もしもの時に備えてアカウントを作りました。
www.nejimakiblog.com/entry/write-...
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Follow her on Instagram Katarina.and.misscongeniality or TikTok K.and.Miss.Congeniality
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www.nikkei.com/article/DGXZ...
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文化でいうなら例えばドラゴンボール、文句なしに面白いとは思うけど時代でいうなら数十年前の時代劇を見させられてるようなもんですしね
社会、国、文化からないがしろにされてる、って思う人も多いだろうな、っていう
文化でいうなら例えばドラゴンボール、文句なしに面白いとは思うけど時代でいうなら数十年前の時代劇を見させられてるようなもんですしね
社会、国、文化からないがしろにされてる、って思う人も多いだろうな、っていう
www.tokyo-np.co.jp/article/439239
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www.youtube.com/watch?v=CmJQ...
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2017年に現役を引退したウサイン・ボルトが「今は階段を上るだけで息切れする」と話しており、世界最高のアスリートが運動不足のおっさんになるまで8年しかかからないという事実に震えています。人体というものは根本的にポンコツなのかもしれません。あと8年は十分長い説もあります。いやそれにしても。
2017年に現役を引退したウサイン・ボルトが「今は階段を上るだけで息切れする」と話しており、世界最高のアスリートが運動不足のおっさんになるまで8年しかかからないという事実に震えています。人体というものは根本的にポンコツなのかもしれません。あと8年は十分長い説もあります。いやそれにしても。
そう考えると、今のXがこんなことになったのは時間の問題だったのかもしれない。たぶんこのBlueskyも、将来人が極端に増えるようなことがあれば、いずれはそうなると思う。
そう考えると、今のXがこんなことになったのは時間の問題だったのかもしれない。たぶんこのBlueskyも、将来人が極端に増えるようなことがあれば、いずれはそうなると思う。
非活動的でエッセイストのように日常を面白く語る力もない僕が日常のツイートを投稿しても、フォロワーさんは面白いと感じないに違いないと思っていたからだ。また、当時は人口の多い東京に居たので下手に外の写真やプライベート・仕事に関する具体的なことを投稿すると特定されてしまうのでは?という恐れもあった。
黎明期でも僕のような人も多かったのではないだろうか。そして、僕も含めたそういう人たちが日常の話が少なく、殺伐としたXを作ってしまったのではないか?と今では思う。
非活動的でエッセイストのように日常を面白く語る力もない僕が日常のツイートを投稿しても、フォロワーさんは面白いと感じないに違いないと思っていたからだ。また、当時は人口の多い東京に居たので下手に外の写真やプライベート・仕事に関する具体的なことを投稿すると特定されてしまうのでは?という恐れもあった。
黎明期でも僕のような人も多かったのではないだろうか。そして、僕も含めたそういう人たちが日常の話が少なく、殺伐としたXを作ってしまったのではないか?と今では思う。
「今のSNSでは差別主義者か、排外主義者か、陰謀論者か、ポピュリストか、ハラッサー(ハラスメントをする人)でなければバズる(広く拡散されて話題となる)のは困難です。そういうわけで真っ当であろうとする政治家のみなさん、あなたがたの発信はバズりません。」
(流石に全部引用するのは良くないと思うのでアレなものの、特に後半部は自分にも当てはまる節がものすごくあり、それがTwitterをやめる決定的な理由になった、というのはナイショの話)
note.com/miraisyakai/...
先の参院選を経て、いま政治の世界ではSNS対策が重要であるということが囁かれるようになっているようです。けれどもそこには大きな落とし穴があるように思われてなりません。今回はちょっと怖い話です。
「今のSNSでは差別主義者か、排外主義者か、陰謀論者か、ポピュリストか、ハラッサー(ハラスメントをする人)でなければバズる(広く拡散されて話題となる)のは困難です。そういうわけで真っ当であろうとする政治家のみなさん、あなたがたの発信はバズりません。」
(流石に全部引用するのは良くないと思うのでアレなものの、特に後半部は自分にも当てはまる節がものすごくあり、それがTwitterをやめる決定的な理由になった、というのはナイショの話)
<最近になって、自分がいつの間にかウェブ上の朝食写真や、それに似た投稿を懐かしく思っていることに気づいた。自分の生活の無作為の断片を気軽に公開している人は、以前ほど多くはないようだ。実際、そんなことをしてももはや何の意味もないし、かつては意味があったということがいささか信じ難くもある。>
もうみんな“平凡な日常”なんて投稿しない
wired.jp/article/sz-a...
<最近になって、自分がいつの間にかウェブ上の朝食写真や、それに似た投稿を懐かしく思っていることに気づいた。自分の生活の無作為の断片を気軽に公開している人は、以前ほど多くはないようだ。実際、そんなことをしてももはや何の意味もないし、かつては意味があったということがいささか信じ難くもある。>
もうみんな“平凡な日常”なんて投稿しない
wired.jp/article/sz-a...
場が欲しい、友人が欲しいという不安や焦燥感を「わからない」「努力不足」で切り捨てないほうがいいのはそれもある
場が欲しい、友人が欲しいという不安や焦燥感を「わからない」「努力不足」で切り捨てないほうがいいのはそれもある
ストーリー上必要性のあるヌードや性的描写まで否定するつもりはないが、でもあまりにも気軽すぎると、その気軽さに子供の頃から触れていると、感覚が歪むんだろうなってのは80-90年代育ちのオタクを見て思うこと
戦前生まれの婆さんは00年代まで、女性の裸は当然のこと、水着であっても下品な描写だと怒ってチャンネルを変えていた。そういう感覚はやっぱり必要だったんだ
日本の漫画やアニメ表現の発展もそういうクリエイターたちによって牽引されてきたし、必ずしもそのことを殊更に否定的に捉える必要もないように思う(批判的に振り返ることはあってもいいだろうけど)