Vindobona
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ボロディンと『イーゴリ公』のファンです。寺・神社・城・外国語の話題なども。Толи не буди мира межи нами, оли же камень начнеть плавати, а хмель грязнути.
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2015年のTwitter過去ログチェック完了。
この年は10月にブルガリア国立公園ソフィア歌劇場の来日公演があったので、関連ログが非常に多く、ついつい読み耽っちゃった。
糖分日本で『イーゴリ公』は上演されないと思うので、10年前の賑々しさが懐かしく眩しい。
ウクライナも行ってみたかったな〜。
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周辺が広がりすぎて、散らかっている上に、私の解像度が低いと言うか、皆さんCMYKの話をしてるのに、私はRGBで話しをしてるみたいな次元の違いを感じている。
お相手してくださってる皆さんに感謝しかない。
足元を固める土地改良工事に専念します。
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エムシャンもうっすい冊子にしちゃうか!
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などなど過去ログを調べながら、終わりの始まりが10年前だったと再確認してしんみりするなど。
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グルジア王に嫁いだコンチャークの姉の名、グランドゥフトのドゥフトの部分がペルシア語系で「娘」を表しているそうで、印欧語〜とまた鼻血を噴いている。
ポーロヴェツに限らず遠距離移動型の遊牧民族はその土地の民族と通婚、混血していくので、グランドゥフトもホラズム系の血が濃いのかも知れませんな。
ちなみにルーシに移る次の世代のポーロヴェツの名前はルーシの名前が増えて来ます。
コンチャコーヴナは洗礼名はスヴォボダ(自由)だけど、個人名はナスターシヤらしい。
母親はルーシの人かも知れない。
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2017年あたりのTwitterの過去ログは古楽絡みが多く、そんなに熱心に聴いてたかな?とかも思う。
ピカルディ終止とか、すみません、覚えてないや…
その場限りで記憶に定着していない曲も作曲家もたくさんありそう。
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そのお子さんの代にはソ連からイタリアに亡命していて、近年、この記念館を訪れたそうな。
ボロディンのことは調べても、冊子の順番はたぶん最後なんだけどな!
今日はここまで。
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今週の収穫はボロディンの実父の家が本当にロシア帝室にもジョージアの王朝にも繋がりがあった公爵だったってことですかね。
しかも妾腹とはいえ、ボロディンは最初の男児で、日本とは家系の考え方が違うらしいから、実父が亡くなって公爵家は断絶してるっぽい。
その一方で、実子ではないせいか(そして女性のせいか)、養女と、その配偶者である化学者の縁戚関係は辿りにくい。
この養女夫妻の子どもがボロディンの伝記や書簡集をまとめたようで、ボロディンの記念館の設立に関わったのもこの人らしい。
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1506年9月25日、ブルゴーニュ公フィリップが生水に当たり28歳で急死する。妻フアナのカスティーリャ女王即位を受け自らもカスティーリャ王フェリペ1世を僭称するが、カトリック両王と敵対していたフランス王に接近するなどその行動はカスティーリャ貴族から嫌われ、支持は薄かった。
フィリップは「美公」のあだ名通り美男子で、また浮気癖も酷かったと言われる(しかし妻フアナとの間には6人の子を儲けている)
フィリップの死後フアナは完全に正気を失い、夫フィリップの埋葬を許さずその棺と共に数年間カスティーリャ国内を放浪した。後に「狂女」と呼ばれる。
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1066年9月25日、ダーウェント河畔のスタンフォードブリッジにおいて、ノルウェー王ハーラル3世とイングランド王弟トスティの軍勢をイングランド王ハロルド2世の軍が強襲する。激戦の末ハーラル3世とトスティは共に戦死し、ノルウェーのヴァイキングはイングランドより追放された。
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防衛のために遠征なんかに行くと思ってる?
違うよ、略奪だよ。
互いに略奪に行ってんの。
十字軍みたいなもん。
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でも、私が創作してるわけでも独占してるわけでもないし、調べりゃわかることを調べてるだけだし。
とりあえず資料は集まってきて、今後の展開の目処がつきそうかな。
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本作るまで黙っときゃいいのに、ベラベラと種明かししたくなっちゃうぼくの悪い癖。
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ボロディンの伝記の基本図書の1つであるスターソフによる伝記が青空文庫のようにネットで読めるのありがたい…
(勿論、著作権が切れているためです。)
しかも、本文のみならず、怪しい翻訳ながらもクリック一つで和訳してくれるのも助かる。
Xのアンケートでの結果、ボロディン関連のあれこれは後回しで良さそうだけど、一番困っていた一次資料をこうして無料で閲覧できて、引用できそうでとても嬉しい。
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ああああ、空リプしていてすみません!
たぶんスクロールしていて、投稿ボタンを触っちゃったんだと思います。
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Xの過去ログチェック、様々な『イーゴリ公』関連のつぶやきの確認が目的だが、中には、というか、かなり笑っちゃうようなふざけたものや、私だけではなく、他の方のボロディンやその作品への思いのたけのようなものも多く、単調になりがちな作業に楽しさを添えている。
特に化学や薬学の学徒の皆さんのボロディン先生への驚愕と尊敬、演奏する皆さんの憧れや恨み節…
そして、そんなつぶやきを残した皆さんにはもうXのアカウントを残してらっしゃらないかたもいらして、少し悲しい。
ボロディンとイーゴリ公に魅了された皆さんがどこにいらしてもお元気でいらして欲しいと願わずにはいられない。
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このように過去ログ浚いはとっ散らかった部屋の片付けにも似て、否応なく過去の自分と向き合う作業ともなり、自分は自己肯定感高めな性格だと思っていたものの、ごりごりとメンタルも削られ、なかなか捗らない。
あとね、つぶやきすぎ。

以上、現場からの報告でした。
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他にも過去ログを浚っていると、同じ内容を繰り返していたり、2歩進んで3歩下がっていたり、反省点も多々発見。
基本的にボロディンやイーゴリ公に興味のある方は緩く固定しているようで(今回初めて気付く体たらく)、そのことに気付いていない私がその都度ごとに似たようなツイートに似たようなレスをつけていて、さぞかしご迷惑をおかけしてたことかと、何度も全方位に向かって陳謝したい気持ちで一杯になっています。
私のSNSでの不用意な言動でボロディンや『イーゴリ公』に風評被害が及んでいたら、と考えると不眠症がひどくなりそう。
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当初の計画のサイト総決算本では、

歌劇『イーゴリ公』

「だったん人の踊り」にまつわるあれこれ

作曲家ボロディン

原案となった『イーゴリ遠征物語』とその時代

以上の4章立てで新書もどきにする予定でいましたが、私の興味の方向とほぼ皆無の音楽知識と能力、必要な調査や信頼できる資料集めの進捗などなど、各方面にばらつきと問題があり、準備が整っている章(分野)、つまり書きやすいところからブックレット形式で発表しようかと考えています。
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ともかく、サイトの内容が古すぎるので、その後の紆余曲折を辿るべく、SNSの過去ログを鈍意点検中です。
今年から遡って2019年まで来ましたが、この頃はボロディンの歌曲集の対訳本を出したかったようで、すっかり失念していました。
これ、全曲翻訳は終わっていて(昔すぎて見直しが必要)、解説をどうしようか思案している段階で、家族構成が変わったり、コロナ禍があったり、生活に大きな変化があるうちに忘却の彼方に消えていったものです。
そんな再発見が今のところの成果と言えるかどうか。
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サイト総決算の新書→ブックレットを作ろう計画を一応立ち上げ、何を盛り込もうかを考えてサイトを見直すと、まあ、とにかく情報が古い。
考えてみれば骨組みはホームページビルダーで拵えたまさかの前世紀、現サイトが2003年構築という傾いても仕方がない老舗ぶり。
ついでに対訳歌詞も来年が20年のアニバーサリーで、まさに光陰矢の如し。
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N響じゃなくてチェコフィルで、NHKホールのだった。
慌てすぎ。
無事、チケット取れました😅
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アイヤ〜!
ビシュコフ(と書いておく)、N響の『わが祖国』申し込むの忘れてた〜!
プラハで聴いているとはいえ、また聴きたかったんだけどな。
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科博の氷河期展に行こうと考え、前回、いつ行ったかな?とつらつらと考えるに、まさか6年前のミイラ展?
いや待て、いくらコロナとかで外出避けてても、まさかそんな?
なら、東博もそんな感じ?
こんなことではいかん。
常設展示もがっつり見て来ないと!
リハビリにもちょうど良さそう。
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1月に腰椎、5月に胸椎を他愛なくペシャペシャと潰し、酷暑をいいことにダラダラと静養三昧したところ、ものの見事にフレイル状態になりました。
イベントや旅行には欲望に忠実に出かけているものの、バスや電車でよろめきまくる。
まさかと思ったら、片足立ちができなくなってる。
とてもヤバい。
前屈みの姿勢も治らないし、筋肉を、体幹を鍛えなければ…
整形のお医者先生には縄跳びを勧められましたが、それ以前の段階だね。
まずは歩こう。
来月から。