あそぶ?
そいうふうに感じるようになってから、美しいということは、肯定でも救済でもなく、ただ美しいという状態であるという事実に過ぎなくなった
そいうふうに感じるようになってから、美しいということは、肯定でも救済でもなく、ただ美しいという状態であるという事実に過ぎなくなった
美しさというものだけは、私の崩壊を妨げることがなかった
主体が成り立たないまま、この美しさの感受のためならあと一日は生き延びてしまってもいいのかもしれないと思える瞬間があった 世界があまりにも無関心に、あまりにも過剰に在ること その事実が一時的にではあれ、生を引き留める力を持っていた
美しさというものだけは、私の崩壊を妨げることがなかった
主体が成り立たないまま、この美しさの感受のためならあと一日は生き延びてしまってもいいのかもしれないと思える瞬間があった 世界があまりにも無関心に、あまりにも過剰に在ること その事実が一時的にではあれ、生を引き留める力を持っていた
voi.id/ja/amp/550756
voi.id/ja/amp/550756
それらは自分にとってはどうでもいいので生存的な切迫感がない
それらは自分にとってはどうでもいいので生存的な切迫感がない
将来に対する漠然とした不安みたいな類のものすら消えて、恐怖が成立する前提そのものが深層では失効しているんだろうと思う
将来に対する漠然とした不安みたいな類のものすら消えて、恐怖が成立する前提そのものが深層では失効しているんだろうと思う
享楽の形式を消費するだけになって陳腐だ最悪だ
享楽の形式を消費するだけになって陳腐だ最悪だ
主体が壊れたまま使用されてしまうことを、共にしたい 世界が理由なく自己を通過してしまうことを、共にしたい
狂気も思考も感覚もなんの役にも立たないまま在ることを、共にしたい
主体が壊れたまま使用されてしまうことを、共にしたい 世界が理由なく自己を通過してしまうことを、共にしたい
狂気も思考も感覚もなんの役にも立たないまま在ることを、共にしたい
世界は自分のものではないし、出来事は私の経験にならないし、生は物語にもならない 静かで平和でそれでいて狂気の残骸のある日常が続いている
このように私という主体が開いた状態でいても、接続できる対象があまりにも希薄で死にそうだ
侵入を拒否していないのに、社会側に接続の回路そのものがほぼ存在していないし、そうなると社会的には存在しないのと同じ扱いになる
世界は自分のものではないし、出来事は私の経験にならないし、生は物語にもならない 静かで平和でそれでいて狂気の残骸のある日常が続いている
このように私という主体が開いた状態でいても、接続できる対象があまりにも希薄で死にそうだ
侵入を拒否していないのに、社会側に接続の回路そのものがほぼ存在していないし、そうなると社会的には存在しないのと同じ扱いになる
そしてその問いが目的のためでないこと、自己実現にも、生産にも消費にもならないことそしてできないこと それでも関わってしまうこと
そしてその問いが目的のためでないこと、自己実現にも、生産にも消費にもならないことそしてできないこと それでも関わってしまうこと
出来事もいつも接地しないし
しかも一生このままも余裕であるしな
being-with death being-with death
出来事もいつも接地しないし
しかも一生このままも余裕であるしな
being-with death being-with death
他者は、私にとって意味される前にすでにそこにいるのに、、
共感したくないんではなくて、別に相手を意味として抱きしめる必要はないし、だから共感的な言葉で、相手の未実現も異物感も回収したくはない
他者は、私にとって意味される前にすでにそこにいるのに、、
共感したくないんではなくて、別に相手を意味として抱きしめる必要はないし、だから共感的な言葉で、相手の未実現も異物感も回収したくはない
しかしながらその結果がどうなってもいいのではあるんだが、位置取りはしてしまう
しかしながらその結果がどうなってもいいのではあるんだが、位置取りはしてしまう
自分がもまた空間の一部で、誰かが入ってきて、誰かが抜けてそういう作用の中で、空間が張ったり、圧縮されて熱を持ったり、人気が引けば残響みたいな空白もある こういう行き来そのものが出来事になって今ここで身体がどう在るかだけで生成されていく
常に空間を生成しては壊していく現場であることと、共同体っぽいのに、実際には統合されていない共在であるってところが良
自分がもまた空間の一部で、誰かが入ってきて、誰かが抜けてそういう作用の中で、空間が張ったり、圧縮されて熱を持ったり、人気が引けば残響みたいな空白もある こういう行き来そのものが出来事になって今ここで身体がどう在るかだけで生成されていく
常に空間を生成しては壊していく現場であることと、共同体っぽいのに、実際には統合されていない共在であるってところが良
しかしながら知を増やすことで自分を正当化する必要はないのではないか
しかしながら知を増やすことで自分を正当化する必要はないのではないか