『今日のミーティングは他の者を出席させる』
シンプルで短い文に、ソーは深い深いため息をついた。公私混同はしている訳では無いが、現在のクライアントの為に業種が少し違う恋人の会社と一緒に働いているだけである。
ソーのハードな仕事の中で、数少ない癒しが職場でも恋人に会えるということなのだが、如何せんその恋人も相当に優秀なため、ソーの会社との仕事以外にも多くの案件を持っている、今日みたいにスケジュールが会わない日だってある。
『今日のミーティングは他の者を出席させる』
シンプルで短い文に、ソーは深い深いため息をついた。公私混同はしている訳では無いが、現在のクライアントの為に業種が少し違う恋人の会社と一緒に働いているだけである。
ソーのハードな仕事の中で、数少ない癒しが職場でも恋人に会えるということなのだが、如何せんその恋人も相当に優秀なため、ソーの会社との仕事以外にも多くの案件を持っている、今日みたいにスケジュールが会わない日だってある。
まさか着ていたお洋服を盗まれるだなんて思ってもみないので、水遊びの場所に替えのお洋服を持ってきていないのです。いえ、持ってきていなくてよかったのかもしれません、アスガルドの良質な布地と皮をあしらった高級なお洋服ですから、替えまで置いていたら、あの盗人モータルに根こそぎ奪われていたでしょう。
ロキは途方に暮れてしまいます、魔術でお洋服を作り出すにはまだまだロキは未熟でしたし、何より今の姿が水を浴びてベシャベシャの湯着のみなのです。
ロキは考えます、もしヘイムダルを呼べば、旅行は途中ですがアスガルドに帰ることはできます。
まさか着ていたお洋服を盗まれるだなんて思ってもみないので、水遊びの場所に替えのお洋服を持ってきていないのです。いえ、持ってきていなくてよかったのかもしれません、アスガルドの良質な布地と皮をあしらった高級なお洋服ですから、替えまで置いていたら、あの盗人モータルに根こそぎ奪われていたでしょう。
ロキは途方に暮れてしまいます、魔術でお洋服を作り出すにはまだまだロキは未熟でしたし、何より今の姿が水を浴びてベシャベシャの湯着のみなのです。
ロキは考えます、もしヘイムダルを呼べば、旅行は途中ですがアスガルドに帰ることはできます。
ロキはスポーツ観戦の後の車の中が大好きであった、キラキラと子供みたいに目を輝かせて話すソーや、ちょっと照れて恥ずかしがるソーが見られるからだ。
そのどちらもロキしか見ることの出来ない顔で、そしてどちらも可愛いとロキは思っている、惚れた欲目かもしれないが、大好きな恋人の可愛い姿はいつだって見ていたいし、そして大好きな恋人はいつだって可愛いのだ。
ロキはスポーツ観戦の後の車の中が大好きであった、キラキラと子供みたいに目を輝かせて話すソーや、ちょっと照れて恥ずかしがるソーが見られるからだ。
そのどちらもロキしか見ることの出来ない顔で、そしてどちらも可愛いとロキは思っている、惚れた欲目かもしれないが、大好きな恋人の可愛い姿はいつだって見ていたいし、そして大好きな恋人はいつだって可愛いのだ。
あの時のパスが、ゴールが、ディフェンスが。あの選手が、この選手が。
脈略もほどほどに、興奮するまま話すソー、助手席のロキは、その顔を眺めながら相槌を打つ。
「それで……」
「……」
「……あー」
「うん?」
赤信号で停止した瞬間、ソーの言葉も止まった。
「なんか、ごめんな、俺ばっか話してて」
「え、どうした?」
「いや、お前全然話さないからさ」
はは、とバツの悪そうに自分の髭に手をやるソー。
「話してるだろ」
「そうか?」
「それに、ソーの感想なら沢山聞きたい」
あの時のパスが、ゴールが、ディフェンスが。あの選手が、この選手が。
脈略もほどほどに、興奮するまま話すソー、助手席のロキは、その顔を眺めながら相槌を打つ。
「それで……」
「……」
「……あー」
「うん?」
赤信号で停止した瞬間、ソーの言葉も止まった。
「なんか、ごめんな、俺ばっか話してて」
「え、どうした?」
「いや、お前全然話さないからさ」
はは、とバツの悪そうに自分の髭に手をやるソー。
「話してるだろ」
「そうか?」
「それに、ソーの感想なら沢山聞きたい」
御曹司のオーディンソンであるから、身内ではない有象無象に対して、無意識でも警戒してしまう部分もあるのだろう。その分、身内と認めた相手にはとても甘い。
ロキと初めてあった時なんて、視線なんてほとんど合わず、会話もほとんどしなかった。そんな男が、いまや仔犬みたいにロキロキとロキの周りを回ってる。
御曹司のオーディンソンであるから、身内ではない有象無象に対して、無意識でも警戒してしまう部分もあるのだろう。その分、身内と認めた相手にはとても甘い。
ロキと初めてあった時なんて、視線なんてほとんど合わず、会話もほとんどしなかった。そんな男が、いまや仔犬みたいにロキロキとロキの周りを回ってる。
あんなに恋人に愛されているのに、知らぬは本人ばかりなり、である。
へそ曲がりの息子のへそをさらに曲げるべく、今週末のロキとの"デート"をソーに自慢する。新進気鋭の劇団で、まだまだ荒削りだけれども、なかなか味のある舞台。ただ、大きな劇場では公演できないため、座席数の少ない劇場でのみ公演しており、なかなかチケットを取るのも大変な舞台。
「……俺も行く!」
拗ねた息子がそう言い出すのは、母には全てお見通し。本当はソーとロキのふたりだけで行ってもらうのが良いけれど、フリッガがいないとソーもろくに舞台を見ることが出来ないから、チケットは3枚で。
あんなに恋人に愛されているのに、知らぬは本人ばかりなり、である。
へそ曲がりの息子のへそをさらに曲げるべく、今週末のロキとの"デート"をソーに自慢する。新進気鋭の劇団で、まだまだ荒削りだけれども、なかなか味のある舞台。ただ、大きな劇場では公演できないため、座席数の少ない劇場でのみ公演しており、なかなかチケットを取るのも大変な舞台。
「……俺も行く!」
拗ねた息子がそう言い出すのは、母には全てお見通し。本当はソーとロキのふたりだけで行ってもらうのが良いけれど、フリッガがいないとソーもろくに舞台を見ることが出来ないから、チケットは3枚で。
そんな話を聞いたら、ソーだって気に食わないし、思わず、俺のロキなのに!と言ってしまうのも仕方がない。
嫉妬し拗ねるソーを横目に、ロキからのメッセージを見る。
"ソーにプレゼントを送りたいのですが……"
"ソーが苦手な食べ物ってありますか?私が聞いても嫌いなものは無いっていうから……"
そんな話を聞いたら、ソーだって気に食わないし、思わず、俺のロキなのに!と言ってしまうのも仕方がない。
嫉妬し拗ねるソーを横目に、ロキからのメッセージを見る。
"ソーにプレゼントを送りたいのですが……"
"ソーが苦手な食べ物ってありますか?私が聞いても嫌いなものは無いっていうから……"
「そう!それに合わせて音楽がーー」
「そうなんです!この劇の原作ではーー」
「あら!原作を読んだの?ならこの作品もーー」
「ふふ、それも読みました!ストーリーも素晴らしいですが、登場人物の心理描写がーー」
「…………」
急遽、ソーとロキのディナーデートに飛び入り参戦した母。そして、ソーのことなんて置き去りにして、その母と話が盛り上がるロキ。
こうなるのが目に見えていたから気が重かったのだ。
もそもそとフルコースを食べるソー、その顔は、めいっぱい気に食わないと表現しているが、ロキも母もまったく気にしない。どうしてデートなのにおいてきぼりをくらわなきゃいけないのだ。
「そう!それに合わせて音楽がーー」
「そうなんです!この劇の原作ではーー」
「あら!原作を読んだの?ならこの作品もーー」
「ふふ、それも読みました!ストーリーも素晴らしいですが、登場人物の心理描写がーー」
「…………」
急遽、ソーとロキのディナーデートに飛び入り参戦した母。そして、ソーのことなんて置き去りにして、その母と話が盛り上がるロキ。
こうなるのが目に見えていたから気が重かったのだ。
もそもそとフルコースを食べるソー、その顔は、めいっぱい気に食わないと表現しているが、ロキも母もまったく気にしない。どうしてデートなのにおいてきぼりをくらわなきゃいけないのだ。
「ロキさんに挨拶しなくちゃね!」
となぜかソー以上に意気込んでめかしこんでいた、最近は着ていなかったとびっきりの一張羅を着て、ウキウキ気分でソーと一緒に劇場へと向かった。
ソーとしては気分が重い、いやまあ母親と一緒に観劇に行くことに対して気分が重くなっている訳ではない。母がロキと会うことに対して気分が落ち込んでいるのだ。
ウキウキの母は、観劇も大好きだし、絵画にも造詣が深く、ソーよりも本も読む。つまり、ロキときっと気が合う。
恋人と母親の気が合うことの、何が気が重いのかと思われるかもしれない。
「ロキさんに挨拶しなくちゃね!」
となぜかソー以上に意気込んでめかしこんでいた、最近は着ていなかったとびっきりの一張羅を着て、ウキウキ気分でソーと一緒に劇場へと向かった。
ソーとしては気分が重い、いやまあ母親と一緒に観劇に行くことに対して気分が重くなっている訳ではない。母がロキと会うことに対して気分が落ち込んでいるのだ。
ウキウキの母は、観劇も大好きだし、絵画にも造詣が深く、ソーよりも本も読む。つまり、ロキときっと気が合う。
恋人と母親の気が合うことの、何が気が重いのかと思われるかもしれない。
「ソーのお母様に色々と工面してもらったのだろう?お母様と一緒に観たらいいじゃないか、たまの親孝行だ」
「いやでも……」
観劇大好きな母に色々と手を回してもらったのは事実だが、観劇大好きな母のことだから、この舞台のチケットは別に取っているはずである。
それでもロキはソーに舞台を観せたいのか。
「ならソーのお父様と観るか?」
「それは勘弁してくれ……」
結局、ソーは母と一緒に舞台を観ることとなった。
後日、ソーは母にことのあらましを説明しながら、一緒に舞台に行かないかと誘えば、母はたいそう喜んだ。
「まあ!ソーに舞台へ誘われるなんて、明日は雪ね!」
「母さん……」
「ソーのお母様に色々と工面してもらったのだろう?お母様と一緒に観たらいいじゃないか、たまの親孝行だ」
「いやでも……」
観劇大好きな母に色々と手を回してもらったのは事実だが、観劇大好きな母のことだから、この舞台のチケットは別に取っているはずである。
それでもロキはソーに舞台を観せたいのか。
「ならソーのお父様と観るか?」
「それは勘弁してくれ……」
結局、ソーは母と一緒に舞台を観ることとなった。
後日、ソーは母にことのあらましを説明しながら、一緒に舞台に行かないかと誘えば、母はたいそう喜んだ。
「まあ!ソーに舞台へ誘われるなんて、明日は雪ね!」
「母さん……」
そんなしょぼくれるソーに、ロキはよしよしと頭を撫でてやった。
「ソー、すまなかった」
「ぐすっ……いいんだ、俺が勝手に買っただけだから」
「いいんだ、って顔じゃないだろ……観劇の後にディナーでも行かないか?」
「レストランはもう予約してある……」
「……準備がいいな」
念願の劇場デートがパァになって落ち込むソーに、何も知らぬロキは言う。
「せっかくだから、ソーもこの舞台を観たらいい」
そんなしょぼくれるソーに、ロキはよしよしと頭を撫でてやった。
「ソー、すまなかった」
「ぐすっ……いいんだ、俺が勝手に買っただけだから」
「いいんだ、って顔じゃないだろ……観劇の後にディナーでも行かないか?」
「レストランはもう予約してある……」
「……準備がいいな」
念願の劇場デートがパァになって落ち込むソーに、何も知らぬロキは言う。
「せっかくだから、ソーもこの舞台を観たらいい」
「でもソーの休日でもなんでもない日に、わざわざチケット買うなんて、何かあったのか?」
ソーの休日ではないからロキも観劇の予定を入れてしまったのだ。
ロキの言葉に、ソーはますます項垂れる。雨に当たった仔犬のようにしょぼくれるソーに、ロキは困った顔をして、なにかの記念日を忘れてしまったのかと聞いてくるので、ソーもしょんぼりしながら答える。
「……出会った日?」
「そうだ……」
「付き合った日ではなく?」
「俺とお前が初めて会ったのがこの日だったんだ……」
「でもソーの休日でもなんでもない日に、わざわざチケット買うなんて、何かあったのか?」
ソーの休日ではないからロキも観劇の予定を入れてしまったのだ。
ロキの言葉に、ソーはますます項垂れる。雨に当たった仔犬のようにしょぼくれるソーに、ロキは困った顔をして、なにかの記念日を忘れてしまったのかと聞いてくるので、ソーもしょんぼりしながら答える。
「……出会った日?」
「そうだ……」
「付き合った日ではなく?」
「俺とお前が初めて会ったのがこの日だったんだ……」
「その……気持ちはありがたいのだが……」
そしてフラれた。
プレミアムなチケットを渡そうとしたら、そのチケットに書かれている日付を見たロキが顔色を悪くし、そしてとても申し訳なさそうに断ってきたのだ。
もちろんソーは断る理由を聞いた。
「既にその舞台のチケットは買っているんだ……」
面白い舞台と聞く、何度行ってもいいじゃないか。
「……私が買ったチケットも同じ日なんだ」
なんという偶然!まったく同じ日のチケットを買っていたなんて!
ソーは嬉しくない奇跡に、頭を抱えて唸り声をあげる。
「その……気持ちはありがたいのだが……」
そしてフラれた。
プレミアムなチケットを渡そうとしたら、そのチケットに書かれている日付を見たロキが顔色を悪くし、そしてとても申し訳なさそうに断ってきたのだ。
もちろんソーは断る理由を聞いた。
「既にその舞台のチケットは買っているんだ……」
面白い舞台と聞く、何度行ってもいいじゃないか。
「……私が買ったチケットも同じ日なんだ」
なんという偶然!まったく同じ日のチケットを買っていたなんて!
ソーは嬉しくない奇跡に、頭を抱えて唸り声をあげる。
母に頼み込み、話題の舞台のチケットを手に入れたのには理由がある。その舞台が公演されるのは、ロキと出会った記念日なのだ。ふたりでレストランで食事をして、そのままホテルへ、という記念日も素敵だが、ロキになにかプレゼントを送りたい気持ちがある。花やアクセサリーなど、形の残るプレゼントもいいが、そういうプレゼントは今までもたくさん渡してきたので、たまには趣向を変えてみるのもよい。
母に頼み込み、話題の舞台のチケットを手に入れたのには理由がある。その舞台が公演されるのは、ロキと出会った記念日なのだ。ふたりでレストランで食事をして、そのままホテルへ、という記念日も素敵だが、ロキになにかプレゼントを送りたい気持ちがある。花やアクセサリーなど、形の残るプレゼントもいいが、そういうプレゼントは今までもたくさん渡してきたので、たまには趣向を変えてみるのもよい。
そもそも、ソーが観劇でぐっすり寝てしまうのは、仕事も忙しく、たまの空いた時間は全てロキの為に費やし、ちょくちょく徹夜もするようなハードスケジュールで生活しているせいである。
ソーはその気になれば、毎日毎晩遊んで暮らせる放蕩息子として過ごせる。過ごせるが、やや潔癖なロキのことだからそんな放蕩息子なソーになれば、あっという間に別れ話にもつれ込むだろう。
ハードな仕事自体は、それはそれでやりがいを感じ楽しいと思ってはいる、たまにロキからちゃんと寝ろと小言を言われるのも心地が良い。
そもそも、ソーが観劇でぐっすり寝てしまうのは、仕事も忙しく、たまの空いた時間は全てロキの為に費やし、ちょくちょく徹夜もするようなハードスケジュールで生活しているせいである。
ソーはその気になれば、毎日毎晩遊んで暮らせる放蕩息子として過ごせる。過ごせるが、やや潔癖なロキのことだからそんな放蕩息子なソーになれば、あっという間に別れ話にもつれ込むだろう。
ハードな仕事自体は、それはそれでやりがいを感じ楽しいと思ってはいる、たまにロキからちゃんと寝ろと小言を言われるのも心地が良い。
ソーは観劇にも縁遠い人物であった。
やや薄暗い劇場で、心地の良い音楽や耳に嬉しい役者達の声に包まれたら、あっという間に夢の中だ。
映画であれば、特にアクション映画などであれば、ソーは寝ずに見ることは出来るのだが、それ以外となると、中々難しい、勝率は半々といったところ。
ロキもそんなソーのことを知っているので、一緒に行こうとは言わないのだ。
あの舞台が、あの映画が気になると、ロキは普段から言っているが、それに合わせて、今度一緒に行くかとソーが言うものなら冷たい眼差しで、ソーの高いびきの為に舞台のチケットが取れなかった人が出るのが許せない、とロキは言ってひとりで行くのだ。
ソーは観劇にも縁遠い人物であった。
やや薄暗い劇場で、心地の良い音楽や耳に嬉しい役者達の声に包まれたら、あっという間に夢の中だ。
映画であれば、特にアクション映画などであれば、ソーは寝ずに見ることは出来るのだが、それ以外となると、中々難しい、勝率は半々といったところ。
ロキもそんなソーのことを知っているので、一緒に行こうとは言わないのだ。
あの舞台が、あの映画が気になると、ロキは普段から言っているが、それに合わせて、今度一緒に行くかとソーが言うものなら冷たい眼差しで、ソーの高いびきの為に舞台のチケットが取れなかった人が出るのが許せない、とロキは言ってひとりで行くのだ。