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柴チヒ
「まあ気になるんやったらたまにおいで。うっかり店主に会えるかもしれんし、美味しい珈琲はいつでもあるし、先に云うてくれたらカフェオレでもカフェモカでも出せるから。ただし裏メニューやから店主には内緒。つまり云いふらさんように」何処まで冗談で何処まで本気なのか判らない宣伝に、うっかり笑ってしまう。せっかくだからたまに来よう。家からは少し遠いが、通えないわけではない。美味しい珈琲と、店主の手作りの菓子と、それらをふるまう長身で気だるげな目つきをした良い声の男が店番をする店。webの評価が高いのに口コミがひとつも書かれていない理由が少しわかった。此処は客にとってひみつの隠れ家なのだ。
January 3, 2026 at 1:58 AM
「店主さんにはお会いできますか」
「できるけど、おったらラッキーくらいやな」
「いついらっしゃいますか」
「忙しいひとやから」
「豆の買い付けとかですか」
「いや、刀作ってる」
「え」
驚くと、男が「これは趣味」と目を細めた。
「刀づくりが趣味ですか」
「ちゃうちゃう。珈琲のほう」
「この店が趣味?」
「そう、趣味やなかったらやってられへんてこんな偏屈な商売」
そこで奥の初老の客が「でもしばくんの淹れた珈琲がいちばんうまいからね」というのに、男――しばくん、だから名字がしばだろうか――が「そらどうも」と軽く返す。いろいろ聞きたいことがありすぎて絶句していると、男が云った。
January 3, 2026 at 1:58 AM
「うちは店主のこだわりで基本砂糖とフレッシュなし。どうしてもほしい場合は……」そこで言葉を切った男がわざとらしく左右を見るのに、追加料金がかかるのだろうかと思っていたら、「普通に云うてくれたら出すよ」と姿勢を戻してあっさり答えるのに、どう反応したらいいのか判らず戸惑うしかない。ツッコミを入れていいのか、駄目なのか。「でも店主にはないしょにしといて。出さんて話になってるから」気安い調子でそんなことを云う男が「いる?」と訊くのに「いえ、なかったので聞いただけですありがとうございます」と返すと「いつでも云うて」と下のほうからこっそりシュガーポットをちら見せしてくれた。店主に隠しているのだろうか。
January 3, 2026 at 1:58 AM
店員はカウンタ内でグラスを磨いている。綺麗な切子細工、色違いが目の前のカップの隣に並んでいるのでお冷用のグラスだ。いちばん奥には金魚鉢。よく見えないが三匹ほど金魚が泳いでいる。クッキーは生地自体は甘さ控えめ、絞られたクリームが甘い。かと思ったら二枚目はしっかり甘く、同じ四角いチョコクッキーだと思ったら味が違うのに驚く。こだわりのブレンドは飲みやすく、何も入れなくても美味しい。そもそも砂糖もミルクも聞かれなかったり添えられてもいなかった。「お砂糖は頼めばありますか」ためしに訊いてみると、男はこちらに近づいてきて大げさに苦い表情をすると、小声で云った。「闇取引やで、お客さん」「え」
January 3, 2026 at 1:58 AM
「本人が接客は向かんていうから店番は俺」そう云って出されたのはアンティークらしいコーヒーカップと四角いチョコレートクッキー。つまりこの男は店主ではない雇われた店番か、とカップを手に取りながら考える。ほかの客も含めて、カップのデザインはばらばらだ。「きれいなカップですね」訊いてみる。「店主がひとつずつ集めた。窯で焼いたもんが好き」また男が口角を上げる。さっきも店主を褒めたときに笑った。店主はそんなに凄いひとなのか、あるいはこの男にとって好ましい人物なのか。たとえば伴侶、よくある話だ。菓子作りと漬物も漬ける、珈琲にこだわりのある嫁、ただし接客は苦手。惚れぬいている男は妻の好きなとおりにさせている。
January 3, 2026 at 1:58 AM
「甘いのはチョコクッキー、しょっぱいのはチーズクッキー、漬物は柴漬け。茶請けが増やしたいならひとつにつきプラスこれだけ」右下に書かれている説明を指した男が「決まったらどうぞ」と姿勢を戻すので、「ブレンドと、甘いので」と返す。目を細めた男は「かしこまりました」と告げて手際よく作業を始める。カウンタの奥の席に初老の男性がひとり、本を読んでいる。手前側のテーブル席には夫婦らしきペア、客はそれだけ。「ブレンドは、このお店の独自のですか」問いかけると、店員は「そう。店主がこだわって決めたオリジナル」「店主、さん、は、」「茶請けのクッキーと漬物も店主の手作り」「すごいですね」「うん、すごいやろ」男が笑う。
January 3, 2026 at 1:58 AM
そんなとうごの気持ちを知っていて、それでも繋がれることも繋ぐこともちひろくん自身は意識の表層では望んでいなくて、とうごはずっと自分の傍にいるだろうと思っているので敢えて繋ぐ必要もそれを可視化する必要も感じない。でもとうごは年若いちひろくんにとっての自分はこれから価値が目減りする一方だと思っていて、それは友人や恋人からの出発ではなく友人の子という関係からスタートしているからこその視点なんだけど、だからせめて目に見えて繋ぐものがほしい。ちひろくんはそれに気づいて、それならお揃いで何かつけよう、自分はともかくとうごは見える場所につけてもらおうと提案したんじゃないか、という柴チヒ
December 30, 2025 at 12:37 PM