腕を伸ばすだけでは足りなくて、ちょっと背伸びして枇杷の枝を引き寄せた。
葉の裏と実に直結する枝だけ、どうして産毛が生えてるんだろう。
銀色の毛は柔らかくって、なんだかそこだけ別の小さな生き物と共生してるみたいで面白い。
実は今年も豊作だ。
まだちょっと若い実、甘い匂いに誘われた蟻が探検してる実、ちょっと傷んだ実、熟した実――いろんな実がたわわになってる。
試しに一個もぎ、皮を剥いて、かぶりつく。
ジュルッと溢れた汁がぬるい。
ほの甘い、まだ若いのか酸味も少し。種周りの薄皮が舌に渋みが残すけど、ちゃあんとおいしい。
童心に戻りパクパクと、指先を茶色く汚してつまみ食い。
腕を伸ばすだけでは足りなくて、ちょっと背伸びして枇杷の枝を引き寄せた。
葉の裏と実に直結する枝だけ、どうして産毛が生えてるんだろう。
銀色の毛は柔らかくって、なんだかそこだけ別の小さな生き物と共生してるみたいで面白い。
実は今年も豊作だ。
まだちょっと若い実、甘い匂いに誘われた蟻が探検してる実、ちょっと傷んだ実、熟した実――いろんな実がたわわになってる。
試しに一個もぎ、皮を剥いて、かぶりつく。
ジュルッと溢れた汁がぬるい。
ほの甘い、まだ若いのか酸味も少し。種周りの薄皮が舌に渋みが残すけど、ちゃあんとおいしい。
童心に戻りパクパクと、指先を茶色く汚してつまみ食い。
瓶という名の一.八リットル世界に琥珀色の液状の海と砂と氷、そして無数の月が詰まってる。
最初はただの砂と氷と月だったのだと、世界を創った神様はおっしゃった。
「でも、詰めた途端に水が出て、二日目には池になり、三日目にはとうとう海になってしまった」とも。
満ち充ちていたたくさんの月は海に揺蕩う内に、身が萎んでしまった。
「海に命が溶け込んでいるの」
瓶底の砂漠の表面に滲む透明な靄が揺れるのを、うっとりと目を細めて眺めたまま動かない神様が説く。
「砂と氷がすっかり溶けて落ち着いたら、ご馳走しましょう」
琥珀色の命はどんな味か。そして、萎んだ月は何処へ行くのか。
瓶という名の一.八リットル世界に琥珀色の液状の海と砂と氷、そして無数の月が詰まってる。
最初はただの砂と氷と月だったのだと、世界を創った神様はおっしゃった。
「でも、詰めた途端に水が出て、二日目には池になり、三日目にはとうとう海になってしまった」とも。
満ち充ちていたたくさんの月は海に揺蕩う内に、身が萎んでしまった。
「海に命が溶け込んでいるの」
瓶底の砂漠の表面に滲む透明な靄が揺れるのを、うっとりと目を細めて眺めたまま動かない神様が説く。
「砂と氷がすっかり溶けて落ち着いたら、ご馳走しましょう」
琥珀色の命はどんな味か。そして、萎んだ月は何処へ行くのか。
若葉、青リンゴ、オカメインコ、カナリア……あとはあとは――
瑞々しい緑にタンポポみたいな黄色、ほんのり赤く色づいたり、ゴマふったような斑点をつけちゃったり。
コロリ小ちゃな実は愛らしく、驚くほど表情豊か。
虫が棲んでいないか、傷みはないか、コロコロコロコロ転がせぱ、甘酸っぱい香りが漂った。
昔、じいちゃんの植えた梅は今年もじゅうぶんに実をつけたね。
さて、梅干し、カリカリ梅、梅酒、梅シロップ、梅サワー、甘露煮、醤油に漬けたり、味噌にしたり、どう料理してやろうかな。
長雨の直前、我が家の一角には、ズラリ並んだ瓶と甕が今か今かと出番を待つ。
若葉、青リンゴ、オカメインコ、カナリア……あとはあとは――
瑞々しい緑にタンポポみたいな黄色、ほんのり赤く色づいたり、ゴマふったような斑点をつけちゃったり。
コロリ小ちゃな実は愛らしく、驚くほど表情豊か。
虫が棲んでいないか、傷みはないか、コロコロコロコロ転がせぱ、甘酸っぱい香りが漂った。
昔、じいちゃんの植えた梅は今年もじゅうぶんに実をつけたね。
さて、梅干し、カリカリ梅、梅酒、梅シロップ、梅サワー、甘露煮、醤油に漬けたり、味噌にしたり、どう料理してやろうかな。
長雨の直前、我が家の一角には、ズラリ並んだ瓶と甕が今か今かと出番を待つ。
『#ひとりじゃなくふたり』(なろう・タイッツー)
『キミウチ(仮)』(ブルスカ)
『御門一家譚、俺のまわりにはろくなヤツがいない』(エブリ☆)
『#ひとりじゃなくふたり』(なろう・タイッツー)
『キミウチ(仮)』(ブルスカ)
『御門一家譚、俺のまわりにはろくなヤツがいない』(エブリ☆)
先日、小学生の頃に買った子ども向けレシピ本が出てきた。
パッと開いて出たのはクッキーの頁。
「よく作ったな」
……というか、クッキー以外の品を作った記憶があまりない。
遠い昔の思い出に触発されて、久々に作ってみるとしよう。
できたクッキーは思いの外に甘かった。解せぬ。
それからは試作の日々だ。砂糖の種類と塩梅を試しに試し、出来上がったのが元のレシピの八割もない砂糖控えめのクッキーだ。
砂糖は気分により甜菜糖や花見糖、キビ糖にする。
暮れにお茶請け用のクルミのクッキー生地を作り置きした。食べたいときに焼けば、できたてを楽しめる。
残念なことに正月が訪れる前になくなったけれど。
先日、小学生の頃に買った子ども向けレシピ本が出てきた。
パッと開いて出たのはクッキーの頁。
「よく作ったな」
……というか、クッキー以外の品を作った記憶があまりない。
遠い昔の思い出に触発されて、久々に作ってみるとしよう。
できたクッキーは思いの外に甘かった。解せぬ。
それからは試作の日々だ。砂糖の種類と塩梅を試しに試し、出来上がったのが元のレシピの八割もない砂糖控えめのクッキーだ。
砂糖は気分により甜菜糖や花見糖、キビ糖にする。
暮れにお茶請け用のクルミのクッキー生地を作り置きした。食べたいときに焼けば、できたてを楽しめる。
残念なことに正月が訪れる前になくなったけれど。
おせち。地域によっては大晦日とお正月で分かれるそうな。
新年に向けて健康、勤労、長寿、子宝の祈願をかけた縁起のいいご馳走が並ぶ。
料理をたくさん作ってお重に少しずつ詰めて食卓にお出しして、三が日に炊事を少しでも楽できるようにとの意味もあるとかないとか。
「でもね、これだけたくさんの種類の料理を作るって、時間も労力もたーっぷりいるのよね」
お屠蘇とおせちを交互に楽しむ君は、少しお疲れ気味。
仕込みは一昨日から、今日は朝からずっと料理をしていたんだ。
「時間と労力を掛けて、願いもたっぷり込めた力作なんだもの。新年は絶対に良い年になるよ」
うん。君がそう言うのなら、絶対だ。
おせち。地域によっては大晦日とお正月で分かれるそうな。
新年に向けて健康、勤労、長寿、子宝の祈願をかけた縁起のいいご馳走が並ぶ。
料理をたくさん作ってお重に少しずつ詰めて食卓にお出しして、三が日に炊事を少しでも楽できるようにとの意味もあるとかないとか。
「でもね、これだけたくさんの種類の料理を作るって、時間も労力もたーっぷりいるのよね」
お屠蘇とおせちを交互に楽しむ君は、少しお疲れ気味。
仕込みは一昨日から、今日は朝からずっと料理をしていたんだ。
「時間と労力を掛けて、願いもたっぷり込めた力作なんだもの。新年は絶対に良い年になるよ」
うん。君がそう言うのなら、絶対だ。
↑……らしいです。
ご丁寧にも教えていただきました。
↑……らしいです。
ご丁寧にも教えていただきました。
宵の口、糸紡ぎの姫は塔の最上階から空を窺う。
山際のまだ明るい空をチョンと摘まんで軽く撚れば、黄丹色の糸が生まれた。
初秋の日暮れは早馬の如し。
宵の口の極彩色の空は瞬く間に夜一色となる。
姫は移ろう色を逃すまいと、一心に糸を紡いだ。
黄丹(おうに)、萱草(かんぞう)、鶸(ひわ)、瓶覗(かめのぞき)、杜若(かきつばた)、瑠璃紺(るりこん)、鉄紺(てつこん)
宵の糸で布を織り、その布で末妹の着物を拵えよう。
いずれ夜の王になる彼女に似合いの衣となるはずだ。
「そうそう、これを忘てはいけない」
一番星の光も糸にする。
小さくとも強く煌めくこの糸こそ、あの子に相応しい。
宵の口、糸紡ぎの姫は塔の最上階から空を窺う。
山際のまだ明るい空をチョンと摘まんで軽く撚れば、黄丹色の糸が生まれた。
初秋の日暮れは早馬の如し。
宵の口の極彩色の空は瞬く間に夜一色となる。
姫は移ろう色を逃すまいと、一心に糸を紡いだ。
黄丹(おうに)、萱草(かんぞう)、鶸(ひわ)、瓶覗(かめのぞき)、杜若(かきつばた)、瑠璃紺(るりこん)、鉄紺(てつこん)
宵の糸で布を織り、その布で末妹の着物を拵えよう。
いずれ夜の王になる彼女に似合いの衣となるはずだ。
「そうそう、これを忘てはいけない」
一番星の光も糸にする。
小さくとも強く煌めくこの糸こそ、あの子に相応しい。
緋と朱の美しい紗がヒラリユラリ揺らめく。舞っている。
暑気に劣らぬ熱を放ち、黒煙を巻き上げ、情熱的に踊る火は、彼岸へ還る霊を送り出しつつ、此岸に吹き溜まる穢れを祓い清めた。
爆ぜる松明パチリパチリ。鼓膜を震わす破裂音は、心の憂いも淀みも弾き消す。
大きな炎はやがて衰え、力を無くして眠るように消えた。
黒く細まった木炭は、触れる端からホロリ崩れる。
さようなら、またいつか。
緋と朱の美しい紗がヒラリユラリ揺らめく。舞っている。
暑気に劣らぬ熱を放ち、黒煙を巻き上げ、情熱的に踊る火は、彼岸へ還る霊を送り出しつつ、此岸に吹き溜まる穢れを祓い清めた。
爆ぜる松明パチリパチリ。鼓膜を震わす破裂音は、心の憂いも淀みも弾き消す。
大きな炎はやがて衰え、力を無くして眠るように消えた。
黒く細まった木炭は、触れる端からホロリ崩れる。
さようなら、またいつか。
猛暑日続きでも庭の草花は元気なので、昼下がりに草刈りを始めた。
暑い。日影が日向よりも少しは涼しいか。
凍ったペットボトルを抱え、お気に入りの曲を聴きながら草を黙々と刈り、三曲聴けば小休止。その繰り返し。
音楽リスト一周二時間弱。一周終わって立ち上がり、クラリ、眩暈。氷が溶けた水を飲み、塩タブレットを口に放る。
ホーッと長く息を吐き、眩暈が去ったのを確認して汗を拭く。
ふと、目の前を盆蜻蛉が横切った。
今までいなかったのが嘘のようにゾロゾロとたくさんの盆蜻蛉が飛んでいる。皆、何処へ向かっているのか。
最後の一匹が去った直後、救急車の音が遠く聞こえた。
海沿いの田舎町は、茹だるような暑い夏でも夜は存外過ごし易く、今夜も心地よい風が吹く。
月が隠れた真っ暗な夜の、誰もが寝静まった夜道。街灯の明かりのみを頼りに家路に就いていたところ、視界の端で違和感を捉えた。
思わず立ち止まったのは辻の中央。私と電柱の影が異様に長く黒い。
チラ、と丑寅に延びる小路を見遣れば、街灯が淡く照らす道の真ん中、黒い塊が鎮座する。
何だ?猫にしては大きく、中型犬にしては小さい。
怖々とそちらへ足を踏み出せば、塊は二つに分裂し、半分を残してもう片方が何処ぞへ去っていった。
猛暑続きに何がしかも夜風を求めて出てきたらしい。
海沿いの田舎町は、茹だるような暑い夏でも夜は存外過ごし易く、今夜も心地よい風が吹く。
月が隠れた真っ暗な夜の、誰もが寝静まった夜道。街灯の明かりのみを頼りに家路に就いていたところ、視界の端で違和感を捉えた。
思わず立ち止まったのは辻の中央。私と電柱の影が異様に長く黒い。
チラ、と丑寅に延びる小路を見遣れば、街灯が淡く照らす道の真ん中、黒い塊が鎮座する。
何だ?猫にしては大きく、中型犬にしては小さい。
怖々とそちらへ足を踏み出せば、塊は二つに分裂し、半分を残してもう片方が何処ぞへ去っていった。
猛暑続きに何がしかも夜風を求めて出てきたらしい。