よほうしよほうかん
yohoshi-kan.bsky.social
よほうしよほうかん
@yohoshi-kan.bsky.social
予報士で予報官です
Pinned
【お知らせ】ポスト作る時間がなくなってきたので今ポストを作っている9月18日分までで1日1回のポストを止めて、不定期の発信に切り替えます。
関東大震災による教訓の大きなところはそういうところで、これ以降、災害に強い都市づくりということが意識されるようになり、東京の復興計画の思想にも入ったという話もあります。残念ながら完全に実現されたとは言えず、震災から22年後に今度は人為的に大規模な火災が引き起こされ、焼け野原になって
September 4, 2025 at 3:36 AM
にはいられません。他の結果に結びついたのではないかと。ただ、風の強い日でも暑い日でも寒い日でも昼でも夜でも盆でも正月でもこちらの都合を全く考えずに起こるのが災害を引き起こす現象です。難しいことですが、どういう状況下でも被害を増やさない耐久性を普段から社会に備えておくのが大事です。
September 3, 2025 at 3:39 AM
火災を台風へ流れ込む南風が煽り、火の勢いやその面積を伸ばしたと言われています。地震の揺れによる家屋の倒壊などや津波による死者を火災による死者は大きく上回り、10万人を超える日本の災害史上最大の被害に結びついてしまいました。もし地震の発生が違う季節に、せめて1週間ずれていればと思わず
September 2, 2025 at 3:23 AM
今日、9月1日は防災の日です。102年前のこの日に関東大震災があったことに因むものですが、この大震災の被害拡大に気象的な要素も大きく絡んだと言われています。1923年のこの時期は9月ということで台風の季節になっており、ちょうど台風が日本を北上して日本海に達していた時期に地震が発生、伴う
September 1, 2025 at 3:42 AM
ということを言っていった方が、秋雨の時期にも(台風と複合して)災害ともたらす大雨が降るんですよ、ということをお知らせできるのでいい感じがしています。その場のインパクトを取るのか、少しだけ長い目で見て広くインパクトを得ていくのかという話だと思いますが、長い目でやれればいいと考えます
September 1, 2025 at 3:41 AM
いつかの8月中の時の大雨の時に、「梅雨末期のような大雨」という言葉を使うことがはやったことがあった記憶があります。梅雨にタグ付けして大雨のこわさをお知らせしよう、ということでしょうが、去年9月の「秋雨」の時期に能登半島での大雨を考えると、8月でも秋雨でも前線による大雨はおそろしい
August 29, 2025 at 3:39 AM
ただ単に前線と呼ぶことの方が多いように思います。確かに違和感ありますからそれでいいのではと思います。なお、この時期から秋雨の時期に停滞する前線も梅雨の時のように多量の降水やそれに伴う災害をもたらすことがあり、注意をしていく必要があります。梅雨でなくても、秋雨でも、危険な大雨です。
August 28, 2025 at 3:48 AM
なる訳ではない、というのが感覚です。定義としては秋雨前線となってもおかしくはないのですが、そう呼んでいる人はほとんどいない、という感覚です。これは暦の上でも秋でも予報用語での秋は9月から、ということが影響しているように思えます。8月中に日本付近にある停滞前線は、秋雨前線とは呼ばず
August 28, 2025 at 3:46 AM
まぁともかく、この日からは前線は梅雨前線ではなくなり、この時期まで梅雨前線が停滞して曇りや雨の天気が長引いていれば梅雨明け日は特定できずという形になります。梅雨前線ではなくなった停滞前線はその後なんと呼ばれるようになるのかというと、秋雨(あきさめ)前線とその日から呼ばれるように…
August 26, 2025 at 3:19 AM
梅雨(つゆ)の時期に日本付近に停滞して、場合によっては大量の雨をもたらすのが梅雨(ばいう)前線です。ただ、この「梅雨」を使えるのは暦の上での夏の間、8月7日ごろ、立秋の1日前までとなります。多くの場合はこの時期には前線は日本付近にはないことの方が多く特段意識することはないのですが
August 25, 2025 at 4:19 AM
ちなみに、地域全体に降るわけではない、一部に降るとした場合に使われる「にわか雨」という表現は、いま気象台では使っていません。気象台では「所により雨」となっていて、テレビやラジオで気象台か民間か、どこの天気予報を使っているのかの目安になったりします。「おおむね」は気象台用語ですかね
August 24, 2025 at 3:30 AM
ので、「さらっと天気を知りたい時はマークで見てください、お洗濯物干したり雨に濡れたらマジで困る荷物とか運んだりする時は詳しく見てください」ということになるかなと思います。天気予報を見られる方には、気になったら詳しく見てもらう習慣をつけてほしい!切に切に切にそう願い倒しております。
August 23, 2025 at 3:29 AM
です。天気マークを3つにして小さい雨を入れる案も昔どこかで見ましたが、うまくはいかなかったようです。マークで表されることは少ない、でもみんなマーク以外見ないという事実はあり、非常に悩ましい、天気予報にマークが出てきた時からの課題であると感じています。解決法?すぐには思いつきません
August 22, 2025 at 3:16 AM
認知されにくいというのが実情です。民間の気象会社さんの中には、この「雨が降る場所もある」という情報を黒い雲(降らない場合は白い雲)で表したり、思い切って雨マークをつけてしまったりするところもあり、なんとかしてこの雨が降るかもしれないという情報を伝えることに腐心している、と言った所
August 21, 2025 at 3:18 AM
この時期に天気予報でよく耳にする「所により雨」と言う表現は、その地域全体に雨が降るわけではなく、一部(多くの場合その半分以下の領域)に雨が降ることを予想した時に使われるものです。この「所により」と言う表現は天気を絵で表したもの、いわゆる天気マークでは雨の表示が出ないため、いまいち
August 20, 2025 at 3:41 AM
「ゲリラ豪雨」と「ゲリラ雷雨」の違いが気になるお年頃です。どうも「豪雨」が災害を想起するなか、災害に至らない雨をゲリラ豪雨と呼ぶのはどうか、という話があったと噂には聞きますが、そもそも「ゲリラ」という言葉を使う時点でビビらせる意図丸見えで、そこマイルドにしても意味ないと思います。
August 19, 2025 at 3:28 AM
3年間連続で東南海地震、三河地震、南海地震と大きな地震が相次ぎ大きな被害をもたらしました。戦争に社会的なリソースを注いでいたこともあり、とりわけダメージが大きかったということです。防災も平和であればこそ、平和でなければ自然の脅威からも国を守れない、ということは知ってて損なしです。
August 18, 2025 at 3:23 AM
そんな中でも、容赦なく激しい気象は日本国民に襲いかかってきます。1942年8月には長崎県に台風が上陸、山口県を中心に高潮の大きな被害があり、1000名以上の死者が出ました。また、1944年から1945年の寒候期は記録的な寒さが襲い掛かって来ています。気象だけではなく、1944年から戦後となる1946年の
August 18, 2025 at 3:23 AM
ようになってしまっていました。末期も末期、1945年の夏になると国内の通信網が空襲によって寸断され中央気象台での内地の天気の把握も難しい状態になりました。しっかりとした天気図も描けずという状態も続き、時に手強い敵になりうる気象にもまともに対応できない時期があったということになります。
August 16, 2025 at 9:04 AM
かけがえのないものであったことは想像に難くありません。太平洋戦争も初期や中期の頃は日本軍の統治している地域も大きく、気象観測の範囲も大きなもので、台風や低気圧の動きも把握することができていたのですが、末期になっていくにつれその範囲が狭まり太平洋上で発生する台風の把握もおぼつかない
August 15, 2025 at 3:26 AM
影響します。これが敵国に漏れてしまうと、ひとつ天候の利も失われてしまうことになるため、機密扱いになったということです。当時は気象衛星もなく気象用途でのレーダーも使われていない時代でしたので、直接観測できるのは統治している範囲のみであることから、今よりも気象観測や予報データは貴重。
August 14, 2025 at 3:16 AM
ともかく84年ほど前は予報をしても一般に開示することはできなかった訳ですが、だから予報をする仕事がなくなってしまう、いらなくなってしまうわけでは決してなく、軍からの要求があった、といった具合です。陸でも海でも軍が作戦を展開するの天候は大きく左右しますし、飛行機や船舶の航行ルートにも
August 13, 2025 at 3:44 AM
と疑問にもたれる方もいらっしゃるでしょうが、それまでの主に中国(中華民国)との交戦は宣戦布告を伴うものではなかったため、戦争ではなかったということになります。なんか最近も外国ニュースで見覚え聞き覚えのある話ですが、戦争でなければ管制の必要はない、ということにはなっている感じです。
August 12, 2025 at 3:30 AM
天気予報、つまり新聞やラジオ(当時テレビ放送は開始していませんでした)などで日々報道、放送される天気予報に関しては姿を消すことになり、一般市民が目に触れる、耳に触れる気象に関する情報は台風などの激しい現象の際の気象警報などに限られることになりました。その前にも戦争はしていたのでは
August 11, 2025 at 4:35 AM
戦後80年を迎えつつあります。終戦時には気象予報士はまだ存在しませんでしたが、気象庁は中央気象台としてあり、その中に気象を予想する役割としての予報官は存在しました。しかし、アメリカとイギリスに大日本帝国が宣戦布告を行った1941年(昭和16年)12月8日に、いわゆる気象管制が敷かれ、一般の
August 10, 2025 at 5:24 AM