#とりいとらいぶらり
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【ETDの雑用係】面白い男の話、或いは誰しもつついちゃいけない者がある話。(1/3)

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「ETDの雑用係」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Antonio Uquiche on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　さて、勇者パーティーの半分がいるダンジョンの最上階。いや何でだ、とノーイは無言で片手を振った。目の前では、人の話を聞かないという共通点からか秒で仲良くなったペインとヴェルシエル、それからシェムハザと巫女三姉妹、ジューダスが作戦会議を行っている。 　大まかな方針としては、ギリギリまでダンジョンの主人の帰還を待ち、主人の意向に沿って動こうということになった。もし主人が帰る前にダンジョンへ侵入されたら、極力殺さず撃退して相手の反応を見る。相手が追加で兵力を注ぎ込むようなら一旦ダンジョンから脱出して各々逃走、相手が敗走して静観するようなら深追いせず主人を待ち続ける。 　とにもかくにも、ダンジョンの主人がいなければどうともできないのであった。特にノーイと巫女三姉妹が、なのだが。 「雷魔法で痺れさせるのは？」 「運が悪い人間は死にますね」 「神魔法なら死にはしませんよ」 「でも神魔法を使える人間は大神官様だけでしょう？」 「我等が咬みついてくれようぞ！」 「ペインちゃんさんは巫女さんたちを守ってあげてほしいなって思います」 「何故じゃ？」 「ボクら、戦うことは得意なんですけど、守ることはあんまり得意じゃなくて……巫女さんたちは非戦闘員だから」 「嘘だぁ」 　思わずツッコミを入れてしまったノーイであった。先読みの巫女アルカディアと星詠みの巫女アリーシャが笑っている、口元だけで。ノーイは何でもないですと両手を挙げて降参の意を示した。 「ふーむ、ならそうじゃのう、我等は後方支援に徹しようぞ。巫女というなら補助系の魔法は使えるじゃろ？」 「神官兵や騎士の皆様方を呪えばよろしいので？　じわじわと首が締まっていく首輪の呪いと、四肢が腐り落ちていく枷の呪いではどちらが」 「それ攻撃って言うんだわ！！　え？　補助って何だっけ！？　他者強化とか弱化とかじゃないの！？　いやまぁ弱化って言や弱化ではあるんだけどさぁ！！」 　が、怒涛のツッコミである。どちらも最後は死に至る、少なくとも巫女がほいほい使ってはいけない類のものだ。しかも巫女が使う呪いは、神魔法では解けない。呪った巫女が解呪するか、呪った巫女かその巫女が崇める神を殺すしか解呪方法がないのだ。そんなものを粛々と提案するアルカディアが怖過ぎる。 　と、そこでノーイはふとアークがもし呪いを行使した場合を考えて、どう考えても嫌な結論にしか辿り着かなかったのですぐに止めた。その時に、また外から悲鳴が聞こえてきたからという理由もあるが。 「今度は何が？」 「えーと……あ、大魔女様が」 「シエル！！　無事！？」 　がしゃーん、と窓が割られた。窓から外を見ようとしていたジューダスが吹き飛ばされる。箒に跨り、文字通り飛び込んできた大魔女パリカーは、ヴェルシエルの姿を見て安堵し、シェムハザの姿を見て驚き、そしてノーイに気づき。 「面白い男……まさかこんな所で会うとはね！！　結婚よ！！」 「しねぇんだよなぁ！！」 　そういえばあの時もこの顔だったか、後悔とは後から悔やむから後悔というのだ。ノーイは地団駄を踏んで叫んだ。叫ぶしかできなかった。
March 7, 2025 at 10:10 PM
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【八樺礼音と奇妙な友人たち】なおコーヒーは普通に焦げ臭くて閉口した話、或いは参照：無印「眼鏡の話」な話。(1/2)

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「八樺礼音と奇妙な友人たち」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Mike Marquez on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 「てゆーかマジウケるんですけど」 「だから勝手に写真を撮るなと」 　才一は少女が構えるスマートフォンのカメラレンズを押さえた。 　肌寒さが増してきた冬の昼下がり、Ｄｕｏｍｏこと礼音の職場たる喫茶店には三人の客がいた。一人はお馴染み、大学教授の才一。二人目は本名不明、ハンドルネームをアバタモエクボことエクボ。そして三人目は、ギラギラしたデコレーションが眩しいスマートフォンに、改造を施しまくっていて原型が行方不明になっているセーラー服を纏った少女。 　この少女の、自称をギャルという。エクボの同業者だが、彼と違い本物の顔を出して映えスポットだの映えスイーツだのを配信している。今日は配信者つながりで縁ができたエクボに連れられて、彼が気に入っている喫茶店を訪れた次第であった。 「すまん、エクボ、運んでくれ」 「……っす」 　相変わらずリアルのやり取りでは陰キャ全開なエクボが、キッチンから聞こえた声に従って注文の品を取りに行く。別にこの喫茶店がセルフサービス式に変わった訳ではなく、ホール担当の礼音が休みかつ初来店のギャルを怖がらせないようにとマスターが気を使った結果であった。何せマスターはそもそもが強面だし、古傷だらけだし、女子どもにウケる要素が皆無なので。 　そんな訳でエクボがコーヒーだのスイーツだのを運んでいる最中、ギャルは初対面であるはずの才一に絡みまくっていた。確かにギャルの脳内辞書には人見知りなんて言葉はないし、陽キャの極みではあるのだが、いかにも真面目そうな才一といかにも頭が悪そうな、と途中まで考えたエクボはきゅっと眉を顰めた。 「……何してんだ」 「何なんだこの押しの強さは」 「なーんか初対面？　じゃないみたいな？　はいピースピースチーズ！」 「しない撮るな肖像権侵害で訴えるぞ」 　普段から態度が大きい、いや、悠然と構えている才一にしては珍しく押されている。 ギャルのスマートフォンについたカメラのレンズを的確に押さえている手つきに迷いはないが、ギャル自身にはどうにも手を出しあぐねているらしい。 「あーしも一緒に写ってるしよくない？」 「一緒に写ってるから問題になるんだよ」 「えー、じゃあマッドドクターにも送るからさ」 「接頭語は外せ医者でもない……いやドクターではあったな」 「でしょー？」 「でしょー？　じゃないんだよ初対面の人間につけるあだ名じゃないだろう」 　派手派手しい少女に懐かれて困っている才一というのは中々見られない光景である。エクボは才一の前にコーヒーを置き、ギャルが座っていた椅子の前にもこもこの猫を模したシュークリームともこもこのラテアートが施されたカフェオレを置き、自分が座る予定である椅子の前に同じくシュークリームとカフェオレのセットを並べ、才一へとスマートフォンのカメラを向けた。 「おい止めろ」 「……俺に対しては雑いんすね」 「性別による差別だよ、じゃない、区別だ区別。最近はアカハラだのセクハラだの、ちょっとした言動でとんでもない処罰を食らわされるからね」 　しかし即座にエクボのスマートフォンは叩き落される。まぁ、対衝撃やら何やらな多機能フレームをつけているので問題はないのだが。アイザックに送ったら面白がるかなと思ったのだが、本人の許可が得られないなら仕方ない。 　ギャルの興味は運ばれてきたスイーツに移ったらしく、きゃあきゃあはしゃぎながらスイーツを撮影していた。ようやくギャルから解放された才一は、やれやれと溜め息を漏らす。 「全く、地獄でも現世でも変わりやしない……」 「え？　あーし？　何？」 「何でもない何でもないからスイーツでも何でも撮影していてくれ私に構うな眼鏡が割れる」
December 4, 2024 at 12:42 PM
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【Re;Tri】辣子鶏＝辛い味つけの唐揚げ、蓋麺＝麺に具をのせるタイプの料理という話。或いはいつも心を弄ばれている羆の話でもある。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「Re;Tri」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Markus Spiske on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 「やーだーやだやだ大将が作ってくんないとやーだー！！」 「無理なものは無理だ」 　ぎゃんぎゃん泣き喚く狼と困り顔の羆。 　さて舞台は抑止庁第一棟の大食堂である。厨房の前にある受付の前の床で寝転がってじたばた暴れているのは強襲部隊長の「踊子」ウル。副隊長たる「化猫」ミネットの手で丁寧に梳られ編み込まれた緑髪はぐしゃぐしゃに乱れていて、もし彼女がこの現場に遭遇したら無言で卒倒するだろう。 　対して砂色の短髪を指に絡め、困ったように唸っているのが「火熊」のイーツ。給養部隊長であり、この大食堂の支配者である彼は、取り敢えずウルを抱き上げてどかそうとしたのだが、活きのいい魚のような動きに翻弄されてしまう。 「勲章代わりの報酬だから何でもできるって！！　だからカノトには話通してたもん！！」 「長官を呼び捨てにするな！！　そもそも長官からは無理だったら断ってもいいと言われたぞ！？」 「断られたら別のお願いを叶えてあげるからねって言われたけどオレは大将が作った辣子鶏が食べたいの！！」 「辣子の類は輪廻士にとって禁忌とわかっていての要求か！？」 「だって大将が作ったごはんが一番おいしいんだもん！！」 「くっ……またそうやって人の心を惑わせる……唐辛子を減らせば何とか……？」 　イーツの腕から抜け出したウルが、ぎゃんぎゃんと喚き続ける。そんなウルが要求している辣子鶏とは、簡単にいえば唐辛子で味つけした炸鶏だ。さくさくの衣を纏った鶏肉に、舌が焼けそうなたれを絡めたもの、といえばよりわかりやすいだろうか。 「隊長、「踊子」様に甘くない？」 「由々しき事態ですよ……」 「ウル隊長は火蜥蜴舌が極まってるから嫌い」 　なんて三等官たちにひそひそされているのを聞いているのかいないのか、イーツは自分が悶死せずかつウルが満足できる品をどうやって作ろうかと思案を始めていた。ウルは床に伏して指先でがっちりと絨毯を掴んでいる。多分、引き剥がせば絨毯が破れるだろう。 「大将、辣子鶏蓋麺、作ってくれるの！？」 「待て待てどさくさに紛れて要求を増やすな」 「だって絶対おいしいもん……」 「また人の心を弄ぶ……！！」 　ぱっと顔を上げて宣うウルに即堕ちするイーツ。この男は自身の料理の腕を褒められるとこうなのだ。しかもそれが、裏表ない称賛であればなおさら。またしても三等官たちからひそひそされつつも、イーツは最早ウルの要求を呑むしかな い状態に自ら追い込まれていった。
June 13, 2025 at 10:47 PM
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【八樺礼音と奇妙な友人たち】経費の話、或いは水出しコーヒーの話。夜仕込むのを忘れていて朝起きた時に気づくあの絶望感よ。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「八樺礼音と奇妙な友人たち」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Mike Marquez on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 「この二つのコーヒーを飲んで、好きな方を教えてください。僕はキッチンにこもりますので、そうですね……好きな方の紙コップのフチをちょっと折るか何かしておいてください」 「ナンでキッチンイくのー？」 「先生が僕の反応を見て答えを変えそうだからです」 　冤罪だと声高らかに訴えたが無視された。 　さて、梅雨も開けないのに酷暑が続く日々、喫茶店Ｄｕｏｍｏの四人用テーブルに並ぶのは四つの紙コップ。とはいえ着席しているのは二人で、紙コップも二つで一組だ。店員である礼音が持ち込んだそれは、試飲用とのことだった。 「確かに視線の動きや表情筋の動きから正誤を察することはできるけれども」 「正誤じゃなくて好悪が知りたいんですよね」 「オレ、こっちのがスき！！　ニガミーがない！！」 「ありがとうございます……何かゆるキャラみたいですね？」 　コーヒーの苦味の妖精、ニガミー。想像してみたがあまり可愛くはなかった。礼音は続く連想、酸味のサンミーだとか甘味のアマミーだとかを首を横に振って追い出した。そもそも礼音に画才はないのだ。 「ふむ」 「先生が答えを決めてしまったようなのでこのアンケートは終わりです」 「待ちたまえよさっきから何なんだい私を風見鶏のようだと糾弾したいのかな私とて友人に対してはちょっといい顔を見せてあげようとか一般的に見て優しいと思われるような言動で接しようだとかそういう機微は持っているつもりなんだよ」 「そういう機微の発揮の仕方が間違ってるんですよね……しかもつもりでしかないのが……」 　わざとらしく怒ってみせている才一は、アイザックが好きだと答えていた方のコーヒーを口にする。ややぬるくなってしまっていたが、すっきりとした爽やかな味だ。対して、もう一つのコーヒーを口にすれば僅かな雑味がある。さて、豆の違いだろうか。双方とも淹れたのが礼音であるなら、腕の違いではないだろう。 「好悪は最早信頼性もクソもないようだから味の感想を述べさせてもらうとだね」 「先生でもクソとか言うんですね？」 「間違えた。アイザックのせいだな……不覚だ」 「オレ？」 　きょとん顔のアイザックは容易く置き去りにされて会話は続く。 「アイザックが好きだと言った方が雑味が少ない」 「やっぱりそうですよね……」 「やっぱり？」 「どちらも水出しコーヒーなんですけど、抽出方法……というか道具が違っていて」 「ほう？」 「最近流行りの、加圧と減圧を繰り返して抽出す るコーヒーメーカーを買ったんですよ」 「経費で？」 「マスターは経費で落とすと言ってくれたんですけど、まだお客様に出せるかどうかわからないものに経費を使うのもどうかと思ったので自費です」 「そういう所、律儀だよねぇ……」 「結果は明白でしたしある意味よかったですよ。水出しコーヒーが十分と少しでできるというから期待していたんですけど、圧力を繰り返しかけるせいかどうしてもざらついたような味になるんですよね」 「あぁ、なるほど？」 「この季節は欠かせないんですけど、仕込み忘れると……あれなんで……」 「急に語彙力が失われたね」 「まぁ僕が自宅で使う分には妥協できるのでいいですよ。ご協力ありがとうございました」 　ぺこり、と礼音が頭を下げる。そんな礼音に向かって、アイザックが口を開く。 「これ、ザツミー？　あるの、スイーツにツカうのは？」 「スイーツですか？」 「アマミーになるからザツミーがキにならない！」 「それ気に入ったんです？」 　礼音の頭の中で、可愛さに欠けるマスコットたちが手を取り合って踊り始めた。首を横に振る。アイザックの言葉は確かに一考の余地があった。 「んー……マスターに聞いてみます」 「ケーヒでオちる？　といーね！」 　にぱっ、と笑うアイザックがどこまで経費について理解しているかはともかくとして。礼音はお礼の代わりにとアイザックのモーニングセットにヨーグルトアイスをつけてあげた。大層喜ばれた。
June 27, 2025 at 9:09 AM
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【七番目の地獄】かいさーん！！という話、或いは爆発オチなんてという話でもある。(1/2)

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「七番目の地獄」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Jason Leung on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 「え、合コンって合同の勉強会じゃないんですか！？　コンってｃｏｎｆｅｒｅｎｃｅの略じゃないんですか！？」 「残念ながらその場合は合カンになるわね」 「カンファレンスと読む方が一般的だからな」 　でもスグハ君の口から出たゴウカンって響き……と言いかけたスコルピの口はヤマタとエムエスによって塞がれた。 　というような経緯で、第一回地下監獄都市合同コンパが始まった。なお、ヒーローとヴィランの出会いの機会をという建前の下、監査にきていたジャッジメントアビスことタカムラと、スグハの健診を名目にやってきていたメディカルヴァンプことコヅカも巻き込まれている。 「それにしたって男女比がおかしいだろう！！」 「あら、どこが？」 　ヒーロー側の席に拘束されているタカムラの叫びに、スコルピが妖艶に笑う。ヒーロー側にはスグハ、タカムラ、コヅカがいて、ヴィラン側には司会であるヤマタを除いてスコルピ、コヒョウジ、エムエス、フォクセン、ピギーがいた。ベルは一応、ギリギリ未成年なので外されている。 「それに元ワイルドブラック！！　お前が何でここにいるんだ！？」 「ヒーローのお嫁さんになったらここから出られるでしょ！？」 「意外に言葉のチョイスがかわいいな」 「かわいいと思うならお嫁さんにして！！」 「それは無理だが」 「んぎー！！」 　牙を剥き出してタカムラを威嚇するコヒョウジ。そんなコヒョウジを眺めていたコヅカが挙手する。 「ヴィラン認定されてここにいるんですよね？　ヒーローとの結婚は完全に更生しないと」 「あーやだやだ正論なんて聞きたくない！！」 　挙手したまま発言したコヅカだったが、コヒョウジの大声に掻き消される。タカムラとコヅカは顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めた。 「じゃあ盛り上がってきた所で、ドキドキ、質問ターイム！！」 「盛り上がってきた！？」 　が、ヤマタによって強引に進んでいく合コンである。タカムラのツッコミも何のその、マイペースを貫くのがヴィランというもの。ヒーロー側で唯一動揺していないのは、彼等のペースに慣れてしまったスグハ一人であった。 　ヴィラン側、一番手、スコルピ。 「ヒーローってどうして気持ちいいことを拒否するの？　ほら、この煙を吸ったらすぐにでも……」 「没収」 「何ですかこの薬」 「スコルピさん、午前の刑務をサボったんですか？」 「夜の自由時間を使った自由研究の結果よ」 「なら仕方ないか」 「仕方なくないからな？」 　いかにも怪しい香炉は没収され、コヅカによって分析された結果、スコルピの懲罰房行きが決まるなどした。 　ヒーロー側、一番手、タカムラ。 「そもそも何なんだこのイベントは、更生に何の関係もないだろう！！」 「あるわ！！　とても！！」 「具体的には？」 「スグハ君との結婚を前提としたお付き合いを目標とすることで更生へのモチベーションが上がっていくわ！！」 「なら俺たちの存在意義は？」 「数合わせよ。それとスグハ君が合同勉強会だって勘違いしてたから勘違いを加速させるためね」 「ヴィランめ……！！」 　悪びれもせず言い放つヤマタに頭痛を覚えたのか、頭を押さえて呻くタカムラであった。 　ヴィラン側、二番手、エムエス。 「実はメディカルヴァンプにも興味がある」 「一切興味を持たないでもらえませんか？」 「ほら、口を開け。ちょっとだけ、ちょっと見るだけ、いや触るかもしれんがちょっとだけだから」 「エムエスさん！　同意のない実験はダメです！」 「これは実験ではない。ちょっと見せてもらうだけだ」 「ちょっとでも許可を出したくない」 　ついに白衣のポケットから開口具を取り出したエムエスだったが、スグハに取り押さえられ、警備員によって連行されていった。 　ヒーロー側、二番手、コヅカ。 「何なんですかあの人」 「マッドサイエンティスト」 「マッドサイエンティストだな」 「マッドサイエンティストね」 「全会一致でマッドサイエンティスト」 　どこからかトイピアノを取り出したフォクセンが、やけに耳に残る曲を奏で始める。当たり前、当たり前、という歌詞が思い浮かぶような、そんな曲であった。 　ヴィラン側、三番手、フォクセン。 「ジャッジメントアビスとメディカルヴァンプから見て、サムライソードってどんなヒーローなんだ？」 「最強のヒーロー、目指すべきロールモデル……だった。七番目の地獄に派遣されるまでは」 「さっき少し血を吸わせてもらったんですけど、以前と味が違うわぁ！？　ちょっ、包丁は止めろ！！」 「スグハの……スグハの血をテイスティングした
August 19, 2025 at 10:11 AM
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【Re;Tri】紅油の話、或いは脱線した話。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「Re;Tri」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Markus Winkler on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　紅油という名前の調味料がある。胡麻油に唐辛子を混ぜて加熱し、その辛味を油に移したものである。唐辛子の紅色が油に溶け込むことから名付けられた。 　火蜥蜴舌の人間は、何にでも真っ赤になるまで振りかける。 　当然、舌が焼けるような味に成り果てるのだが、それがいいというのが火蜥蜴舌を持つ人間の意見である。辛ければ辛いほどいいのだと。 「辛いものが好きな人間は加虐趣味がある」 「僕調べです」 「散れ散れ幼な舌ども、テメェらに迷惑はかけてねぇだろうが」 「イーツからウルの火蜥蜴舌をどうにかしろと頼まれている」 「それに僕らも友達としてウル君の食道とか胃の調子が心配です」 「報酬は？」 「イーツが抑止庁で働く俺の子どもたちのために慰労会を開いてくれると」 「諜報部隊もです、勿論別日別会場ですけど」 　ウルが嫌そうな顔をして唸るが、ニギとへレシィは欠片も気にしていない。そもそも共感性が低い人間たちだ。 「いやそこは遊撃部隊じゃないのかよ、労ってやれよ特に書類仕事してる面子とか」 「適材適所だ」 「キャロルに強めに張っ倒されて来い、オレが気の毒だなって思うのって相当だぞ」 「この間は勝ったぞ、これでまた勝率五割だ。ユリウスとマタミスがもう少し育ってくれたらもうちょっと楽しくなれるから楽しみなんだが」 「キャロルに強めに怒られてどうぞ。ソイツらあれじゃん、ニギが内務班嫌い過ぎて書類仕事ができる人間をってんで採られたヤツらじゃん。壊したら絶対に怒られるね、オレにはわかる」 「僕にもわかります」 「自明の理って奴だな」 「わはは、ってなるか。これ以上副隊長に迷惑かけんなっての」 「ウルは随分キャロルの肩を持つな？　賄賂か？」 「アーテムの件ですっごい感謝してるし何なら強襲に来てほし待て待て希望を口にした だけで殺しにかかるのは頭おかしいだろ」 「キャロルを引き抜こうとする人間は殺していいってカノトが言ってた」 「長官のこと呼び捨てにすんなって」 「僕ら何の話をしてたんでしたっけ？」 「知らねぇ」 　ついでに、脱線しがちな人間でもある。指輪型演算機を弾いたニギに向かって仕込扇型歌唱機を振るったウルを見て、へレシィがことんと首を傾げた。
January 10, 2025 at 10:09 AM
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【ETDの雑用係】騎士団長の話、或いはダンジョンマスターの話。(3/3)

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「ETDの雑用係」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Martin Olsen on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　ランスロットが剣ではなく盾を構えたのは、直感によるものとしか表せない。そしてそれは、正しかった。ばたばたと倒れていく部下、神官兵、冒険者。ランスロットと同じく、咄嗟に耐魔法系のスキルを行使した者を除いて、全員が最初に倒れた部下と同じ状態異常になる。 　騎士のスキル、耐魔の盾。時に破級魔法でさえ凌ぎ切るこのスキルは、魔王戦においても活躍したものだ。惜しむらくは、対象が自分一人であることか。盾の陰から顔を出したランスロットに、男とも女ともつかない声がかけられる。 「王国騎士団長ランスロットか。我が塔に何の用だ？　王に仇なすような行為は、慎んでいたんだが……」 　息を呑んだのは、ランスロットの背後で耐えていた者たち。黒いローブ姿の魔法使いは、エロトラップダンジョンを指して我が塔と称した。つまり、この人物こそがダンジョンマスターだ。 　通常、ダンジョンとは自然発生するものである。ダンジョンコアというモンスターが、己の生存のために構築するもの。そこで死んだ人間やモンスターを己の糧とし、落とされた物品を取り込んで新たなアイテムとして作り変え、次の獲物を呼び込むという生態をしている。 　が、一部のダンジョンはそうではない。そこを支配するのは魔法に長けた人間や強大なモンスター。彼等はダンジョンマスターと呼ばれ、畏怖そして嫌悪されている。土地の性質をも変化させ、己にとって都合のいい場所を創り上げる所業は、教会の崇める神を侮辱しているからだ。 　そう、魔法に長けた人間や強大なモンスター。今ここにいる者たちで討伐なんてできるはずもない、魔王に匹敵する脅威。ランスロットは剣を握り直しながらダンジョンマスターに問いかけた。 「このダンジョンに、異端審問中の……神官が、逃げ込んだ。我々はその神官を追って、このダンジョンに入ろうとしている」 「ふむ、そうか。その神官の名は？」 「それは……答えられない」 「そうか。塔へはお前一人で入るがいい、お前だけならば許そう」 「何故？」 「他の人間も入るなら入っていいが、お前以外の人間には他の侵入者と同じ対応をするだけ……いや、そうだな、それ以上のもてなしをしてやろう。嬉しいだろう？　ダンジョンマスター直々に手をかけてやるのだから」 　刹那、ランスロット以外の人間がざわめいた。ダンジョンマスターは彼等に目もくれず、ダンジョンの扉を開く。そうして、扉を開いたままランスロットに視線を向け、ついてこいと言わんばかりに首を振った。それにランスロットは小さく頷いたものの、一つ思い直して口を開いた。 「すまない、彼等の状態異常を解除してくれないか？」 「それによるこちらの利は？」 「少なくとも騎士団の騎士たちは、ここに入らせないと誓う」 「ふむ……まぁどうでもいいが、よかろう」 　ダンジョンマスターは、心底どうでもよさそうに答えてからこつんと踵を鳴らした。全身が痺れ、呼吸さえままならなかった者たちが一時に回復し、足りない空気を補うかのように咳き込み、荒い息を繰り返す。 「騎士団はこの場で待機……もし俺が夜までに戻らなければ、騎士団長がダンジョンの中で死んだと伝えに王都へ帰還せよ」 　ランスロットは部下たちにそう命じ、今度こそダンジョンの中に歩を進めるダンジョンマスターの背を追った。
March 7, 2025 at 10:15 PM
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【七番目の地獄】そういうことになった話、或いは狂信者って怖くね？という話でもある。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「七番目の地獄」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Scott Szarapka on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　深夜、スグハの私室にて。クロウはいつものようにスグハのすぐそばで彼の寝顔を観察していた。すぅすぅと規則的な、健康的な寝息。揺れるまつげ、上下する胸元。時々、むにゃむにゃと寝言を漏らす唇。その全てが尊かった。 　だから、こんなことはしてはならない。そう思っているのに、クロウの手はスグハに向かう。だって、気づいてしまったのだ。クロウが持つ物質透過能力、これを使えば、誰も知らないスグハの奥の奥まで、触れることができてしまうと。 　クロウにとって、スグハは不可触の神域だ。崇めるべきものであり、間違っても触れて穢していいものではない。けれど、だけど、触れなければならない。スグハの体内を、誰も見たことがないその場所を、暴かなければならない。 　薄い皮膚の下には、血と肉が詰まっている。最強のヒーローとして君臨していた、否、未だ最強の名をほしいままにしているスグハの体。見た目にはそう威圧感もないのに、本気のスグハと相対すれば、誰もが畏れ膝をつく。 　その、未踏の新雪の如き中身に、触れなければ。触れて、確かめなければ。それは自分にしかできないことで、自分がやらなければならないことで、だから、震える手をそっと、スグハの腹の上に乗せた、刹那。 「ッ！？」 　クロウの視界が回る。ダァン、と全身を衝撃が貫き、肺から空気が押し出された。痛みに閉じた目を開けば、逆光で表情は見えないが、確実に無表情であろうとわかる、スグハがいる。どうやら、 仰向けに叩きつけられたらしい。 　ひゅ、と震える呼気。今、自分は何をしようとしていた？　クロウは己の行動を振り返り、自分に馬乗りになっているスグハを見上げ、かたかたと歯を鳴らした。クロウの意思に反した震えは、すぐに全身に伝播する。 「ご……ごめんなさい……」 　ぼろり、と涙がこぼれる。とめどなく流れる涙を拭うこともできずに、クロウは謝り続けた。ごめんなさい、自分なんかが触れようとしてごめんなさい、穢してしまってごめんなさい、もう二度としません、望むならあなたの視界から永遠に消えます、だから、せめて、嫌いだと口にはしないで、ごめんなさい、ごめんなさい。 　親に捨てられた時でさえ泣かなかったクロウの、それは心底からの後悔と謝罪だった。スグハから嫌いだと言われてしまったら、クロウの生きる意味はなくなる。今のクロウには、スグハしかいないのだ。だからこそ、どうしてあんなことをしようと思ったのか、自分でもわからなかった。 　スグハの手が伸びる。あぁ殺してくれるのかと思う反面、スグハの手を自分なんかの命で穢してしまってはいけないと思う。だから、クロウは弱々しく抵抗した。しかし、スグハはそんなクロウの頭をそっと撫でた。 「クロウ君……取り敢えず、医務室に行こっか」 　そういうことになった。 　スグハによって叩き起こされた医務官による精密検査の結果、クロウには洗脳された痕跡があることが判明した。洗脳といっても、外から見てすぐにわかるような派手なものではない。真の目的からは程遠い行動を条件が揃った時点で誘発するという、言わば種蒔きのようなもの。 　だからこそ、洗脳にかけられていたクロウも、周りのヴィランたちも気づけなかった。実際、スグハに叩き起こされて事情説明を受けた医務官も、いやコイツならやるだろそういうこと、と思っていた。が、スグハはクロウが何らかの外的な影響を受けていると断言し、検査の結果もそうだと示していた。 「だってクロウ君は僕が本当に嫌がることとか、僕を傷つけようとすることとか……そういうことは、しないでしょう？」 　洗脳した人間が誰かという調査は翌日から始めることになったが、取り敢えずはクロウの処置である。しかし、スグハがそう言ってクロウの手を握った直後、洗脳の効果の大半が消し飛んだ。医務官は科学的な根拠も論拠も何もない不可思議現象を起こしたスグハを胡乱な目で見たが、そんな医務官を射殺しそうな目で見詰めてきたクロウに気づいて視線を落とす。 「じゃあ、今夜は僕と一緒に寝ようか」 「えっ」 「もしかしたら他にも指示が残っているかもしれないし、僕が隣にいたら何があっても止めてあげられるから……それとも、僕と一緒に寝るのは嫌 ……かな？」 「嫌じゃないです」 　そういうことになった。クロウはカチカチになりながらスグハに連れられてスグハの私室へと戻る。それを見送った医務官は、スグハニウムって本当にあるんだな……と思いながら仮眠室へと引っ込んだ。
July 8, 2025 at 11:16 PM
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【ETDの雑用係】面倒な話、或いは理解の話でもある。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「ETDの雑用係」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Brandi Redd on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　フェッチのこめかみに拳をめり込ませ、ぐーりぐーりと執拗かつ丁寧に捻りを入れたノーイである。本当に最初からオレへ仕事振る気満々だったんじゃねぇか、とは内心の愚痴である。 　何せ、ざっと資料に目を通した結果やっぱり嫌だなと思って、一応上司の方にも聞かなきゃなぁと逃げようとしたら、そちらへの根回しは済んでいたのだ。私は忙しいから帝国での基盤作りも兼ねてやっておけ、とダンジョンの主直々に命令されたら仕方ない。 「んで……何、この婚約破棄騒動っつーのは」 　そのような経緯で、フェッチと共に適当な部屋にこもって改めて資料を読み込んでいたノーイはそう言いつつ顔を上げた。フェッチはううんと唸り、言葉を選ぶ。思ったことをたらたら述べていたら高確率でいじめられると学んだからだ。 「帝国の、高位貴族の間で、流行ってます」 「流行るようなもんじゃねぇだろこんなもん」 「皇帝の第二十七子様も、公爵家の娘との婚約を、破棄しました」 「どっちにツッコミ入れるべき？　二十七番目の子ども？　公爵家への敵対行為？」 「皇帝には今の時点で、四十七人の子どもがいます」 「あー、その後の公爵家について教えて？」 「表向きは、婚約破棄をきっかけに、皇帝の暗殺を企てた罪によって、一族郎党処刑されました」 「想像と違う！！　表がそれなら裏は何だよ！？」 「まぁ……いくら皇帝側の否とはいえ額ずいて詫 びよとか皇帝に言っちゃったら処断待ったなしでは？　公爵家はそもそもちょっと調子に乗ってた所はあったんですよ。だもので第二十七子様を婿として差し出すことで権力的な均衡を取りつつ身内として仲良くしようねって言ってたのにこの結果ですからね。確かに第二十七子様から婚約破棄したから本人が額ずいて詫びるのは想定の範囲内でしたしソロモン様もそのつもりで第二十七子様を連れて行ったんでしょうけどそこで皇帝本人に頭を下げさせようとしたのはまずいですよ。そもそも魔王様に額ずいて詫びよとか言えないじゃないですかあの人間もしかして死にたがっていたとか？　そう思うくらいしかあの狂った言動の理由がわからないんですけいたたたた」 　ぐーりぐーり、二回目。 「……流石に何も悪くなかったし、魔力多いし、唯一ソロモン様に変わらぬ恭順の意を示した令嬢は生き残ったんですけどね？　家名を剥奪されて宮廷で働く魔法使いの一人になってますけど。そんな感じで、他の所でも似たような感じで婚約破棄騒動が起きてるんですよ。真実の愛を見つけたとかお相手が自分の伴侶になるには不適格な行動を取ったとか。わっかんないんですよねぇ、大体の場合は婚約破棄された側に非はなくって、婚約破棄した側が有責なんですよ。誰がどう見てもそんな状況で、あんまりおかしいから調査しろっいたたたた」 　三回目でフェッチが泣いたので一応手加減したノーイだが、書類の方が余程わかりやすくまとまっていたのでフェッチからの説明は諦めること にした。曰く、帝国貴族の間で不審な婚約破棄が複数回起きているとのこと。婚約破棄をした側もされた側も、帝国貴族であるというだけでその他の共通点はなし。友人関係があった者もいたが、そもそも貴族家の数自体が王国よりも格段に多いので、まぁあるだろうなという程度。 　とはいえ、それで帝国が混乱しているかといえばそうでもなく、それは徹頭徹尾ソロモンが采配しているからだそうだ。婚約破棄した側には適切な罰を、された側には適切な補償を。魔法狂いではあれど、いや、魔法に狂っているからこそそれ以外の些事は完璧に解決して魔法の研究に注ぐ時間を確保しているのがソロモンという男なのだ。 　が、起きた事象については完璧な対応ができるのだが、それ以外は全て家臣に放り投げるという悪癖があるのも事実。その悪癖の一端が、ノーイに引っかかってきたという訳らしい。 「オレ、外国からこっちに来たばっかりなんだけど、それでもこの完全に帝国内のいざこざっつーか揉め事を解決できると思われてる？」 「だって、ワタシが話を聞こうにも、「ソロモン様の右腕」だから……」 「あー……」 　その状況には、不本意ながら大変覚えがあった。何せノーイ、いや、ヴォジャノーイは魔王軍の第二位だった。一体一軍、魔王に次ぐ恐怖と畏怖の対象。自分が声をかけただけで死にそうな顔をするモンスターを多々見たことがある。つまりは、そういうことなのだろう。 「仕方ねぇな……」 　ならば、逆にこれまで無関係だった客人の方が、客観的に物事を見れるし話を聞き出すこともできるだろう。とはいえ、やりたいかやりたくないかで言えば圧倒的にやりたくないが。ノーイはぶつくさと文句を垂れつつ、書類の内容を頭に叩き込むのであった。
July 25, 2025 at 9:53 AM
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【七番目の地獄】ピギーと商品開発、前。パイの○みたいなスパイシーなスナックと、やわらかめの鮭とばみたいなのと、レモンティー味のキャンディと……。

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「七番目の地獄」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Mikael Cho on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　ヒーロー協会とは、その名の通りヒーローによるヒーローのための組織である。会長はヒーロー名をヤトノカミことイッテツ。全国に支部があり、日々ヴィランとの戦いに明け暮れている。何せヴィランというのは捕まえても捕まえても出てくる。一人見かけたら三十人いると思え、なんて言葉は冗談にしても。 　そして、大きな組織の常として運営資金の問題を抱えている。無論、治安維持に多大な貢献をしているということで政府からの援助は受けているが、税金というものは湯水のように使えるものではない。政府からの援助はあくまでも援助、自助努力が求められているのだ。 　故に、本部には商品開発部という部門がある。 　そんな商品開発部から送られてきたものを並べて、眺めて、ピギーは呻いた。場所は調理室の隅、ピギーに与えられている専用スペースだ。 「……正直、スグハ以外を口に入れたくない、けど」 　調理台の上には、名前と簡易なプロフィールが記された血液パック、それに添付された爪の欠片や数本の髪の毛というセットが複数個。これらは全てヒーロー協会の商品開発部からピギー宛に送られてきたものだ。曰く、ヒーローの味を完全再現した菓子類を開発したい、そのためにピギーの能力を借りたいとのこと。 　しかしさっき呟いたように、ピギーはもうスグハ以外を口にしたくない。極上の味を知ってし まったが故に、それ以外のヒーローの味なんてと思ってしまうのだ。だがこれはヒーロー協会からの依頼。そもそも収監されているピギーに拒否権はないが。 「でも、スグハの役に立つなら……」 　スグハが所属しているヒーロー協会のためになるなら、我慢してもいい。ピギーが頑張ることによってスグハの役に立つなら、それはとてもいいことなのだ。などと、ピギーは自分自身を説得しつつ、血液パックの栓を開けた。 　そうして、数時間後。 「そ、そんな……そんなことって……」 　ピギーはわなわなと震え、怯えていた。ピギーは執着が強い、言い換えれば一途である。特に恋愛関係において、彼は実にウブで、この地獄では誰よりもピュアな感性を持っている。だから、こんな爛れた味、恐怖の対象以外の何物でもなかった。 　そんなピギーが先程口にしたのは、とある戦隊系ヒーローの紅一点。彼女の爪はとても複雑な味がした。そう、複数人の男性と、そういう接触を繰り返すことで滲み出る……思い出しそうになったピギーは、何度も口をゆすいで味覚のリセットを試みた。 「ワイルドレッドのスパイシーなシチューみたいな熱い味……ブルーの冷たくも柔らかなルイベみたいな甘い味……イエローのレモンティーみたい なバランスが絶妙な味……一つ一つはうまい、うまいのに……」 　シンクに突っ伏していたピギーは、わなわなと全身を震わせる。カッ、と目を見開いて起き上がったピギーは、天井を睨みつけて吠えた。 「うまいものとうまいものを掛け合わせたらうまくなる場合が多い！！　のは！！　認めるが！！　うまいものを適当にぐちゃぐちゃにしてもうまくならねぇんだよ！！」 「ピギー君、ちょっとうるさい」 「はい、ごめんなさい」 　古参の調理師にめっと叱られて瞬時に縮こまったが。兎に角、ピギーは怒っていた。こんなことは許されないと思った。だから、ピギーは数少ない解決手段として、他のヴィランたちにこの大スキャンダルをぶちまけることにしたのであった。
August 16, 2025 at 10:24 PM
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【TKaH】お肉の話、或いは牛豚鶏はおいしくいただきましたという話。いや違う、豚と鶏はそっちの意味じゃねぇ。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「Three Killers at Home」、「とりい とうか」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by PHOTO STOCKER / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　いいお肉がたくさん手に入ったのでバーベキューをしませんか、なんて誘い文句、行くっきゃないでしょ。 『ＡＣＴ２８　ＢＢＱ　ＭＡＳＳＡＲＣ』 　ただし主催がアンソニーの場合を除く。フレッドは強くそう思ったのだが、エリアスが興味を持ってしまったので行かざるを得なかった。何で陰キャなのにちょいちょい陽キャのイベントに興味を持つのか、と思って聞いてみたことがあるのだが、エリアスはフレッドを指差しただけで、明確な答えは得られていない。 「いやぁ、今回の学会での収穫は多々ありましたが、これが一番の収穫でしたね！」 　ホクホク顔のアンソニーが言う。場所は湖に程近いキャンプ場で、周りにも家族連れだのカップルだのバカ騒ぎしているティーンだの、様々なグループがいてそれぞれに楽しんでいた。 「こちらはコーベビーフ、ジャポンの特定地域でしか入手できない貴重な牛肉です。一番の特徴はキメ細かな霜降りで、口の中でとろけてしまうそうですよ。ステイツで流通している牛肉は歯応え重視の赤身がほとんどなので、とても楽しみですね」 　クーラーボックスの中から取り出されたのは、脂の薄いピンク色が鮮やかな牛肉の塊。 「続いてこちらはジンファポーク、チャイナで育 成されている高級豚肉です。こちらも霜降りが入りやすい肉質が特徴ですが、何より旨味が強くてハムにすると絶品だそうです。今回は塩を強めに振って焼いてみましょうか」 　アンソニーの肉語りは止まる気配がなく、フレッドとエリアスは静聴するしかできない。牛肉の隣に並べられる豚肉の塊。 「そしてブレスチキン！　これは貴重ですよ、フレンチの特定地域で厳格に定められた飼育条件を満たした鶏肉だけがこの名を掲げることを許されているとか。こちらは調理にも細心の注意を払わなければならないので最初から最後まで私が焼きます」 　そして丸鶏。何やら仰々しい脚環やらラベルやらがゴテゴテとくっついている。エリアスはこっくりこっくりと居眠りしかけていて、フレッドもまた遠い目をして思考を放棄していた。 「で、こちらは……地域によって豚とも鶏とも呼ばれている肉です。犬や羊という人もいますね。肉質は個体によってまちまちなんですが、それが逆に面白いと界隈では人気です。味も個体によってかなり変わるんですが、ロマンチックな表現だとザクロに似ていると評する人もいますね」 　が、聞き捨てならない肉が通過していったので意識を引きずり戻す。アンソニーはその肉を丸鶏の隣に並べると、エプロンを装着した。ぶっちゃけ白衣の上にエプロンって何なんだよとツッコミ を入れたいのだが、それよりも先にこちらを解決しなければならない。 「それ、何人分の肉？」 「三人で食べても余裕です、余ったら持って帰って食べてくださいね」 「そうじゃなくてェ」 　絶対理解しているくせにそう宣うアンソニーを軽く睨めば、あぁなんてわざとらしく声を上げた。 「なるほど、フレッド君はフードロス問題に関心があるんですね。いいことです、私もあの問題については色々と考えることがありまして……」 　てきぱきと肉の下処理をしながら語り始めるアンソニーに、犠牲者の人数を申告する気がないと判ったフレッドは天を仰ぐ。腹が立つ程、青く、澄んだ空だった。
October 4, 2025 at 10:48 PM
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【TKaH】サバイバーの話、或いはB面の話。(2/2)

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　さて、ＡＣＴ２９で出てきた、そして今はアンソニーの病院で「健康診断」中の陰陽師だが、彼はジャポンのサバイバーである。サバイバーとはキラーの対になる人間で、一時的ながらキラーを凌駕する能力を有することができる。 　この一時的というのが曲者で、本当にキラーと対峙している時だけという場合もあれば、断続的に能力が発現する場合もある。例の陰陽師は後者であろう、というのが自称主治医なアンソニーの見立てであった。 『ＡＣＴ３０　ＳＵＲＶＩＶＯＲ　ＶＯＲＴＥＸ』 　もちろんステイツにもサバイバーはいる。しかし、サバイバーは基本的にサバイバーであることを隠す。何故なら、サバイバーはキラーの天敵。自分はサバイバーですなんて喧伝したが最期である。 　何せサバイバーの能力は一時的なものだ。対してキラーは永続的。ならばキラーはサバイバーがサバイバーでなくなる時を狙い澄まして襲いかかればいい。そういうことだ。 「だァからごめんって言ってンだろ！」 「……どうやったらトイレがあんなに汚れるの」 「言ったじゃん何もしてないのに壊れたって！　マジで何もしてないのに便器から血が溢れてきたんだって！」 　往生際悪くジタバタ抵抗しているフレッドを、今まさに公園のゴミ箱へダンクシュートしようとしているエリアス。テレビの試運転をしていたあの日、フレッドは戻ってこなかった。理由は明白、トイレが血の海になったから。 　エリアスは激怒した。必ずかの邪智暴虐のフレッドを除かねばならぬと決意した。だから今実行に移しているという訳だ。フレッドは何もしてないのに壊れたと抜かしているが、そんなもの言い訳の常套句だ。逆にゴミ箱に放り込むだけで済ませてやろうというのだから感謝してほしい。当日だったら確実に殺していた。 「うわーッ！！」 「キラーだ！！　キラーが出たぞーッ！！」 　と、そこで悲鳴やら絶叫やらが聞こえてきてエリアスはフレッドを手放した。芝生とはいえ結構な高さから地面に落とされたフレッドが抗議の呻き声を上げる。珍しい、ホラーバースの一般人は警戒心がないためあんな風に叫ぶことは稀だ。 「オレらのこと？」 「……違うと思う」 　立ち上がったフレッドが辺りを見回す。エリアスも視線だけを動かす。すると、公園の真ん中に不自然な人影が二つあった。 　一つは、件のキラーだろう。頭から爪先まで黒い布で覆われていて、ペストマスクらしい仮面をかぶっている。手に握っているのはスタンダードなナイフで、当然のように血まみれだ。 　そしてもう一つは、ナイフで切られたらしい片腕を庇いつつもキラーと対峙している女だ。キリッとまとめたポニーテール、気の強そうな顔にメリハリのついたナイスバディ。タンクトップに半ズボンなのはこういう場合のお約束だからだろうか。 「サバイバー？」 「……それは多分そう」 　女を指差し首を傾げたフレッドに、首を縦に振 るエリアス。女はどこからともなく取り出したバールを構え、ペストマスクと睨み合っている。どうやら女の能力は、武器を取り出すことらしい。物理法則を無視して。 「どうする、観て帰る？」 「……別にいい」 　どっちが生き残ろうが死のうが、エリアスには関係ない。突然の乱入者から視線を逸らしたエリアスは、肩を竦めて帰路につこうと、する姿を見たことでエリアスに許されたと油断したフレッドの頭に一発キツいのをお見舞いしたのであった。
October 6, 2025 at 10:53 AM
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【七番目の地獄】腐女子の話、或いはメンバーには腐女子以外にもありとあらゆるオタクがいるよという話でもある。前編。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「七番目の地獄」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Brandi Redd on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　そこは地下監獄都市、七番目の地獄の中でも限られた者しか立ち入れない場所。警備員や警備ドローン、そして何よりヒーローたちに嗅ぎつけられないように、慎重に慎重を重ねに重ねて作り上げられた秘密基地。ここに立ち入る資格はただ一つ、愛があること。 「……おやおやぁ？　何を隠しているのかなぁ？」 　だというのに、秘された聖域は無粋な男によって暴き立てられてしまった。声によって認識を歪ませるという規格外の能力持ち、詐欺罪だけで終身刑確定とまで言われていた稀代の嘘吐き、フォクセン。彼はわざとらしく、いやらしく、フカワ（仮名）に声をかけた。 　対して、フカワはヒィと悲鳴を上げた。何故自分一人の時に、襲撃者が現れてしまったのか。フカワに戦闘能力はない。フカワが持っているのは、接触回数に依拠する洗脳、否、洗脳などと呼べば本物の洗脳能力持ちが気分を害する程度の、他人の意識を僅かに変えるだけの能力だ。無論、上位互換のフォクセンには通じないし何よりも接触回数が圧倒的に足りない。 「ふーん、漫画ね。タイトルは、『沈黙の刃と紅蓮の誓い』……」 「うわあああああ！！　やめてください！！　やめてください！！」 　そんなフカワが隠していた本を取り上げ、仰々しくタイトルを読み上げる。真っ青から真っ赤になったフカワが一生懸命ぴょんぴょん跳ねて取り 戻そうとするが、身長差もあって無駄な努力でしかない。 「へぇ、ほぉ、ふぅん？　あっははは、君ぃ、なかなかいい趣味をしているじゃないか……これがジャッジメントアビスにバレたらどうなるんだろうなぁ？」 　そこに描かれていたのは、タカムラとスグハの甘々ラブロマンス。素直過ぎるタカムラと、ベタ甘なスグハが、所狭しとイチャイチャしている。勿論、ないことないことを膨らませて演出して作り上げられた妄想オンリーの内容だ。 　そう、この秘密基地に立ち入る資格である愛とは、妄想のことだ。個性豊かなヒーローやヴィランの間に、加算だの乗算だのを示す記号をつっこんで作り上げる薔薇色だったり百合色だったりするあれのことだ。フカワはその中でも、タカスグ甘々イチャイチャ至上主義。男性ヒーロー同士のない関係性に萌えて、漫画という形で出力するタイプだった。 「ち、違います！！　それは私が描いたものじゃ……うぅ、描いた、ものじゃ……」 「おいおい、勘違いするなよ。誰もジャッジメントアビスに通報するなんて言ってないだろう？　今は、まだ」 　ジャッジメントアビス、もといタカムラへの通報をちらつかせるフォクセンに、舌でも噛み切りそうな顔で大嘘をつこうとしたフカワ。しかし、獲物を狙う狐のような獰猛な笑みを浮かべたフォ クセンは、フカワの肩をがしっと掴んで囁いた。 「お前の画力と話の構成力に免じて……俺とスグハをメインにした漫画を描いてくれたら黙っていてやるよ」 「えぇぇぇぇぇ！？」 　フカワが素っ頓狂な声を上げる。それは秘密基地の分厚い壁を貫通して、地下監獄都市の夜空に響いたのであった。
August 22, 2025 at 10:02 PM
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【八樺礼音と奇妙な友人たち】トリックの話、或いはトリックが過ぎる話。この後どちらも全部食べ切りましたとも。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「八樺礼音と奇妙な友人たち」、「とりい とうか」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by rescueram3 on pixabay / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 「やっとあの忌々しい豆が品切れになったと聞いて」 「あ、先生、丁度いい所に」 　才一は即座に踵を返した。 　礼音が自分に対して晴れやかな笑顔を見せる時というのは、確率論的に表現すると七割ろくでもないことなので、才一の反応は自然なことだと才一自身は思っている。アイザックの存在を忘れていたためやたらと硬い胸板、もとい防刃チョッキで鼻先を痛打するはめになったのはいただけないが。 「ゴメンナサイ……」 「いや、あれは急に方向転換した先生が悪いですよ。そうですよね？」 　僅かばかり赤くなった鼻先を擦りつつ、才一は不服そうに唸りを上げた。誰が悪いかと言えば圧倒的に中佐殿だろう、と言いたいが今の礼音が持つ手札が判らない。ならば藪をつついて蛇を出す真似は慎んだ方が賢い選択だ。 　というようなことをもっと小難しく考えていた才一の前に差し出されたのはオレンジ色の炭酸水。ぱちぱち、しゅわしゅわ、微かな音を立てている。頂点にころんと盛られた薄黄色のアイスクリームには、黒いコウモリ型のクッキーが乗っていた。 「Ｈａｌｌｏｗｅｅｎ！」 「の、試作品です。アイザック君にはこちらを」 「ワーイ！」 　子どものようにはしゃぐアイザックの前には、紫色の炭酸水。アイスクリームは灰色、乗せられているクッキーは黄色いカボチャ型。イタダキマース、と言うや否やアイスクリームを口に入れたアイザックが目を白黒させている。 「ナニ？　アジ？」 「色とは異なる味つけにしているので、サプライズ感があるでしょう？　アイザック君の方は、グレープソーダに柑橘系のアイス、カスタード味のクッキーです」 　ヘー、とわかったようなわかってないような声を上げているアイザックを横目に、では私の方はと首を傾げてみせた才一に対し、礼音は笑顔のまま才一の炭酸水を指差す。一口でも味わわなければ答えを言う気はないらしい。 　そんなに悪いことではない、今日は残り三割の方かと判断した才一は促されるままストローをくわえ、吸い、舌に炭酸水が到達した瞬間、理性でもって本能をぶちのめした。冷静を装いストローから唇を離し、口の中に残る液体を飲み下し、よし今日の実験体は中佐殿だと決意する。 「こ、れは……？」 「パイナップルソーダをベースに香りづけとしてキャロライナ・リーパーを一滴、ですが先生はお得意様なので奮発して三滴。上に乗せているミルクアイスを先に食べると舌の上に被膜ができて辛味が和らぐらしいですよ。お口直しにはグラブジャムンを参考にして作ったシュガー＆スパイスクッキーをどうぞ」 「馬鹿じゃないのか……！」 　そんな凶器に対してらしいですよレベルの、しかもヒントも何もない対抗策を乗せられてても意味がない。才一は心の底から礼音を罵倒した。 　しかもグラブジャムンといえばあれだ、インド原産の砂糖漬けドーナツ。辛味がしんどいなら甘味で殴れと？　単純な狂気的発想である。 「ソッチにもキョーミある」 「えぇ？　止めておいた方がいいですよ」 「他人には止めておいた方がいいというものを、仮にもお得意様と呼称する客に出すな！」 　だもので常識的なツッコミを入れてしまった。その間にアイザックが才一用の凶器を引き寄せ、アイスを食べてから炭酸水を飲む。一口、二口。不思議そうに首を傾げて三口目。 「舌が馬鹿になりますよ！？」 「味音痴なのか！？」 　驚いた礼音と才一が同時にツッコミを入れるも、アイザックは平然とした顔だ。 「ピリッてするけど、ヘーキ」 「えぇ……？　もしかして先生、大袈裟に反応しました？　そういう所が嫌なんですけど……」 　だから、礼音はその炭酸水をそのまま口にした。そして目を見開き、口を押さえ、ぐっと身を丸める。完全な対衝撃姿勢、死の危険に晒された軍人 の仕草だ。どうやらアイザック個人が辛味にやたら強かったというオチらしい。才一は、何なんだこの混沌は……と遠い目をしつつ、口直しにとクッキーを口にして、その舌と喉を焼く甘さに悶絶したのであった。
October 5, 2025 at 6:54 AM
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【誰彼時ノ隘路ニ】盛り上がってまいりましたという話、或いはもうダメかもしれんねという話でもある。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「誰彼時ノ隘路ニ」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Liar Liur on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　何にせよ、現状把握というのは大事である。情報戦という言葉もある。だから、話し合いの場所を教室に移した私たちは、一彦先生を中心に今この廃校に何がいて、何が起きているのかを共有する。 「それからお互いについても改めて確認しておいた方がいいかな……私は私。目的はこの廃校からの脱出。ある程度この場所とここにいる存在についての知識がある、以上」 「あー……ここの校長やってる。目的はお前と同じ顔をしたあの女を排除、じゃなくて成仏させること。ここはオレの支配下にあって、ここにいるヤツらもオレの支配下にある、と思う」 「僕は図書室の白兎と名づけられています。目的は我等が女王陛下をこの廃校から解放すること。あまり手の内は明かしたくありませんが……この男に痛打を加えられる程度の権能を与えられています」 「それはさっき見せてもらったからよく理解しているよ」 　排除、と先生が口走った瞬間、エグい角度で脇腹を殴っていた。先生はプライドがあるらしく悲鳴一つ上げなかったけれど、相当痛そうだ。一周回って仲がいいんじゃなかろうかと思った所で、前世において諸々目に入ってきたことのあるあれこれをも思い出して生温く笑ってしまう。なかよきことはうつくしきかな、である。 「今、ここにいる存在は把握できる？」 「確定でいるのはオレと十蔵、プールのもずくと」 「僕と他のトランプ兵が二枚、それから女王陛下」 「アレはもずくって名前だったのか……」 　人命をもくずに変えるもずく……あ、駄目だ、ツボに入った。ひひ、と何とも言えない笑いを漏らしてしまう。私はまだ正気だ、そんな目で見るんじゃない。ただ面白かっただけなんだ。面白い時に笑うのは正しいことだろう？ 「他には？」 「気配隠されるとわかんねぇンだよな……そのトランプ兵？　ってどこにいンの？」 「グラウンドと理科室ですね」 「お前と同じ気配ってンなら、マジで探しにくいな……あ、いた、これか……」 　宙をぼんやりと眺めていた先生が手を伸ばし、何もない場所を掴む。続いて手招くようにひらひらとその手が揺れて、ばちん、と弾かれた。先生の指先から、濁った血が滴る。その表情は、ちょっと何とも言えない。まぁ、ホラーゲームのラスボスらしい顔、とでも。 「は？　クソか？」 「どちらが？」 「理科室」 「じゃあクソですね、彼は女王陛下にも普通に逆らいますし」 　クソらしい。ならばその理科室とやらは畜生か、と思って先生から目を逸らした。正気である所の私は恐怖心だってきちんと働いているのだから、先生の顔を見て笑いの衝動が込み上げてきた訳ではない。ふひ、ひ、と口の端から変な笑い声が漏れ始める。あぁ、駄目だ、と思えばそれがまた笑えてくる。 「……壊れかけてねェ？」 「私は正気だとも、正気だよ、ひ、ひひ、どうにも何もかもが面白くて、ひひ、は、ははは、あはは」 「深呼吸できます？」 　できるとも、できないはずがない。そう思って息を吸い込もうとするのに、ひぃ、ひぃ、とまるで化け物のような喘鳴が続いた。
March 28, 2025 at 10:43 PM
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【OcculTrigger】パイの話、裏面。表面は雨夜氏のお話を読んでね。影那ちゃんは雅氏の、紬希ちゃんは雨夜氏のおうちのこだよ。(1/?)

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「OcculTrigger」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Sahand Babali on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　そのパイ専門店は、芸能人かと見紛うほど整った容姿の壮年男性が、僅かな従業員と共に経営している。パイを作るのは店主である男性で、他の従業員は接客や事務を担当している。しかし、店主も稀に店頭に立つことがあるため、彼を一目見ようとする女性客でイートインは大盛況、味も悪くないためテイクアウトする客も多く、繁盛していた。 　なんて話を、理人が有していた時点でおかしいとは思っていたのだが。 　オカルト系動画配信者集団、オカルターズの怪談朗読動画担当、ブルーランタンこと上里信司は妻帯者である。妻の名前は影那、響きがふわりと柔らかくて大変素晴らしく可愛らしい名前だと信司は思っている。見た目もちんまりふわふわした黒猫のようで、大変よろしいと思っている。無論、内面にだって一欠片の文句はない。 　そんな信司が、同僚でありオカルターズの裏方担当の加賀理人からその店の話を聞いたのは、店がオープンして数日もない頃の話だったように記憶していた。 「おい、パイ食わねぇか」 「急に何ですか、お前は勝手に押しつけて勝手に代金を徴収するから嫌です」 「いや、普通に貰い物だから金はいい」 「誰からもらったんです？」 「深山」 「嘘だぁ」 　理人の言葉を思わず否定したのは、その名前が検証動画担当のＳＵＷＡ君こと深山充のものだったから。充はその来歴故に食べ物を誰かに与えるということをしない。冗談や気紛れでもだ。だからこそ、信司は差し出されたアップルパイを嫌そうな顔で見詰めた。 「まぁ嘘だが」 「何でそういう意味のない嘘をつくんです？」 「正しくは深山のアンチが深山を刺した詫びの品を取り上げてきた」 「情報量が多いからちょっと噛み砕いて説明してもらってもいいですかね？」 「つっても今言った以上の情報はないんだが……」 「取り敢えず、今の深山君の状態からですかね……」 「まぁ入院はしてない。むしろアンチの方が重症だな」 「怪我？　それとも霊障？」 「両方」 「そりゃ重症だ」 「そんで祟られただの何だの騒ぎながらせめて霊障だけでもどうにかってので」 「あー……お供え物になっちゃいますもんねぇ、それは取り上げておかないと」 「だもので私の懐は一切痛んでいないからやる」 「じゃあいただきます」 　適当な椅子に座ってから、紙皿に載せられていたパイを受け取り、手でつかんで齧る。あぁ、先にコーヒーでも淹れておけばよかったなと思ったら、理人が紙コップに入れて持ってきてくれた。 信司は不審そうに眉を寄せて理人を見上げる。にぃ、と厭らしい笑みが返ってきた。 「そのパイの出所の……パイ専門店、そうそう、名前はラパンだったか」 「ラパン？」 「ウサギという意味らしいな、フランス語で」 「へぇ……」 　もぐ、と噛み締めればバターの芳醇な香りとカスタードクリームの濃厚な甘味、それからリンゴの酸味が一体となって口中を支配した。いわゆる、重量級のアップルパイだ。好き嫌いが分かれそうだな、と雑に思った信司は、理人の言葉にも雑に頷いた。 　ウサギとは、獲物であり、贄である。 　次にそのパイ専門店の話を聞いたのは、当の充の口からだった。顔の右半分に包帯を巻いているその姿は、実にわざとらしい。オカルターズの事務所、という体になっている雑居ビルの一室にて、パソコンを弄っていた信司を見た充はにかっと笑う。 「信司兄さんじゃないですかぁ、ご機嫌いかが？」 「金は貸しませんし食事も奢りませんが」 「じゃあいいや」 「清々しいまでのクズムーブなんですよね」 　あっという間に手の平を返した充を胡乱な目で眺めやり、信司はうぅんと背伸びをした。動画編 集は頼めば理人がやってくれるのだが、頼んだらどんな演出を付加されようと文句を言えなくなってしまう。そのため、割と頻繁に事務所にきては動画編集をしている信司であった。 「そういえばその怪我もどき、いつ直すんです？」 「んー、後はノコ姉さんに会ったら？　誰も怪我のこと心配してくんないからしょんぼりじゃんすか？」 「左ならまだしも、右はノーダメージでしょうに」 「しかも理人兄さんはお見舞い取り上げてっちゃうし」 　お見舞い、の言葉にはたと気づく。そういえばこの間、押しつけられたパイの出所が充だったなと。信司は僅か、首を傾げて問いかけた。 「あのやたら重たいアップルパイ？」 「え、信司兄さん知ってるんです？　何で？」 「アイツからもらったんで」 「人のお見舞い取り上げた挙句他の人に食べさせるとか何考えてんすか」 「さぁ？　アイツの考えることはよくわからないんですよね」 「おいしかった？　あれ、微妙に高価格帯だから自分で買うのはちょっとってなって、結局食べれてないんすよねぇ」 「そうなんです？」 「ラパンのパイ、女の子に人気だから……そういう意味でもお店には行きづらくって……」 　確かに、充の普段の見た目はチンピラアロハシャツ、治安が悪いにもほどがある。というより、
March 29, 2025 at 9:36 AM
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【誰彼時ノ隘路ニ】嘔吐。

※注意事項：親しい家族の死、それに伴う後悔の描写あり。

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印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「誰彼時ノ隘路ニ」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　黒井寧子は絶句した。兄の遺品を整理している最中、見つけ出したゲーム。兄が死ぬ少し前に、熱心にやりこんでいたタイトルだった。何故かクリア後には「やればわかるよ」としか言わなくなってしまったので、詳細は知らなかったのだが、否、知らなかったからこそ、起動してしまったのだ。 　セーブデータは一つ。データの名前は兄の名前になっていたから、これがクリアしたデータなのだろうと思ってロードした。突然亡くなってしまった兄の葬儀を終え、意気消沈している父母を世話しながらの遺品整理。気晴らしがしたいという気持ちも、どこかにあったのかもしれない。兄が好きだったゲームがどんなものか、知りたかったからかもしれない。けれど、それらの気持ちは全て真黒に塗り潰されてしまった。 「なに、これ……」　 　パッケージは確かに、ホラー系のゲームだった。だがしかし、明らかにおかしい点がある。主人公の、描写が、兄にそっくりだった。だって、パッケージの中 央に描かれていたのは、セーラー服を着た儚くも可愛らしい少女なのだ。乙女ゲーム好きの兄がやっていたゲームだ、主人公はその少女で間違いないだろうに。 　しかも、その内容が凄惨だった。主人公は、このゲーム世界に転生したのだろうと推測しているようだった。だから、ゲーム知識を使って、全員生存エンドを目指そうとしていた。その、はず、だったのに。 『デバッグ？　エディット？　それともメイキング？　シミュレーションゲームが好きな人はとても楽しいんじゃないかなァ！？　即死罠を好き放題に設置して、みーんな殺しちゃおう！！　』 　狂気的な笑い声は、それでも兄の声だと判る程度に、はっきりしていた。でも、違う。兄は優しくて、寧子がわがままを言っても怒らなかった。そう、あの日だって。だけど、次の瞬間聞こえてきた兄の叫び声が、寧子の心を穿った。 『みんなみんな、死んでしまえ！！　私を傷つけるすべて、嫌い、大嫌い、死 ね！！　お前たちなんて……大ッ嫌いだ！！』 　あの日。兄がまだ生きていて、でもちょっとしんどそうで、だから気分転換のつもりで無理に外に連れ出してしまった、あの日。内心では、嫌だったのかもしれない、本当にしんどかったのかもしれない。でも寧子は、兄の気配を気にしながらも「楽しかったね」なんて笑って。兄も、優しく笑って「うん」と返してくれて。でも、それは、きっと、いや、絶対そうだ、だって、あの後、兄は。 　寧子は、口元を押さえて目をぎゅっと閉じた。でないと、泣き叫んでしまいそうだった。何が起きているのかなんて、わからない。けれど、さっきの叫び声は、きっと、きっと、兄の本心だ。寧子に向けて言えなかった、本当の言葉だ。何の根拠もなかったけれど、寧子はそう感じ取った。 　寧子は、そっと目を開けた。画面は、暗転している。兄の姿も、声も、他のキャラクターの姿も、ＢＧＭも、何もない。何も、ない。真っ暗闇で、ただ、静かで、まるでそれが倒れていた兄の、閉じ切れていなかった目のようで、寧子は今度こそ我慢できずに嘔吐した。
July 31, 2025 at 9:50 PM
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【串刺し羊と牧羊犬】正気と狂気の話、或いはどうあがいてもバッドエンドな話。(1/2)

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「串刺し羊と牧羊犬」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Alejandro Barba on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　博士は突然、我に返った。いや、博士としての意識が戻ってきたというのが正しい。頭に生やされた羊角に触れ、その付根をなぞる。風呂の水面に映る自分の瞳は、明らかに人間のものではない。叫び出しそうになった口を咄嗟に押さえて、不自然にならないように辺りを見回す。 　入浴中は流石の護衛も外にいる。とはいえ扉一枚隔てた先で自分の気配を探っているだろうから、変な動きをすればすぐにおかしいと思われるだろう。いや、護衛ではなく、元グレイウルフだ。自分が迂闊だったせいで、囚われて改造されてしまった少年。博士はぐっと目元に力を込めて、溢れる涙を堪えた。 　自分の技術は既に怪人側に流出している。その全てを破壊できればいいが、それは難しいだろう。ならば、せめて洗脳装置だけでも破壊しなければならない。あれは恐ろしいものだ。自分のような被害者をこれ以上作る訳にはいかない。 　そのためにどうすればいいか。洗脳装置は今、先生の実験室に置かれていたはずだ。彼はあの装置をとても気に入っていて、暇があれば弄っている。何らかの理由をつけて自分の手元に戻せれば、破壊できる可能性はある。しかし、どんな理由ならば怪しまれずに済むだろうか。 「……ハカセ？　のぼせてない？」 「んっ、あぁ、うん、大丈夫」 　グレイウルフの声がして、思わず肩が跳ねた。彼は、人間だった頃と変わらず自分を慕い、心配してくれている。洗脳装置を壊した後は、彼と一緒にここから逃げ出して、アジトの場所を人間た ちに伝えなければならない。幸い、自分の顔貌は人間であった頃と大差ない。ヒーローの中にだって、獣化する人間はいる。二人とも、再び受け入れてもらえるだろう……本当に？　博士は自分の中で蠢く不安に蓋をした。 「ハカセ、はい」 「……うん、いや、今日は自分で拭くよ」 　バスタオルを持って待ち構えていたグレイウルフにそう言うと、すごく心外そうな、とても悲しそうな顔をされてしまったので、折れて拭いてもらうことにした。わしゃわしゃともみくちゃにされ、水分を拭き取られていく。その手つきは乱暴なようでいて、大切なものを扱う時のそれだ。完全に拭き終わられたのを確認した博士は、用意されていた寝間着ではなくさっきまで着ていた外出着へと手を伸ばした。 「どこか行くの？」 「うん、ちょっと先生の所に」 「がうっ」 　グレイウルフの鳴き声を耳にした途端、くらりと意識が歪む。あぁ、そうだ、もう寝なければ。博士はそう思い、しかしぶんぶんと首を横に振った。これが、改造された影響か。牧羊犬の指示に、羊は従わねばならない。だが、今は。 「大切な用事なんだ、すぐに帰って来るから」 「……ハカセ、ボクを置いていくの？」 「大丈夫、すぐに……」 「ダメだよ」 　瞬間、グレイウルフに押し倒された。強かに背を床に打ちつけ、けほ、と小さな咳が漏れる。見上げた先、グレイウルフの表情は逆光で見えにくい。けれども、それが決して好意的、肯定的なものでないことだけはよくわかる。 「ハカセはボクの、ボクだけのハカセだ。ボクから離れるなんて許さない。ボクはハカセを助けようとして、こんなことになったんだよ。だからハカセだって、ボクを一番に思ってくれないと。ボクらは二人で一つなんだ、どうして離れようとするの？」 「グレイ……」 「ボクはハカセの護衛で、無防備なハカセを守る犬で、ハカセのために生きてるんだ。だからハカセはボクに守られてたらいいんだ。ボクだけがハカセを大切にしてあげられる、守ってあげられる。なのにどうして、やだよ、一緒にいて、ずっとボクの手の届く所にいて」 　先程の鳴き声よりも強い、意識の歪み。腰の辺りからぞくぞくと、怖気とも快楽ともつかない奇妙な感覚が這い上がってくる。力が抜けて、護衛の言葉に従わなければならないという思考に満たされる。あぁ、私は彼と、ずっと一緒にいなければならない。けれど、私は、彼と離れるつもりはないんだ。 「あのね、グレイウルフ」 「違う」 「聞いて。私はね、人間なんだよ……人間、だったんだよ。仲間も、友人も、人間なんだ。だから、私は私として、やらなければならないことがある」 「違う、ハカセは」 「だからね、グレイウルフ。私がやりたいことを、一緒に、手伝ってくれないかな？」 　そう告げれば、護衛の表情が変わった。ぱちぱちと、まばたきしている。博士は今が好機と見て、彼に畳みかける。 「私の技術は既に怪人側に渡ってしまった。けれども、洗脳装置、あれだけはすぐにでも壊しておかなければならない。だから、先生の部屋にある洗脳装置を手に入れて、壊して、それから二人でここから逃げ出すんだ」 「……逃げ出す？」 「そう。そしてこのアジトの場所を人間たちに伝えるんだ。そうしたら……」 「駄目だよ」 　ぐるり、と首に何かが巻きつく感触。博士の顔が青褪める。それは、慣れ親しんだ、否、親しまされてしまった感触だ。それらは手首に、足首に、腰に、体中に巻きつき、やわやわと締めつけてくる。いつでも、捕らえられるのだと、誇示するように。 「人間性って呼ぶのかな、そういうの、本当に厄介だよ……かといって全て壊してしまうと、知識や技術が失われるからどうにもね。今後の研究ではその辺りに重点を置こうかな」
May 10, 2025 at 3:19 AM
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雑多ジャンルを駆け抜ける倫理観ゆるふわ案内人、とりいくんです。
混沌たる性癖から生まれた小説の数々は #とりいとらいぶらり にて。
楽しんでね、僕は楽しい。作品紹介動画はこちら👇
October 1, 2025 at 11:13 PM
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【管理者がいない地獄の話】妹博士襲来の話、或いは論文は後で興味深く読みこみましたという話でもある。

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「管理者がいない地獄の話」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Jill Wellington on pixabay / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 「お兄ちゃん先生！！」 「来るな！！」 　サイエ、渾身の拒絶であった。 　猛吹雪が僅かばかり緩んだその日、サイエはそろそろツジの生死を確認しようかという気持ちになって外出の準備をしていた。白衣の上からコートを羽織るのも慣れたものだ。最初はもたついて何とも格好がつかなかったが、何事も慣れるものである。 　と、そこで実験室の扉が開かれた。そして冒頭の言葉である。甲高い幼女の声は、黒いぼさぼさ髪、分厚い眼鏡、萌え袖白衣という博士キャラ系妹を意識しまくっているそれの喉から出たらしい。サイエは反射的に拒絶を返し、それからその態度が正解であったことを確信した。この幼女、十割、あの男だ。あの、全人類妹化計画とかいう何ともあれな計画を立てて実行して地獄へ落ちてきた男の成れの果てだ。 「いや、あの姿からその姿にどうやって変わったのかには興味があるな……」 「それはこちらの論文にまとめていますのでご査収ください」 「あ、これはどうもご丁寧に」 「査読も済ませていないものなのでお恥ずかしいですが……」 「まぁこの地獄で査読付き論文が手に入るとは思っていないから安心したまえ」 　そして反射的に紙束を受け取り、ざっと目を通す。なるほど、自己改造というのは専門外なので実に興味深い、おぉ、そうくるか、そういうアプローチは考えたことがなかった、ふむ、そうか、なるほど……。 「いや違う巻き込むなと言っただろう謝辞ならまだしも共著者に私の名前を並べるな！！　私はお前の研究にも計画にも髪の毛一筋たりとて関与していない！！」 「お兄ちゃん先生の助言によって完成した計画なのに！？」 「それからその呼び方を止めろ！！　私の血縁者でもないのにさも当然のように！！」 「お兄ちゃんというのは概念です。そこに妹がいれば自然発生する現象ともいえます。妹あれば兄あり。つまり僕が……この姿、一人称は僕の方がいいでしょうか、僕は僕っ娘も当然守備範囲内ですけどお兄ちゃんが望むなら私にすることもやぶさかでは」 「キャラがかぶる！！　いや違う私は何を口走っているんだ、そもそも兄ではないという話だよ！！」 「えー」 「えー、じゃない！！」 　可愛く唇を尖らせて不服そうな顔をする幼女に向かってメスを投げるも、存外俊敏な動きで回避した。最近、投擲武器の命中率が非常に低い。これは改善策が必要だとサイエが思考する内に、幼女は実験室にある本を物色し始めていた。 「おい止めろ」 「お兄ちゃん先生はやっぱり天才だなぁ、この本、僕も読んだことがあるんだけどちっともわからなくて……お兄ちゃん先生は勿論理解してるんだよね？」 　心底からの尊敬というものは以下略である。きらきらした目で自分を見上げる幼女の視線に、サイエは一瞬絆されかけた。危ない。次の瞬間には何とか正気に戻って本を取り上げ、幼女を放り出そうと試みる。 「あー！！　あー！！　お兄ちゃん先生、やだー！！」 「止めろそういう騒ぎ方をするんじゃない変な誤解を受けるだろうが！！」 「チイさいオンナノコがいるってキいて！！」 「だからといってお前に下げ渡すのも何かこの状況だと私が悪いみたいで嫌だなぁ！！　すごく嫌だ！！」 　しかし、実験室の外に現れたツジを見てサイエは頭を抱えた。流石にこう、直接手を下すのは別に構わないのだが、自分の行為によって何かこう……こう、ツジが喜ぶのはちょっと嫌なのだ。前に頼まれて幼女を作ったのは、ツジがきちんと対価を示したことと自分の実験も兼ねていたので気にならなかったのだが、今ここにいる幼女を自分が差し出したことになるのは、ちょっと。そんな風に思いながら、サイエはこの元男現幼女をどうすべきかと考えを巡らせた。
December 14, 2024 at 8:35 AM
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【串刺し羊と牧羊犬】入れる保険ないなった話、或いは肉体強化系はローズかなって話。(1/2)

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「串刺し羊と牧羊犬」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Wengang Zhai on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　少女はヒロイン候補生だった。ヒロインとしての力が目覚めたものの、まだ実戦投入には早いと判断されて、訓練と勉学に励む身だった。 　少女に与えられた名を、リトルローズという。 　とはいえ、これはヒロイン候補生の何割かを占めるコードネームである。ヒロインに昇格した暁には、薔薇の名を冠する予定であるヒロイン候補生たちの名前だ。だから、少女の個人名ではない。 　しかし、この話に大きく関わる少女に名がないというのは不便であるため、便宜上、この少女こそをリトルローズと称する。このリトルローズは、後天性のヒロインであった。 　その覚醒のきっかけは、後のリトルローズの目の前で、怪人による拉致事件が起きたことだ。まだ覚醒していなかった、一般人だったリトルローズは、自分を庇ってくれた男を見捨てて逃げることしかできなかった。 　逃げなさい、と男は叫んだ。あまりにも疲れたような、ぼんやりとした顔をしていたので、思わず声をかけてしまった男だ。名前も知らず、その時は彼が対怪人組織の研究者であることも知らなかった。 　ただ、男がとても辛そうな顔をしていたので、それがとても悲しかったので、思わず声をかけてしまった。僅かであれ、彼が笑ってくれればと、そう思ったのだ。けれど、それが間違いだった。 　研究者は彼女を逃がすために、生身で怪人に立ち向かった。しかも、怪人たちのリーダーと目されている先生に。彼女は研究者に言われたまま逃げるしかできなくて、そのことを悔やみ、嘆き、 そうしてヒロインとして覚醒した。 　ヒロイン候補生としての教育を受ける中で、リトルローズは自分が逃げた結果を知った。彼女を逃がしてくれた研究者は、怪人を生み出す材料にされて、今や怪人の部品となってしまったのだという。リトルローズの絶望はヒロインとしての力となり、彼女は候補生の中でも抜きん出た戦闘能力を誇るようになった。 　しかし彼女の精神的な部分は不安定過ぎた。それが、彼女が未だ候補生である理由だ。また、怪人への憎悪から事故に遭ったヒロインが直近で出ていたことも大きい。このリトルローズをヒロインに昇格させることに対しては、否定的な意見が多かった。 「潰れろ！！」 　が、現状はそんなことを言っていられない。対怪人組織内部に、突然、怪人たちが現れたのだ。一体一体は弱い、名無しの戦闘員たち。しかし、現れた場所と数が悪かった。待機状態だったヒロインやヒーローが戦っているが、多勢に無勢。今や正規兵も候補生も関係なく、乱戦となっている。 　故に、リトルローズは目立っていた。怪人に対して敵意が高い、ほぼヒロイン同等の戦闘能力を持つ候補生。薄緑色のドレスの裾を翻し、飛翔。重力と体重を活かした上空からの蹴撃が彼女の必殺技。ぐちゃりと音がしてまた一体、戦闘員が蹴り潰された。 　返り血を浴びながら跳び、蹴り、潰す。リトルローズは次々に怪人を殺していく。彼女の表情は虚無だ。憎い敵を目の前にした怒りも、その敵を鏖殺していることに対する喜びも、何もない。彼 女の感情は全て、彼女が怪人を殺すための力になっている。 　そんなリトルローズに勝てないと思ったのか、彼女に向かってきていた戦闘員たちが下がっていく。リトルローズは、近くで戦っていたヒーローの制止も聞かず、戦闘員たちを追っていった。 　組織のあちらこちらから炎が上がり、建物が崩れていく。 　戦闘員たちを瞬殺した後、蔓延する煙をオーラで吹き飛ばしながらリトルローズは進んでいく。崩れ落ちていく瓦礫を踏み台にして、上へ、上へ。こういう場合はなるべく広い範囲を見渡せる場所に向かうこと、というのは彼女が学んだことの一つだった。 　そうして辿り着いた先、元々は屋上だったそこには、四つの影。その内の一つに、リトルローズの表情が僅かに動いた。動揺、後悔懺悔、憤怒。様々な感情はリトルローズの力に呑み込まれて消えたが、影は変わらずそこにある。 「……ぎゃう」 「うん……まさか、ヒロイン候補生が一番に辿り着くとはね……」 「あれ？　研究者も知らない子？　イエローローズたんは？」 「知らない」 　大きな真黒い獣、恐らくは犬型の怪人。ヘラヘラ笑っているホスト風の怪人。その横には何故か、行方不明になっていたヒロイン、イエローローズ がいて。 　あの時助けられなくてごめんなさい、一人で逃げてしまってごめんなさい、そんな風になってしまったあなたを殺すことでしか助けてあげられなくてごめんなさい。リトルローズの中で吹き荒れる激情は、しかし、やはり、彼女自身の力に呑まれて表には出ない。 　かつての研究者、今は下半身が黒い蛇と化している怪人を前にして、リトルローズは己の両脚に全力を込めた。ドレスと同じ薄緑色だったオーラが、紅に染まる。瞬間、弾丸のように飛び出したイエローローズの拳とリトルローズの爪先が激突し、凄まじい衝撃波が発生した。 「うわー！？」 「イエローローズ！！」 　それによって吹き飛ばされたホスト風の怪人と違い、研究者は衝撃に逆らって這い進み、競り負けて弾き飛ばされたイエローローズを抱き留める。研究者の腕の中、じわりと涙を滲ませたイエローローズの拳は裂けて、細く白い骨が覗いている。嗚咽を漏らして痛みを堪えるイエローローズを抱き締めた研究者は、リトルローズに向かって威嚇音を放った。 「貴様、よくも……！！」 「ぐるるる……」 　そんな研究者の前に、黒犬が進み出る。獣化の進度は人間の至れる最深を超え、巨大な狼と化していた。しかし、リトルローズは動揺さえ見せず、もう一度、研究者、を、ねら、お、う、と……？
May 15, 2025 at 9:26 AM
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【八樺礼音と奇妙な友人たち】この後コピ・ルアクの正体を知ってまたしても噎せた話、或いは先生（が金と暇を持て余すと邪悪なことをし始めるのでまずは金から削っていく）用のコーヒーという話でもある。

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「八樺礼音と奇妙な友人たち」、「とりい とうか」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Mike Marquez on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　礼音は慟哭した。喫茶店の天井を仰ぎ、両手で頭を抱え、深く長い溜め息をつく。 「一昨日……十月一日はコーヒーの日だったそうで……」 「いやそんな軽い理由でそこまで嘆かれても困るって言うかぁ」 　魔法少女系ＶＴｕｂｅｒ、アバタモエクボが言う。 「そうと知っていれば先生にコピ・ルアクをもう一杯おすすめしていたのに……」 「コピ・ルアク？」 　とはいえ喫茶店はリアル空間なので、次の瞬間には中の人であるエクボの低い声に戻ったのだが。いつものモノクロコーデ、黒縁眼鏡姿の青年は不思議そうに首を傾げた。 「まぁ、こちらのお店ではコピ・ルアクが飲めるんですの？」 「ほぼ先生用メニューと化してますけど、えぇ」 「なら私、今日はお紅茶ではなくコピ・ルアクで。エクボさんにも一杯お願いします」 「え？」 「とても珍しくて美味しいコーヒーですよの。私がエクボさんにも味わってほしいと思ったので、お代は私が。是非お飲みになって」 「え……奢りとか嫌なんだけど」 「だってこれは私のわがままですもの」 　ふわふわとした笑顔に反して、奢ることを止める気はないらしい。礼音としても豆が悪くなる前に売り切ってしまいたいので、頼まれれば否はない。 　そうして数分、二人分のコーヒーを運んできた礼音である。キッチンにいる間も愛々とエクボが押し問答をしている気配は感じられたのだが、愛々がふわふわしたまま押し切ったらしい。承服いたしかねる、と言わんばかりの表情をしたエクボを見た礼音は少し笑ってしまった。 「こちら、コピ・ルアクです」 「ありがとうございます」 「……どうも」 　押し切られたから飲まないという選択肢はないようで、エクボが恐る恐るカップに口をつける。愛々も楚々とした仕草で同じく口をつけた。ほう、と柔らかな溜め息はどちらのものか。 「まぁ、普通に飲みやすい？　多分、うまいんだと思う。何か甘い匂いっつーか、何だろな……初めてだけど嫌いじゃねぇ味っつーか……」 「そうでしょう？」 　うふふ、と声を漏らして笑う愛々。しかし、そんな和やかな時間は唐突に終わりを告げた。 「そういえば、このお店では一杯おいくらですの？」 「五千円ですね」 「ごっ……！？」 　エクボが噎せかけ、己の口元に手を当てる。噴き出しかけたが根性で口内に残るコーヒーを飲み込んだようだ。 「ごせんておまえ」 「あら、随分良心的なお値段ですのね」 「りょうしんてきて」 「あまり高くすると先生がツケ払いを試みるので」 　あまりの衝撃にエクボのツッコミはワンパターン化してしまった。 「いや一杯五千円のコーヒーって何だよ！？」 「コピ・ルアクですね」 「むしろお安い方かと思いますわ。それなりのホテルで出されるなら一万円前後が相場ですし」 「とんでもねぇモン奢りやがって……！！」 「奢られた側の台詞じゃなくないです？」 　礼音が首を傾げるも、エクボは片手をわなわなと震わせている。もう片方の手はカップを持ったまま、というよりカップを離せなくなってしまったようで、とにかく内心大変な状況らしい。 　そんなエクボを眺めてうふふと笑う愛々に、エクボは文句を言いかけ、口を閉ざし、不意にすんとした顔になってコーヒーを啜り始める。どうやら一周回って貴重なコーヒーを味わい尽くすことにしたらしい。そんなエクボを見た礼音は、また笑ってしまった。
October 3, 2025 at 11:13 AM
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【Three Killers at Home】ハロウィン回の話、或いはアンソニーも結構いい性格をしているという話でもある。続きおよびこれまでのお話はこちらから👇
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#とりいとらいぶらり
October 25, 2025 at 11:22 PM
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【Re;Tri】蜂蜜と熊の話、或いはまぁ成功はしなかった話でもある。

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「Re;Tri」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 文庫ページメーカー / Photo by Allec Gomes on Unsplash / フォント：アプリ明朝 以下は本文の内容です。 　巨大な盃を抱えるようにして横たわり、時折その中身をぺろりぺろりと舐め取りながら、ぐぅだのむぅだの唸っている、これまた巨大な羆が一頭。 　抑止庁、給養部隊長、イーツ＝クッカーの全身変異（そして泥酔）状態であった。 　何でこんなことになったかというと、抑止庁の大食堂を襲撃した犯罪者たちが、彼等を排除するために出動したイーツに対して、退化強制剤を打ち込んだことによる。彼等は大食堂を司る給養部隊についてよくよく調査していて、隊長が輪廻士であることも突き止めていた。 　だから彼等は、隊長であるイーツを無力化するために退化強制剤を持ち込んでいた。他者に対する進化および退化関連剤の同意なき投与は、一部例外を除き違法である。まぁ、元々から犯罪者たちであるからして捕縛要件は満たしていたのだが、罪状が重なれば扱いも変わる。 　閑話休題、とにかくそのような理由で退化強制剤を持ち込み、予想通り出てきたイーツに打ち込んだ犯罪者たちであったが、それは彼等の予想外の効果を見せた。それにはイーツの体質や彼等が用意した退化強制剤の仕様など、様々な要因が絡んでいたのだが、 結果として犯罪者たちは死亡による履歴抹消措置対象者と成り果てた。 　巨大かつ炎を纏う、そして理性を失った羆に全力で殴られたらそうもなる。逆に体の一部でも残っていて履歴抹消措置が捗ったのが不思議なくらいだ。しかし理性を失った「火熊」なんて、補助官ばかりの給養部隊に抑えられる訳もなく、今度は抑止庁側が困り果てた。 　とにかく、麻酔銃で眠らせるにも魔術をかけるにも、纏う炎と野生全開の動きを止める必要がある。何しろこの熊、人肉の味を知っている。その時は不味いと思ったらしいが、空腹を覚えたら、そしてその時間近に人間の群れがいたら、大惨事不可避である。ならばと用意されたのが、あの大盃であった。 「大将寝た？」 「声量落としてさもなくば黙って」 「そもそもカグヤの針が通るのか？」 「集中が切れるから一切喋らないで」 　イーツの好物にして弱点が蜂蜜酒であるというのは、一部隊長格しか知らない情報で ある。イーツは蜂蜜酒がとても好きで、しかし体質のせいで少し舐めたが最後眠り込んでしまう。その眠りを致死ぎりぎりに近づけるために細く長い糸のような針を構えているのが尋問部隊長のカグヤであり、そんなカグヤの護衛として茶々を入れているのが強襲部隊長のウルと遊撃部隊長のニギ、戦闘力だけでいえばほぼ最強の二人であった。 「カグヤがおしゃべりしてくんない」 「おしゃべりを楽しめる状況じゃないね？」 「カグヤは意地悪だ」 「意地悪とか意地悪じゃないとかいう話でもないね？」 　しかし、その二人のせいで集中は途切れっぱなしである。先にこの二人の脳天に針を刺しこんだ方が諸々捗るのでは、なんて思ってしまう。やろうとしたが最後、丸焼きか八つ裂きにされるだろうからやらないが。長官の采配にあまり文句を言ったことのないカグヤだが、今日に関しては後から直接文句を言おうと決意していた。 　瞬間、投擲。カグヤが投げた針は風属性技能系魔術の効果もあり、するりとイーツの眉間に刺さる。と、イーツがぐぅうと大きく唸って倒れ込んだ。殺した訳ではない、一 時的に意識を奪っただけだ。今の内に拘束し、血液を検査して、投与された薬剤の構成物を調査し、解毒剤を作らねばならない。カグヤは知らず詰めていた息を吐き、それから何となく腹が立ったので両隣にいるウルとニギを殴ろうとした。
January 12, 2025 at 10:25 PM
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【七番目の地獄】サイボーグ系ヒーローの話、或いはちょっとおバカなヒーローの話。前編。

#とりいとらいぶらり
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。 付記に「七番目の地獄」、「@gear_fox_oo」と記載されています。 画像情報：generated by 新書ページメーカー / Photo by Michael Dziedzic on Unsplash / フォント：源暎こぶり明朝 以下は本文の内容です。 　地下監獄都市、七番目の地獄、午後の選択制更生プログラム。社会復帰後に必要な知識だけでなく、社会復帰するための心構えや常識、倫理について学ぶ時間である。 　だがしかし、その日の大講義室にはいつもと違う顔がいた。大小様々な傷がついた右の機械腕は歴戦の証、冷徹な眼差しの片方もまた機械製の義眼。どこか暗い影を背負っている彼の名はコーキ、そしてヒーロー名をブレイブハートという。 　昔、ヴィランとの戦闘で失われた片腕と片目を機械に置き換え、サイボーグ系ヒーローとして戦い続けている青年であった。 「パワーもスピードも、勝っていた。負ける可能性なんて万に一つもなかった。あのヴィランが、あんなことさえしなければ……！！」 「はいはい負け犬の遠吠えは見苦しいわよ」 「別にフィジカルで負けてても全然勝てるしな」 「あんなこととか言ってるけどサイボーグ系のヒーローがハッキングに弱いのは周知の事実だ」 「普通……弱点がわかってるなら、対策を取るでしょ……？」 　悔しげに吐き捨てたコーキに対し、アイドル系ヴィランのヤマタ、スパイ系ヴィランのクロウ、マッドサイエンティスト系ヴィランのエムエス、ロリ系ヴィランのベルがそれぞれに返す。特にベルからの冷たい視線つきの指摘に心を刺され、コーキは少し泣いた。 　事の起こりはと言えば。 　つい先日、コーキはヴィランに敗北した。屈辱的な敗北であった。腕力も速度も劣っている相手にこてんぱんにされた上、言葉にするのも憚られるような仕打ちを受けた。 　故に、コーキは復讐の炎を燃やし、そのヴィランに再挑戦した。が、結果は同じ。ブレイブハートはヴィランに負けるのがお好きで？　なんてにやにや笑いながら言われて激怒した。激怒したが、敗北は敗北であった。 　そうして恥辱に打ち震えるコーキに、本部所属の後方支援系ヒーローの一人が提案したのだ。コーキはヴィランの狡猾な策略を全く知らない。知らないことに対処することは難しい。ならば知ればいいのだと。 　そうしてコーキは海千山千のヴィランたちの巣窟、七番目の地獄を訪れ、今に至っている。 　普段はスグハを筆頭とした更生させる側の人間が立つ講師席に、ヴィランたちが座っている。ついでに野次馬として他のヴィランたちも周りにいるので、コーキの周りに味方はいない。 　いや、最初はあの最強ヒーロー、七番目地獄の監督官ことスグハが隣にいてくれるはずだったのだ。しかし、そのスグハに急用が入ってしまった。「皆さん親切な方なので大丈夫ですよ！」なんて言っていたが、嘘だろうとコーキは後悔している。 「そもそも力だけで勝てるなんて思っているのが間違いだ。戦いは、勝った方が正義……つまり、今のお前はヴィランの赤ちゃんとも言える」 　監獄には似合わない瀟洒なスーツを身に纏うフォクセンが、人差し指を左右に振りながら言う。ホワイトボード用のマーカーを手に、几帳面そうな字を書き連ねながら。 「本日の講座はヴィランの狡猾なる知略入門。講師は我々、実務経験のある者たちだ。ありがたく学べよ」 　ホワイトボードには「罠の張り方」「逃走の美学」「甘言と誘惑」「弱みの握り方」「虚報の効果」などなど、コーキにとって汚物のような内容が広がっていく。と、それが表情に出てしまっていたのか、ヴィランたちが実に晴れ晴れしく笑った。その笑顔は本当に爽やかで、だからこそ、何よりも恐ろしいものだった。
September 1, 2025 at 10:17 AM