鰯
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鰯
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🏳️‍🌈🏳️‍⚧️/成人/軍師で温泉に入った。土井利とか6年生とか4年生とかタソとか。
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原稿、私はしんをクワロマだと思っていたらしいです。乱はバイ(パン)のデミロマデミセク、きりはAro Aceだと思う。30年後のお茶会の約束をされたら書かねばオタクの恥というもの……(自我の産湯がウテナのオタク)。
しんべヱには兄がいないけれど、兄がいたら、自分も土井先生ときり丸のようになれただろうかと夢想したこともある。兄と弟のような、父と息子のような、しかし先生と生徒の二人を六年間近くで見ていた。 　その時間があったからこそ、しんべヱは伴侶を迎えた。しんべヱには恋愛がよく分からなかったが、その人に寄せる親愛があった。人生を共に過ごしたい、支えたい、寄りそいたい。しかしそれが恋だとは思えなかった。恋とはもっと燃え上がるものだと聞いていて、しんべヱのそれは燃え上がるというか、滾滾と湧いて、汲めども汲めども尽きない水のようだった。しんと静かで、しかしこれがあるから自分は渇きを知らずに生きているのだと確信できた。 　あなたと恋人になりたいというより、家族になりたいのです。そう告白した時、後に伴侶になる人は素直な人！　と笑い、あなたには理想の家族があるのですねと微笑んだ。あります。そしてそれは恋情だけがそうさせるのではないことも知っています。あなたがそういうと、本当のように聞こえますね、わたくしにも信じさせてくださる？　恋慕だけが人を結びつけるのではないと。 　伴侶は、一度もしんべヱを福富屋の若旦那とも、しんべヱ様とも呼ばなんだ。そこが一等気に入った。伴侶を迎えて、もう二十年になろうとしている。
October 25, 2025 at 7:32 AM
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【サークル参加します!!】12月21日（東京）COMIC CITY 東京 152内 忍FES. 34

新刊両方表紙イラストがありま〜す✌️ やった〜！ツイッターに載せてる分の加筆修正したやつと書き下ろし沢山です！よろしくよろしく。
サークル名、網をすり抜ける魚。 新刊予定、土井利+きり家族本と同軸の土井利R18本。 一人でいれば平気なのに、隣にあたたかいものがあるのを知ってしまうと冷えていたことに気づいてしまう。でもいいんだ。もう私も、彼も、あの子も、一人ぼっちで冷えた肌を擦って耐えなくていいから。寒いねと言えば繋いでくれる手が、抱きしめてくれる腕が、迎えてくれる家があるから。
September 24, 2025 at 2:05 PM
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忍たまの空間破りを小説に落としこもう！ に挑戦。実行はしていないので未遂です。
あの家に寄りつかないだろう連れ合いに立て替えてもらうのも悪かったので、重たい腰を上げて支払いに行くことにした。こう、指先をちょっと濡らして障子に穴を空ける要領で突き破って大家さんの前に腕だけ出して払ったってよかったのだけれど、折角忙しい売れっ子忍者が今夜ならお供をしますよと申し出てくれたので、お言葉に甘えることにしたのだ。
August 25, 2025 at 2:56 PM
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1回目で奇跡の5年コンプしたとこでおかわりしたら土利出た〜！ 原稿を見守ってもらう。
忍者風の衣装を着た5人のキャラクターのアクリルスタンドが並び、それぞれに「半助」「利吉」「乱太郎」「きり丸」「しんべヱ」と名前が書かれている。手前に虹とハート型のレインボーカラーのピンバッジが置かれている。
July 13, 2025 at 12:05 PM
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「冬の便り」2/2
本人は帰る家があるだけでもありがたいことですの一点張りだ。それどころか、住所が変わっちゃったら帰ってこれなくて迷子になりそうだからやめてくださいねと言いだす始末。 　まあ本人がこう言っているなら、もっと頻繁に帰国するようになってから考えればいいかと私も問題を傍に置いている。 　その伊作くんは今、珍しく二度寝をしている。布団は畳んだようだが、ソファの誘惑に勝てなかったらしい。窓の外からは夏の陽射しがレースのカーテン越しに差し込んでいる。上半身はソファの上に倒して足は床におろしている。いかにも腰が痛くなりそうな体勢だ。 　寝顔を覗き込んでいると、不意に瞼が開く。おはようございますざっとさん。はい、おはよう。 「多分ね、腰痛いよ」 「やってしまいました……」 　あいたた、と声に出しながらゆっくり上半身を起こす。ゆっくりと腰周りの筋肉をほぐすように体を伸ばしたり捻ったりしている。声が掠れていた。エアコン の効いている部屋で寝ていればそうなる。 「伊作くん、レモネード飲む？」 「いただきます。珍しいですね。梅の季節だったのに」 「うん。今年はツイててね。偶然レモンが貰えて、夏に飲んだら美味しいだろうなって思って取っておいたんだ」 　梅シロップもあるけど、どっちがいい？　冷蔵庫を開けながら問いかけると、体と一緒に伸びた声がレモネードでと答えてくれる。 　冷蔵庫で夏を待っていたレモンシロップは、レモンの色が移って淡く黄色く輝いている。輪切りのレモンも数切れ一緒にガラスのコップに移して、静かに冷えた水を注ぐ。あの冬の日の鮮烈な香りは和らいでいるけれど、それでも香り高い。 　伊作くんに渡すと、当たり前に私が隣に座るのを待ってくれる。ささやかな乾杯をして一口。氷砂糖とはちみつを半分ずつ使ったおかげで甘味にコクがある。梅とも違うレモンの酸味が爽やかで心地いい。これは炭酸水で割っても美味しいだろう。 　美味しいね、と隣の伊作くんを見ると、半分ほど飲んだところでテーブルに置 いていた。口に合わなかったのかと思った瞬間、伊作くんの口からうわぁ、みたいな、ぐわぁ、みたいな唸り声が絞り出された。何事かととりあえず見守っていると、視線に気づいた伊作くんが違うんですと弁明する。 「美味しすぎて、一気に飲んじゃうのが勿体なくて一度置いたんです。でもこれもう一度持ったら全部飲んじゃいそうです。美味しすぎて」 「おかわりいっぱいあるよ、伊作くん」 　なんなら冷凍に入れてあるくし切りしたレモンを入れて酸味と香りを強くするアレンジも可能だよ。わーそれも絶対美味しいですね。 　ひとまず残りのレモネードをできるだけちみちみと堪能する。美味しい。甘酸っぱいものってそれだけで美味しいのに、甘味にコクがあって、脳天が痺れるように美味しい。こんなに美味しいものをなんでもないことのように差し出されていると、あいされている気持ちになる。雑渡さんは懐が海のように深く、広い人なのでなんでもないように親切ができる人だ。そういうところが、僕はすごく素敵だなぁと思っていて。雑渡さんの当たり前の親切を貰える、懐の内側に入れてもらえてることが嬉しい。自惚れではなく、あいされてるのだろうなと思う。 　雑渡さん、僕、本当はあなたが好きなんです。あなたが僕に差し出してくれる愛とは違うかもしれない。同じかもしれない。あまりよく分かりません。ただ、雑渡さんが当たり前みたいにくれる当たり前じゃない深い親切と愛を貰えるだけでじゅうぶん幸せです。本当に。この家に帰ってきていいよって言われた時から、僕はずっと幸せなんです。雑渡さん。 「こんなに喜んで貰えるなら来年はレモン買おうかな」 「今年のは偶然だったんですよね？　レモンにこだわらなくてもいいんじゃないですか？」 「うん。でも伊作くんは梅よりレモンが好きそうだから」 　幸せだなと思った次の瞬間にはそれを上回る喜びをくれる。雑渡さんはすごい人だ。 「じゃあ、来年もレモンシロップを仕込んでください」 　そして僕の帰りをここで待っていてくれますか？　雑渡さん。
July 8, 2025 at 7:48 AM
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「冬の便り」1/2
現パロ雑渡さんと伊作くんと少し利吉さん。土利前提。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「冬の便り」、「鰯」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Jonny Lindner on pixabay / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　雑渡の端末に珍しい名前からの着信が表示された。土井利吉である。仕事先や街中で会うことはあれど、お互い連絡を取り合うことは滅多にない。少し前の秋にも仕事の外で栗の渋皮煮を渡しに会いに行ったが、連絡はしなかった。利吉くんは週末になれば大抵スタンディングデモに参加している。ＳＮＳで利吉くんが拡散しているスタンディングデモの情報を見れば、約束や連絡がなくても会いに行けるのだ。 　だから珍しいなあ、どうしたのかなあと思いながら着信を知らせて震えている端末を操作した。先日はどうも、と営業らしい挨拶を済ませたところで、利吉くんは本題を切り出した。 「雑渡さん、レモンいりませんか？　国産の、無農薬のレモンなので加工がしやすいと聞いています」 　事情を聞けば、利吉くんの親が仕事相手から箱で貰ってしまい持て余しているらしい。ご両親はそもそもお礼の品を受け取らないようにしているそうなのだが、今回は断りきれなかったそうだ。同僚や近所にも配っているが、すぐに食べられる蜜柑や林檎ではなく、手間がかかるレモンというのがネックになっていて思う より減らないらしい。それで利吉くんのところにも連絡が来て、私を思い出したそうだ。 「雑渡さん、レモンはまだ扱ったことがないんじゃないかなと思いまして」 「そうだねえ。あんまり買わないから。どれくらい頂けるのかな」 「雑渡さんのご負担にならない分だけ、ですかね。いくら持っていっていただいても構いませんよ」 　なにせ両親が私に頼るのは最後の砦のようなものですから。 　じゃあお言葉に甘えて、一キロくらい貰っちゃおうかな。そんなに貰ってくれるんですか？　うん、たくさん貰ってもこれっきりのものになりそうだから部下にお裾分けしてもそんなに気を遣わせなさそうだしね。 　しかしレモン。レモンかぁ。皮を使ったお菓子もあるし、塩麹と混ぜて調味料にもできる。この間の栗と違って捨てるところがなさそうな材料だ。 　雑渡はこういう季節の手仕事が好きだ。黙々と一人でやっているとつい時間と肌がつっぱって痛むのも忘れて没頭してしまう。 　夢中になれる趣味があるのはいいことですが、たまには体を伸ばしてください ね。 　雑渡が大きな背中を丸めて梅のヘタをちょいちょいと取っていた頃にストレッチを推奨してくれた同居人は、今は大きな地震のあった地域に派遣されている。怪我人の治療や、被災者の心のケアにあたっていると聞いている。多分今も、誰かのかさぶたになっているのだろう。 　雑渡さんが良ければ、両親のところから直接送るようにします、と提案されたレモンはすぐに届いた。箱を開けると、レモンの爽やかでほろ苦い香りがふわりと広がる。冬が旬の果物なのに、なぜか夏の香りだと思った。丁寧なお礼の手紙まで添えられていた。手紙の末筆には山田伝蔵の名前。おや、うちの顧問弁護士事務所の相談役の名前じゃない？ 　レモンを使った焼き菓子は会社で配り、大小様々な瓶に作ったレモンシロップと塩麹レモンも付き合いの長い同僚に分けたりしている内にひと月ほどで無くなった。 　おかげさまで楽しい冬になったよと利吉くんにお礼を伝えると、こちらこそたいへん助かりましたと礼が返ってきた。 　その冬の終わりに夏には帰りますと同居人から連絡が来た。じゃあ今年は梅のシロップも仕込もうかなあ。食べてくれる人がいるならバリエーションも増えて嬉しい。 　同居人こと善法寺伊作くんとは地域の交流会で出会った。ビンゴ大会の景品の真空パック機が当たって困っていたので、よかったら私の洗剤と交換してくれない？　と声をかけたのがきっかけだ。真空パック機と洗剤を交換で済ませるのはつり合いが取れていないと思ったのでそのまま食事をご馳走したところでお互いなんだか面白い人だなと気が合って、色々あり今は伊作くんの住所が私の家にある。つまり帰ってくる家がここというわけだ。 　伊作くんが日本にいるのは、全部合わせても一年にふた月半くらいになるだろう。結婚をするつもりはないからと二十代の時にローンで買ったマンションは１ＬＤＫで、長らく心地よい我が家だったけれど、伊作くんがうちに住所を移すことになった時には二部屋の物件にしなかったのを初めて後悔した。伊作くんは特に気にすることなくリビングに伊作くん用の布団を敷いて寝起きしている。伊作くんの家にもなったのだから、伊作くんの部屋を用意したいとは思っているが、
July 8, 2025 at 7:48 AM
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なにか……こう……なんとかなれ……っ
　同居人こと善法寺伊作くんとは地域の交流会で出会った。ビンゴ大会の景品の真空パック機が当たって困っていたので、よかったら私の洗剤と交換してくれない？　と声をかけたのがきっかけだ。真空パック機と洗剤を交換で済ませるのはつり合いが取れていないと思ったのでそのまま食事をご馳走したところでお互いなんだか面白い人だなと気が合って、色々あり今は伊作くんの住所が私の家にある。つまり帰ってくる家がここというわけだ。 　伊作くんが日本にいるのは、全部合わせても一年にふた月半くらいになるだろう。結婚をするつもりはないからと二十代の時にローンで買ったマンションは１LDKで、長らく心地よい我が家だったけれど、伊作くんがうちに住所を移すことになった時には二部屋の物件にしなかったのを初めて後悔した。伊作くんは特に気にすることなくリビングに伊作くん用の布団を敷いて寝起きしている。伊作くんの家にもなったのだから、伊作くんの部屋を用意したいとは思っているが、本人は帰る家があるだけでもありがたいことですの一点張りだ。それどころか、住所が変わっちゃったら帰ってこれなくて迷子になりそうだからやめてくださいねと言いだす始末。
July 7, 2025 at 10:02 AM
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「はじまり」2/2
丸が起きてくれましたからね。私はもう読んじゃったし、学園に持っていくつもりはないから、貸そうか？　今度会った時に返してくれたらいいし。 　利吉さんとの会話を止めないまま、土井先生はしゃがみ込んで桶に浮かんでいた西瓜を持ち上げる。 「そんなおっきな西瓜、誰が持って来たんですか？」 「うん。これは利吉くんのお土産。三人じゃ食べきれないからご近所さんにも食べてもらうつもりだけど」 　もらう、からいいよな？　と土井先生はにやりと笑う。もらうんじゃしょうがないっすね。もらう、ならなんでもいいのか？　と利吉さんだけが疑問を浮かべている。 　確かにただで分けてあげるなんてドケチのきりちゃんらしくないと思うけれど、でもこの西瓜は利吉さんがおれとの約束を守ってくれたってことだから。それを悪くして腐らせちゃう方がよっぽどもったいないって思ったんですよ。 「利吉さん」 「うん、なんだいきり丸」 「ありがとうございます。西瓜も、前のこと、覚えててくれたのも」 「どういたしまして。私は約束を守る男なんだ」 　利吉さんは目を細めて微笑んだ。かっこいい。おれもそういう大人になりたい。 　家にあるまな板からはみ出す西瓜を、土井先生はとんとんと切っていく。一番甘いところはきり丸と土井先生が食べてくださいね、と後ろから声をかける利吉さんの手にも甘いところが切り分け られた西瓜を渡す。喧嘩にならないように、ご近所さんにはみんな同じくらいの量の西瓜をお裾分けして、三人並んで座って、ようやく西瓜にかぶりつく。 「うめぇ～」 「うん、甘い。いい西瓜だね利吉くん」 「親切な野菜売りを知っていて、その人に一番甘いのを選んでもらいましたから」 　冷たい西瓜をしゃぐしゃぐしゃと食べていき、あっという間に赤いところはなくなってしまった。残った皮も塩で漬ければ漬物にしておかずになる。あっ、ご近所さんに配る時、皮を削いでおけばよかった。そしたら西瓜の漬物がこの夏中食べられたのに。種も取っとけば売れたのにぃ。そう言うと、利吉さんがやっぱりドケチのきりちゃんだなと笑った。 「今夜は間に合わないけど、明日の朝には浅漬けが食べられますよ」 「きり丸、私は夕方にはもう発つんだ。今夜は仕事でね」 　えっ。 「詳しくは言えないが、次にこの辺りに来るのは秋頃になりそうなんだ。夏のうちにはもう来れない」 　だから夕食も漬物も土井先生と二人で食べれるよ。そう言って笑う利吉さんが、笑うのが嫌で、おれは利吉さんの着物を掴んだ。そんな顔をしないでほしい。だっておれ、おれはもう利吉さんがこんなに好きで、こんなに一緒にいたいと思ってるのに。なんにも伝わってないみたいなの、ひどい。 「利吉さん、また来てくれる？」 「うん。来るよ。学園にもきっと顔を出す。そちらの方が早いかもね」 　土井先生の手がおれの頭の上にぽんと置かれる。 「きり丸、まだ利吉くんに言いたいことがあるんじゃないのか？」 　ある。あるよ、土井先生。ちゃんと言うから。 「利吉さん、また家に帰ってきてくれる？」 　土井先生とおれの家に、土井先生の連れ合いとして、おれのお兄ちゃんとして、またここに帰ってきてほしい。利吉さんの布団、売らないで取っておくから、この家でまた一緒に寝て、一緒にご飯を食べてほしい。ここを、フリーのプロの忍者じゃない、ただの利吉さんが帰ってくる家にしてほしい。 「うん。約束するよ。きり丸。必ずここに帰ってくる」 　着物を握っていた手を解いて、利吉さんのお腹に抱きつく。絶対だよ、絶対だから。約束は守るよ、きり丸。利吉さんの優しい声と手つきがおれの背中を何度も撫でてくれる。そんなに何度も言わなくても大丈夫だきり丸、と土井先生がまたおれの頭に手を置いて、今度は撫でてくれた。 「だって利吉くんと私たちはもう家族なんだから」 「はい。家族です」 　土井先生の手が利吉さんの肩を抱いた。利吉さんの手がおれを抱き寄せてくれる。ありがとう、きり丸。見上げた利吉さんの目はうるうると光っていた。 　 　日が山の向こうへ沈み始めた頃、利吉さんは、私はそろそろ、と立ち上がった。読みかけの本を 土井先生に持たされて家を出ていこうとする。 「利吉さんっ」 　だから、おれと土井先生は言うべきことを迷わず口に出せた。せぇのと二人で声を合わせて。 「いってらっしゃい！」 　利吉さんは少し目を見開いて、それから目を細めて小さく手を振って 「いってきます」 　と答えてくれた。 　 　 　秋の初めに利吉さんが忍術学園にやってきた。近くに来たので、食堂のおばちゃんのランチが食べたくて来ちゃいましたと微笑む利吉さんは、稲刈り休みの時に家に帰るよとこっそりと教えてくれた。 　だから今年の稲刈りバイトは泊まりじゃなくて日帰りできる田んぼにだけ行った。いつ利吉さんが帰ってきてもいいように。 　バイト代のおまけでもらった生米をせっかくだからと姫飯にして炊いていた夜、利吉さんが魚を背負って家に帰ってきた。 　お邪魔するよ、と敷居をまたいだので、おれも土井先生も違う違うと手を振った。そうだったね、と利吉さんが眉を下げて笑って、咳払いを一つ。 「ただいま、きり丸、土井先生」 「おかえりなさい、利吉さん」 「おかえり、利吉くん」
July 6, 2025 at 12:13 PM
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「はじまり」1/2
家族になる土利+きりちゃんシリーズのいってらっしゃいとおかえりなさい。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「はじまり」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 「この夏は忙しくなるって言ってたじゃない」 「おかげさまで、忙しくさせてもらってますよ。だから夕食も一緒に食べられません」 　ドケチのきり丸としてはラッキーなのかも。それはそれで寂しい、と兄になりたい利吉は思う。 　土井の家に現れた利吉は、珍しく息を切らしていた。市で買ってきたものですと言いながら西瓜を差し出す。丸々艶々としていて、ずっしりと重い。三人で食べる大きさじゃないだろ、と赤ん坊を背負った半助が軒先で預かる。ご近所さんにもお裾分けしたらすぐになくなるでしょう、それで、きり丸は。 「朝から洗濯のバイトで、さっきようやく干し終えたところでね。一休みしたら宿題をやりなさいと言ったんだけど」 　利吉くん、覗いてごらん。言われた通り家の中に首を突っ込んで奥の間を見ると、文机に寄りかかったままきり丸がすやすやと眠っていた。 　なるほど、と利吉は首を引っ込めて半助に向けていいんですかと尋ねてみた。 「今日はもう預かった洗濯物を返すだけだから」 　たまには少しの昼寝を見逃してもいいかなって。たは、と眉を寄せて笑う顔に滲んでいるものが親心というものだろう。預かっているのは洗濯物だけではなく、背中の赤ん坊もだろう。だが半助はそれは自分の仕事とすっかり引き受けている。だから今日のきり丸の残りの仕事に赤ん坊を親に返すは入っていない。優しいのだ、が半分。元々この人はこうして人の為になることが生き甲斐になる類の人間なのだろうな、という納得が半分。ただの忍者より、忍者の先生の方が向いている人なのだ。 　背中に背負われている赤ん坊の顔を覗き込むと、こちらも眠っている。さっき寝ついたところだから、起こさないでね。さすがにきり丸も赤ん坊の鳴き声を聞けば起きてしまうだろう。 　西瓜、どうしよう。学園には氷室があって、かき氷も食べられるし、西瓜も冷やせるんだけど、ここには氷がないからなぁ。見た目より重い西瓜を抱え直して、半助がぶつぶつと呟く。井戸の水を汲んで桶に張りましょう。いくらか冷やせるでしょう。ついでに私も水を一杯いただきたいですね、土井先生。 　それでようやく冒頭の会話に戻る。井戸水を張った桶を日陰に置いて、西瓜を浮かべる。できるだけ満遍なく冷えるようにころころと転がしながら、きり丸を気遣って小さな声で半助は利吉に尋ねていた。 　冷えた水を湯呑みからごくごくと飲み干して、利吉が答える。 　実際、忙しいのだ。昨日は堺から内密の荷物を届けて、今夜からは密偵の任務に出る。いつもなら隠れ家で休む時間を潰して、忍者の足で走ってここに立ち寄る時間を作った。今夜の任務が終わり、報告を済ませればそのまま播磨へ向かう。播磨から帰ってくるのは夏の終わり頃だろう。そんな詳しい内実は知らせないまま、利吉は今夜も仕事なので、とだけ伝えた。 「そんなに忙しいのに、よく家に寄ってくれたね」 「約束をしましたからね。きり丸と」 　だから今日は宿題をみてやるなりアルバイトを手伝うなりするつもりで来たんですけどね。奥の間の方にわざと目線をやって肩をすくめる。利吉だってきり丸の気持ちのいい昼寝を邪魔したくは ない。 「じゃあきり丸が起きるまで、本でも読むかい？　市で見つけた珍しい兵法書があるよ」 「土井先生は、もう読まれたのですか？」 「うん」 「では、私も読み終えたら是非土井先生の意見も聞きたいですね」 　わはっと半助は顔だけで笑う。大きな声をあげないのは、ぐっすりと眠っているこども二人を起こさないためだ。 「いいね。私も利吉くんの意見を聞きたいな。でも、夜の仕事に遅れないようにしないとね」 　それで利吉はいそいそと家に上がり、唐櫃の上に積まれていた書物の中から目当ての一冊を取り出した。そのまま壁に身を預けて板の間に座り込むと早速書物を読みはじめる。外から隣人や近所の人と他愛ない会話をする半助の声が聞こえてくる。日差しは強いが、屋根の下に入ってしまえば吹き込んでくる風は涼しい。思いがけない余暇だが、これはこれで、中々上等じゃないか、え？　利吉。項をめくると、気持ちの良い風が利吉の髪と眠っている子供の頭を撫でた。 　 　 　すーっ。すーっ。聞き覚えのある音がきり丸の意識を引き上げた。土井先生、また本買ってきたのかな。唐櫃の上に積むと開け閉めが面倒になって部屋が散らかるからやめてくださいって、また言わないと。すーっ。あれ、今何時だ？　おれ、バイトの残りやって、ない。 　がば、と頭を上げる。日の高さを確認するより先に、壁に寄りかかっていた利吉さんが目に入る。 「お、起きたな。きり丸」 「利吉さん。いつから……。あ、じゃなくて、今何時⁈　おれ、バイト終わってねえっ」 「土井先生がやってくれたよ。後でよくお礼を言っておくんだね」 　言いながら、利吉さんは本をめくる。すーっ。指が紙を滑る音。これ、土井先生じゃなくて利吉さんの音だったんだ。 　脚、痺れてない？　と利吉さんがおれを気遣ってくれる。あ、ちょっと。でもこれくらい平気です。そう、よかった。 「私が来た時にはもうきり丸が寝てて、それから今までずーっと同じ姿勢だったから、いくら忍たまでも痺れないか心配だったんだ」 「利吉さん、いつ来たの」 「お昼前だよ。今は三時前かな。きり丸はいいタイミングで起きたね」 　土井先生！　きり丸が起きましたよ！　窓から外に向けて利吉さんが声をかけると、おお～とのんびりした声が返ってくる。利吉さんは読みかけの本に懐紙を挟んで立ち上がる。ぐぅっと体を伸ばしてから、おれに手を伸ばして外に誘う。その手を取って立ち上がる。脚に床の凹凸で筋が残っているのを利吉さんに笑われた。 「きり丸、よく寝てたなぁ。疲れてたのか？」 　なぜか菜切り包丁を手にしている土井先生の背中には赤ん坊はもういなくて、干した洗濯物もなくなっている。土井先生、バイト、ありがとうございました。伝えると私も暇だったからなと笑って答えられた。 　利吉くんはどうだった？　読めたかい？　いいえまだ途中です。ですがちょうどいい時間にきり
July 6, 2025 at 12:13 PM
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見たいよ……
July 3, 2025 at 2:03 PM
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いややっぱ見たいな……ふつ悪の雑伊……
July 3, 2025 at 2:02 PM
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「私のワンピース」2/2
⚠️服装を揶揄う描写、ノンバイナリーに向けられる偏見や差別の描写があります。
判断される屈辱への怒りと、後を歩く者のために今ここにいる自分が逃げるわけにはいかない意地が利吉の背筋を伸ばし、冷える手足に血を通わせた。 　土井半助と出会ったのは、父が事務所でぎっくり腰になったのに動揺した事務員が救急車を呼んだのがきっかけだった。搬送先の病院に駆けつけた時、当番医が土井先生だった。 　友人になり、親交を深めていくうちに恋人になりたいと思うようになった。 　選んだ人に選ばれるのはとても嬉しくて、土井先生に好きだよと言われた時は頭で考えるより先に私もと口から出ていた。幸せだった。それなのに。 　私はゲイなんだ。そう言われただけなのに、土井先生と会う時はそれまで普通に着ていたブラウスを避けるようになった。 　約束をした日に「普通の男」らしい服を選ぶ時、砂を飲むような気持ちになった。こんなに嬉しいのに、私はこんなに窮屈だ。土井先生のせいにしたくない。八つ当たりなんてしたくない。悔しい。 　私が好きになった人は。なにか悩み事があるならいつでも言ってねと労ってくれる優しい声。駅でぐったりと座り込んでいる人に真っ直ぐに駆け寄る姿。人ごみに利吉を見つけて目を細めてくれる。助けてとか苦しいとか、自分から言い出せない人にも手を差し伸べられる人間になりたいと語った。そういう、そういう人だ。信じたい。本当はあなたが好きになる対象から外れている私だと伝えても、できれば受け止めてほしい。変わらずに好きだと言ってほしい。せめて嫌わないでほしい。 　見せたいものがありますと土井先生と会う約束をした。怖かったから、家に呼び出すのはやめて、カラオケで待ち合わせをした。土井先生に先に入ってもらって、後から私が部屋に入る。大学生になって最初に買ったシャツワンピースの下に緑色のチュールスカートを履いた。 　信じようと思った。たとえ別れることになっても、私たちはいい友達でいられるはずだと。 　教えられた個室の扉を開けて、ぎこちなく挨拶をする。色々お話ししなければいけませんが、見てもらうのが早いと思って。土井先生の目が少しも見れなくて、視線が床に貼り付けになる。利吉くん。呼ばれて、ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎりぎりと顔を上げる。 「素敵な服だね。よく似合う」 　にっこりと笑って、その人は空いている隣を叩く。座って。話したいことがあるんでしょう。 「大丈夫だよ。全部聞くから。利吉くんが言いたいことを、私はみんな聞く。順番だってめちゃくちゃでいい。ゆっくりでいいんだ」 　歩き方を忘れた私を見て、土井先生は立ち上がって、おいで、と手を伸ばす。力一杯握り込んでいた私の拳を、そのまま両の手で包んでくれた。 「我慢させていたね。ごめんね」 　わっと涙が溢れてきて、ぼろぼろと落ちた。悲しくはなくて、安心しきったわけでもなくて、でももう大丈夫だと思ったら、勝手に涙が出ていた。少なくとも、利吉が好きだと思った人は利吉を否定しない。拳に入っていた力がようやく抜けた。長い長い我慢だった。 　泣き腫らした目をぬるいおしぼりで冷やしながら、利吉はぽつぽつと語った。性別について違和 感を持つより先に自分の世界には男の服と女の服というラベリングがなくて、着たい服とそうではない服しかなかったこと。後から自分はノンバイナリーだと気づいたこと。これからは好きな服を着てあなたに会いたいこと。それから、あなたの恋愛指向の対象のジェンダーアイデンティティではないことを、黙っていて。 「謝らないで」 　土井が利吉の唇に指を当てる。 「利吉くんが悪いわけじゃない」 　利吉くん、ってまだ呼んでいいのかな？　伺われたので、構いませんよと頷いた。じゃあ、続けるね、と土井は指を離した。 「これは利吉くんが悪いわけじゃなくて、私の思い込みのせいだから、私が悪い。ごめんなさい」 「土井先生だけが悪いわけではありません」 　服装だけで性別を判定する、漠然とこの社会を支配している男女二元論が悪い。それが当たり前のものとされている構造が問題だ。それをなんとかしようとしているのが両親やその同僚たちや支援者たちだ。 　そうだね、と土井も頷いた。 「私は利吉くんが好きだよ。これからは好きな服を着ている利吉くんも好きになっていけるんだと思うと、嬉しい」 「色んな私を好きになってください。半助さん」 　半助は目をまんまるくして、それから顔をくしゃりとさせて笑った。 「やっと名前で呼んでくれたね」 「ずっと呼びたかったんですよ」 　でも、どうしても一線が動かせなくて。 「君を悩ませてしまう未熟な私だけど、これから もよろしくね。利吉くん」 「はい。私も、よろしくお願いします。半助さん」 　帰り道で、半助さんが花を買ってくれた。私を指して店員さんに、この人に似合う花を選んでくださいとお願いして。濃い紫のデルフィニュームと白いトルコキキョウをさっとまとめて簡単な花束にしてくれた。 　今日のことをずっと覚えていたくて、二人で写真を撮った。花束を持った私と、半助さん。好きな服を着て忘れたくない思い出が増えるのは、本当にいいことだ。
June 14, 2025 at 1:06 PM
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HAPPY PRIDE MONTH🏳️‍🌈
「私のワンピース」1/2
現パロ土利。ノンバイナリーの利吉さん。
⚠️服装を揶揄う描写、ノンバイナリーに向けられる偏見や差別の描写があります。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「私のワンピース」、「鰯」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Joyce Hankins on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　両親はウォークインクローゼットを共有していた。大きさの違うお揃いのワンピース、刺繍の入ったパンプス、色の違うスーツのベスト。好きな服を着ていいのだと見てきたから、幼稚園の頃から自分のワンピースを持っていた。みるみる成長していくのに合わせて、スニーカーを履き替えるようにスカートもワンピースも新しくなった。 　クラスメイトが着ていたワンピースが素敵で、かわいいよねと言ったら、友達はからかうように利吉ってああいうのが好きなんだと笑った。好きだよ、服が。服？　なんで？　女の服じゃん。 　ぴしゃりと冷たい水を浴びせられた気がしたけれど、利吉はひきつってでも笑顔を作った。だよね、とよく分からない相槌を打った。 　数ヶ月経って、母に最近ワンピースもスカートも履かないのねと声をかけられて、利吉は母の顔を見ずに女の子の服だからと答えた。 　父は弁護士をやっていて、母は裁判官をやっている。だからどちらも滅多なことでは狼狽える様子を見せない人だったけれど、その時母はおろおろとした声で利吉を呼んだ。 　両親はクローゼットを共有していたけれど、父がスカートを履くのは、母が男のような格好をするのは、県をまたいだお出かけの時だけだと利吉はもう気づいていた。まだ分からなかったのは二人がなにを気にしているのかだったけれど、友達が当たり前のように言った冷や水がきっとそれなのだ。自分の性別に適した服を着ろとみんなが言っているし、みんなそれが普通にできている。利吉のクローゼットにしまわれたワンピースは女の服で、利吉は男だった。だから着てはいけない。そんな簡単なことが分からないなんて知られては いけない。本当は今もワンピースが着たいことはもっと知られてはいけない。 「利吉、こちらへおいで」 　もう母の声は狼狽えておらず、芯の通った音をしていた。呼ばれるまま母のもとへ近づくと、手を繋がれて二人のクローゼットに連れて行かれた。色とりどりの服が利吉を迎える。母も長身だが、父は更に背が高いので大きさが違う。仕事用のスーツは暗い色が多いけれど、ネクタイがしまわれた引き出しを開ければ色彩が溢れることも知っている。 「これは私がお父さんにプレゼントしたワンピースなの。お父さんは自分を男の人だと思ってるけど、女の人の服を着るのも好きなのよ」 　利吉も知っているでしょう、と母が微笑む。母が持ち出したハンガーには藍色の生地に大きな花柄がプリントされたワンピースがかけられている。父が気に入っていて、特別なお出かけの時によく着る一枚だった。 「お母さんも自分を女の人だと思ってる。でも色んな服が着たいの。男の人みたいって言われるような格好もしたいの」 　利吉にはもうちょっと明るい色が似合うでしょうね。言いながら、母は父のワンピースを戻して、かわりにひとまわり小さなワンピースを持ち出した。サーモンピンクでウエストのあたりできゅっと引き絞られている一枚だ。一面が鏡になっている壁の前に立たされてそのワンピースを当てられると、確かに利吉によく似合った。 「だから利吉も、自分が着たいと思う服を着たらいいの。男の子の服とか、女の子の服なんて、そんなの勝手に決められてるだけ。利吉、この世界 にあるのは着たい服とそうじゃない服だけよ」 「でもお母さん」 「うん」 　怖いよ。ワンピースを着て、女の子の服を着てる男の子だって、そんなの変だって言われたらと思うと、それだけで背中がヒヤリとする。 　ぎゅっと握り込んだ拳から力が抜けないまま利吉が黙り込んでいると、母ぎゅっとしていい？　と確認してから利吉をピンク色のワンピースごと抱きしめた。 「怖いよね。お母さんも、お父さんも本当は怖いの。だから遠くに行かないと安心して着られないの。でも、利吉、大丈夫。お母さんもお父さんも約束する。私たちはあなたが好きな服を人目を気にせず着られる社会に変えるために頑張る。だから、それまで、着たい時には安心して着られる場所へ行こう」 　私立の小中高一貫校に通っていたのを、制服が一種類しか貰えないのが嫌でジェンダーレス制服を導入している高校に転校した。大学に進学してから髪を伸ばしはじめた。フリルのたっぷりしたブラウスも、五センチのヒールのパンプスも、龍虎の刺繍の入ったスカジャンも、真っ黒のセットアップも、利吉にはよく似合った。からかうような無礼な人間には礼節を教えてやった。いいじゃんと言う者や利吉が好みそうだという古着屋を教えてくれるような者とだけ親交を持った。 　両親は約束を違えず、今でも性差別を解消しようと尽力している。それより先に利吉が成長するのが早く、その間に人の服装でからかってくるような連中にかけられる冷や水に慣れてしまった。 　恐ろしくないわけではない。嘲笑ってもよいと
June 14, 2025 at 1:06 PM
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HAPPY PRIDE MANTH🏳️‍🌈🏳️‍⚧️
現パロ土利ですがまだ2人が出会う前の話です。クローゼットのゲイの土の若い頃。
⚠️全体的にマイノリティへの抑圧、非人間化の表現がありますので、ご自身の心身に合わせて読んだり読まなかったりしてください🙏
　この中にもLGBTQと呼ばれる人たちがいるかもしれません。 　小学五年生の時の保健体育の授業で教壇に立っていた保健医がそう言うのを聞いて、土井半助は息が苦しくなったのを覚えている。自分が幽霊にでもなったような気がした。 　自分が好きになる相手が同性に見える人ばかりだと気づいたのは、小学三年生の時だった。両思いになりたいと思ったこともあるけれど、告白する勇気がなかった。普通のことだと思っていた。普通のことだった。けれどあの日、保健医が半助を（そして教室の中にいた同性愛者やトランスジェンダーたちを）幽霊のように扱った時から、息を殺すように生きるようになった。別にクラスメイトがなにか決定的なことを言ったわけでもないけれど、同性が好きな自分は幽霊のように過ごさねばならないと思った。気づかれてはならない。見つかってはならない。 　自分がもし教師だったらああいう言い回しはしないなと大学四年生の半助は思う。いるかもしれません、ではなくて、いる、と言う。気づいていない子も、これから気づく子もいるだろう。それから人を好きにならない子もいる。たくさんの人を好きになる子もいる。本当に色んな人間がいる。君たちがどんな人に惹かれても、惹かれなくても、君は一人じゃないと言いたい。 　実家を出て、好きだと思った人と付き合うこともした。けれどいつも半助は人目を気にしてしまって、それが理由で別れたこともある。 　私たちはなにも禁じられていないし、間違ってもいないのに。 　悩んでいるクィアを励ますことはできるのに。半助の言葉を聞いて表情を明るくしたり、少し泣いてから前を向く友人達にかけられる言葉を、自分に与えられない。いつまでも自分を助けられない。あの授業の時から私の一部は幽霊になって、私でさえそれを見つけられなくなったのかもしれない。 　その年のプライドパレードは重い曇り空の下で歩いた。しとしとと霧雨が風景をけぶらせていく。そのくせ風が出ているので、体温が奪われる。隣を歩いていたのがうんと年上に見えたので、寒くないですかと声をかけた。いいや、平気だよ、これがあるから。これ、と示したのは肩からマントのように羽織っているプライドフラッグだった。雨がもっと降ってきたらお兄さんも一緒に入れてあげるよ。そう言って旗を翻して見せてくれた。心強いです。微笑んで、半助はさっと列の後ろの方を見た。顔色の悪くなっている者はいないか、疲れてきているのを無理している者はいないか。 　明るくない空の下、霧雨に降られて、みんななんとなく視線が下がっている。その中に、その人がいた。大きな旗を掲げて歩く一団の、その一番前。真っ直ぐに前を見て歩いているその人と、目が合った気がした。 　ほんの一瞬だったのに、半助は今でもその時を忘れられない。多分墓まで持っていくのだと思う。 　見つけられたと思ったのだ。幽霊の自分を。 　あなたがそこにいると、ずっと前から知っていましたよ。そんな風に言われたような気がした。私が、幽霊になった私がここにいると、見つけてくれた人と目が合ったような気がした。 　もう幽霊ではないね。君が見つけてくれたから、私は私の手を掴むことができた。 　具合の悪そうな者がいないのを確認して、半助は再び前を向いた。後ろにあの人がいると思うと、地面を踏む足が力強くなる気がした。 　その時に目が合ったのが君だよ、山田利吉。
June 1, 2025 at 2:29 PM
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「何度でも」2/2
「土井先生」 「なんだい利吉くん」 「私もあなたの顔が見たいです」 　連れ合いは、わはは、と快活に笑ってからすぐに、いやそれもそうだ、気が利かなくてすまないと謝ってくれた。 「でもなにもないのに正面から見合ってるところなんて、人には見せられないな」 「まあ、ここですることではないかもしれませんね」 「また今度、家に帰ったら、きり丸がいないときにしようか」 「約束ですか？」 「してほしい？」 「したいです」 　父の約束は果たされなかった。最初からそんな気はしていたので、まだ一人立ちしたばかりの利吉も傷つかなかった。約束を守られなくて傷つかない自分を蹴りたかった。こら利吉、ちゃんとがっかりしろよ。でも父上が約束を守ってくれたことなんて数えるほどだ。だからどうせ、今回もダメだと思ってたよ。 　父がいない寂しさは父が帰ってくることでしか埋まらないのに。父上はそれを知らないのかも知れない。そんなことはないと利吉は分かっているので、ついぞ口にしたことはない。母上の寂しさは父上しか癒せないのですよとは何度も訴えているのに、利吉の寂しさだって父上しか癒せなかったのですよとは言えなかった。 　口に出せるこどもではなかったし、口に出さないこどもでよかったと思う。 　忙しい父を、それを黙って支える母を、煩わせるこどもでなくてよかった。私は二人が大好きだから、それでよかった。 　父上はすごい忍者で立派な先生で、それからひどい嘘つきです。私との約束を何度も破りました。 　こどもの利吉は今でも利吉の中でたまに口を尖らせる。 「じゃあしよう、約束」 　だから私は、私の家族ができたら約束を守る人になりたかった。ずっと一緒にはいられないから寂しくしてしまうけれど、約束は守れるようになりたかった。私は私の家族に、約束を破られても平気だよなんて思わせたくなかった。 「必ず守ります」 「それは楽しみだな」 　はい。楽しみに、しててください。私が約束を守るのを、待っていてください。きっと果たして見せますから。
May 17, 2025 at 6:58 AM
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「何度でも」
やがて家族になる土利きりちゃんシリーズの少し先の話です。もう家族になってる土利。1/2
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「何度でも」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　立花仙蔵、潮江文次郎、七松小平太、中在家長次、食満留三郎、善法寺伊作。一昨年忍術学園を巣立った六人の名前と顔、それから得意な武器を、利吉はすらすらと思い出せる。去年卒業した五人も、今年の六年生も同じように把握している。 　利吉が一人立ちをして、プロのフリーの忍者としてやっていくようになったのは数えで十五になる歳だった。その時、父に頭を下げられた。 　六年生や五年生をへんに焦らせたくはないから、数年は忍術学園の出入りを控えてほしい。 　歳の近い利吉が技術が上で、更に一人立ちするのも先となれば確かに与える影響が良いものばかりとは限らないだろう。なるほど、とすんなりと頷いて了承すれば、父はほっと安心していた。子を案じる父の気持ちを分かってくれて嬉しい、お前は本当によく出来た息子だ。父の手が利吉の肩を叩いた。 　でも父上。あの時あなたが案じていた息子は本当にそこにいた息子だったのでしょうか？ 　裏々山に仕掛けられた罠はここ数年で出来が良くなっている。忍たまが物は試しと仕掛けるものというより、プロの忍者でも危ういレベルのものに仕上がっている。六年生の綾部喜八郎の成果だ。 　通ってきた山道をしかし何事もなくすんなりと通り抜けて忍術学園にやってきた利吉は、学園内で塹壕を掘っていた綾部に裏々山はいい出来だよと声をかける。穴から利吉を見上げた綾部は、少しも汚れていない姿を認めて精進しまぁすと返事をした。 　下の子たちはもう気軽に裏々山に行かせられま せんね、と連れ合いに言うと、半助はいやそれがね、と筆を置く。 「今の六年生は喜八郎の罠は把握しているし、五年生もそれをずっと見てきたから、案外上級生がいれば低学年の忍たまでも無事に帰ってくるんだよ」 　とはいえ、ランニングの一番の敵が喜八郎の罠になっているのもほんとなんだよね……。おつかれさまです。 　利吉が再び忍術学園に出入りができるようになったのは十七の歳だった。最後に山田先生の息子として出入りした時にひよひよしていたこども達がすっかり上級生の顔をしていて、成長の速さに驚いたのを覚えている。 　体もすっかり大人のものになった利吉は若い人ではあるが、こどもではない。父が受け持っている生徒達にわしの息子だと紹介すれば、たまごがわあっと駆け寄ってきて、どんなお仕事をしていますか、と質問を浴びせる。まだこどもの勢いに慣れていなかった利吉は、面を食らっていた。 　それからは母の使いとして、また父の使いとして、時には誰にも秘密で大川平次渦正の使いとして忍術学園を出入りするようになった。去年からは土井半助の連れ合いとして、摂津のきり丸の兄としても顔を出すようになっている。 　自由に出入りができるようになり、また外でプロの忍者として忍たま達と行動を共にすると、自然と生徒達のことも細やかに把握できるようになる。 　父は、忍術学園への出入りを禁じた時、その間はできるだけ家に帰るようにするからと約束をし てくれた。母さんも寂しくなるし、お前の顔も見たいからな。半助にも声をかけて帰るようにするよ。 　はい、父上。お気遣いありがとうございます。お待ちしております。 「山田先生はちょうどその裏々山に授業で行ってるんだけど、利吉くん、会わなかった？」 「見かけませんでしたね。ていうか授業中のところに声をかけるなんてできませんよ」 「それもそうか」 　ははは、と顔を合わせて笑う。 「いいんです。今日は半助さんに顔を見せに来ただけですから」 「きり丸も授業中だからなぁ」 「今度見かけたら声をかけますよ」 　文机越しに半助が伸ばした手が利吉の顔にかかる髪を優しくはらう。なにか、と視線で尋ねれば、だって顔を見せに来てくれたわけだし、よく見ておこうと思って、と連れ合いが目を細める。愛おしいものを見つめるまなざしが注がれる。 　ではよく見てください、近くで見ますか？　とからかうと、じゃあそうする、と兄は立ち上がって隣に座り直す。 「そこからでは横顔しか見れませんが」 「うん。でも横顔の方が近しい感じがして、私は好きだよ」 「そうですか」 　半助の表情を盗み見ようとして目を動かすと、前を見なさいと正される。はい、土井先生。目を見ていなくても、どう見られているか案外わかるものだなと思う。
May 17, 2025 at 6:58 AM
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「明けの明星」
やがて家族になる土井利吉きりちゃんシリーズ5作目。土利だけど利吉さん不在できりちゃんがいます。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「明けの明星」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　ひとつ気になってることがあるんですけど、ときり丸がアルバイトの造花を作りながら半助に尋ねる。半助もきり丸を手伝いながら、うん、と相槌を打つ。 「なんで土井先生は利吉さんの連れ合いになってもいいと思ったんですか」 　半助は慣れた手つきで折り目をつけたおはな紙を括って、広げる。色とりどりのひらひらした花をぽんぽんと作る動きに乱れはない。灯明皿の灯りだけでも困らない。慣れているから。夜目が利く忍者だから。 　うーんそうだな、なんでだろうなぁと口ではのんびりと答えながら、半助は利吉を思い出す。あの竹林の利吉を。崖から落ちた先でむくれていた利吉を。半助をお兄ちゃんにしてくれた利吉を。 　あの子は、まるで、私の人生に現れた明けの明星。いちばん最初に夜明けを教えてくれた星のような人。星だから、手が届かないと思っていた。私の手を離れて、遠く遠く、見たことのない景色を、行ったことのない場所を巡るのだと思っていた。そのつもりだった。たまに私のところにも帰ってきてくれたらいいと思っていた。 　そしたら、星が、私の腕に飛び込んできたから。 　抱きしめてしまった。 　抱きしめてしまったら、もう離せなくなった。 　山田利吉は、私の連れ合いになりたいと言う。名前も過去も教えてあげられない私を選ぶと言う。私の躊躇いを見抜いて、軽やかに飛び越えて、私を呼ぶ。 　君は私の星だ。 　六年前に恐れていた夜は、歳月で薄くなり、昨秋の件で濃くなった。けれど、夜は怖くない。明 けるものだと君が何度でも思い出させてくれるから。もう私は太陽の下に出ているのだと、手を引いて一緒に帰ってくれる子どもがいるから。 　だから、いいよと言った。連れ合い。それが君の欲しいものなら、私が与えられるものなら、あげる。 「利吉くんが、私の連れ合いになりたいと言ってくれたからかな」 「いや土井先生、おれが聞きたいのはそこじゃなくて」 「私が利吉くんをどう思ってるかって話だろう？」 「それ！　それですよ！　先生は利吉さんが好きってことすか？」 「好きだよ」 　きり丸も好きだぞ～。言いながら、まだ軽々と持ち上げられる子供の体をひょいと膝の上に乗せる。 「私はね、きり丸。好きな人同士が同じ家に帰るのは、いいことだと思うんだ。帰りを待ったり、待たせたりしながら生きていくのはいいことだと思う」 　お前もいつかこの家を出ていくだろう。私たちはいつか帰る場所がばらばらになる日が来る。けれど、一緒に帰ろうと約束することはできるから。そして本当に一緒に帰ることができるはずだから。 「私は、利吉くんとも一緒に帰りたいんだ」 「おれと、土井先生と、利吉さんも一緒に？」 「そうだよ」 「それは、おれもいいなって思います」 「よかった」 　それならきっと、私たちは約束ができる。同じ家に帰る日は、きっともう遠くない。
April 22, 2025 at 3:07 PM
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「氷菓」
やがて家族になる土井利吉きりちゃんシリーズの4作目です。夏休み前のきりちゃんと利吉さん。
この時代のアイスキャンディー(96年映画版)ってどんなだろうと考えてしまった……。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「氷菓」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　アイスキャンディー、アイスキャンディーいかぁっすかー。冷たいアイスキャンディーですよぉー。 　太陽はとっくに頭の真上を通りすぎて、西に向けてゆっくりと下りはじめている。一日で一番暑い時間だ。きり丸の狙い通り、売れ行きは好調だ。そうでなければ、一番商品が溶けやすい時間に町に立った甲斐がない。箱に残った棒が二本になった時、きり丸、と覚えている声に名前を呼ばれる。 「利吉さん」 「アルバイト中、だね。変装はしてないわけだ。感心感心」 「今日は土井先生いませんし、利吉さんに前言われましたから。おれはドケチ根性にかけて自分を安売りなんてしません」 　利吉さんはちょっと眉を寄せながら笑った。まあ、危ないことから離れてくれたらとりあえずそれでいいよ。そんなことを言いながら、おれの頭を撫でる。 　二年生になって、色んなことがあって、利吉さんとも何度かなりゆきで一緒に任務をやったりしたけれど、ただの利吉さんと話すのは久しぶりな気がする。土井先生の家に帰っても利吉さんが来るとは限らないし、忍術学園で会う利吉さんはプロの忍者の利吉さんだったから。 「利吉さん、夏休みにうちに来る予定ありますか？」 「あぁ、行けないかな。しばらく忙しくて。夏休みになったら父上のところに顔を出すつもりではあるよ。この休みこそ母上のところに帰ってほしいからね」 「そうなんすね」 「なにか、用事でも？」 　用事がなきゃだめなんですか。とは言えなくて、ドブ掃除の当番があってぇ……と手を合わせて見せる。利吉さんがにやりと口の端を上げた悪い笑い方をする。「良い子」の前では見せない笑い方だ。それで人手が欲しいわけだな、きり丸。 　てへ、とわざとおどけて見せると、手伝ってあげられなくて悪いね、と肩を叩かれる。かわりに、と銭をくれる。アイスキャンディー二本分の銭。 「奢りだよ。タダ、好きだろ？」 「大好きでえす！」 　梅を潰して砂糖で漬けて、滲み出た果汁を水でいくらか薄めて凍らせたアイスキャンディーは珍しくないが、この店のはそこに少しだけ塩を入れてある。それが隠し味になってよく売れると聞いた。実際、どこの店の売り物だと聞かれることもある。 　利吉さんと並んでかじるアイスキャンディーは少しも塩っぱくない。本当に塩が入っているのか分からない。でも、入っているのだと言う。 「利吉さん、夏休みにうちに来ないんだ」 　声に出してみると、ひゅっと背中に風が抜けるみたいに寂しかった。寂しいんだって、おれ。利吉さんに会えないのが寂しいんだ。プロの忍者とか、山田先生の息子じゃない、ただの利吉さん。 　おれ、冬休みの宿題も春休みの宿題も一人でやったんですよ。すぐアルバイトに行っちゃうからって土井先生が一緒だったけど。利吉さんが来て、宿題教えてくれないかなって、ちょっとだけ期待してたんですよ。夏休みも一人で宿題をするんだ。別に。それが普通だけど。 　あの家でだけ、おれと土井先生の前でだけ見せ てくれる利吉さんに会いたい。お兄ちゃんの利吉さんに会いたい。でも、夏には来てくれない。 　棒に染みていた甘い汁を吸い尽くしても、まだ捨てられない。 「そのつもりだったけど」 　利吉さんが、おれの前髪をかきあげて額を出させる。おれの顔をまじまじと見る。利吉さんの目に映り込んだおれがどんな顔をしてるか見つめ返す前に、利吉さんがぱ、と手を離した。 「会いに行くよ。夏休みのうちに。その時は土井先生も一緒に、三人でアイスキャンディーを食べよう。スイカでもいいな」 　わっ、とあたたかな風が正面から吹いたような気持ちになった。利吉さん、おれ、利吉さんとしたいのはアルバイトの手伝いでも、ドブ掃除でもなくて、本当は。 　それはまだ声に出せなくて、かわりに味のしない棒を口から出した。 「利吉さん、ほんと？」 「約束するよ」 　指きりしたっていい、と利吉さんが小指を差し出す。 「じゃあっ、じゃあほんとに、ほんとに針千本ですからねっ」 「はいはい」 　ゆびきった！　
April 22, 2025 at 3:04 PM
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「花売り」3/3
　雲一つなく晴れた空。絶好の洗濯日和である。利吉がまず半助が溜め込んでいた洗濯物を片付けようと袖を捲り上げたところで、きり丸がご近所からバイトとして引き受けてきた洗濯物が押し寄せてきた。当のきり丸はと言えば子守のバイトを引き受けてきただのペットのうりぼうの散歩を引き受けてきただので、すぐいなくなってしまった。 　だってぇ、アルバイト手伝ってくれるって言ってましたよね、利吉さん。手を合わせ身をくねらせてねだる子どもに、まさか断ってこいとは言えるはずもなく、利吉はきり丸を散歩に送り出した。 　遅れて出てきた半助がまたすごい量になったなぁと笑う。兄にだけはいいだろうと、手伝うとは言いましたがね、とこぼした。 「こんな量を手伝うつもりはありませんでしたよ」 「利吉くんを頼りにしてるんだろうね、きり丸は」 「土井先生も手伝ってくれなければこんなのは終わりません」 「本当に」 　頼りに、されているのならいいのだけれど。きり丸について土井先生が変に世辞を言うこともないだろう。なら、いいか。 　洗濯物は、半助が洗い、利吉が干す分担になった。この兄はこんなに着物をピンと伸ばして干すということが苦手だったのだろうかと六年前の記憶を手繰り寄せたが、あの頃は母と利吉が洗濯をしていたので知らなかった。一年も暮らしていたから大概のことは知っているつもりだったが、私がまだ知らない土井半助もいたのだ。 　今日何度目になるか、盥の水を土井先生が流して、新しい水を汲んできて入れる。一休みしようよ利吉くん、私もう腰が痛くなっちゃったよ。と んとんと腰のあたりを叩きながら立ち上がった土井先生が体をぐうっと伸ばす。 　土井先生、手がふやけていませんか、と体を寄せて兄の手を取ると、白くふやけていた。皐月の水は冷たく、手の温度も奪っている。土井先生がきちんと皺を伸ばして干してくださるなら交代できるんですが、とからかいまじりに顔を向ける。ふにゃりと笑っていると思っていたその面は、口元は微笑んでいるが眼差しは忍びのものだった。 「利吉くんはああいうの、いつ教わったの」 「色ですか。一通りは、母に連れられて町で教わりました。なのでどんな振る舞いがどんな輩を惹きつけやすいのかは分かっているつもりです」 　利吉は母さんに似たし、わしの息子だから、と父に説かれたことがある。人より人目を引く容姿をしていることを自覚しなさい。そして、その上で忍びとして立ち回りなさい。その容姿が武器になることもあるし、足手纏いになることもあるだろう。侮られてはならない。軽んじられてもならない。そうされた方が良い場面もいずれ来るだろうが、自らを安く売ってはならない。矜持を持て、利吉。誰の手にも届かないところにお前の魂を置きなさい。この先なにがあっても人に戻って来れるように。 「私はあまり苦ではないんです。色を向けられても、大概かわせますし、必要なら利用もします。ただ、自分ではよく分かっていません。色を向けるというか、恋情というものには縁がなく」 「私に連れ合いになってほしいと言ったのに？」 「慕う気持ちは分かります。おっしゃるとおり、私は土井先生の連れ合いになりたいと思ったわけですし。ですがこれが恋かと聞かれると分かりま せん。しかしあいしています。あいする人と添い遂げたいと思うだけでは、足りないでしょうか」 「そういう子は学園にもいるよ。しょっちゅう恋をする子も、しないままの子もいる。男に恋する子も、女に恋する子も、両方に恋する子も、色んな子がいる。だから君もなにか足りないとか変わっているとかじゃない、と私は思う」 　言いたくないことを言わせたかな、と土井先生のふやけた手が、同じくふやけている私の手に重なる。本当に言いたくないことなら言いませんよ、と微笑んで見せた。 　私が君にどんな色を向けているか、知らないままでいてほしい、と願ってから、でもなあと半助は一人こっそり天を仰ぐ。気づいてほしい。あわよくば、受け入れてほしい。君がそれを恐れず、嫌がらないなら。でもそれはまだ先の話だろう。ずっとずっと先でいい。今はまだ、この穏やかなままがいい。
April 13, 2025 at 4:23 AM
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「花売り」2/3
いた。なんにも気づいていないふりをして、まさか振り解かれると思っていなかった自惚れた連中に、あらそちらなにかまだ御用が？　まだお花が欲しいのですか？　とにこやかに冷や水を浴びせて帰らせる。 　だが、半助の指は振り解かない。利吉の指の股をくすぐる手つきも咎めない。やがて半助の指がより深く絡んで、ぎゅうと利吉の手を握りこむ。 　身体を離せないので、そのまま利吉は目の前の兄の頭に顔を埋める。好き勝手に伸びて跳ねている髪がチクチクする。肌の匂いがする。 　子どもが。子どもが子どもらしくありながら大人に庇護されて育つことの、難しさを思う。忍術学園の中ならそれほど難しいことではない。あれはその為に創られた場所だから。それが一歩町に出るだけでこうだ。 　利吉も未だ若いからという理由で軽んじられる場面がある。そう言うのは実力で思い知らせる時もあるが、見くびられていた方が楽なのでそのまま放っておく時も、単純に時間の無駄なので相手をしない時もある。その場その場で、臨機応変に、だ。 　だが、子どもを、弱い立場の人間を年長者や強い立場の人間が搾取するのは違う。それは、絶対に違うと利吉は思う。 　次の花売りのバイトの時は、女装させたきり丸だけを立たせた。念の為半助に路地裏に控えてもらい、花ではなくきり子を品定めする輩は若武者に変装した利吉が懲らしめる。若いやつが出てきたと侮るなら一層きつく灸を据えてやる。 　まだ分かっていないきり丸がこれじゃ商売にな んないじゃないですかぁと嘆く。その耳を抓ってやろうかと思ったが、路地裏から出てきた半助がそれより先にきり丸の両の頬を抓った。なので、残りは私が売り切ってあげようと申し出る。利子を呼んでこなくても、花は難なく売り切れた。 　精算を済ませて長屋に向かう途中、労いの気持ちで団子を買った。きり丸を、半助を、それから少しだけ利吉自身を労いたくて。 　先に帰らせた二人は、なにが起きていたのかの説明を済ませていた。 「きり丸、ああいうのがまた来たらすぐに土井先生に伝えるんだよ。いいね」 「気前がいい客だと思ったんだけどなー」 「目先の成果に釣られて自分を安売りするようなことはしてはいけないよ」 　安売りぃ？　きり丸が思い切り顔を顰める。そこじゃないだろ！　と半助の声がきり丸の背中を叩く。 「きり丸は花を売っているだけだったんだから、それ以外のことは商売じゃない。分かっていないきり丸を好きにしていた連中が悪い。お前はなにも悪くない。でもな、きり丸、忘れるな。自分を商売道具にするのと自分を切り売りするのは違う。これからはお前を適当に扱ったり乱暴にする奴には近づかないこと」 「きり丸なら、他にいいバイトも知っているだろう？　私たちも手伝えるし」 　はぁい、ときり丸が承知したので、ようやく団子を出せた。半助もきり丸を気遣っているので率先して水を汲んでくれる。この家でご飯時以外に温かなお茶が出ることはないだろう。そもそも茶葉があるかどうか。 　円座になって三人でもぐもぐとやっていると、きり丸がチラチラと利吉の顔色を伺う。なんだいと促してやると、口の中に入っていた団子を飲み込んでからきり丸が口を開いた。 「利吉さんはないんすか。仕事で、嫌なこと」 「きり丸、エチケット違反」 　先生半分、兄半分の声が咎める。まあでも、これくらいなら。 「嫌なことは嫌だなって思うだけだよ。でも、仕事だから我慢してるだけ」 「じゃあ、利吉さんが嫌だなって思うことってなんすか？」 　あるよ。少なからず。年齢や見た目で他人を侮る眼差しが嫌いだ。軽んじられるのが我慢ならない。フリーだからと粗雑に扱ってもいいと勘違いしている雇主に当たるとその場でなかったことにしたくなる。忍者を、足軽を、領民の命を数字でしかはかれない大馬鹿者が嫌いだ。それなのに戦に出ろ、何某を始末せよと命じられれば殺せてしまう自分が、本当は、うっすらと。 　きり丸の頭に手を伸ばして、やわらかな髪をかき混ぜる。 「プロの忍者からタダで情報を貰えるなんて思うなよ、きり丸」 「ええー。利吉さんのケチぃー」 　いつかこの子もたまごの殻を破る時が来る。その時に、否が応でも押し寄せてくる世界がある。けれど、今はまだ。殻の内にいる間だけでも、せめて、守られていて欲しい。安心して過ごせる世界があってほしい。 　なんて、たまごだったことがない部外者の私が思うのも勝手な話だ。
April 13, 2025 at 4:23 AM
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「花売り」1/3
やがて家族になる土井利吉きりちゃんのシリーズもの3作目です。
※子供への同意のない身体接触の場面があります。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「花売り」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　冬の終わりから春の半ばまで、忍務で駿河に出ていた。同じ海でこうも違うのかと思う穏やかな波を見ながら季節が変わるのを待っていた。果たしてきり丸は二年生に進級できたのか。兄と父の苦労は結ばれたのだろうか。 　ようやく休みになったのが田植えの頃だったので、忍術学園には寄らずにそのまま長屋に向かった。父は顔を顰めるだろうが、これも子どもが大人になった証ということで納得していただきたい。 　長屋の戸が開いていたので、そのまま暖簾をくぐってお邪魔するよと顔を出すと、利吉さんだぁときり丸の声が出迎えてくれる。 「久しぶり。きり丸、土井先生」 「やあ利吉くん。元気にしてたかい」 「おかげさまで、久しぶりに休みができたので寄らせていただきました。きり丸は？　今何年生だい」 「二年生ですよ」 「それは良かった。土井先生、おめでとうございます」 「利吉さん、おれは？」 　内職の手を止めてありがとうと答える半助には変わりが見られない。元気そうだ。どうやってこの春を迎えたのかは聞きたいような、聞きたくないような。いずれそんなこともあったねと目を細めて語る思い出になるだろう。話を聞くのはその時でもいい気がする。 　それより、おれにお祝いはないんですかと利吉の周りをちょろちょろとしているきり丸だ。最後に見た時より手足がすらりと伸びている。骨ばかりが伸びてまだ筋肉が追いついていない、棒きれのような手足。 　今は髪を下ろして女物の着物を着ているが、以前と違って雰囲気がある。幼さだけではない、大人の予感を滲ませはじめた子ども。 「きり丸は、どうして女装を？」 「田植えのバイトが終わったので今日は花売りをやるんです。これは女装の方が売れるので」 「ちょうどよかった。利吉くん、来たばかりのところ悪いんだけどきり丸の手伝いを頼めるかな。利子ちゃんで」 「はあ。それは構いませんが」 　ただの花売りに人手がいるだろうか？ 　利吉の疑問は残念ながらすぐに解ける。銭を渡す時にきり子の手を不躾に触る輩たちだ。それも少なくない。そういうのに限って釣りはいらないなんて言うものだからきり丸は銭に目が眩んで気づかない。 　なるほど。土井先生が手伝いを頼むはずだ。 　きりちゃん、店番はお姉ちゃんがやるから、裏から花を運んできてくれる？　多少強引にでも店番を変わって、きり丸を遠ざける。きり子の時より数が減るが、それでもまだ不躾な目で見てくる輩がいる。そういう連中のあしらい方は分かっている。分かってはいるが、不快と思うかどうかは別問題である。 　その日の夜。油がもったいないんだから早く寝てくださいよぉと言うきり丸を寝かせて、利吉は半助の肩を揉んでいた。教師といえど忍者である。筋肉は強張りを知らないように柔らかいので、これはただの肩揉みのふりをしたじゃれあいだ。 「どうして土井先生が私にきり丸を手伝わせたのか、分かりましたよ」 「私が店に出ると来なくなるんだよ。半子でもだめでね」 「ますますタチが悪い。虫唾が走ります」 　つまり自分より弱くて、力がなさそうで、声を上げたり騒ぎにしないように見える者を選んでやっているわけだ。半子さんは優しげな女性に見えるだろうが、背丈が大きいのでそれだけで対象から外れるのだろう。卑怯者ども。 「ああいう手合いのあしらい方はまだ教えていないのですか」 「まだね。教科としては来年。実技はその先」 「でしたら、きり丸にはもう花売りをやらせない方がいいんじゃないですか。あの子の安全のためにも。いつでも私や土井先生がついていられるわけではないですし」 　忍たまとしても、あれだけ露骨なことをされて気づいていないというのもよくない。この先が不安になる。部外者でこれなのだから、言わんや担任をや。 「銭が絡むとどうしてもダメなんだよなぁ。銭が絡むと頭の回転が良くなることもあるんだよ？　バイトを辞めさせて割りがいいからと合戦場に行かれても困るんだよね」 「どうしてそう思い切りがいいんだ……。あの子は」 　忍者としてなら、警戒されていないのは上等と言えるが。花売りのバイトは潜入忍務ではない。それどころか、安く見積もられているのはただ無礼である。 　半助が、肩に置かれたままの利吉の手に指を絡ませるように手を絡ませる。釣りの分だけ利吉の手を握ろうとしてきた輩の手はさりげなく振り解
April 13, 2025 at 4:23 AM
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「さよならの速度」土利。
※死ネタ(生死不明)です！
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「さよならの速度」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　利吉くんが姿を見せなくなった。三月経ち、半年経ち、一年経ち、これはそういうことなのでしょうねと誰かが言わなくてもみな同じことを思っている。 　あいつも忍びだ。山田先生の、父上の背中は硬く強張っていて、感情を堪えているのが私にも見てとれた。手を伸ばして、撫でさすってやるべきだと思った。慰めて、慰められて、ちゃんと事実を受け入れるべきだと思った。実際私は山田先生の背を撫でて肩を抱いた。 　君はまるで弓矢のようで、これと決めたことに真っ直ぐに飛んでいく人だった。フリーのプロ忍者になると聞いたのは君が既にご両親と話し合った後だった。 　どうしても譲れなかったのです、私の主が私であることを。仕える主を持てば自分の命も選択も主に委ねることになる。それが、私はどうしても我慢ならなかった。晴々と笑い、君は続けた。まだ幼さの残る顔つきで。私の人生は私が選んで決めたいのです。 　立派だなぁと思った。自分の手綱を自分が握ることを譲らなかった。それができて、それを選んだ。私にはできなかったことだけれど、妬ましいとは思わなかった。君がそれをできる人になる手助けになれたことが嬉しかった。本当だよ。 　利吉くんが姿を見せなくなって五年経ち、忍術学園に山田利吉を知る忍たまはいなくなった。山田先生のご家族は奥さんだけということになっている。みんなそうして君のことを過去にしていく。それぞれの早さで君と手を離してお別れを済ませていく。山田先生も、奥様もきっとどこかで君とお別れをする。私の知らないところでもう済ませ たかもしれない。 　だから私は君の手を離さない。君が駿河の先、陸奥の先へ行って、その先の海を渡って生きていたっていい。どこかで女でも男でも好い人をを見つけて家族を持っていたっていい。利吉くんのお兄ちゃんが私だけならそれでいい。十年後にこっそりと帰ってきたら、一緒にご両親にご心配をおかけして、と謝ってやる。君がいなくなったって、君とお別れなんてしてあげない。 　私がいつまで経っても君の手を離さないから、君は三途の川の手前で困っているかもしれない。そうしたら君は随分待ちましたよ土井先生と拗ねたふりをしてくれ。私がごめんごめんと謝るから許してくれ。 　今度君と会ったら。それがこの世でもあの世でも、君に一度も言わなかったことを伝えるよ。愛してると。それから君は私を愛してるのと聞くから、見たことのない顔で答えておくれ。
April 11, 2025 at 3:42 PM
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「七竃」2/2
土利になる利吉さんの長い片思い。
「よい師に恵まれましたから」 「そうだね」 「お兄ちゃんも私の師ですよ」 「私も？　一年しか教えていなかったのに、いいのかなぁ」 「だめですか？」 「だめじゃないよ。ありがとう、利吉くん」 　兄の手が、私の頭をそっと撫でる。大切なものを慈しむ手つき。 　あなたと過ごした一年が私の世界を切り開くきっかけだったんです。外を知らない私のもとへやってきた外の人。あなたがいなかったら、私はこんな風になれていたか分からない。 「お兄ちゃんが教えている子たちは、今何年生ですか？」 「四年生だよ」 「じゃあ、私がお兄ちゃんの一番ですね」 　虚をつかれたような顔になる兄に、いえ、いや、そうじゃなくて、と言葉を選び直す。 「お兄ちゃんが教えた子の中で、一人前になったのは、私が一番目です」 「ああ、そう。そうだね。利吉くんが一番だ」 　一番だよ、とまた頭を撫でられる。一番立派で、一番誇らしい教え子だよ。 　もしかしたらいつか塗り替えられるかもしれないけれど、しばらくは私がお兄ちゃんの一番だ。嬉しい。どんな理由でも、兄の心に残るものになれるなら、嬉しい。 「これからもお兄ちゃんが自慢できる弟でいられるように努めます」 　だから、私から目を離さないで。私を忘れないで。私を、あなたの心に住まわせてください。 「期待してるよ。でも、無理はしないでね」 　頭を撫でていた手が私の頬を撫でる。はい、必ず生きて帰ります。あなたに会うために、必ず帰る利吉です。 　四度目。 　ふと蝋梅の香りが鼻をくすぐり、あたりを見回すと少し離れたところに大きく伸びた樹に花が咲いているのが見えた。こちらが風下になっているおかげで香りが届いたらしい。 　蝋梅だとすぐに気づいたのは、忍術学園にもそれが植っているからだ。蝋梅は蕾も花も薬に利用できる。忍術学園より低いところにあるこの町で花が盛りということは、学園にももう直盛りが来るだろう。保健委員がいくらか蕾を摘んでいる頃かもしれない。 　これが蝋梅だよ、と教えてくれたあの人は、この香りで私を思い出してくれるだろうか。きっと何人もの生徒になぜこの樹があるのかも説明しているだろう人が、私だけを特別に覚えていてくれるだろうか。 　覚えていてほしい。思い出してほしい。そういえば利吉くん、最近顔を見てませんね、なんて、父と話してくれたらどれほどか。 　忘れてしまっていたら、いつかまた蝋梅の咲く頃に会いに行って思い出してもらおう。あなたが教えてくれたことだから忘れませんと笑って見せよう。 　あなたが今でも特別なのだと、何度でも伝えよう。
March 30, 2025 at 10:21 AM
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「七竃」1/2
土利になる利吉さんの長い片思いの話。長くなるので一旦あげます。 #新書ページメーカー https://sscard.monokakitools.net/pagemakers/shinsho/index.php
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「七竃」、「鰯」と記載されています。 以下は本文の内容です。 七度恋の竈で焼かれてもなお燃え尽きぬものをあなたに渡します。 　一度目。 　りきちくん、すき、おむこさんになって。 　十四の時、自分より幼いだろう子供にそう言われた。秘境で育った自分にとって初めての告白だった。武家の娘だった。身分違いの初恋は大人にとってたいそう可愛らしいものに見えただろう。お婿さん。忍を目指す自分にとって家に入るというのは仕える主を見つけるという意味くらいだったが、そういうものもあるのかと思った。 　気持ちは嬉しいよ、ありがとう、ごめんね。目を合わせて断ると、子供はみるみるうちに目に涙を溜めてお付きの女中の膝に泣きついた。そうだよね。ごめんね。断られるのは悲しいよね。 　でも好きと言われて嬉しかったのは本当だし、その気持ちに応えられないのも本当で、応えられないのは嫌いという意味でもない。難しいね。 　しゃくりあげている君にもいつかこの気持ちが分かると思う。その時きっと同じ言葉を繰り返す。嬉しいよ、ありがとう、ごめんね。自分が兄に言われたのと同じように、きっと君も誰かに言う日が来る。 　好きです。お兄ちゃんだけじゃ足りなくて、私は、あなたが好きなんです。 　あなたの特別になりたい。 　夜着に縋った私のまだ小さな手を上から包み込み、兄は微笑んでくれた。 　ありがとう、利吉くん。私を兄と呼んでくれて、それから、それだけじゃない好意をくれて。ありがとう、本当に嬉しいよ。でも。 　聞きたくない。その続きは聞きたくない。返事はいらないです。お兄ちゃん、私が、私が勝手にあなたを好きになっていることだけ知っていてくれたら、それだけでいい。それ以上を望んだ私がいけないんです。だからお兄ちゃん続きを言わないで。 「ごめんね」 　謝らないでほしかった。あなたはなにも悪くない。好意を受け止めないことは悪いことじゃない。 　十二の子どもの一途な思慕がどれだけ危ういものか、今の私には分かる。外を知らない子どもの思いを受け取ってしまえば子どもの世界は狭く閉じたものになってしまう。そうならないためにも、あなたは私の気持ちに応えるわけにはいかなかった。 　いつか、一人前の忍者になって、大人になって、世の中を知って、私がまだお兄ちゃんを好きで、お兄ちゃんの特別になりたいという気持ちが変わらなかったら。 　二度目。 　伝手を頼って家を離れて修行をしていた時期がある。剣術や兵法の及ばないところを補うための修行だ。山を離れて海へ、海から寺へ。外がどんなものかを身を持って知ったのはこの頃だ。親の庇護の届かないところで世の一端を知った。 　強く、賢くなろうと決めていた。母よりも、父よりも、兄よりも。私を育ててくれた人に報える大人になりたい。母に、父に、兄に、背を任せられる忍になりたい。なによりも、あなたの隣に相応しい忍になりたい。お兄ちゃん。 　できることが増えました。もう狙った獣を仕留 め損じることもありません。あなたが家にいた頃はまだ理解が及ばなかった兵法も分かるようになりました。戦の分析ができるようになりました。お兄ちゃん。 　私はまだこんなにあなたを慕っている。 三度目。 　父と兄が帰ってきた。忍術学園が休みの時期だからというのもあるが、今回の帰宅には理由がある。つまり、母がそろそろ利吉を独り立ちさせてもいいと思うのだけれどとお伺いを立てたのだ。私もご一緒してもいいでしょうか、と言い出したのは兄だったらしいが、兄が帰ってこなければ自分が肩を落としていたのは確実だった。父は勿論だが、兄もまた私の師である。 　父からこれなら独り立ちさせてもよかろうとお墨付きをいただいて、母はその日ご馳走をふるまってくれた。父も母もフリーの忍者だったので、自分も当然フリーの道を選んだ。どこかの城に仕えるのはいつ忍術学園にいる父と兄の不利益になるかも分からない。最初のうちは両親の忍者仲間の伝手を頼って徐々に名前を売っていく。 　明日から利吉も大人だな、と父が目を細める。うん、いえ、はい、父上。背を伸ばして答えると、父の大きな手のひらが自分の頭をわしわしとかき混ぜる。大きくなったなぁとしみじみとしながら呟く。母の手が背中を撫でる。大きくなった。立派になった。えらい、えらい。 　面映くなって、輪から離れたところにいる兄に助けを求める。利吉くんは本当に立派だよ、とさらに褒められただけだった。 　明日からは大人なんだ、こんなに褒められるの は今日で一区切りなんだから、いっぱい褒めてもらうといいよ。なんて、両親をそそのかして自分は湯を沸かしてきますと離れていく。あんなに小さかった利吉が、キャッチボールをしたがって駄々をこねた利吉が、と昔の話をひっくりかえされるのでたまらない。 　あんまり立派だのえらいだの褒められたせいで、家族の最後に風呂に入ってもまだ恥じらいで頬が火照っているような気がする。 　自分の部屋に敷かれた布団から枕だけを持ち出して兄の部屋の障子の前に立つ。お兄ちゃん、と両親の耳には届かないだろう大きさの声で呼ぶと、障子がすっと開かれる。利吉くん、と少し戸惑ったような声で名前を呼ばれる。 「私のところでいいの」 　ご両親のもとではなくて。言外に伺う兄の目を見つめて返す。 「お兄ちゃんがいいんです」 　だって今日で子供が終わりなら、最後の夜はお兄ちゃんと一緒に寝たい。子供の利吉の最後も、大人の利吉の最初もお兄ちゃんに見てもらいたい。 　じゃあ、いいよ。兄は優しく部屋に迎えてくれた。並んで布団に入る。山田先生も仰ってたけど、と前置いて兄の足が私の足をつつく。 「利吉くん本当に背が伸びたよなぁ。昔はこんなに足が長くなかったのに」 　お父上、ではなく山田先生、と呼ぶ。 「背丈だけじゃありません」 「そうそう、昼間の山田先生との手合わせもね。すごいよ。忍術学園でもあんな立ち回りができる六年生はいないかもしれない。利吉くんは弓矢も火縄銃も上手だし、すごいね」
March 30, 2025 at 10:21 AM
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そして選んだ
軍師バレを含みます。雑渡戦からお兄ちゃんまでの利吉さん。土利の利吉。
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「そして選んだ」、「鰯」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / フォント：しっぽり明朝Regular 以下は本文の内容です。 　役割が果たせなかったからと諦めて地に伏してじっと痛みが去るのを待つような忍者は三流以下だ。そして山田利吉は一流の忍者だ。 　雑渡昆奈門が去っていく方向と砦の方角が一致しているのを確認する。拳が入ったところはじんじんと痛む。だが息ができる。血は出ていない。これ以上なく分かりやすく手加減をされた。命を拾われた。言葉はなくとも、ここで退けと言われた。明確に。別の忍務だったら、退いていたかもしれない。少なくともここで雑渡を追いはしなかっただろう。 　谷の方に落ちていた桜木と若王寺の具合を見る。二人ともまだ立てる状態ではないが、命に関わるような怪我はしていない。 　私はこのまま雑渡を追って砦に向かう。回復したら追いかけてきてほしい。 　利吉は頭巾を外して土だらけになった桜木の顔を優しく拭った。 　ここまで着いて来てくれてありがとう、感謝しているよ。年長者の声で二人をさっと労って、立ち上がったところで若王寺が利吉の足を引く。 「利吉さん」 「生きて帰ってください」 「必ず」 　忍術学園の教えが骨身に沁みている子たちだ。もう殻の外に出てきた、かつてのたまごたち。生きて。生きて帰ること。それが一番大事だと六年間教えられた子どどもたち。自分の命の守り方を教わって、実践できるように育てられた子どもたち。土井先生。お兄ちゃん。あなたもそれを教える人だ。 「勿論だよ」 　にこりと微笑みを残して、利吉は森の中に飛び込んだ。木から木へ飛び移りながら、つくづく自分は表情を作るのが上手い方で良かったと思う。 　ここで退けと示された。ここで退くなら、命は取らないという意味だ。であればここから先に命の保障はないだろう。本気で軍師の命を獲りに行く雑渡を止めるというのはそういうことだ。 　忍者は生きて帰るのが本分だ。どんな時も生きる道を探しなさい。命を諦めてはいけませんよ。利吉も、そういう教えのもとに育った忍者だった。 　びゅんびゅんと風を切る音が利吉の耳に入る。頭巾越しではない音。ここにいるのは、今駆け出しているのは、多分、忍者の山田利吉ではないのだと思う。 　兄を見殺しにはできない、ただの利吉。ただの、お兄ちゃんの命を守るために走り出すのを止められない利吉。 　忍者になることを選んだのはいくつの時だったか。父に言われたのか、母に言われたのか、いずれにせよ自ら選び取った道だ。その時から積んできた修行が、研鑽が、経験が、体力が、気力が、情が、ただの利吉の手を雑渡の腕に届かせた。 　喉から血の味がするほど走ったのはいつ以来だろう。ここまで利吉を運んできた脚が疲れで強張っているのが分かる。だって利吉は一流の忍者だから。自分の体の状態は自分が一番よく分かっている。分かっているから、魂がそれをねじ伏せている。脚がもげても雑渡に追いつくと決めて駆けてきた。二本ともくっついている。上等だ。 　次は、腕を落とされても雑渡の手に構えられた毒手裏剣を投げさせないこと。渾身の力で掴んだ腕を引く。投げさせないために。少しでも構えが 乱れるように。 　利吉がこれまで自らを磨き上げてきたのは、今、この時のためだったのかもしれない。だってそうだ。愛する人の命ひとつ守れないなら、これまでの人生なんて意味がない。これからの人生だっていらない。 　いらないんです。あなたがいない人生なんて。 　お願いだから、私からお兄ちゃんを奪わないで。 　拮抗していた力比べは、雑渡が力を抜いたことで終わりになった。もうこの手裏剣を投げるつもりはない、と手を返す。渾身の力で握っていた手は、うまく力が抜けなくて強張っている。 　もう大丈夫だよ、と先生みたいな声で雑渡が念を押して言うので、利吉はもう片方の手で強張った手を解いた。跡が残るだろう。すいません、と言いかけて、いやこれは言わなくていいかと口を噤む。お互いやるべきことをやっていただけで、そこにどちらが善い悪いはない。でも、やはりすいませんでしたと謝ってしまった。力比べができていたかもよく分からないが、握っていた跡が残るくらいの力で掴んでいたのは事実だから。 　いやいや、大した力持ちだね、と雑渡は手首を回しながら朗らかな声で応じる。室内からは土井先生の帰りを喜ぶ子どもたちの声が聞こえる。 「忍たまは可能性だと思っていたけれど、なかなかどうして、君も可能性を残しているんだね。山田利吉くん」 「私は忍たまだったことはありませんが」 「だから驚いているんだよ。プロの忍者になってもまだ……。若さかなぁ」 　ううんと頬に手を当てて思案するポーズ。それもすぐにぱ、と様相を崩して、じゃあ私はこれで、 と帰ろうとする。もうここに用はないからね、と言われれば、その通りなので引き留める言葉もない。 　雑渡が消えて、数瞬。手も脚も緊張から解放されて震えている。疲れもあるだろう。ふーっと息を吸って吐いて、忍者の山田利吉の顔に戻る。なんにも特別なことはしていませんよという顔を作る。実際、特別なことはなにもしていない。 　愛する人が殺されようとしている時に、それを阻止しようとできる力があったから、そうしただけ。当たり前のことをしただけだ。 「土井先生」 　部屋に入り、声をかけると「土井半助」がこちらを振り向く。ああ、いつもの土井先生だ。私のお兄ちゃん。愛する人。 　よかったですね。色んなことが、こういう結果に収束して。言いたいことはいくつもあるのに、利吉はたった一言しか言葉をかけられなかった。 「お兄ちゃん、よかった」 　多分、自分は弟の顔をしていた。だってお兄ちゃんのためにここまで走ってきたのはただの利吉。弟の利吉だから。忍者の顔の出る幕ではない。 　よかった、お兄ちゃん。本当に。あなたがなにも斬り捨てずに済んで。あなたの命が奪われなくて。本当によかった。 　お兄ちゃん、あなたの弟を許してください。あなたのために命を捨ててもいいと思いました。忍者の本分に背こうとしました。叱ってください。教えてください。 　私は、それを道標にこの先の人生を歩いてゆけるから。
March 23, 2025 at 4:41 AM