あらかきようこ
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あらかきようこ
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むつかしくない言葉で、ふだんの言葉で表現すること。
日本語教師・宿(2026年3月から) 島ぐらし
「編むじゃなくて組むだね」といわれて、ハッとする。
知っていても使わない言葉は、普段どこに消えているんだろう。

ご近所で行われた「月桃編みの会」に参加してきた。
現役世代から参加費をとるけれど、主催ののりちゃんは、編み手になってほしいと思うおじい、おばあには「とにかく来てみて。お茶も出すよ~」と声をかけていた。

のりちゃん家の前の小径を通る人が次々とのぞいていく。何人か戻ってきて、タンカンやサーターアンダギーを差し入れしてくれた。

昔の島の話を聞かせてもらいながら、手と口を適度に動かしていて、気づいたら夕方。宿題として家に持ち帰っても絶対やらない。明日もちょこっとお邪魔することにする。
January 30, 2026 at 9:45 AM
いつまでも先送りにできないから、青色申告のソフトを起動する。

この数年、白色申告にしていた。すっかり青色のやり方を忘れてて、勘定科目もすぐには浮かんでこない。

オンラインのシステムから銀行のデータを移せるというソフトもあるのだけれど、「つなぐ」作業のあちこちに二段階認証のハードルがあって、色んな記憶と書類を引っ張り出す必要がある。

仕方ないので、1月1日から12月31日までの通帳の一行ずつを入力する。なかなか一年を細かく振り返ることなんてない。数字をタイプしているだけなのに、その月その月の暮らしが少し浮かんでくるのが、とても新鮮だった。

ここで、いったんひと休み。ぼちぼちやります。
January 29, 2026 at 3:32 AM
夜に雨が降ったからだろうか。
今日はじわっとした温かさを感じることはなかった。

木(犬)の朝のお気に入りのコースに、今は稼働していないゴミ処理場のそばの海岸がある。一番先まで歩いていくとそびえたつ大きな岩肌。

岩熱とでもいうのか。
前の日の太陽の光を次の日までため込んでいる岩(山?)をいつもだったら、ぎゅってハグして帰るのだけれど。今日は仕方ないので、手のひらだけ。

少し冷ややかな朝の始まりだ。

海辺には、あちこちから流れ着いたものたちが転がっている。
隔離されているようで、繋がっている場所に住んでいる。
January 27, 2026 at 11:26 PM
カナダにいる娘のインターンシップ先が決まった。
「友だちはB2Cなんだけど、私はB2Bなんだよね。」
省略するのは日本語だけではないのだ。
Business to Customers と Business to Business

座学を受ける。そして、学んだ分野でインターンシップ(有給)が出来る。最近まではあまり知られていなかったシステムを使って長期間滞在(あと1年と少し)のビザを取得したのは、高校を卒業するちょっと前だった。

自転車を25ドルで譲ってくれる人がいて今車で運んでもらっている!と写真を送ってきていたから、きっと大丈夫だ。

明日から、彼女の自転車通勤が始まる。
January 27, 2026 at 12:08 AM
延べ12年、月一朝の読み聞かせで学校に行った。小学生相手に20分、毎回何を読もうか悩みながら3冊から4冊選ぶ。

離島だから1年生から6年生まで合わせて13人という年もあった。多くても30人。1年生にも6年生にも楽しんでもらうために色々工夫をした。

字がない絵本でも胸を打つものがある。言葉が多くても昔話や頓智話などは小さな子供でも大丈夫。

6年生のために挟み込んだのが五味太郎さんの「じょうぶな頭とかしこい身体になるために」。賢い頭と丈夫な体になる方法はたくさんあるけれど、そのあべこべ。

同じ方向を向いてしまいがちな島の子どもたちへのささやかなプレゼントのつもりで、言葉を届けていた時間。
January 26, 2026 at 2:02 AM
「けはい」を耳で聞いて、頭の中では「気配」と変換しているのだけれど、辞書で引くまで、「気配り」と同じ漢字だと気づかなかった。やはり言葉はおもしろい。

ベトナムは漢字文化圏だったけれど、庶民の識字率は低かった。19世紀にはフランス植民地化で制度的基盤も失った。

日本で働くベトナム人は、仕事で必要なものから漢字を覚えることが多い。だから、外は屋外の「ガイ」だし、水は水道や水曜日の「スイ」だ。教材を音読してもらうと「ガイに出たら」とか「スイをください」になる。みんな「そと」「みず」という言葉はよく知っている。ただ漢字と結びつかないだけ。

生活の中で漢字を覚えていく子どもたちとは、逆の覚え方。
January 25, 2026 at 4:15 AM
「とてもきれいですね」

あまり言われることのない言葉なので、意味は違うと知っていても少し照れる。顔や心のことではなく、画面の中の私の身体の断面図の話だ。

乳がんが見つかって13年。手術、抗がん剤、放射線、ホルモン療法10年を経て、2年前無罪放免となった。とはいえ、年一回は一通りの検査を受けに、那覇に行く。

主治医のセンセイは私より少し年が若いけれど、最近は貫禄が増した。いつも笑顔を絶やさない彼が、最初の細胞診の結果(白だった)に納得せず、「僕の印象は黒に非常に近いグレーなんです。もう一度外科生検をさせてほしい。」と食い下がらなかったら、今の私はいない。

私はおまけの人生を生きている。
January 24, 2026 at 1:49 PM
珍しく夢を見た。
夢を見てもあまり覚えていることはない。ただ、焦っている気持ちだけ、毎回残る。

那覇に日帰りで出かけるとき、用事を2つ以上こなすことはよくある。人なれしていない犬との同居生活だから、どうしてもその日で帰らないといけない。いつもアラームをセットしていて、買い物も用事も途中で切り上げる。

夢の中では、どうやら2つ目の用事で時間を食ってしまって、気づいたら夕方5時だった。高速船が泊興から出るのは4時。愕然としながら、預けに行くことはできるけれど、家に入ってきてもらったことはない友人に連絡を入れ、那覇で泊まる宿を探すところで目が覚めた。

罪滅ぼしに、今朝の散歩は長くなった。
January 23, 2026 at 12:25 AM
うぉー!
戦場の勝鬨のような雄たけびに驚いて海をみる。
そこには、上半身裸の男性(実は知り合い)が。
少し前を歩いている木(犬)も、その場で固まって一点を見つめている。

今日も風が強くて波が高い。少し遅かったから日の出には間に合わなかった。いつもの海岸に来てみたら、雲の合間からちょうど太陽が顔を出したところで、私は息をのんだ。

ものすごい音を発した後、彼が手を二回打ったのを見て、私は緊張を解いたけれど、木はとても心配になったようで、彼の方へ行ってしまって帰ってこない。漂流ゴミを拾っている彼にずっとまとわりついていて、私は、もう少しで朝のレッスンに朝食なしで臨むところだった。
January 22, 2026 at 3:04 AM
一昨日まで初夏のような気温だったのに、昨日18度、今日は15度だという。風が強い島の15度の体感温度はもう少し低い。小雨も降っていて、少し早めに犬の散歩も切り上げてきた。

カナダ在の娘からは「草凍ってる~」とライン。
沖縄で育った娘の辞書には「霜柱」という言葉はない。

画面越しの学習者さんは半袖を着ていて、ホーチミンは今日は涼しいと話している。日本は9時だけどベトナムは朝の7時。彼は出勤前にレッスンを受けている。時差を想うたびに谷川俊太郎さんの「朝のリレー」を思い出す。

彼は3月から日本での就職が決まっている。今日はHPを一緒に見ながら、ヒートテックや極暖ヒートテックの話もした。
January 21, 2026 at 1:14 AM
「かわいいお兄ちゃんに会いたかったな~」と娘が言う。
大学に出した文章を読みたいというので、しぶしぶ渡したら,
最初の一言がそれだった。
「会って、まだそれ考えるのは早い!って、髪をくしゃくしゃしたい」

あー、私に足りなかったのはそれか! 娘のように、笑い飛ばしてあげればよかった。

母が心身ともにちょっと危うい、どこか少女のような人だから、私は、どしっと構える母になりたかった。でも、私も神経質でまじめな母だったんだろう。

最近、人のことを分かる必要はないのだと思うようになった。
共感することよりも、違うということを心から納得すること。
とりあえずは、そのことに気づいたことを良しとする。
January 20, 2026 at 12:45 AM
「ジップロックの人!」カウンターから声がかかる。
「ようこさんじゃない?」今度は名前を呼ばれて振り向くと、そこには、青い蓋にジップロックと書かれたタッパー。確かに私のだった。タイカレーも食べたかったけれど、今回はパッタイ(タイの焼きそば)にした。私がパッタイを作ると、野菜炒めに麺が混じっている感じになる。次作るときの参考にしたい。

本島の玉城にあるタイ料理店「シャム」が島に出張してくれて、今日はタイ料理フェスタ。「できれば入れ物持参で!」とお知らせがあったから、来る人来る人タッパーやお弁当箱を持っている。

島の普段の暮らしも好きだけれど、こんな風に外からの風が吹くのは大歓迎だ。
January 19, 2026 at 9:36 AM
発酵料理インストラクターの資格をとったばかりの友人の味噌づくりワークショップに参加してきた。彼女は、私と同じ復帰っ子(1972年生まれのことを沖縄ではそう呼ぶ)で、もともと私の子どもたちの保育所の先生だった。去年早期退職をして新しい生き方にシフトしたばかりだ。

「手に住んでいる常在菌が違うから、同じ味噌にはならない。」

一つ一つの作業に時間はかかるけれど、昔は当たり前のように各々の家でしていた味噌づくり。最近、ようやく時間をかけることの意味が分かるようになった。そして人生が豊かになってきた。

私の仕込んだ白味噌の味見が出来そうなのは2か月後。
自分へのいい誕生日プレゼントになりそうだ。
January 18, 2026 at 5:06 AM
布団を片付けるよりも、食器を片付けるほうが寂しい。
年末年始息子や娘(こちらはひと月いた)のためにご飯を作る日々は、慌ただしかったけど、楽しかった。

今日は久しぶりに日本語レッスンがない。午後からは友人の発酵料理教室で「白味噌づくり」を体験する予定だ。アラームを切って寝たら、いつもより2時間も遅く目を覚ました。

朝の散歩は海に行くことが多いけれど、今日は畑道を歩くことにする。
帰り道、あとちょっとで家に着くころで、おばさんに声を掛けられて大根2本とレタス3玉をいただいた。100mくらいの距離を野菜を落とさないように慎重に歩いたら5分くらいかかってしまった。
January 17, 2026 at 2:57 AM
少し遅くなったけれど、やっと一人の暮らしに戻ったので、今年のめあてをここに。

文を書くときだけでも「平熱」で。

島にも、年2回、県立図書館が本を持ってきてくれる。今回借りていた本にヨシタケシンスケさんの「もりあがれ!タイダーン」という対談集があった。対談相手の「ヨシタケさんはまったく平熱で自己完結」という言葉がひっかかる。

大学に提出する文章を、娘や友人の意見を踏まえて、切ったり貼ったりしていた。「私が納得できることを選んだらいい」という母の言葉に背中を押されて、最後の最後に付け足した一文を削って、提出した。

どんな文章も自己完結なのかも。
「わたし」が選んで書いているのだから。
January 17, 2026 at 2:34 AM
誰かが家にいると、とたんに自分のことは後回しになる。

昨日は海も凪いでいて、朝の高速船で一緒に出て、那覇まで娘を見送ってきた。
那覇ジャスコ(今は那覇イオンというらしい)でさくっとお別れして島に帰ってきて、夜、さあ、何を食べようかと考えたら、思いつくのは辛いものばかり。

娘が出入りしたこの一か月、冷蔵庫の豆板醤も、コチュジャンも、ヤンニンジャンも、タイのスイートチリソースですら、出番がなかった。
友人に良くもらうパクチーも冷蔵庫の隅にしまってあった。
昨晩から食卓は辛いものとスパイス、ハーブ祭りになっている。

今朝、娘からは、「レイニークーバーが今日は晴れてる!」と写真が送られてきた。
January 16, 2026 at 3:19 AM
昨日の娘の成人式(20歳の集い)の話は、300字では書ききれないから、また今度。

時化で朝の高速船以外が欠航になった。今日帰らないといけない7名(娘以外)の朝は、すさまじかったらしい。港に見送りにいくと、島からの出航が15分ほど遅れるというお知らせを船舶課の職員が伝え歩いている。

お隣の座間味村の船が全便欠航で、今日の成人式に参加する子たちが、この船に乗ってくるという。振袖の着付けで遅れた1名を待っての出航になったらしい。

渡嘉敷の港から阿波連(別集落)の港までバス、そして、阿波連からチャーター船で座間味へ。今頃、座間味の公民館で式典が始まっている。島をあげてのお祝いが続く。
January 11, 2026 at 3:21 AM
海辺でよく見かけるオレンジのつる。
「他の植物に寄生して生きているんだよ」って以前教えてもらった。

調べてみると、よく似ているヒルガオ科のネナシカズラではなく、クスノキ科のスナヅルみたいだ。
もともとは緑色のつたで光合成もするみたいだけれど、宿主(割と何でもいい)を見つけると、水分も養分も宿主からいただくから、色がオレンジ色に変わる。

ビーチにオレンジ色のつるが広がるのは、ちょっと奇妙な光景だ。

不思議な形の植物だけど、台湾やアフリカでは、薬にも使われてきたそうだ。
島に長く住んでいても知らないことはまだまだたくさんある。
January 8, 2026 at 5:47 AM
「101番さん!」
久しぶりに番号で呼ばれた。
昨日那覇に出てきて、今朝モノレールで市立病院に。
そういえば、去年の人間ドックも年始だった。

今日は、採血で血が止まらなくなって焦ったけれど、それ以外はとてもスムーズで、最後の診察室の先生もとても丁寧な人だった。
「低たんぱく(L)だけど全体の数値のバランスがいいから、あまり気にしなくてもいいです。ほら、アルブミンとか、とてもいいですよ。」
去年は「低たんぱくですね。」の一言だったのを思い出す。

会計で「101番さん」の名札を返却して時計をみたら船の時間まで、まだ余裕がある。

苺を娘へのお土産に。
いっしょに苺大福を作ろうってラインを送る。
January 7, 2026 at 9:35 AM
「感情労働」という言葉を久しぶりに見た。

以前、研修施設の仕事をしていたとき、電話対応も私の仕事の1つだった。業者さんや、問い合わせ、予約の電話などに混ざって、たまに30分も1時間も話し続ける人がいる。クレーム対応の後、机に突っ伏している私に、隣の席の若者が、言ったのだ。
「電話応対は、感情労働ですから。確実に感情が疲弊していくから、気をつけてください。」と。

共感が他者理解ではないと語る、恩蔵絢子さんの『感情労働の未来』を読んでみようと思う。
「共感→好き→一体感や共感を相手に求める→イライラ→依存関係」
そのサイクルに陥っている自分がいると、年始にさっそくウチアタイしている。
January 5, 2026 at 2:55 AM
「元気?」と聞くのは好きじゃないと、娘がいう。
その言葉を出した瞬間、良くない状態を想像してしまうから。
あ、だから、いつも犬のことを聞くときに、「木、どうしてる?」と聞くのか。

娘、息子だからといって、どれだけ長い時間を過ごしてきたからといって、知らないことの方が多い。

離島育ちで、別れに耐性があるからといって、悲しまないわけでも、別れが怖くないわけでもないのだ。平気な仮面をひょいと被ることに慣れているだけ。

前言は、結局、衝突した息子と私の会話を背中越しに聞いていた娘が、息子がフェリーで出立したあと、「お兄ちゃん、声が震えてた。自分のこれからで精一杯で余裕ないよ。」に続けた言葉だ。
January 2, 2026 at 11:43 PM
ニューイヤー駅伝を観ている娘に、学生が終わってしまうことをぐずぐず話していたら、「人間は働かないと!」って。「世の中には8時間働いている人だらけだよ~。何かやりたいなら、まず自活しよう!」と追い打ちをかけられた。

夕方一緒に犬の散歩に行った息子は、「学校終わっても学びたいなら学べばいいやん。いろんな形があるでしょ。」と。彼も4月から就職は選ばない。ぎりぎりの自活の方向を探っている。

「アリとキリギリス」の兄妹は、どこまで行っても平行線で交わることはない。でも、互いのことを認めることはできていて、ちょっと羨ましい。少し前を歩いているつもりだったけど、どうやら3人横並びになってきたみたいだ。
January 1, 2026 at 9:46 AM
「監視されているみたいで、あまり外に出かけたくない。もし島の人を総とりかえできるなら帰ってきてもいい。」という息子の気持ちは、実は、私が20代からずっと持っていた感覚で、だから生半可な返事は出来なかった。

どうして、この島に住み続けているのか。

中学時代のような濃い人間関係で、いつも誰かに見られている状態にはプライバシーなんてない。那覇に出かけても、あちこちで島の人と出会って声を掛けられる。誰にも気に留められず闊歩したい、無になりたいと願っていた時間はとても長かったのに。

いつから、どうやって、この場所が私の居場所になったんだろう。
来年に持ち越して考えることにする。
December 31, 2025 at 8:30 AM
同じ宿に泊まっているのに、バラバラの移動になったらしい。
とりあえず、息子からも娘からもフェリーに乗ったよ!と連絡がきた。
繰り上げ出航だけど、船が出てくれたから、もう少ししたら犬と港まで迎えに行く。

3月で学生という身分を返上する(予定)の私たち三人で、話をしないといけないことは沢山ある。でも、とりあえずはお正月だ。

朝、友人のところに干し柿のお裾分けに行ったら、天井から吊り下げられたサギジョーギーから天ぷらを持たされて、物々交換になった。

夫は小さい頃家族が忙しくて、おやつもご飯もサギジョーギーから勝手に食べていたという。猫にもネズミにも狙われず、蟻も登ってこれないという優れもの。
December 31, 2025 at 2:07 AM
5時、11時、17時、23時。気象庁の天気予報が更新される。
この年の瀬に沖縄気象台のHPを何度もチェックすることになるとは思わなかった。

「明日のフェリーは出すはずよ~。」とみんなが言ってくれるから、とりあえず大丈夫だと信じている。でも、もし欠航したら、高校の時の友人に会いに那覇に出かけている娘も、大阪から今日の飛行機で帰ってきた息子も島に渡れない。いろいろ買いこんでパンパンに膨れ上がった冷蔵庫と冷凍庫の中身をどうしよう。

いくら文句を言っても、お金を積んでも、神様に祈っても、海は静かにならない。どうすることもできないことがあること。ふだんすっかり忘れているけど、大事なこと。
December 30, 2025 at 11:20 AM