ゆきのふ
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いくらか年をとったからといって、そういう抹香臭いことを言い出す姿は想像も出来なかった。 さて、邪魔者もいなくなったし食事に戻ろうかと箸を構えたところで、再びどこかから羽音が聞こえてきた。周囲を見回しても虫はいない。だが、近くにいるとしか思えないほど大きな羽音だ。原因を探している内に、音はどんどん大きくなる。 ばち、とテントに小さな塊がぶつかった。それはすぐさま数を増し、テントの膜に豪雨の様な音を立てて降り注いだ。 虫の群れが明らかな意思をもって、テントに攻撃を仕掛けてきていた。ビニール一枚隔てた外側は、もはや真っ黒に染まっている。 『敵性反応確認！外です！』 伊織が真っ先に、続いて立香がテントから飛び出した。 外に居たのは蝿だった。ただし、全長が5ｍはある。赤い複眼を輝かせながら、しきりに羽を擦り合わせている。その周囲には、何万匹もの蠅が黒い嵐の様に渦を巻いて飛び回っている。 「おお………」「うわあ……」 二人は一瞬茫然となる。だがそこは慣れたもの、すぐに気を取り直して臨戦体制をとった。 「流石にこれは箸じゃ無理だね」 立香を背後に庇いながら、伊織は箸の代わりの二刀を抜く。 「道場で流行っていた蝿取りだが、師匠の一言で沈静化してな」 「武蔵ちゃ…武蔵さん、何て？」 「『蝿を箸で摘まむ？何で？切った方が早くない？』」 「虫の命はどこに行ったんだよ！」 「師の言葉を教条的に受け入れるのではなく、場に応じた対応が必要だと伝えたかったのだろう」 「伊織は真面目だなあ」 両手で顔を庇いながら、藤丸立香は声をあげて笑った。あんまりな前言撤回なのに、あっけらかんとしてて憎めない。いくつになっても、武蔵ちゃんは武蔵ちゃんなんだ。口に飛び込んで来た蠅を吐き出して、また笑う。もう年をとらなくなってしまった彼女が、立香にはひどく懐かしかった。
May 19, 2024 at 12:15 PM
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March 31, 2024 at 1:10 AM
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March 31, 2024 at 1:10 AM
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February 7, 2024 at 10:44 AM