西練馬
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この世界のどこに切り口を与えるかという問題について ∥ 辞書と辞書学にくわしくなりたい ∥ https://note.mu/nishinerima
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様々な因果があって東池袋の住人だったせいで、秋葉原についてはあまり語れることがない(東池袋についても語れるわけではない)
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万博のアプリに「簡略」のサ変動詞形が
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CED以外の辞書も「世界地図の上のほう、赤道より上」(LDOCE)とか、「北極のほう」(M-W)とか、案外いろいろな説明の仕方が試されている。日本の辞書はほぼ「日の出に向かって」式一色で(例外は明鏡)、妙なところで差がついているものだと思う。
それはそれとして、客観的に指示される方位を記述するほかに、話者が持つ「北」や「南」にまつわる通念の説明も欲しくはある。地理的な制約から、日本語辞書の場合は特にそうだ、と言えるかもしれない
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Whatさんにご教示頂いたが、Collins English Dictionaryの「北」は3つある。
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/north
1. 方位磁針の四つの方位の一つ。0度/360度を指し、東西から90度、南から180度の位置にある。
2. 子午線に沿って北極へ向かう方向。
3. 方位磁針が示す方向。磁北。

最初は何だこりゃと思ったが、それぞれ「概念としての北」「真北(地図での北)」「磁北」と考えると納得もゆく。本邦の辞書も中型以上ならこれくらいあってもいいかもしれないくらい
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「南の島」が立項されている辞書がないようである。「南の島」を立ててもいいのだが、ここで言う「南」は「日の出る方に向かって右の方角」と言いかえたところで何も嬉しくないわけで、「南」のイメージを表すための語釈が全然不足しているようにも思われる。……いや、そもそも、方位を「日の出る方に向かって~」と説いて誰かの役に立つことがあるのだろうか。いわゆる百科辞書式の語釈でもない。一体何なんだ、この説明は
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ご存じの通り今年のインフルエンザワクチンは長らくブレンドされていた山形系統のプーケット株が外れ3価になった。針を刺した瞬間に感じる東南アジアの喧騒と、対比するように山形の静謐さを後味に添えていたプーケット株の退場を惜しむ声は少なくない。
一方、カリフォルニア株がパース株に変更された。3株全てがオーストラリア産のブレンディングとなった結果、遥かな大陸から南太平洋に吹く乾いた風が注射針を通じクリアに浮かび上がる。
全体としては、南半球の日差しを思わせる注射後の微かな鈍痛にまで気配りされた味わいであり、ここ半世紀でも三指に数えられるとされた2020年のワクチンに引けを取らない仕上がりの一本と言える。
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山田忠雄が日本大辞書を“自己の興味に任せて不必要な長さを特殊な項目に与え過ぎた”と批判しているのは、後年の活躍ぶりを思うと、首を傾げざるを得ない
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「自分が「まとめ」を信用していないからエビデンスのほうを見たい」ということでもあり、あるいはまた「どうやらみんなソースも何も全然気にしないで、例えば「稚児しい」↔「大人しい」なんて語源解も一切疑わず鵜呑みにしているじゃない?」ということもあり
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専門家によるベリファイにいかほどの価値があるものか、どう考えるべきか未だによくわからない
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代引で送りますね、1000冊くらい
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私の思い浮かべたレイアウトでは、3段組の真ん中の段だけ既存辞書と同様の項目が並んでいて、上下に広い余白がある。その余白に色々なメタコメントが書き込んである……という形です。なので3倍とまでは行かない(そんなぎちぎちに詰めない)イメージですが、まあ、2倍くらいは欲しいところですよね。既存の枠組みそのものに限界があるなら枠組みの外に出てしまえばいいじゃない、などと思ったのでした
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項目数は3分の1にして各項目にいろいろコメンタリー書いた小型辞書とかどっか出さないか
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・その通り、2種類あります。形は違うが意味も読み方も同じです。こういうのを異体字と言います。異体字が生まれる理由は……
・(異体字は違う字なのですか?)→基本的には「同じ字」だと思って大丈夫です。
・(どちらが正しいのですか?)→どちらも間違いではありません。人によって片方は馴染みが薄いかもしれませんが、いずれの形も「正しい」と考えて問題ありません。
・(では、どちらを使っても自由ですか?)→まあそうです。特に手書きなら慣れた方でいいです。ただ、「剝」のほうがふさわしい場合もあります。というのは、常用漢字表なるものがあって……

「正字」なんて用語が出てくるのはこの辺まで説明してからじゃないか
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いつも需要と供給の間に二段階三段階の断層が横たわっているような気がしてくる
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『舟を編む』の辞書に関する描写は原作よりドラマ版のほうが出来がいいまであると思っているが、もう1回くらいは原作を読み直して判断したい
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そうなってくるとまばたき・鼓動・呼吸あたりももはや危険です
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紙の辞書なら、紙面を見たときに重要なことばがすぐにわかる! 重要語は説明の量が多くて面積が広いから!……みたいなのも、よくあるタイプの良くない言説だな。
使う側がハック的な技として行使するなら別にいいと言うか、仕方ない面もある。しかしハックというのはこの場合バッドノウハウであり、バッドノウハウとはつまり構造的な不備によってもたらされているわけである。少なくとも、作る側が誇らしげに言うような話ではない。
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メタ言語的コメントのスニペットを集成した、言語観アーカイブ、とでも言うべきものを考えている
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LLM特有の最初自分が言い出した内容でも相手の発言に入っていれば平然と褒めてくるやつだ……。「でかくする」については了解しました。

最初の話題に戻りますと、社会的イメージの描写と鑑の性質は、相性が悪いと言うよりは軸が重ならない(?)ことが多いように思いました。
「誕生日」に「めでたい。ケーキがその象徴」とあったとして、「めでたいのは誤り」とか「ケーキが象徴なのは正しい」とかを付け加えるのは、むしろ難しい気がします。それこそ主観で書くしかなさそうですし。
と言いつつ、旧版の新明国がなにかの病気の項に「差別的な扱いをやめるべき」などと記していたのも思い出されますが。