過去に「歌に感情を込めるべきでない」って話をきいたことがあって、それは聴き手が感情移入する余地がなくなるから。という話だった。
踊りは、動きであり、自分自身だから、存分に感情表現するのが正解なんだろうと思う。僕は下手くそだから出来ないけど。
そういう意味では、踊ってみたは活動者目線なら1番心が元気…というか素直?正直?になるとも、思ったりはする。
元気じゃないから見ないけど、元気じゃないから、苦しいから踊ってみたりするって言うのは活動者的には実はあるあるなんじゃないかな。
チャンチャン
過去に「歌に感情を込めるべきでない」って話をきいたことがあって、それは聴き手が感情移入する余地がなくなるから。という話だった。
踊りは、動きであり、自分自身だから、存分に感情表現するのが正解なんだろうと思う。僕は下手くそだから出来ないけど。
そういう意味では、踊ってみたは活動者目線なら1番心が元気…というか素直?正直?になるとも、思ったりはする。
元気じゃないから見ないけど、元気じゃないから、苦しいから踊ってみたりするって言うのは活動者的には実はあるあるなんじゃないかな。
チャンチャン
僕にとって、
踊ってみたは元気な身体や心に幸せを宿すためのもの
歌ってみたは元気でない身体や心を回復し元気にするもの
みたいな感覚が近い気がする
だから僕は踊りは笑顔で楽しいものにしたくて、歌は人を救えたらいいな。なんて思ったり、たり。
僕にとって、
踊ってみたは元気な身体や心に幸せを宿すためのもの
歌ってみたは元気でない身体や心を回復し元気にするもの
みたいな感覚が近い気がする
だから僕は踊りは笑顔で楽しいものにしたくて、歌は人を救えたらいいな。なんて思ったり、たり。