現在は2で船をゲットする段階。
ここまでのところ、ストーリーもキャラも肉付けが多くて原典とはいい意味で半分別物感。
2の原典がローレシア勇者とあと2人って感じだったのが今リメイクでは3人とも同格の主人公に仕立ててる。
これは1リメイクが勇者を独りで戦わせる状況に自己批評的視点を持ち込んだのと地続きの作りやねー
現在は2で船をゲットする段階。
ここまでのところ、ストーリーもキャラも肉付けが多くて原典とはいい意味で半分別物感。
2の原典がローレシア勇者とあと2人って感じだったのが今リメイクでは3人とも同格の主人公に仕立ててる。
これは1リメイクが勇者を独りで戦わせる状況に自己批評的視点を持ち込んだのと地続きの作りやねー
偽昭和を偽昭和としてやるぶんにはお遊びですむけど「ネタとわからない人や子供が真に受けてました!」を微笑ましい話みたいにあつかったらまったく別のテーブルに乗ると思うんよね。
フィクション作品の場面スチルを史実の史料としてバズらせることが可能な時勢では、そのへんあんま呑気してらんない筈なんだけど
偽昭和を偽昭和としてやるぶんにはお遊びですむけど「ネタとわからない人や子供が真に受けてました!」を微笑ましい話みたいにあつかったらまったく別のテーブルに乗ると思うんよね。
フィクション作品の場面スチルを史実の史料としてバズらせることが可能な時勢では、そのへんあんま呑気してらんない筈なんだけど
Q.パリピの田中角栄ってな~んだ?
A.田中角ウェイw
Q.パリピの田中角栄ってな~んだ?
A.田中角ウェイw
子供が遊ぶ武器型おもちゃ・戦争ごっこ・軍事的なものを描いたフィクションはごっこであって政治や戦争そのものではないが、政治や戦争のほうはおもちゃや戦争ごっこやフィクションを利用する……みたいな。
例えば「大人が子供を守る」とか「子供が勇気を出して難題に立ち向かう」といったフィクションが感動的に描かれた時、そこに「軍隊の」とか「「戦場で」がつくと受け手の感情は政治・軍事を正当化する方向に巻き取られる……と、つまりプロパガンダ研究なんだけど子供文化に焦点を絞り込んだのが特色
子供が遊ぶ武器型おもちゃ・戦争ごっこ・軍事的なものを描いたフィクションはごっこであって政治や戦争そのものではないが、政治や戦争のほうはおもちゃや戦争ごっこやフィクションを利用する……みたいな。
例えば「大人が子供を守る」とか「子供が勇気を出して難題に立ち向かう」といったフィクションが感動的に描かれた時、そこに「軍隊の」とか「「戦場で」がつくと受け手の感情は政治・軍事を正当化する方向に巻き取られる……と、つまりプロパガンダ研究なんだけど子供文化に焦点を絞り込んだのが特色
子供が遊ぶ武器型おもちゃ・戦争ごっこ・軍事的なものを描いたフィクションはごっこであって政治や戦争そのものではないが、政治や戦争のほうはおもちゃや戦争ごっこやフィクションを利用する……みたいな。
例えば「大人が子供を守る」とか「子供が勇気を出して難題に立ち向かう」といったフィクションが感動的に描かれた時、そこに「軍隊の」とか「「戦場で」がつくと受け手の感情は政治・軍事を正当化する方向に巻き取られる……と、つまりプロパガンダ研究なんだけど子供文化に焦点を絞り込んだのが特色