うさまさん
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うさまさん
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映画を観ます。
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いち地方の、おばあちゃん議員(失礼ながら)の方が、ほとんど全員の自分たちよりよっぽど個としての人間の意思を示せていて、主張のある人生を表現している、ということに、気まずい気持ちになるんだろうな。攻撃してる人たちは本当に馬鹿馬鹿しいけど。
January 17, 2026 at 5:44 AM
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以前から、そういうことを考えていたのだが、「リテラシーという概念のもとで根拠レスな陰謀論を展開する」完璧な実例を見てしまったので、ますますもってリテラシーという言葉が嫌いになったのだった。

それでもなお、リテラシーがあるとすれば、それはたぶん、「流れてくる嘘をいかに見破るか」よりも、「自分が何を信じたがっているのか」を知り、信じたい情報こそ警戒するということではないかと思う。
December 17, 2025 at 2:17 AM
Reposted by うさまさん
人間にはそもそも「全てを疑う」ことは不可能で、過度の不信は「他人を信頼するためのスキル」の成長を阻害するため、かえって騙されやすくなるという社会心理学の知見もある。

マスメディアに即して言えば、マスメディアに対する「カウンター情報」への耐性が極端に落ちてしまうのだ。「テレビに洗脳されていませんか!」というのは、いまや怪しげな信仰やサービスを売りつけるための常套句になっている。
December 17, 2025 at 2:17 AM
Reposted by うさまさん
というのも、メディア・リテラシーは、メディアが伝える内容を批判的に読み解くといった意味で用いられることが多いが、それによって「自分にとって都合の悪い情報は信じない」ことが正当化されてしまいがちだからだ。

「自分には高度なメディア・リテラシーがあり、メディアの嘘を見抜くことができる」という自意識は、自分が信じている「真実」を守るうえで非常に効果的だ。

そこからは、しばしば「メディア陰謀論」が展開され、たとえばNHKには在日コリアンが数多く雇用されており、そのせいで反日的な偏向報道をするのだといった完全なデマを信じることになったりする。
December 17, 2025 at 2:17 AM
Reposted by うさまさん
言い換えるなら、陰謀論というのは知識というよりも経験の総体であって、だからこそ別の知識でそれを覆すのがとても難しい。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)は、そのあたりを非常にうまく比喩的に描いていた。(p.246)

「『いづみちゃんは何も悪くない。ただ、この世界の真実を知らなかっただけ』
二人の視線が重なる。
すると、その交点がまるで蕾(つぼみ)のように膨らんだ。
まずやってきたのは匂いだった。生花店に足を踏み入れたときのような濃密で独特な香りが、ぶわっとこちらにまで押し寄せてくる。
蕾が開いたのだ。」
December 5, 2025 at 5:00 AM