ここまで要約してしまうと、これは実はアメリカでもよく目にする意見である。ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』にも、まさにそのような主張が登場する。保守には保守の正義があるのだから、リベラルは保守の気持ちをもっと理解せよ、分断を解消せよ、といった感じですね。
私に言わせれば、志らくもジョナサン・ハイトも差別に鈍感である。そして「もっと差別に鈍感になれ(それも社会の実態なのだから)」と主張しているのである。
さて、困ったことになった。議論が成立する余地があるだろうか?
ここまで要約してしまうと、これは実はアメリカでもよく目にする意見である。ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』にも、まさにそのような主張が登場する。保守には保守の正義があるのだから、リベラルは保守の気持ちをもっと理解せよ、分断を解消せよ、といった感じですね。
私に言わせれば、志らくもジョナサン・ハイトも差別に鈍感である。そして「もっと差別に鈍感になれ(それも社会の実態なのだから)」と主張しているのである。
さて、困ったことになった。議論が成立する余地があるだろうか?