呟きというよりはぼやきかもしれません。
2020/2/7~11:諸都市の女王への巡礼達成
が、この様な書かれ方に突っ込みや否定が無かったあたり、大帝の反撃に何らかの形であれテオドラが影響を与えた可能性が考えられるようだ…
が、この様な書かれ方に突っ込みや否定が無かったあたり、大帝の反撃に何らかの形であれテオドラが影響を与えた可能性が考えられるようだ…
自省を込めつつ備忘録としておこう…
自省を込めつつ備忘録としておこう…
大国としてのハザール可汗国にとどめを刺したのはスヴャトスラフ1世だが、彼はキリスト教徒ではないし、キエフ公国もまだキリスト教国ではない。
キエフ公国がキリスト教に改宗し受容したのはそのスヴャトスラフ1世の子のウラジーミル聖公の時代である。
「改宗しろと迫られていた」も首を傾げたくなるが、ハザールのユダヤ教への改宗の時期ならば、挙げるべきキリスト教国はキエフ公国ではなく、隣国のビザンツ帝国にほかならない。
大国としてのハザール可汗国にとどめを刺したのはスヴャトスラフ1世だが、彼はキリスト教徒ではないし、キエフ公国もまだキリスト教国ではない。
キエフ公国がキリスト教に改宗し受容したのはそのスヴャトスラフ1世の子のウラジーミル聖公の時代である。
「改宗しろと迫られていた」も首を傾げたくなるが、ハザールのユダヤ教への改宗の時期ならば、挙げるべきキリスト教国はキエフ公国ではなく、隣国のビザンツ帝国にほかならない。
ヘラクロナスの件や、コンスタンティノス4世も弟たちに施して自らの帝位の安定に努めていたりと…
摘眼はその後の時代、コンスタンティノス5世に反乱起こした人あたりからなイメージがある…
もっと前にもいるんだろうか…
ヘラクロナスの件や、コンスタンティノス4世も弟たちに施して自らの帝位の安定に努めていたりと…
摘眼はその後の時代、コンスタンティノス5世に反乱起こした人あたりからなイメージがある…
もっと前にもいるんだろうか…