ササキリユウイチ
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川柳
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連絡手段として、メモ手段として
#川柳句会表層 「人は物質(もの)になり盡きんとす陽は中天 /三橋兎猿子」の回

ササキリユウイチ・佐藤移送・大月陽星・林やは・牛田悠貴・石山ふね・福士かれん・綿貫文・郡司和斗

作品と評 の note記事

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川柳句会表層 「人は物質(もの)になり盡きんとす陽は中天 /三橋兎猿子」の回|ササキリ ユウイチ
匿名の互評の川柳句会の句と、(無記名状態での)選評との一覧。2025年12月の第5回(/6回)。 参加者は、 ササキリユウイチ・佐藤移送・大月陽星・林やは・牛田悠貴・石山ふね・福士かれん・綿貫文・郡司和斗 の9名。 題「人は物質になり盡きんとす陽は中天 /三橋兎猿子」 の題詠と自由詠の2句提出。 ただし、題詠と雑詠を分けずに提出して選。 The Yohji Yamamoto 石臼 石畳/大月陽星...
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December 29, 2025 at 2:05 PM
石田柊馬作品集(LPの森……)を、通読するの、信じられない時間がかかる。「道化師からの伝言」だけで4時間かかった。4時間かかるというのはどうでもいいことかもしれないけど、分量にたいして長すぎるし、知らないからかかるのか、なまじ知っているからかかるのか、集中してないからかかるのか、集中しすぎてかかるのか。
December 20, 2025 at 2:09 PM
ザブザリの各章の本がどういう本でどういうことが考えられるのかを考えてみるようにして読んでみた。ありえない疲労がきた。
December 20, 2025 at 2:04 PM
重ね着して、身動きがうまく取れないという状態は気持ちがいい。家でじっとする場合に。
November 28, 2025 at 3:25 AM
そういうわけでbs開いてみて、こちらたTLを構築してもいいのかもしれない。いま、ほぼ楡原級さんと綿貫さんとの投稿だけで満たされていて疎なんだけど、いずれもすごい面白くて、わー、面白い、っておもって自分が意味ないこと呟く気持ちができた(故に呟いてけている)
November 22, 2025 at 4:26 AM
Twitter耐え難くなってきて(そうはいっても何ヶ月も「見ている」といえるろどみているというわけでもないけど)
November 22, 2025 at 4:22 AM
#川柳句会表層 題「⚪︎⚪︎に刃物は必需品である/渡辺隆夫」の回
ササキリユウイチ・佐藤移送・大月陽星・林やは・栫伸太郎・牛田悠貴・石山ふね・福士かれん・綿貫文・郡司和斗

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November 9, 2025 at 2:51 AM
#川柳句会表層 「馬一匹を秘め 鏡の裏の平成元年/飯尾麻佐子」の回

ササキリユウイチ・佐藤移送・大月陽星・林やは・栫伸太郎・牛田悠貴・石山ふね・福士かれん・綿貫文・郡司和斗

第一回の作品と評です!

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川柳句会表層 「馬一匹を秘め 鏡の裏の平成元年/飯尾麻佐子」の回|ササキリ ユウイチ
匿名の互評の川柳句会の句と、(無記名状態での)選評との一覧。2025年8月の第1回(/6回)。 参加者は、 ササキリユウイチ・佐藤移送・大月陽星・林やは・栫伸太郎・牛田悠貴・石山ふね・福士かれん・綿貫文・郡司和斗 の10名。 題「馬一匹を秘め 鏡の裏の平成元年/飯尾麻佐子」 の題詠と自由詠の2句提出。 ただし、題詠と雑詠を分けずに提出して選。 両利きになってから手をつかいたい/栫伸太郎 ...
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August 31, 2025 at 11:15 PM
内在性の問題も、ものすごくざっくりいえば、言葉を物から引き剥がすことをやっている。
August 30, 2025 at 2:08 PM
気を抜くとすぐツイートでメモをやり切ろうとしてしまう。形象の消尽後(言葉を物に帰属させることから距離を取ること)における言説のポジティブなところは、やはり白痴とそうでないものの交代な気がする。そこにカテゴリが働く。カテゴリが働くということを認識することが倫理だと思う。
August 30, 2025 at 2:04 PM
記憶が身体である、と言えるのは、超越論的な要請からのみだけで有効な気がしてきました。私、「である」側が思惟属性、「がある」側が延長属性。図式自体が並行論っぽくなる。
August 17, 2025 at 11:19 AM
今まで私はある断言の形式を、行為としての言うこととして、並びに論理形式として捉える思考の傾向があったのだが、むしろ距離というのは、表象像の時間変化とプラトー領域について思考したほうがいいと考えるようになった。なのだが、この二つをむしろ交代して行き来するべきだったのか、と、やっと綜合のほうに頭が向かい始めている。
August 6, 2025 at 9:14 AM
「欲望による実在的区別の増大は、精神の活動力能の増大あるいは減少の秩序そのものにより少なく依存することであり、…」(江川『アンチ・モラリア』p311)
すごい。コナトゥスの変形というより、秩序の交代。
August 2, 2025 at 4:38 PM
思惟属性、観念の特徴として、互いに無関係で、互いに依存せずに思考できるものを思考できるという実在的(≒想念的、対象的)-形相的区別の能力を極端にすると、属性から実体を算出できるし、これに並行論を持ち込むとある身体系属性が考えられ、すると、器官を身体の属性と捉えることができる、というやばいステップを踏む。と、生産自体をアプリオリではなくアポステオリに思考できる。っていう理路が『アンチ・モラリア』の半分までにある。
August 1, 2025 at 3:45 PM
あまり今まで破壊的な鏡が複数あることと、一枚の鏡との差異がわかっていなかったが、まず分裂的なものの行使(…であれ…であれ)という距離の表現の工程(第一段階)だったんだな。ただし、ここに身体を加えて思考しないと簡単に複数の鏡になってしまう、と(非共可能的なものの現働化)。この現働化自体を問題化=すなわちこれを身体に貼り付ける原理という分裂の第二の行使がないと、容易に鏡が増える(対言に回収される)。
August 1, 2025 at 3:49 AM
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「表情が歩いて来たら眼帯の風景なんだな/墨作二郎」の回
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「板わさや かの執刀医急逝す/石田柊馬」の回
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「煉獄はぽんのり灯る窓ふたつ/西脇祥貴」の回
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「湖に点滴をして青い針/平岡直子」の回
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「手毬唄以外のコギト・エルゴ・スム/川合大祐」の回
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「妄想で出来たのも有る四天王」 (末・四・25)の回
川柳句会裏紙 「表情が歩いて来たら眼帯の風景なんだな/墨作二郎」の回|ササキリ ユウイチ
匿名の互評の川柳句会の句と、(無記名状態での)選評との一覧。2025年2月の第1回(全6回を予定)。 参加者は、 ようなの・ササキリユウイチ・佐藤移送・栫伸太郎・桜庭紀子・牛田悠貴・郡司和斗 の七名。 題「表情が歩いて来たら眼帯の風景なんだな/墨作二郎」の題詠と自由詠の2句提出。 ただし、題詠と雑詠を分けずに提出して選。 裏紙だけでできたくす玉/佐藤移送  我らが(?)【川柳句会裏...
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August 1, 2025 at 12:31 AM
エチカ4部序文では、実のところあまり意味のない語(例えば善悪)が、人間本性の型として人間の観念を形成するにあたっては、その語を"保存"して用いることが有益であるとされている。そこで、度々思うのだが、論理学の形式の例文(例えば「アダム」)は、アダムに対するコンテクストが乗っかっていて、というかあらゆる言説にはコンテクストが乗っかっていて、これには一応こちらとしても乗っているということの意義や動機が私には皆目わからないが、この《保存》の意を企図するならばわかるかもしれない、などと思う。そうじゃないと、話せないことがある(そうじゃないと顕れない欲望がある)、というわけ。
July 31, 2025 at 9:13 AM
確かに因果性が即道徳につながるというのは、因果性を仮に論理学と呼ぶなら、論理学が無能力(ある対象が与えられ"ない"こと)と道徳の根源であるというニーチェの指摘を思い出せるが、他方、因果性を欲望との関係で見た場合に、欲望と論理学(あるいは対言と言ってもいいのかもしれない)との対応が、まだ曖昧-混乱である。だけど、ここが本丸という感じがする。
July 31, 2025 at 9:02 AM
ある箱の中に言葉を押し込めるのは、十分に箱が小さい場合に、言葉にたいしてはサド的、言葉を入れる側としてはマゾ的と言えるとして、問題は、箱の大きさをマゾ的には決定できず、あくまで箱の選択の次元でしかマゾ的にはなれない、というところなのかもしれない。
July 31, 2025 at 2:36 AM
夕方家に帰ると山森のガタリ本が届いていたので何となく読む。最後まで人間集団を考える上で強力なのは、負債の関係で、オイディプスが第一段階で原始的ではなくむしろ現代的ではあるにせよ、負債からそこまで行くのは確か。(アンチ・オイディプスの一つの論旨)。〈対言〉であれ〈副言〉であれ(ライプニッツ-D-G)、〈言うこと〉という言語の水準ではあるので、どうしてもその負債関係(道徳と言えると思う)に絡み取られる。
July 30, 2025 at 2:11 PM
超越論的な形式や能力が失効する場面のことを「疲労」という比喩で現すことが多いのはどうしてなんだろう。ここから少しずれて、「真理」に近づく行為の努力も「忍耐強さ」と言うことがあると思う。だけどこちらはあくまで派生的な感じがする。
July 30, 2025 at 12:51 AM