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騒がしいオタク。
基本的に生息場所はTwitterです。妄想を垂れ流しています。
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ｼｬｰｼｬﾘ(2/2)
ドアが閉まったの確認し、カーテンを閉め、この人が纏っている強烈な匂いをどうにかするためにソファに転がしバスタブに湯を貯めにいく。 靴下を脱ぎ、スラックスの裾を折り足を洗う。 ソファに置いてきた人の元に行くと、その足元に転がっていた。 「動けたんですね」 言いながら抱え上げる。その乾いた唇からは声にならない声が聞こえた。 頭の中は極彩色の何かでいっぱいで、目を凝らすと吐き気がする。 お湯はバスタブの半分も溜まっていない。そのまま、服のまま、二人で湯の中に入った。 ぼんやりと温かいお湯が胸元まで溜まるまで待つ。 「服を脱がせますよ」 返事はもちろんなかった。 油断するとそのまま沈んでいく人の体を洗い、髪を洗い、バスタオルに包んでベッドに転がす。 すぐに浴室に戻り濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びる。 鼻先に残る匂いに辟易とした。 髪を拭きながら戻ると、ベッドからも落ちていた。 「シャア」 私は青年の名を呼んだ。彼の幾つかある名前の一つだった。 「……何故私をあそこから連れ出した」 恨みがましい目と声だった。 私は彼を見下ろしその問いに答えなかった。 私の中でその答えになるようなものがまだ、言葉にならなかったと言ってもいい。 私はバスローブ姿のまま椅子に座り、絨毯の上に転がるシャアを眺めた。 美しく無様な、しかし眩い男を。 　奇妙な時間だった。 シャリア・ブルはまるで釣り糸に掛かった魚を引き揚げるかのように私を釣り上げ、抱き抱え、食事を与え清潔に保ち、それ以外の時間は私を眺めている。 私はといえば、薬の離脱症状で酷く苦しい。 「麻薬や覚醒剤の類を使った部下は問答無用で営倉にぶち込んだものです」 琥珀色の液体をゆっくりと飲みながら、無様な私を鑑賞でもするように、シャリアは言った。 まるでこちらを睥睨する巨大な獣のように、つかず離れず。 苛立ち、罵倒し、時に啜り泣きながら薬を強請る私を男はじっと見ている。 「貴様が悪い」 「お前が私をこんな風にした」 「君に裏切られるなんて思いもしなかった」 なんとかして薬を得ようとする私の口からはスルスルとシャリアに対しての罵声が出てくる。 何が真実で嘘なのか自分でも分からない。 全てが本当で、全てが嘘かもしれなかった。 しかしシャリアは当然、泣いて縋る私に注射器を打つことも煙を焚くこともなかった。 嵐の最中にも分厚い雲の向こうに存在するポールスターのように、じっと私のことを見つめている。 数日間、いや数週間かも。 私はやっと顔を上げた。そういう気分になった。 眩しさに目を眇める。 光が差し込んでいた。 シャリアが勢いよくカーテンを開け放ったのだ。 ついで大きく取られた窓もシャリアは開ける。 心地良い風が通り、男の緑灰色の髪を透かし揺らす。 私はこの時の男の髪の揺れ、目を細めて笑う姿が忘れられない。 ホテルの部屋のカーテンと窓を全て開け放って、シャ リアは日の光に消える幽霊のようにいなくなってしまった。
September 19, 2025 at 4:48 AM
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ｼｬｰｼｬﾘ(2/2)
ていた。 彼女の元を離れ、シロウズがどこへ行ったのか、シャリアは探ることを命じなかった。 自由に生きることを望んだ。 それは、宇宙から覗き込んで鳥籠の鳥にするためではない。 どこへ行くのも、誰と出会うのも、そして何をしようとも、自由であって欲しかった。 「マリガンには世話になった。ジオン独立戦争時代、私があれほど戦果を上げることが出来たのもキシリア閣下とマリガンの助力のお陰だった」 「えぇ、そうですね。私もお二方には世話になった」 「だが殺した。君は哀愁めいたものを感じているのかもしれないが、私はあまり感じることは出来ん」 「……私とマリガン大尉は、表向きは同じキシリア派閥として馬が合うように見せていましたが、互いに水面下では腹の探り合いばかりをしていました。彼にしてみれば私はギレン総帥から差し向けられ、貴方を一心に追う男で。しかしそれが隠れ蓑にもなりました」 「アルテイシアは息災か？」 シャリアがシャア捜索の裏で、シャアの妹であるアルテイシアを擁立しようと画策していたとは、流石のマリガンであっても気付かなかっただろう。 シャリアがシャア捜索にのめり込めばのめり込むほど、周りの人間は真の目的から目が逸らされる。 「えぇ。ですが国家の運営というものはお辛いようだ。愚痴を聞いて差し上げてください」 シャリアの言葉をシロウズは鼻で笑った。 「自分で選んだ道だろう」 「それでも辛いものは辛いものでしょう」 「私を排除しようとしたくせに」 シロウズの言葉に、シャリアは顔を曇らせた。 「えぇ。そうですね」 今のシャリアに、アルテイシアの気持ちを代弁するこ とは出来ない。それは、自分の気持ちを開陳することだった。 そこでやっと、自分が雨に濡れているということは隣に立っている男もまた、濡れているということに思い至った。 コロニーの大気の洗浄のための水の粒が。 「シロウズ、さん。すみません、濡れてしまっていますね」 「君もだろう」 「私はいいのです」 「なら、私もいいんだよ」 シロウズはシャリアに対して、呆れたように言った。 「さっきはああ言ったが……アルテイシアは私よりも余程良い王になれる。いつか会えるといいとも思っているさ」 シロウズの前髪の合間から、彼の妹と同じ地球の青空のような澄んだ海のような瞳が見えた。 シャリアは彼が、良い王になれないから追い落とした訳ではなかった。だがそれをここで言ったところで言い訳になるだけだ。 「チベを墜としキシリア閣下とマリガンを殺したことに後悔はないが……。寂しいものだな、同じ戦場を駆けた戦友をなくすということは。マリガンは勝手なことを言うなと言いそうだが」 「えぇ、そうですね」 その言葉に肯定するシャリアを含め、本当に勝手な言い分だった。 キシリアにどこまでも付き従うマリガンを見ていると、世界と人類に絶望したシャアと共にいる自分を見ているようだった。 デギン亡きジオンは、ギレン派によって統治されていたことは疑いようがない。公王の葬儀に、いかなる理由であれ（それが自身の暗殺であったとしても）現れない者は後継者たる資格がない。 ギレンを毒殺でもしなければ、キシリアはジオンの王にはなれなかった。それだけでなく、ギレンを亡き者にしてもア・バオア・クーを壊滅させなければ。 マリガンがキシリアに従い続けた理由を、シャリアは知らなかった。 知ろうと思えば知ることは出来ただろう。だが、いつか殺し合うことになることは分かっていた相手の奥深くを知ることに、シャリアは二の足を踏んだのだ。そして今はもう二度と知ることは出来ない。 シャリアは合葬されている墓を見つめた。 彼らは生き残るため必死だった。 「シャリア・ブル」 ぐ、とシロウズがシャリアの腕を取った。 「はい、」 大佐、と続けようとして、シャリアの口は寸でで止まる。 「もう少し話したい。なにか飲みに行こう」 そう言ったシロウズの目を見て、シャリアは頷いていた。 「何を飲まれますか」 「赤ワインもいいが……今日はカクテルの気分だ」 そう言って、シロウズはシャリアの腕を引いて歩き出した。
August 20, 2025 at 11:47 AM
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だ。 「木星には何かがいます」 いっそゆったりとした口調だった。 「私はどうやらここまでのようだ。ニュータイプは肉体が死ぬと意識が拡張する。なので私は木星にいる何かをずっと見ているつもりです」 「何を…」 「……ここまでやって来たニュータイプのあなた。強くしなやかなあなたに頼みます。どうか世界を諦めないでください」 シャアはそう言い、深いため息をついて席に座り込む男に対し、怒りを感じた。 「ならば貴様は自分の命を諦めるな！！」 シャアは叫び、シャリア・ブルの掴めないはずの両肩を掴み揺さぶった。 揺さぶられた男は、「マチュくんの手の大きさではない…。まさかエグザベくん？」とキョトンとした顔をしている。 「違う！私は！！」 シャア・アズナブルだと叫ぼうとして、それは奪った名だと、彼の両親が何かに祈りながら名付けた名だと、雷に打たれるように理解した。 「シャリア……」 「まさか…シャア大佐なのですか？」 目を見開き、見えない姿を見つめながら、シャリアがシャアを呼んだ。 「……」 「あぁ…シャア大佐だ。ならば現実の私を見ましたね？あの状態で生きている方が不思議なのです。だからどうか私のことは忘れて、無事にここから帰ってください」 「嫌だ…無理だシャリア。君をここへ置いてはいけない」 「あなたの声も姿も分からないですが私を惜しんでく ださるのですね。嬉しいです」 「シャリア……君の言った私の纏う虚無の一端が、今よく分かったよ。自分が恥ずかしくて、でもこの恥ずかしさを君に聞いてほしいと思うんだ」 「……シャア？」 シャアの瞳から一粒涙がこぼれ落ちた。 その、宙に浮いた涙をシャリアの目が追いかける。 「この艦が動けば、君は目醒める」 シャアは確信を持ってそう言った。 眦から涙を拭い、コンソールに向かう。床に膝をつき、コンソールの下にある鉄板を外し制御端子を一つ一つ確認していく。 「これから私は自分の罪と向き合う人生になるだろう。これは君にとっては無茶な話なのは承知の上で、君が生きていてくれる、私を見つめていてくれる、そう思うだけで辛い世界で生きていこうと思える気がする」 言いながら、ここではないかもしれない、機関室に行くかと立ち上がり掛けて、シャアは近くにシャリアが立ち、しっかりと自分を見つめていることに気付いた。 「……本当に？そう思って下さるのですか？」 あぁ…と、シャアはシムスにかつて自分がキシリアに語った言葉を聞かれた気恥ずかしさを思い出した、そう、あれは昨日のことだった。 「あぁ、シャリア。君がいてくれる限り、きっと私は大丈夫だ」 シャアはシャリアの手を取った。 手を取れた。 二人はそのことに驚き、目を合わせて笑い合う。 瞬間、唸り声を上げるように艦が目醒めた。 「帰ろう、シャリア」 シャアの言葉に、シャリアはその青い目を見つめながら頷いた。 　 「脳波、戻りました！」 シャアはその慌てた声をどこか遠くで聞いた。 聞きながら、シャリアを探す。 「足邪魔です！」 投げ出すようにしていた足を、体に抱え込むように引き寄せる。 「シャリアは…」 言いながら、この慌ただしさが答えだということも分かっていた。 「シャア大佐…」 シムスが泣きながらシャアを呼んだ。 「シムス大尉、君の研究は貰えないようだ」 シャアは笑って言った。 先程まで繋いでいた指先がほんの少し動くような感覚。シャアはその指を見て、シャリアの顔を見た。 その右目が柔らかく撓む。 シャアは声を上げて泣き出しそうになった。 この男は生きている、と思った。
July 7, 2025 at 11:09 AM
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海を抜け、宇宙にシャアは浮かんでいる。 「……木星はあちらか」 地球、太陽、月の位置から木星の位置を割り出す。 シャアは宇宙を走った。 いつの間にか、赤いガンダムのコアファイターに乗り込んでいた。 「シャリア・ブル…」 シャアは、シャリアの精神世界の中で男の名を呼んだ。応えはない。 恐らくシャアがシャリア・ブルがいるであろう場所に着くまでに、体感時間で二年以上は掛かるはずだった。歳若い者には耐えられない孤独。 シャアは、コックピットの座席に寄り掛かり、シャリアとの出会いを思い出していた。 「守るべき群れをなくした狼のような男だった、君は」 一目見た瞬間、絶対に引き入れたい人間だと思った。 父の理想そのもののような男が、本来自分のような俗物とは相容れない存在が、何の因果か手の内に出来る場所に落ちてきた、と。 シャアはシャリアのこと、これまでの人生のこと、出逢い、陥れ、自分の人生から去っていった人間のことを考えた。 コアファイターの中は常になく温かかった。 かつて抱いたシャリアの肌を思い出していた。 シャアは目を閉じた。 何度も目を閉じ、開き、座っていることしか出来ない時間の長さに狂いそうになりながら、木星が見えるのを待った。 ここに薔薇の加護はない。 いや、当たり前か。 シャアは長い航行のせいで時間感覚に狂いが出ていることを自覚した。 「……ふ」 狂った感覚の中で、シャアはシャア・アズナブルを陥 れその名を奪った時の感情をありありと思い出していた。 あぁ、きっと、父を謀殺したデギンもあんな気持ちだったに違いない！ シャアは自分の復讐のために殺し、見捨てていった人間がいることにふと気付いた。彼らはずっとシャアの側にいてシャアの為すことを見ていた。 もし彼らの姿がシャリア・ブルには見えていたら？ 出会った時からシャアの薄汚れた魂胆を見透かされていたとしたら？ 何故彼はシャアが生きていることを許しているのだろうとすら思う。 シャアは、自分が自分でなければとっくに殺しているだろうとその時、心から思った。 暗い宇宙をシャアは眺めた。 自分が生まれるよりも遥かに昔に誕生し、自分が死んだ後も永遠のように続いていく暗闇を。 半ば狂いかけながら、シャアは２年の旅路を終えた。 遠く、小さく木星が見えた。 太陽系最大の惑星の異様な姿。 渦巻く重金属の大気が作り出す不気味な模様。 大赤斑がシャアを咎めるように見つめている。 シャアを乗せたコアファイターは、木星船団の艦を探す。 「いた」 全ての電源が落ちている。 シャアはシャリアを手に入れるときに見た報告書を思い出していた。 狂いかけた自我を、さっとシャアは振り払った。 これが出来る自分はきっと、長い時間がなければ変われないだろう。 艦の中にシャアは入った。 入った、というよりはいつの間にか格納庫の中にいた、という方が正しい。 ここはシャリア・ブルの精神世界であって、本当に電源を失った艦ではないということだった。 シャアはコアファイターから出る。 長い時間を共に過ごした愛機を撫でた。 そして、本来であれば空調や巨大な艦を動かすのに聞こえる様々な音が一切ない中、シャリア・ブルがいるだろう艦橋へ向かう。 ライトで通路を照らしながら、今現実世界ではどれだけの時間が過ぎたのかと考える。 シムスがいつソファを蹴り倒すかの心配もあった。 艦内の電源が落ちているので、壁や床を蹴って方向転換が必要だった。 シャアは大量のヘリウム３を持ち帰るために巨大とならざるを得なかった艦の中を急いだ。 「ここか」 シャアは艦橋の扉の前に立った。ここにシャリア・ブルがいなければ、再度艦の中を探さなければならない。 艦橋の中にシャアは立ち入った。 窓一面に見える木星。 艦長席に、シャリア・ブルはいた。 足を組み満足そうな笑みを浮かべて木星の大気の動きを眺めている。 「シャリア・ブル」 シャアは呼び掛けながら男の肩を掴んだ。 空を掴む。 しかし、シャリアにはその感覚が伝わったようだった。 「マチュくんですか？」 シャリアはそう言って、蕩けるような笑みを見せた。 「ここまで来られるようなニュータイプは限られている。お久しぶりですね、元気にしていましたか？」 「ええい、マチュはニャアンとかいうのと一緒にシュウジを探しに出て音信不通だ！」 そうだ、シャリア・ブルが非公式にではあるが弟子と認める彼女がシムスに声を掛けられないはずがないの
July 7, 2025 at 11:09 AM
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も気づいた。 「シムス大尉、今日は饒舌だな？」 シャアがそう言うと、シムスは「私に何かあったとき、私の研究はシャア大佐にお譲りします。煮るなり焼くなり、ご随意に」と言って笑った。 　ズム・シティに着くと、二人は足早に停めてあったシムスの車に乗り込んだ。 「私が運転してもいいか？」 シャアが聞くと、シムスは「お願いします」と頷いた。 車はズム・シティにある医療機関に向かった。 シャアが本当の子供時代に世話になった場所だった。 白い建築資材で建てられたその場所を、シャアとシムスは歩いていく。 途中、中庭にある四阿で、シャアは妹のアルテイシアを見た。 彼女は座ってシャアを見ていた。 一瞬、目線が合う。 しかしシャアはすぐに視線を外してシムスの背中を追った。シムスはアルテイシアに気付かなかったようだった。 複雑な経路を辿り、二人はシャリア・ブルがいる集中治療室の前までやってきた。 「……護衛か？」 その前に立っている男を見て、シャアが言った。 「エグザベ中尉です。シャリア・ブル中佐の直属の部下です」 シムスが答える。 「シムス大尉」 エグザベがシムスに敬礼をして、シャアを見た。 「シャアだ」 右手を差し出そうとして、シャアはやめた。 エグザベのシャアを見る目は複雑な思いを抱えている。 「……入ります」 「あぁ」 シャアはエグザベから目を離した。エグザベは小さく口を動かした。 「頼みます」 と。 中に入る前に、シャアとシムスは靴を脱ぎ手を洗い、殺菌効果のある霧を噴霧され、白いガウンを羽織った。 カーテンを潜る。 「現状、医療的に出来ることは尽きています」 シャトルでシャアに説明したことをシムスは再度語った。 シャアの目に映ったのは、全身を管に繋がれたかつての相棒の姿だった。 「即死ではなかったことが奇跡だと」 「そうか」 シャアは横たわるシャリアに近付く。 頭部からもドレーンや脳波を測る線が出ており、辛うじて右目だけが包帯から見えているような有り様だった。 シャアは赤黒く浮腫んだシャリアの指に触れた。 そこしか触れるところがなかった。 「……それで、シムス大尉。君は私に何をさせたい？」 「はい。シャア大佐にはシャリア中佐の精神世界にダイブしていただきたいのです」 「そうすればシャリアは目醒めるか？」 シャアの言葉にシムスは分からない、と首を振った。 「ジオンにいる感応に優れたニュータイプが、中佐は木星に囚われている、と。彼女が中佐の精神を解放できたら良かったのですが、深度が深く、それ以上は潜れませんでした。かと言って、感応が鈍いものはそもそも中佐のおられる場所まで辿り着けない」 シャアは扉の前にいた男を思い出した。 「私も強い方ではない」 言いながら、シャアの心は決まっていた。 この場所には不似合いな、ソファに座る。つまりは何人ものニュータイプがシャリアの精神に潜ろうとして帰ってきたのだろう。 「もしかしたら」 シムスが言った。 「もしかしたら囚われた中佐を解き放った時、あの方は遠くへ行ってしまうかもしれません。大佐、それでもよろしいですか？」 「良くない。精々駄々を捏ねるさ」 こきりと首を鳴らして、シャアはシャリアの指を再度握った。 「限界とこちらで判断しましたら、ソファを蹴り倒します」 シムスが指差す方には、確かに医療機器はない。 「私の限界を君が決めるな。私は目覚めるさ、自分で、この男を連れて」 　どぷん。 海に粘性があるとするならばこれだった。 シャアはシャリアの中に入った。 表面に触れただけ、それなのにあまりにも重い。 息は、出来る。 いや必要ないのだ。呼吸も食事も睡眠も排泄も、ここでは必要がない。 沈んでいく体に、思わず【上】を目指そうとして、真っ赤な天体が浮かんでいるのが見えた。煌々と光る月。 シャアはそれから目を離し、ゆっくりと体が沈んでいくのに任せた。 シャリアの海をただひたすらに深く。 途中、巨大な何かに方々から見つめられ、小さく光る深海生物に照らされ、黒いベールを纏うようなクラゲが泳ぐ場所を抜けた。 足下、赤かった月が白く輝いている。
July 7, 2025 at 11:08 AM
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ｼｬｰｼｬﾘ(4/4)
「馬鹿なことを言うな」 「貴方かあの子に殺されたい」 「……私は君を殺さない」 「でもあの子は絶対に殺してくれない」 ごめんなさい、と言って体を丸め、涙を流すシャリアにシャアは戸惑う。 戸惑いながら、やはりあの時この男の手を取ったのは間違いだった、と思った。 自分の野望に巻き込んでいい人間ではなかった。ニュータイプなどではない、使い物にならないと後方に下げるべきだったのだ。 ソロモン。 そう、あの時ほんの少し、この男のことを思い出した。 悲しむだろう、苦しむだろうと分かっていて、それでもシャリアが殺すジオンの人間が減れば飲み込みだろうと、そう過ぎった事実。 「シャリア。シャリアすまなかった」 震えるシャリア・ブルを抱えながらシャアは謝っていた。 いまだにシャアは、この男が殺しにこない生き方はわかっても、理解は出来ていない。 この男の強さと優しさの源流がどこにあるかも。 「いつか殺してやる」 言っていることが違う。 「私はまた間違える。だからその時、私を殺しに来てくれ。絶対に殺してやる」 これは私の本心だろうか？ 違う気もするし、正しい気もする。 振り向き、目を見開き体を起こしたシャリアがこちらを睨み付ける。 「このっ！クソガキ！！」 振るわれた拳は避けなかった。頬に当たる、あまり痛くない。 「私をお前の！くそっ！嫌だっ！もう嫌だ！！……貴方 を殺す覚悟は、もう持てない」 シャアは、自分を組み敷き上になって殴りかかってきたシャリアから零れ落ちる涙を眺めた。 自分のために温かい涙を流す存在が、妹であるアルテイシアと、夢の中でシャアの生死を見つめていたララァの他にいるとは思っていなかった。 いや、もしかしたらシャアは、イオマグヌッソ発動の後にそれが見られると期待していたかもしれない。 意地の悪い自分がいる。この男の正しさに屈服するのを良しとしない自分が。 「……うん」 だがそれをシャアは捩じ伏せたい。 「シャリア、私も君を殺せない」 「言ってることが違う…」 服の襟を掴んで項垂れる男を抱き留める。 「うん、そうだな」 「では、お元気で」 簡単な荷物を持って、宇宙港のターミナルで別れる。 「あぁ、君も」 シャリアの隠れ家で半月ほど過ごした後、彼の端末に連絡が入った。 それを読み、シャリアは瞳に力を取り戻した。 シャアはそれを見て、この男はじきに死んでしまうだろうなと感じ、あぁ嫌だなと思った。 「連絡する」 「……」 「必ず返信をくれ、シャリア・ブル」 顔半分をいつかの自分のように隠した男の右手の薬指に、幾つかの機能が付いた指輪を着ける。 「……私は、私の絶望がどこに向かうのか分からない」 ぽつりと、シャアは言った。 「妹が、君が、子どもたちが苦しむ世界はなくなればいいと今でも思うよ。だが、私が思う世界はあまりに 狭いのだということは、分かってきた気がする」 「……はい」 シャアはシャリアの両腕を包んだ。 「私は君のことが好きだ」 シャリアが何かを言おうとして、口を噤む。 それに笑って、シャアは言葉を紡ぐ。 「そんな君が世界を愛しているうちは、私も世界を愛してみるフリをする。いつかこのフリが本当になれば良いと思うよ。本心だ」 人は簡単には変われない。 シャア・アズナブルという青年の人生を容易く奪ってみせた自分が、そんなに簡単に変わって良いとも思えない。 「えぇ、分かります」 シャリアは顔を歪めて、涙を堪えながら笑った。 「シャア、貴方を愛しています。世界を愛するように」 「……うん」 シャアはシャリアの背に腕を回す。 二人はずっと、時間が許す限りそうしていた。
July 7, 2025 at 10:59 AM
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ｼｬｰｼｬﾘ(3/4)
を見上げた。 長い沈黙のあと、「言葉にしてしまうと全てが違う気がする」と小さく呟いて、そこから先は何も言わなかった。 シャアは言葉の先を待ったが、シャリアの状態を鑑みてもう休ませるべきだと考えた。無理をさせた、と思う。 「泊まらせてもらう。シャワーを借りるぞ、シャリア・ブル」 断りの言葉はなかった。喋れないだけかもしれない、それを都合よく受け取って、シャアはシャリアの、小さな隠れ家の中を歩いていった。 　シャリアは翌日も、その翌々日も、一日のほとんどをベッドで横になって過ごした。 けれども彼は朝になれば身を起こして身綺麗にし、服を新しく清潔なものに着替え、全自動の洗濯機に服を投げ入れる。そして水とサプリメントを飲み下し横になる。 シャアはそんなシャリアの横で買ってきたパンと、勝手に料理した食事を摂り、本を読み散歩に出たりした。 横になった男はシャアを時折目で追うが、すぐに疲れたように目を伏せる。 「君は」 シャアは傷を負い身を伏せる獣のような男に聞く。 「何故地球に？」 その問いに、シャリアは目を閉じたまま「コロニーは狭過ぎるのです」と言った。 「狭い？」 「部下に…感応力の強い子が」 「あぁ、心配をかけさせたくないのか。君らしいな」 「いえ。煩いので」 言って、シャリアはぼんやりと上を見上げた。 「私を気遣う気持ちがうるさくて、優しさがうるさくて、私に向かう全てがうるさくて、地球のここなら貴方にもマチュくんにも分からないだろうと思って、家を買いました。……貴方こそ何故ここに？暖かいところにいらっしゃると思っていました」 「……暖かいところにも寒いところにも行くさ」 「お連れは？」 「いない」 はく、とシャリアは言葉を飲み込んで、目を閉じた。 シャアにはシャリアの心を感じ取れない。深いところにそれは沈んでいる。 潜って、拾って、それをこじ開けたい。 一度は分かり合えたと錯覚していたものを、今度は暴き立ててやりたかった。 「私もうるさいか？」 「……いいえ」 その応えには諦めが滲んでいた。 乾いて、皺の目立つ唇をシャアは指でなぞる。 「貴方もうるさくはない」 シャリアの言葉に、シャアはそうだろうなと内心頷いた。 この男が、自分の部下を、誰かをうるさいと思うなどありはしないのだ。 「言葉にしてしまうと全てが違う気がする？」 シャアが数日前のシャリアの言葉をなぞる。その言葉に何か反応が返る前に、シャアは薄くなったその体を抱き締めた。 　シャアの抱擁に、シャリアはゆっくりと両腕を上げその背に回した。 どくどくと、シャアの鼓動が聞こえる。 血の脈打つ音。空気を吸い、吐いて、全身に酸素が巡る様。 ――――貴方は自由になれたのですか？ シャリアはそう聞きたい衝動を抑える。 血の束縛から、役目から貴方はもう縛られてはいない？ そんなものがなんだというのだろう。 「……私にはもう貴方を殺す力はない。貴方は悪魔にも天使にも、神にもなれる」 この人を本当の意味で手放す時なのだ、とシャリアは思った。 宇宙から一人、この凍える街にやってきて、身の内から湧き上がる希死念慮を抱えている時にシャアが来た時は驚いた。 だが、それはこの人を自分から本当の意味で、『殺されないような人生』など考える必要はないのだと伝えるためだったのだ、と思った。 「君は？」 シャアが小さく呟いた。 「君はなんだ？君は何になれた？君は…私を解き放って一体何に縛られた？」 薄く開いた目の先に、シャアの青い瞳があった。 「何も…私はなにも」 気にしなくていい、という意味で背を撫でる。 シャリアは自由だった。 あの時からずっと。 だから、あの時守れなかった船団の部下たちが、独立戦争で殺した人間の叫びが、アルテイシアを擁立させる過程で強いた犠牲が、それを維持するために消えていった命がシャリアを苛むのも自由だった。 そうしたものが徐々にシャリアを動けなくする時がある、それだけだ。 「……私を自由にして、そのあとは？」 シャアの言葉に、するりと口から滑り落ちた言葉にシャリアは驚く。 「ほんとうはもうしにたい」
July 7, 2025 at 10:59 AM
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ｼｬｰｼｬﾘ(2/4)
かじかむ手を擦り合わせながら、感応を拡げる。 小さな家。 シャアは、自分のＭＡＶがこんな小さな家にいるだろうかと思う。護衛の気配もない。 ノックをしようとして、シャアはまだシャリアに語るべき言葉を持たないことに気付いた。 自分の有り様が彼をああさせたのは分かった。 しかし、自分が変わったとも思えない。 ええい、とノックをしてシャアはまた困った。呼ばれたから来たと言って、笑顔で迎えてくれるような男でもあるまいに、と。 そして、玄関が開いた。 シャアはそこで、病み衰えたシャリア・ブルを見た。 彼は洒脱な髪型で、服装も部屋着としては最上等だった。口髭も、新しく蓄えた顎髭も整っている。 けれど、シャリアは病んでいた。 シャアが、彼のＭＡＶが扉の向こうにいることにも気付かないほどに。 「えっ？」 驚きに目を見開いた眼！ シャアはシャリアの体を突き飛ばすようにして扉の中に潜り込む。 「君が、私を呼んだんだ」 シャリア・ブルの深い絶望、悲しみが、シャアをここへ。 「シャア…大佐？何故……？」 「何故？シャリア・ブル。今言っただろう、君が、私をここに呼んだんだ」 私の言葉にシャリアは小さく首を振る。 「いいえ、いいえ大佐。私に貴方を呼ぶ資格などない」 「人が泣き叫ぶのに資格もクソもあるものかよ」 吐き捨てるように言った言葉に、目の前の男は身を固 くする。 「あ……私、」 「君をそうしたのは私なんだな？」 違う、と言いながら、シャリアは頭を抱えた。 「違います、私はずっとこうです、ずっと、貴方のせいじゃない」 シャリアは扉を開けた時から涙を流し続けていた。 そうだ、彼はずっと、私と出会った時から柔らかい心を持っていたではないか。 私は彼の身に何が起こったのか知っていた。木星で彼が体験した地獄の一端を報告書という形で読み、あろうことか彼のニュータイプとしての素養だけを欲したのだ。 父の理想を体現したかのような男だと思った。 悲惨な状況で帰還し、静かな心で私を見つめたこの男をどうしても欲しいと思った。 「君は、薔薇の少女が目醒めないまま私を襲ったな」 「……」 「私は薔薇に守られていると、そう言った直後に。君は本気で私を殺すつもりではあった、だが、私を必ず薔薇が守ると、そう確信していたんだな」 分からない、とシャリアは言った。 「貴方が何を言っているのか…」 誤魔化しの言葉だった。 シャリア・ブルは今思えばどこまでも正直な男だった。 「……疲れてるんです」 そう言って、シャリアは奥へ引っ込んだ。その後ろを歩きながら小さな家と思ったが、よく整えられていると思った。家具以外のものがないと言い換えてもいい。 ソファに沈み込んだシャリアは、キッチンで勝手に茶の準備をしているシャアを眺めている。 「食料がほぼない。何を摂っている？」 自分の分とシャリアの分の紅茶を用意してシャアは言った。 「サプリメントを」 「吐くのか？」 「はい。……体力を逆に消耗するので、水とサプリ以外は摂らないようにしています」 シャリアの答えにシャアは鼻を鳴らした。 「……君に必要なのは適切な医療と思うが」 「時々あるんです。数日でいつもは治るのですが今回は長くて…長期の休暇を貰ってここに」 「私と過ごした頃はなかった」 「えぇ、楽しかったから」 言ってしまった、というように淡く苦くシャリアは微笑んだ。 「大佐、貴方と過ごし、貴方と連邦の戦艦やモビルスーツを破壊し、中にいる人々が死んでいると知りながら私は楽しかった」 「嘘だ。君は…いつも苦しんでいた」 シャアは、自分の後ろを守るシャリアの苦しみを感じ取りながらその手を取って戦場に駆り立てた。 あのまま自分たちが走っていけると思った道は、あまりに血に塗れていた。 シャアの頭の中にソロモンでの出来事が浮かぶ。 それを読み取ったシャリアが口を開く。 「貴方は、ソロモンを落とそうとする時ほんの少し私のことを考えて下さった。グラナダにソロモンが落ちれば…私がそこから先殺す人間が半分になると」 「……」 「嬉しくて、苦しかった。貴方の中に満ちていた復讐心の片隅に私がいて、私のためにも数多くの人間を殺せる貴方が悲しかった。貴方は己の懐に入れた人間に対して、あまりにも優しい。けれどあの時、私たちが進む為の盾となって沈んだ仲間たちを、私たちを守る為に死んだ彼らを貴方は裏切ったのです」 「……私が彼らを裏切ったから見限ったのか？」 シャリアはシャアの問いに、ソファに寄り掛かって上
July 7, 2025 at 10:58 AM
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ｼﾛｼｬﾘ(2/2)
吐息に混ざる喘ぎ声は、三十を過ぎた男のものにしては艶かし過ぎる。 シャリア・ブルの行動の監視を担当する部署は、彼がグラナダに帰るといつも、こうやって情事の音を聞くことになる。 シャリア・ブルの金髪狂いは有名で、彼の周りに金髪の男が現れるとこの部署の人間は「またか…」と溜息をつくのだった。 今日連れ込まれた男は海軍工廠研究所に配属された技師の男だった。 名はシロウズ。 スラリとした長身は、なるほど色狂い中佐が好みそうな男だった。 シャリア・ブルに声を掛けられると、それまで性的嗜好がノーマルだった男であってもいつのまにか彼と閨を共にしていた。 こちらの部署からも金髪の男を用意して接触をさせている。今ヘッドホンをして計器に目をやっている男で、がっしりとした体付きのグレーの瞳をした男だった。シャリアはことの他この男がお気に入りで、ジオニック社の社員という表側の顔をした男に、グラナダに帰り着くと必ず連絡を寄越した。 だが、この男ももう駄目だった。 耳を欹てて情事の音に聴き入る姿、歯を強く食い縛り、瞳の奥は嫉妬心で燃え上がっている。 シャリア・ブルと寝た諜報部の男はあの英雄殿に入れ込んでしまうのだった。 あの中佐は、『イイ』時ほど声を上げない。 今日は二人の荒い息遣いと粘膜の立てる水音、肌と肌とが打ち合う音と、衣擦れの音に聴き入る。 どれほどの時間をそうしていたのか、シャリア・ブルが「っあ！」と鳴いた。 深い深い溜息の音が重なり、長い時間を沈黙が支配する。 『……シロウズさん、でしたっけ。顔に似合わず激しいんですね。気に入っちゃいました』 お気に入りの交代だ。 俺は股間を弄りながら同僚の顔を窺う。 まるで気に入りの女を寝取られたような絶望が、顔だけでなく全身を包んでいた。 その後、シャリア・ブルとシロウズは浴室に場所を変えた。 そこで、一度、シャリア・ブルが声を上げて笑う。 シロウズが何と囁いたのかは声が小さくて聞き取れなかった。 「アップライトピアノがあるんですね」 のぼせる前に風呂場から上がり、寝室のベッドのシーツを剥ぎ取って新しいものに変えて寝転がる。 シロウズはシャリアの手から己の手を絶対に離さずに、言った。 「えぇ。手慰みですが」 そう言ってシャリアは疲れ果てているだろうに、キラキラと輝く瞳でシロウズを見つめた。 「もしよろしければ。何か一曲」 思い出の曲を。 そう、繋いだ手から言えば、シャリアは懐かしい笑顔で笑った。 「では、ラフマニノフのヴォカリーズを」 「好きな曲です」 シャリアはシロウズの手を離して下着を着ようとしたが、シロウズはそれを許さなかった。 二人一緒に立ち上がり、シロウズは片手を繋いだままシャリアの前に跪いて下穿きを履かせてやると、シャリアは片手で顔を覆ってため息を吐きかける。 そのまま膝頭に口付けを落とし、腿の内側に沿ってキスをしていく。 息を飲んだシャリアは繋いだ手を強く握った。 その強さにシロウズはシャリアを見上げ、少し恥じ入るような顔をして立ち上がる。 立ち上がったシロウズを、シャリアはいつの間にか成長していた子供をまじまじと眺めるような、そんなシロウズにとってむず痒くなるような視線で見つめた。 「ヴォカリーズでしたね」 シャリアはそう言ってシロウズの手を引いてピアノの前に座る。 後ろから、ゆっくりと両手をピアノに伸ばす男をシロウズは抱き締める。 柔らかな緑灰色の髪に顔を埋め、郷愁を誘う曲を聴きながら、帰って来た、と強く思った。
May 31, 2025 at 12:33 PM
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エグシャリ(3/3)
「いま君は自由ですか？」 その、死に際にしてあまりにも穏やかな声を。 僕は思い出した。 「私の考えを、若い子らが否定するならそれでも良かった。彼らが幸福で、自由であってくれれば未来は続いていくと、そう思っていたんですよ、私は。……貴方のようにどこまでも周到であれればよかったと、今では思います」 「私は人間不信なのです、貴方のようにはなれなかった、貴方のように戦うための肉体を持っていなかっただけです。…私は貴方が羨ましい。愛し託すことを選べたのですから」 「……その結果が大虐殺、です。私にはその未来が見えていた。世界が、人類が打ち勝つ未来はあの時が分岐点だった。彼を殺してでも…その未来を手にしなければならなかったのに」 沈黙。 僕はよろよろとそこを後にした。 あの世界を滅ぼしたのは、他ならない僕だったのだ。 「では、お気を付けて。イオリア先生、また必ずお会いできますよう」 「えぇ、大変有意義な時間でした。最後は私の話になってしまいましたね、遅い時間までありがとうございました、シャリア先生」 シャリア・ブルはイオリアを彼のために待機していた車に乗せ、見送った。 端末を確認すると、シムスから一件、コワルから二件、学生たちからも楽しそうな写真付きで連絡が入っていた。 シムスとコワルに返信をし、学生たちの写真を眺めていくが、そこにエグザベ・オリベの顔はなかった。 シャリアはエグザベが自分に失望するように促したが、学生である彼を排除するのは難しい。 だから褒められたことではないが、他の人間よりもほんの少し、近くにいるものだけが分かるくらいの冷たい態度を取っていたが、彼がシャリアのゼミに入ってしまったのならば他の学生たちと同じように接しなければならないと思っていた。 彼は『前』のように優秀で、『前』を思い出せば自分を憎まずにはいられないだろう。 だが、そんな気持ちが他の学生に伝わり、彼を軽んじたりすることはあってはならない。 シャリアは『とても楽しそうですね』『参加出来ず残念です』『エグザベさんのお顔が見えないようですが何かありましたか？』と文章を返した。 すぐに…本当にすぐに、学生から返信が返る。 一次会の会費のお礼と、現在彼らが飲んでいるお店の住所、エグザベ・オリベは一次会ですぐに帰ってしまったという連絡だった。 『そうなのですね、体調が悪いなどでなければ良いのですが心配ですね』とシャリアは文章を送り、ため息をついた。 これからのゼミ生の動きをきちんと見ていかなければ、と思いながら、構内を歩いた。 夜目の利く目は、あまり昼夜を選ばない。 イオリアと話したことを反芻しながらシャリアはいつの間にか構内から出て隣接する公園に出てしまっていた。 このまま帰ってしまうか、と思ったところで、勘が働く。 シャリアはその勘が導く通りに道を進み、藪の中を進み、彼を見つけた。 自分を守るように体を丸めて泣いているエグザベ・オ リベを。 「……思い出してしまったんですか？」 その時は決して責めるような声音は出すまい、と誓っていた。 「　　シャリア・ブル中佐　　　」 ゆっくりと上げられた顔、まず目につくエグザベ・オリベの輝く瞳。 これが世界を滅ぼした光なのだとシャリアはふと考えついて、次の本の序文はこの言葉から始めようと、そう思った。
May 28, 2025 at 7:52 AM
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エグシャリ(2/3)
やり、たっぷりとした時間のあと、「シャリア先生が特定の学生に対して悪意を持って接することなどありえませんよ」と言ってからその手に持った赤い液体を飲み干した。 シムス教授は「後はお若い皆さんで楽しまれて」と幹事である先輩に封筒を手渡すと酒席から去っていった。 「……あれは絶対何か知ってる」 「シムス教授が知っていると言うことは、シャリア教授はエグザベへの感情を言語化してるってことだ」 「もう、単純に生理的に受け付けない顔とか声なんじゃねぇの？」 「僕、そんなに駄目ですか？」 涙目になりながら呟くも、スルー。 僕は居た堪れなくなり、早々に飲み会を辞した。 　ふらふらと僕は歩き、その足は大学に向いていた。 夜の構内は日中にはない雰囲気がある。 僕は結局シャリア教授の研究室がある場所に向かっていた。 光。 研究室には灯りがあった。ゼミや研究室の人間は歓迎会に皆いるはずだから、あそこにいるのはシャリア・ブル教授に違いなかった。 「今日は君のとこの歓迎会だったというのに、時間をもらってしまってすみませんでしたね」 「いいえ、お気になさらないでください。ですが折角でしたらイオリア先生も顔を出してくだされば、うちの学生たちも喜んだことでしょうに」 漏れ聞こえた声は、シャリア教授と、もう一人はシャリア教授の師匠筋であるイオリア教授だった。 シャリア教授の処女本である『ラスト・メッセージ』に推薦文を書いたのがイオリア教授だった。 二人は大学の垣根を越えての友人であるらしい。 そして、今日シャリア教授が歓迎会に来られなかったのは僕が嫌だったからではなく、イオリア教授とこうして会う予定があったからだったのだと知ることが出来て僕はホッとした。 「当分この国から離れてしまわれるとか」 「えぇ、講演の予定が立て続けに。貴方に会いにくるのも本当はもっと早くに来たかったのですが、中々スケジュールの都合が付かず…」 「イオリア先生にこうして会いに来ていただける、これ以上光栄なことはありません。こちら、気に入られるか分かりませんが」 「おぉ、さすがシャリア先生ですね。こちらの好みを知っていてくださる」 僕は少しスッキリした気分で、そろそろ聞き耳を立てるのは失礼に当たると気付き帰ろうと思った。 しかし、 「そういえば、先日私の講演を聞きに来てくれた貴方の生徒から、興味深い話を伺いました。貴方がある学生に対して他者に対するよりも冷たいというか、そっけないというか…そういう話です」 「……」 「おや、その反応。本当のことなのですか？まさか貴方ほどの方が、と思っていましたが、なるほど、貴方の『前』に関係があるようだ」 「……イオリア先生」 イオリア教授は間違いなく、僕のことを話題にした。 僕の心臓はいきなりのことに早鐘を打ち、『前』とはなんなのか、僕はシャリア先生に何をしてしまったのか、意識を向ける。 「『貴方に出会ったことが間違いだった』と言われたことがあります」 「『前』に？」 「えぇ、『前』に。その時私は怒っていたので、そちらから勝手にやって来たのだろうと思った記憶があり ます」 「その…彼？彼女？が何も知らないまま、貴方の研究室にやって来て、長年のファンです、と来たわけですね。ですが、そんなことで貴方が冷たくなろうはずもありません」 「彼ですね。全く同じ姿で、私が見たことがない屈託のない笑顔でした。彼はスパイで、私には探られると痛い腹があったわけで…。記憶が戻れば彼は私を憎み、嫌うでしょう。優秀な子です。大学を辞めるということになるかもしれませんし、そうならなくとも学年が進めば進むほど専攻を変えたりするのは大変です。…何より、彼が私の考えに賛同するはずがない。彼と私が見えていたものは、あまりにも違う」 「『三百億年では短すぎる』」 「……はい」 「貴方が死んで、その世界は？」 「分かりません。知りたくもない。私と一緒に歩んでくれた友人たちも、私と時を同じくして死んでいました。……戦争と大虐殺が起こったことは聞いています」 「なんということだ。惨いことです」 二人の言葉を聞きながら、僕は叫び出してしまいそうな声を封じるために両手で口を押さえていた。 『前』？『三百億年』？『戦争と大虐殺』？ 知らないはずなのに、僕はそれを知っていた。 「キシリアの犬を捕まえたぞ！！」 その嬉々とした声を。 「裏切り者！裏切り者！！裏切り者！！」 その憎しみの声を。 「だから言ったじゃん、無駄だって」 その全てを諦めた声を。 「貴様は良い護衛であった」 その凜とした声を。
May 28, 2025 at 7:52 AM