美術品コレクション82点
陸奥国・出羽国の氏族。陸奥石川家の庶流。陸奥石川家22代当主・尚光の次男・隆能に続く家系で、伊達家14代・稙宗の代に一家格に列した。当初は800石を与えられていたが、後代が処罰を受けたことや無嗣で養子を迎えたことにより、最終的に志田郡長尾の150石まで減封された。
陸奥国・出羽国の氏族。陸奥石川家の庶流。陸奥石川家22代当主・尚光の次男・隆能に続く家系で、伊達家14代・稙宗の代に一家格に列した。当初は800石を与えられていたが、後代が処罰を受けたことや無嗣で養子を迎えたことにより、最終的に志田郡長尾の150石まで減封された。
多賀城外郭の南辺にある築地塀と櫓の跡。南辺一帯が低湿地であるため、幅約17m、厚さ約1.6mの盛土の上に築地塀を築いていた。また外郭南東付近には櫓が発見されており、見張り台や多賀城正面の装飾として機能していたと考えられる。櫓付近には「あやめ園」がある。
多賀城外郭の南辺にある築地塀と櫓の跡。南辺一帯が低湿地であるため、幅約17m、厚さ約1.6mの盛土の上に築地塀を築いていた。また外郭南東付近には櫓が発見されており、見張り台や多賀城正面の装飾として機能していたと考えられる。櫓付近には「あやめ園」がある。
宮城県利府町にあるJR東日本の新幹線車両基地。1982年の東北新幹線開業と同時に仙台新幹線第一運転所および仙台工場として開設され、改組・改称を経て現在に至る。主に東北新幹線で運用される車両の検査や整備が行われる。毎年「新幹線車両基地まつり」が開催される。
宮城県利府町にあるJR東日本の新幹線車両基地。1982年の東北新幹線開業と同時に仙台新幹線第一運転所および仙台工場として開設され、改組・改称を経て現在に至る。主に東北新幹線で運用される車両の検査や整備が行われる。毎年「新幹線車両基地まつり」が開催される。
デンマーク王国シェラン地域に位置する自治体。英語表記から『ソロー』と呼ぶこともある。シェラン地域の行政府所在地。12世紀にアブサロン司教によって創設された。1997年に共同通信社の紹介で「涌谷町」が高齢者福祉施策の視察・研修を行うようになり、2003年に友好都市提携を締結した。
デンマーク王国シェラン地域に位置する自治体。英語表記から『ソロー』と呼ぶこともある。シェラン地域の行政府所在地。12世紀にアブサロン司教によって創設された。1997年に共同通信社の紹介で「涌谷町」が高齢者福祉施策の視察・研修を行うようになり、2003年に友好都市提携を締結した。
仙台市青葉区星陵町にある一般社団法人。1921年に当時は経済的に困窮した入院患者に対する日用品の給付や学生に対する助成等を目的として、当時の医学部附属病院長・熊谷岱蔵氏が提唱し、寄付金を基に設立された。現在は「東北大学附属病院」で売店や食堂、調剤薬局の運営を手掛けている。
仙台市青葉区星陵町にある一般社団法人。1921年に当時は経済的に困窮した入院患者に対する日用品の給付や学生に対する助成等を目的として、当時の医学部附属病院長・熊谷岱蔵氏が提唱し、寄付金を基に設立された。現在は「東北大学附属病院」で売店や食堂、調剤薬局の運営を手掛けている。
ある殿様が狩りで白狐を火縄銃で撃ったところ、その白狐の祟りによって城の妻子が病気になってしまったため、お詫びをして玉垣までつくったという。この伝説と「斗蔵寺」の山号『安狐山』や斗蔵山神社のかつての主祭神が稲荷だったことに何か関係があるのではないかとされる。
ある殿様が狩りで白狐を火縄銃で撃ったところ、その白狐の祟りによって城の妻子が病気になってしまったため、お詫びをして玉垣までつくったという。この伝説と「斗蔵寺」の山号『安狐山』や斗蔵山神社のかつての主祭神が稲荷だったことに何か関係があるのではないかとされる。
宮城県大和町宮床にある神社。1187年に源義経が「信楽寺」に安置した八幡神を宮床の住民が祀ったことが始まりとされ、1673年に宮床伊達家初代当主・宗房が2神を加えて現在の形になった。別当寺は田手氏代々の祈願所である『栄法寺』だったが、明治期に廃寺となった。
宮城県大和町宮床にある神社。1187年に源義経が「信楽寺」に安置した八幡神を宮床の住民が祀ったことが始まりとされ、1673年に宮床伊達家初代当主・宗房が2神を加えて現在の形になった。別当寺は田手氏代々の祈願所である『栄法寺』だったが、明治期に廃寺となった。
干支と守護仏の対応自体は全国的な守り本尊信仰と同様だが、神仏習合の名残で辰巳と戌亥には神社が該当する。
・子(千手観音):善入院観音堂
・丑寅(虚空蔵菩薩):大満寺虚空蔵堂
・卯(文殊菩薩):鷲巣山文殊堂
・辰巳(普賢菩薩):愛宕神社
・午(勢至菩薩):二十三夜堂
干支と守護仏の対応自体は全国的な守り本尊信仰と同様だが、神仏習合の名残で辰巳と戌亥には神社が該当する。
・子(千手観音):善入院観音堂
・丑寅(虚空蔵菩薩):大満寺虚空蔵堂
・卯(文殊菩薩):鷲巣山文殊堂
・辰巳(普賢菩薩):愛宕神社
・午(勢至菩薩):二十三夜堂
江戸時代後期の武士。出生については諸説あり、仙台藩領内の気仙沼生まれ・古川荒谷育ちとする説が有力だが、現在の岩手県陸前高田市、栗原市花山とする説もある。自身の流派『北辰一刀流』を創始。江戸で剣術最大の流派となり、幕末の重要人物達も門下となっていた。
江戸時代後期の武士。出生については諸説あり、仙台藩領内の気仙沼生まれ・古川荒谷育ちとする説が有力だが、現在の岩手県陸前高田市、栗原市花山とする説もある。自身の流派『北辰一刀流』を創始。江戸で剣術最大の流派となり、幕末の重要人物達も門下となっていた。
「仙台城本丸」の「本丸詰門」に向かって左側の石垣。石垣の東側は崖で、城下からも見える。発掘調査から3時期の石垣が重複していることが判明しており、現在見えているものは四角く加工された切石を使用した布積みのⅢ期石垣である。高さは最も高いところで17mある。
「仙台城本丸」の「本丸詰門」に向かって左側の石垣。石垣の東側は崖で、城下からも見える。発掘調査から3時期の石垣が重複していることが判明しており、現在見えているものは四角く加工された切石を使用した布積みのⅢ期石垣である。高さは最も高いところで17mある。
「ゆさや旅館」にある建造物。木造2階建てで外壁はモルタル、屋根は入母屋造、瓦葺。1890年に付近の火災で類焼して新築し、1936年に改築。昭和期に何度か改造されているが柱の位置は変わっていない。元は1階は湯治部屋、2階正面道路側に上客客室を配していた。国の登録有形文化財。
「ゆさや旅館」にある建造物。木造2階建てで外壁はモルタル、屋根は入母屋造、瓦葺。1890年に付近の火災で類焼して新築し、1936年に改築。昭和期に何度か改造されているが柱の位置は変わっていない。元は1階は湯治部屋、2階正面道路側に上客客室を配していた。国の登録有形文化財。
仙台市宮城野区蒲生にある山。日本で一番低い山といわれていて、標高は3メートルである。人工的に作られた山で、東日本大震災の津波で消滅していたが、地元住民が砂利を積み上げ、2014年の測量で標高3メートルの山として認定された。ちなみに、日和ってる奴がいる山という意味ではない。
仙台市宮城野区蒲生にある山。日本で一番低い山といわれていて、標高は3メートルである。人工的に作られた山で、東日本大震災の津波で消滅していたが、地元住民が砂利を積み上げ、2014年の測量で標高3メートルの山として認定された。ちなみに、日和ってる奴がいる山という意味ではない。